VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 6 -Promise-






Action4 −涙−




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診療台に寝かされているメイアに、医療室天井より治療用ライトが当てられる。

献身的に延命治療を行うパイウェイに、消え去りそうな命を救うべくドゥエロが全知識を総動員してメイアの治療を続けていた。

二人はそれこそ死にもの狂いで看護を続けているが、メイアの容態は一向に快方へは進まない。

当のメイアもうすぼんやりと瞼を開いたまま、どことはなしに視線を泳がせている。

血に濡れた瞼の向こう側より見えるのは、汗を流して休む間もなく励んでいるドゥエロとパイウェイの姿だった。

網膜に焼き付いて映像として二人の姿を認識してはいるが、メイアは実質二人を見てはいなかった。

まるでフィルターが掛かっているかのように二人の姿がぼんやりとしていて、飛び交う二人の会話も耳には届かない。

全身から襲い掛かる苦痛も感じる事がなく、メイアは全てが他人事のように感じていた。

意識は半ばあるものの、自分の命が危ない事や仲間が危機に瀕している事もメイアにはどうでも良かった。

朦朧とする感覚は通常の自己認識力を奪い、メイアの思考力も途絶えていく。

やがてじわりじわりと眠気が訪れて、メイアは静かに瞳を閉じた。

全てが力尽きてしまったのか、目を閉じたと同時に脳波や心拍数が急激に衰え始める。

生命反応が微弱になって行く事にドゥエロが危機感を感じてメイアに呼びかけるが、メイアはその声すら届かなかった。

閉じられた視界は一切の情報を遮断して、メイアは闇に身を浸した。

圧倒的な眠りへの欲求にメイアは抗う意識もなく、ただひたすらに意識を堕として行く。

何もかも、全てがどうでもよかった。

ただ何も考える事無く眠りに就きたかった。

苦痛を訴える肉体が休憩を求めているのか、疲弊した精神が安らぎを求めているのか。

メイア本人にもそれは分からない。

今あるのは何もかも投げ出そうとしている一個人の憂いの少女の哀しいなれの果てに過ぎない。

思考も何もかもが消えていきそうな生と死の狭間において、奈落へ引き込まれようとするメイアに一瞬の煌きが走る。

ともすれば見逃しそうな光をメイアがぼんやりを見つめると、光は次々とフラッシュバックしていく。

瞳を閉じた闇に膨大な光が生まれ、メイアそのものを飲み込んでいった・・・・・





『それはオーマからのプレゼントなのよ・・・』


 何の変哲もない一室。

どこにでもある一般家庭住宅の一階において、一人の少女と大人の女性がいた。

洗面所に設置されている鏡の前にて、髪飾りをつけた少女は映し出されている自分を見つめている。

後ろから話し掛けている女性は困ったように少女を見つめながらも、その瞳は優しい光を放っていた。


『お前は優秀な子なんだ』


 黒髪の女性が背後より笑顔を向けつつも、その隣にいる赤い髪の女性が自慢げにそう囁いた。

二人の傍らに立っている青い髪の少女は女性の言葉に一瞬きょとんとし、そして嬉しそうな笑顔を浮かべた。

少女が二人が大好きだった。心から尊敬もしていた。

何故なら二人は少女にとって誰よりも大切な両親だったのだから――


『まあ、こんなに汚して!?』


 明るい部屋に中央で、黒髪の女性はため息を吐いてそう言った。

一日中外で遊びまわった少女が泥だらけで家に帰ってきたのだ。

女性は少女の若さあふれる元気さに苦笑気味だったが、それでも少女を心から怒りはしなかった。


『貴方はオーマになるのね・・・』


 こじんまりとした居間に、少女と黒髪の女性が座っている。

甘えるように少女が青い髪を揺らして黒髪の女性にもたれかかり、気持ち良さそうに目を閉じていた。

ぐっすり眠る少女に女性は安らぎを感じつつ、呟く様にそう語った。

女性は天使のように可憐なこの少女の未来が明るく幸せな未来になるよう祈らずにはいられなかった。

