VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 7 -Confidential relation-






Action1 −夜更け−




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 静寂は時として喧騒よりも耳に木霊する。

天井より眩く照らされた照明の下で、白衣を着ている青年が周りを見渡して溜息を吐いた。

青年というよりはまだ少年といった幼い容貌ではあるが、本人は自分の子供っぽさは痛感している。

この現状にしてもそうだった。


「ふう・・・ちょっと休憩するか」


 最新機材が所狭しと並べられ、電子機器の数々が使用可能となっている一室。

もしこの部屋に関して何か苦情を申し立てすれば、明日にでも改善されるであろう。

自分にはその権限があり、それだけの能力を認められている。

専用の研究室。

一介の学生には過ぎた待遇だと思う。

もっとも親類縁者こそいないが、自分と同じ立場の者からは噂にもされた。

特別な待遇に置かれている者に向けられる視線は大局的に二つに分類できる。

羨望と嫉妬。

好ましくはない風潮ではあるが真実だと、青年は心の底では思っている。

青年は今まで一人没頭していた手元のコンピューターをシャットダウンして、傍に置かれたカップに手を伸ばす。

今朝早く研究室に入室した際に入れたホットコーヒーだが、完全に冷えていた。


「結局親の七光りでしかないんだけどな・・・・」


 苦味にしかないコーヒーを喉に流し込んで、天井を見上げた。

父親とは近頃顔を合わせていない。

無論自分もこの所勉強に忙しくて、家にあまり帰れずにいるせいである。

家族と言える人間は自分には父親しかおらず、二人で生活を共にしてきた。

自分にとって父親は尊敬すべき人物であり、自分が最初に認めた男の象徴でもある。

自分の現在の厚遇もその父親の影響力が強かった。

正確に言えば父親が仕えている人間の、と言った方が正しい。

十代半ばを過ぎたばかりの子供が周りに認められる事など知れているのだ。

青年は苦々しい表情をし、ふと自分の懐に手を伸ばして何かを取り出す。

それは青年が子供の頃から大切にし、今もなお欠かさずに持ち歩いている物。

人工の電灯に反射して銀色に輝く一本の十手だった。


「・・・・・・・・・」


 青年はじっと十手を見つめ、瞳を閉じて椅子にもたれかかった。

学問の道を探求する事を決意したのは十五歳の時。

もともと好奇心は人一倍強い方だった。

字を覚え、本を読み、文を考え、理を分析し、技術を学ぶ。

一つ一つが身に着いているのが楽しく、知りたいと思う気持ちが自分をここまで導いた。

そして今は研究室を任されて、自分の研究を独自に進めていく事が許されている。

父親に相談した時も反対はされなかった。

むしろ自分の進むべき道を自分でつけた事を喜んでくれた。

祝福された事は嬉しいし、周りに認められた事は誇らしくは思う。

だが、青年は知っている。

父親に至る道を追えなかった事を父が少なからず哀しんでおり、自分もまた父親への恩恵で進めている事に過ぎない事を。

結局自分は自分の進路さえ自分で歩けてはいない。

誰かに背中を押してもらわないと、誰かに手を引っ張ってもらわなければ立ち止まるしかないのだ。

青年は肩を落として、もう一度天井を見上げる。

天を覆い尽くす暗いカーテン。

まるで自分の限界を暗示しているかのように、天井は自分を高みへ上る事を否定しているように見えた。

手に持っていた十手はいつしか汗ばんで、少年の手から滑り落ちた。


「宇宙一のヒーロー、か・・・・・」


 なりたいと思っていた幼い頃の夢。


「大人へと近づいて、限界が見えてくるなんて皮肉だな」


 慣れると信じていた子供時代の自分は、今はもういない。

歩こうと思っていた道は消えてしまった。

父が「あいつ」の警護役に配属されてしまった時から―















いや――















僕―――が、―――に住んでいる限り・・・・・・

















 いまさらながら、自分が立ち向かっている壁の大きさがどれほど巨大であるかを思い知った青年。

青年は電子コンピューターを起動させ、キーボードを操作する。

モニター画面に浮かぶ表示には、こう明記されていた。













『時空螺旋転移理論』、と――


