何故なら女性にとって少女は誰よりも愛する自分の娘だったから――





 一つ一つの世界が形を成して、メイアの前に投影する。

薄暗いモノトーンのように不確かな連続した場面に、メイアは懐かしさと悲しさを感じていた。

青い髪の少女、黒髪の女性、赤髪の女性。

そして三人が形成している幸せそのものの家庭模様。

どれもこれもメイアには懐かしい光景であり、もう二度と帰ってはこない夢の残骸だった。

心象風景。

映し出された世界は自分の過去であり、幼き自分と自分の両親の姿だった。

いつも自分を優しく育ててくれた黒い髪の女性、母親。

いつも自分を大切に見守ってくれた赤い髪の女性、父親。

女性社会が原点であるメジェールでは両親共に女性であるのは当然であり、メイアはこの二人に育てられた。

育まれた時間はメイアには本当に大切な思い出ばかりであり、心から幸せだったといえる時間だった。

人は自らが死を感じたその時に、己の人生を走馬灯のように振り返るという。

次々と浮かぶ映像は紛れもないメイアの昔であり、己の過去が見える事にメイア自身は何も疑問に感じる事はなかった。

今見えている事、今感じている事、それだけが真実だった。

場面が切り替わる。

心象風景には一連性はなく、断片的な情報としてメイアの脳裏に木霊するかのように表示されていく。

次に映し出されたのはクリスマスの映像だった。

煌びやかなネロンが七色に光るツリーを飾って、母親が自慢の手料理を作っている。

娘と夫と過ごす夕食時を楽しみにしているのだろう。

モノトーン色のはっきりとはしない過去の風景でも、メイアには母親の笑顔が眩しく写った。

少なくとも自分にはあのような幸せそうな笑顔を浮かべる事は出来ないだろうから。

まるで窓の向こうから中を覗き込んでいるような他人の視点で母を見つめ、メイアは心の内に呟いた。


『優しい母だった・・・・でも、心の何処かでは軽蔑していた・・・』


 メイアの独白に合わせるかのように、風景は再度変換される。

クリスマスの場面より変わって、今度はとある実験室のシーンがおぼろげに見えてくる。

母親は白衣を着てフラスコを片手に、実験レポートを作成していた。

その姿は家庭での親としての暖かい表情とは違い、一人の科学者としての母親の姿が映し出されていた。

メイアは真剣に実験に取り組んでいる母親を見つめ、感情のない声で空ろに呟き続ける。


『弱い母親・・・ずっとそう思っていた。自分がもう十分に大人だと思っていたから・・・』


 寂しく、悲しく、声は内に響く。

家庭での母親は、常にメイアには笑顔を向けていた。

幼い頃のメイアが悪戯をすれば咎めはしたが、本当の意味で責め立てたりはしなかった。

メイアが他人に危害を加えたり、他人を傷つけたりすれば、母親はただ相手側に謝罪していた。

母親のそんな様子を見つめて育ってきたメイアは、母親の態度を軟弱だと感じていたのだ。

笑顔を絶やさない事を媚を売っているのだと思い、他人に平気で頭を下げる事に惰弱を感じていた。


『あんな母くらい自分で守れるのだと思っていた・・・・そう思っていた・・・』


 科学者としての面と親としての面を持つ母親。

優れた能力と健やかな優しさを持つ女性だったがゆえに、メイアを幸福に育てる事が出来た。

事実メイアの過去として映し出されていく母の顔に苦労の顔は微塵もない。

洗濯物を畳む母、メイアに自分の研究の一端であるフラスコの中身を笑顔で見せる母。

そして豪華な装飾のついたオルゴールに髪飾り。

髪飾り、映し出された思い出の品の一つであるそれはまぎれもないメイアが常に身に付けていたあの髪飾りである。

一つ一つが、本当に大切でかけがえのない時間だった。

母が、父が、メイアが、三人が家庭となって心温かく過ごして来たのだ。


『だけど・・・・・』


 メイアの逆説的な言葉により、平和な光景は一転する。

これまで住んでいた自分の周りの環境の全てを吹き飛ばすが如く、突如映像は大爆発を起こした。

キノコ雲が濛々と上がり、火災の魔の手が近隣を容赦なく蹂躙する。

大規模な爆発はメイアの住んでいた家から近所の住宅街全てを焼き尽くし、飲み込もうとしていた。

急遽消化活動を行う人間達に逃げ惑う人々。

荒れ狂う火の渦は自然に消える事を待つにはあまりに大規模であり、人為的な消去を行うにはあまりに人知を超える質量だった。

大挙して非難する住民達の列に逆らうように、幼いメイアは必死に手を伸ばしている。

人の流れに逆流して切に訴えるメイアの視線の先には母親が立っていた。

悲壮な顔をして母にメイアは何かを訴えるが、母親は・・・・・

いつもと変わりない優しい笑顔を浮かべ、ただ首を黙って横に振った。


『・・・気づいたんだ・・・本当は私が守られていた事に・・・・・・
最後に・・・やっと・・・・』


 爆発。

本爆発とも言える先程とは比べ物にならない破壊の嵐に、母親は飲み込まれて消えていった――





「あっ!?」


 汗めぐるしく看護を続けていたパイウェイが驚愕の声を上げる。

突如の助手の素っ頓狂な声に目を見開いて、ドゥエロは尋ねた。


「どうした。何か起きたか?」


 現状でもメイアの状態は極めて悪いの一言であった。

体力・気力共に衰弱を続けており、頭部の外傷が思っていたよりも悪化の傾向を辿っている。

海賊母船医療室側に搭載されていたメジェールの医療技術を持ってしても、メイアの命を繋ぐので精一杯だった。

通常とは比べ物にならない警戒心と緊張感を漂わせているドゥエロに鋭く問われ、まだ十代前半の幼いパイウェイは首を窄める。


「う、ううん!?メイアに異常があったというか・・・・」

「気にかかる事があったのなら言ってくれ。今はどんな反応でも人体に影響する恐れがあるんだ」

「そ、そこまでじゃないよ。ほら見て」


 気弱に促すパイウェイに、ドゥエロは怪訝な顔をしてメイアを見つめる。

パイロットスーツを脱がされて治療に取り掛かっている現在も、メイアの全身は血と汗で濡れている。

一つ一つの状態を確かめて、最後に頭部を見つめた所でドゥエロは納得する。

医療機計の機械音のみが響く医療室内にて、パイウェイの言葉が心に染みるかのように静かに広がる。


「初めて見た・・・メイアの・・・涙・・・・」


 静かに瞳を閉じているメイア。

その瞼より、一筋の涙が頬に流れ落ちていた―――














 命を賭けた攻防戦は一向に終わりを見せないままに、戦いの火花を散らし続ける。

赤紫色の軌跡を宇宙に描いて、超加速で迫り来る鳥型はドレッドチームに痛手を与えていた。

前半メイアが指揮する事で遅れを取っていたキューブ型は全機数を二百以上にまでその数を増やしている。

統率が取れているからこそ、力を発揮するドレッドチームの指揮系統が通常な働きを見せていないからだった。

奮戦するドレッドの数は敵に半比例してその数を激減させており、今はもう半数以下にまで落ち込んでいる。

母船ニル・ヴァーナも猛攻に追い込まれており、オートディフェンスは弱体化の一方を辿っていた。

休ませる時間があればペークシスの力で構成されたシールドは元の状態を取り戻す事は出来る。

問題なのは敵がその時間を与えない事と、味方がシールドを安定させる時間すら稼ぐ事も出来ない事にあった。

実戦経験を積んだ歴戦のパイロット達が集っているとはいえ、機械的な統率をしている敵艦隊に追い込まれつつある。

このままでは全滅する。

被害妄想でも悲観的でもない最悪の可能性が、マグノ海賊団に押し寄せつつあるのは明確であった。

その事実に逸早く気がついたのはバーネットだった。

メイアの次に優れたドレッドの腕前を持ち、戦術的な才能に恵まれているバーネットの直感が警告を発しているのだ。

何とかして打開策をうたなければ自分達が殺されてしまう、と。

メイアがいない以上ブザムやマグノに相談を求めたいところだが、何の連絡もない所からするとブリッジ側も対処に難儀しているのだろう。

となれば、この状況を何とかできるのは最早一人しかない。

バーネットは一番の頼みの綱としている人物に助けを求める通信を送った。


「ジュラ、聞こえる?このままじゃ全滅してしまうわ。早く何とかしないと・・・・