 まるで力づくで引っ張り込まれたような落下間と共に、身体が仰け反る。

同時に休眠していた意識が急激な反発で活性化し、強制的な起床を脳が訴えかけた。

当の本人は体と心の瞬発に対応しきれず、床に無様に転がされてしまう。


「のあっ!?いててて・・・・・・」


 起きた途端頬に冷たい床の感触が広がって、手足が引き起こす痛みの信号に驚いて完全に目を覚ました。

むくりと身体を起こして、暗闇の中ぼんやりとした顔で辺りを見渡した。

狭い空間に無機質な壁、薄い毛布がだらしなく広がっている簡易ベットに通信設備付きのモニター。

真横には洗面所と水道設備があり、細々としたダンボール類や機材の数々は当時の状態の名残を示している。

寝癖のついた髪をポリポリ掻きながら、ようやくここがどこかを思い出した。


「あ〜・・・なんかだるいな・・・・」


 元旧艦区監房。

すっかり自分の部屋となった監房内の一角で、カイは欠伸をして腕を伸ばした。

カイは普段快眠快食の健康体で、夜中に目が覚める事は滅多にない。

たまに監房の同居人であるドゥエロやバートを話し込んで夜更かしする事もあるが、大体は夜になると自然に眠気が訪れるのである。

夜という概念は船内の時間区別の一つでしかない。

融合戦艦の実質上の艦長であるマグノの指揮の元、重鎮達の話し合いで船内での一日を時間指定したのである。

生活リズムをきちんと整える事こそ効率化の第一歩であり、長旅を続ける上で必要だったからだ。

船の外の宇宙空間は当たり前だが日夜真っ暗である。

そこで朝・昼・夜と時間帯を区別させる一番のやり方として、照明の切り替えが行われる。

一定の時間を決めて、「朝の時間」には一斉点灯、「夜の時間」には一斉消灯なのだ。

船内で働くクルー達も時間制に沿って自分の勤務をこなして、交代時間を決めて日勤・夜勤を決めている。

こうした乱れのない規律の確立こそ、マグノ海賊団という組織を確立させている重要な要因の一つなのだ。

半端な集団生活に組織たらしめる資格などない。


「つーか、今何時だ。まだ夜中なんじゃねえのか・・・」


 床から立ち上がって、カイは洗面所で顔を洗った。

水道施設はパルフェの管理の元きちんと整備されており、随時使用が可能となっている。

髪を整えてさっぱりとしたカイは乱れている寝所をそのままに、元監房の自分の部屋から出た。

監房を出て通路内を見渡すが、最低限の照明しか灯っておらず薄暗くなっている。

寝直そうとも考えたカイだったが、妙に意識がはっきりしていて眠気が取れていた。


「ドゥエロやバートもまだ寝ているみたいだしな」


 対面に位置する監房にはドゥエロがいて、簡易ベットで静かに身を横たえている。

熟睡しているドゥエロはカイが目覚めた事も気づかずに、昏々と寝息を立てていた。

一瞬退屈なので起こそうかとも考えたカイだったが、ややあって止めておいた。

数日前の敵艦隊での応戦で多くの怪我人が出てしまい、まだ治療中の身であるクルー達が大勢いる。

あの時はカイの指揮下の元死傷者を出さずして完全勝利を収めたが、まだ療養中の者が多いのだ。

今日一日にしても、医療室で大勢の患者の応対をして疲れている筈である。

無理やり起こすのは、さすがのカイも気が引けた。


「お、待てよ?」


 何か思いついたのか、カイはにやっと笑ってドゥエロの監房内にこっそり入室した。

ただでさえ五感の優れているドゥエロである。

疲れているとはいえ、派手に足音を立てては目を覚ましてしまう危険性があった。

抜き足差し足でゆっくりゆっくりカイは近づいて、こっそりドゥエロの羽織っている毛布を引き剥がした。


「ち、つまらん。白衣は脱いでいるか」


 ベットの上で寝ているドゥエロは寡黙な表情のまま瞳のみ閉じて、鍛えられた上半身をTシャツ一枚で隠して眠っている。

ドゥエロは自分と出会った時から毎日のように白衣を身に着けていた。

そこで寝る時も着けっぱなしなのかを気になって確かめたカイだったが、本人の期待とは裏腹に普通に脱いでいる様子である。

カイは舌打ちをして、静かにその場から離れた。


「つまんねえし寝るか・・・・・っと、そうだ。
折角だから公平にもう一人も調べてみないとな」


 カイは楽しそうに鼻歌を歌いながら、ドゥエロの隣に位置する監房を覗き込む。

整理整頓されたドゥエロの感冒とは雲泥の差で、バートの監房内は散らかっていた。

洗濯された衣服類は畳みもせずにそのままで、毎日のように食べているペレット製品も乱雑に床に落ちている。