聞こえているの、ジュラ!」


 ジュラに対して、バーネットは普段は一歩置いた関係を保っている。

仲の良さはマグノ海賊団でも指折りなのだが、麗しい容貌と性質を持っているジュラに引き立て役として徹しているのだ。

いつもならジュラの言葉や命令には従っていたし、ジュラの意見を尊重して促すような事はしない。

それゆえに自重はしていたのだが、現状ではもうそんな事は言ってられなかった。

形振りかまわずにジュラに助けを求めるバーネット。

心境として最も信頼しているがゆえに、ジュラなら何とかしてくれるという気持ちがあったのかもしれない。

勝気なバーネットがここまで気弱な様子を見せて来る事に、当のジュラは困惑していた。

現状況にて鳥型の攻撃を食らってしまったジュラは機体を破損させてしまい、自慢の防御力を何割か低下させている。

その上他のメンバーからの集中的な助けを呼ぶ声に、ジュラの精神は疲弊しきっていた。

重ねて今度は自分の片腕とも言うべきバーネットにすら助けを求められ、ジュラは自分達がどれほど追い込まれているのかを知る。

外部モニターにて果敢に破壊活動を行っている敵に、味方が一機また一機とやられている姿が嫌がおうにも見えてしまう。

母船も随時攻撃されており、このままではシールドを破壊されて母船が破壊される。

全ての仲間の命が自分にかかっているという重みがひしひしと伝わってきて、ジュラは背筋が凍るのを感じた。

脅迫的概念に近いリーダーとしてのプレッシャーをジュラは感じてしまったのである。

自分がミスをすれば仲間に迷惑をかける、自分が失敗すれば仲間が死んでしまう。

たった一つの過ちが全てを崩壊させる破滅のスイッチを自分が握っているのである。

頼られるという事は、信頼されているという事。

信頼という言葉は強い絆を意味するが、時として重荷となる意味も含んでしまう。

特にジュラは常日頃は自分を第一とした態度を大きく見せてはいるが、その実彼女は子供のような依存症を持っている。

他人に頼られるより、他人に頼った方が心地良いと感じる性質なのだ。

いつも態度が大きいのはいざとなったら何とかしてくれる人間がいるからであり、ジュラには頼れる人間が必要なのだ。

この辺りはバーネットや他のメンバーも多かれ少なかれ持っている。

戦闘能力が高いパイロット達であるとはいえ、十代のうら若き女性達ばかりなのだ。

これまでは彼女達の頼れる人間はメイアであり、ガスコーニュであり、ブザムであり、マグノだった。

現在メジェール本星で帰りを持つ残りの仲間にも頼れる人間だっている。

しかし、今の苦境にはその頼れる人物の助けの手は誰からも回ってはこない。

結局メイア達重鎮達も自分達より少し強いだけであって、人間的な弱さを持っているのは誰もが同じなのだ。

奇しくも現況が何よりそれを証明していた。

精神的にも甘える事の出来る人間、如何な苦境でも自分を守ってくれる強い人間。

その役目を自分が背負わされている事を実感し、ジュラはとうとう全てをかなぐり捨てたかのように叫んだ。


『もう、あたしに聞かないで!!』


 自分を呼ぶ一人称も変わってのジュラの怒鳴り声。

圧し掛かる責任への重さに、ジュラは完全に投げ捨ててしまったのだ。

コックピット内の彼女は苦しみに彩られた表情をしており、もう何も聞きたくないと言わんばかりに耳を塞いでいる。

ジュラの発言内容に信じられない思いで、バーネットは同じく声を張り上げた。


「何言っているのよ!このままじゃどうしようもないのよ!
ジュラがやらなくて誰がやるのよ!!」

『あたしには無理よ!どうしてあたしがやらないといけないのよ!
無理よ、絶対・・・・・』


 通信の最後には嗚咽が混じっていた。

悲しみに曇ったジュラの悲痛な声に、バーネットは自分がどれだけジュラを追い込んでいるのかを知る。

ジュラもまた、一人の戦友であり自分と同じ女なのだ。

心身的にかかっている負担は自分とは比べ物にならないのだろう。

その点は確かに反省すべきなのだが、現状は自分達ではどうしようもない程に追い込まれている。