タラークでは大企業であるガルサスの御曹司のバートなのだが、その私生活は少々雑な面もあった。


「相変わらずペレットの山だな・・・・
見た事がない種類もあるぞ


 カイ・ドゥエロ・バート。

知り合ってまだ二ヶ月程度の付き合いの彼らだったが、一つ屋根の下で暮らす内に少しずつ仲良くなって来ている。

毎日のように襲い掛かる敵から、互いにそれぞれが命をかけて戦い合っているのだ。

運命共同体とも言える三人に、同郷という共通項の元で身分を越えつつある。

近頃はドゥエロはおろか、バートもカイを三等民だからと見下すのはやめていた。

こうしてカイが悪戯まがいの事を行おうとする気になるのも、気安い仲ゆえという事もある。

床の荷物を蹴飛ばさないように注意して、カイがゆっくりと近づく中でバートはすっかり熟睡していた。

寝顔も非常に無防備で、夜中に目が覚めてしまったカイが腹を立ててしまう程の穏やかさである。

思わず殴ってやろうとかという誘惑に何とか耐えて、カイはバートの毛布を取り去った。


「あ、相変わらずの格好だな、こいつは・・・」


 カイやドゥエロのようなTシャツとは違う本格的な寝巻き衣装。

元々バートは士官候補生なので、イカヅチに乗船する際に自分の着替えを予め用意して置く事は可能だった。

上下揃いで着ているパジャマもその一つで、ナイトキャップまで標準装備されているのには整った顔立ちにはそぐわない可愛らしさがある。

カイにとっては感覚に合わない寝姿で、少々怖気を誘う姿ではあるが。


「よくこんな服で寝られるもんだ、こいつは。しかも枕まで」


 抱きかかえて寝ている枕を見つめてカイは苦笑し、取り去った毛布をかけ直した。

バート本人は至って気づかない様子で、ただむにゃむにゃとだらしない寝言を上げるのみだった。

それなりに楽しんだカイはゆっくりバートの監房を離れて、背筋を伸ばした。


「さーて、どうするかな・・・・」


 一斉点灯される時間まで、まだかなり時間がある。

それまではクルー達の大半が寝静まっており、船内設備の大半が機能停止をしている状態だった。

まさに真夜中の時間。

一斉点灯時以外で全てが目覚める時があるとすれば、何らかの緊急事態のみ。

カイにとっては幸いか否か、船内で特に何らかの異常が発生する事は起きそうになかった。

外部からのアクシデントがあるとするなら、一番高い可能性に『刈り取り』作戦を展開する敵の襲撃がある。

彼らは日夜関係なく襲い掛かってきて、カイ達の都合を考えたりはしない。

だが、その敵も前回の鳥型を先頭にした大規模な艦隊が消滅させてからは一度も襲撃を仕掛けてはこなかった。

予想外の反撃を蒙って恐れをなしたか、再び艦隊を再結成しているのか。

いずれにせよ今現状は平和そのものであり、夜中に何の仕事もなく起きてしまったカイは暇そのものだった。

何とはなしにカイは自分の監房に戻って、ベットに寝転んで目を閉じてみる。

しばらくはそのままじっとしていたカイだったが、やがて跳ね起きた。


「だああああ!眠れん!!」


 毛布をすっ飛ばして、カイは立ち上がった。

ドゥエロやバート相手に余計な悪戯をした事もあってか、さっきより目が冴えてカイは眠れそうになかった。

こうなったら本気で二人を起こそうかとも考え、カイはふと思いつく。


「そういや、あいつらの寝姿って一度も見た事がないな・・・・」


 ディータ達やアマローネ達を思い出して、カイは腕を組んで考え込む。

昼間は戦いでの共同や仕事の合間での話し相手などをしたりはしているが、基本的に夜になるとバラバラとなってしまう。

互いに不干渉を決めている訳ではないが、男と女という関係上プライベートは隔離してしまっているのだ。

事実カイ達の部屋まで出向いているのは、ディータ以外誰もいない。

女達はカイ達男と関わるのは認識の違いから控えており、カイ達も女とは関わろうとはしなかった。

タラークが女を嫌っている限り、メジェールが男を嫌っている限り、お互いが触れ合う事は言語道断だからだ。

カイとて、特に女達の私生活に踏み込もうとはしなかった。

今までは――


「ちょうどいい機会じゃねえか。あいつらの寝顔でも覗きに行ってみるか」


 思い立ったが吉日。

深夜のニル・ヴァーナ船内で、カイは通路内をるんるん気分で歩いていく。

目標は元海賊母船・マグノ海賊団船員プライベートルームエリアであった。






















<続く>

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