ジュラに責任を求めているのも、苦難に満たされている戦況を覆してほしいがためなのだ。

だが、ジュラではもうどうにもならないのだろう。

そう認識したバーネットは目の前が真っ暗になるほどの暗澹とした気分に陥る。

バーネットのコックピット内では今も随時外の状況がモニター越しに伺える。

絶望的な思いでなんとはなく見つめていたバーネットだったが、敵の動きが変化しつつある事に気がついて目を向けた。


「カイ・・・か」


 バーネットはモニター映像のとある一点を見つめ、半ば小さくそう呟く。

ランダムにドレッド達や母船を襲う敵の群れの中を、一機の蛮型が駆け抜けていた。














「鬱陶しい奴等だな!とっとと退散しやがれ!」

 両手に掲げたブレードが残滓を描いて空間を切り裂く。

突如母船より出現した蛮型を狙ってキューブ型数機がビームを掃射して襲い掛かったのだが、勝負は一瞬だった。

元来の戦闘力が凡庸なキューブ型では熟練しつつあるカイ相手には勝てず、胴体を切り裂かれて爆発炎上して消える。

そのまま止まる事無く宇宙空間を駆け抜けて、片っ端から敵を切り裂いて行った。

母船周囲は既に敵の群れで包囲されている状況なのである。

つまり周囲は敵だらけという事であり、近距離であろうが遠距離であろうが関係はなかった。

近づく物攻撃してくる物は全て敵であり、カイはただブレードを振ればそれで事足りる。


「はあはあ・・・・おらおら、どうしたこら!
俺はまだまだ戦えるぞ、てめえら!!」


 きつくモニターを睨んで、カイは敵意を剥き出しにした顔をしている。

これまでの実戦ではカイは確かに危機迫り来る状況は何度もあったが、これほどまでに闘争心を露にした事はない。

今まで全ての苦境は言ってみればカイにとって壁であり、乗り越えなければいけない試練とも思っていた。

困難を乗り越える事で自分が成長するのだと感じており、敵を敵として認識した事はほとんどない。

宇宙一という夢を叶える為のステップアップとも考えていたのだろう。

だが現況のカイはまるで違う。

隈なく襲い掛かる敵に苛立ちを感じており、歯軋りしかねないもどかしさがあった。


「いちいちいちいち俺達にちょっかい出しやがって!むかつくんだよ!!」


 計算も何もない、ただ闇雲に敵を倒すだけの戦法。

まるでピロシキ型を相手にした初戦の様にがむしゃらな戦い方であり、無我夢中でブレードで敵に切り裂いているだけであった。

近距離戦では絶大な戦闘力を誇るカイの蛮型ではあるが、本人の資質も関連している。

操縦者がカイであるという事で、これまでも今も確かに有効的な痛手を与えられていた。

あくまでもキューブ型には、である。

法則もチーム性もあったものではないカイの動きに気がついた鳥型は、一斉連射で遠巻きにカイ機にレーザーをぶつけた。

普段の冷静さがあればカイは退避出来たであろう。

だが目の前の敵を倒す事に意地になっているカイには遠距離の敵の攻撃がまるで見えず、その殆どを直撃させてしまった。

激しい衝撃がコックピットを揺るがし、情報計には深刻な装甲ダメージを操縦者に訴えかける。


「くそう、よくもやりやが・・・・!?
あ・・・・」


 瞬間、一秒にも満たない時間。

射撃を仕掛けてきた敵を蛮型のモノアイより表示されていたのだが、カイは見てしまった。


「あいつ・・・・・・・・」


 自分にレーザーを向けた鳥型の群れ。

その内に嘴を破損させている一体を――


「あいつが・・・・あいつが・・・・・・・・・・・・・」


 ぎりぎりと眉間に皺が寄せられ、目付きが厳しく細められる。










『こんな時に気休めを言っても仕方がないので言う』





 




 表情が押し寄せる感情を表すかのように怒りに染まる。










『・・・・覚悟はしておいてくれ』










 ドクドクと心臓が激しい鼓動を行う










『頭部への外傷が酷い上に、心肺機能が低下し続けている』










 噛み締めた唇からは血が流れ出し、拳がギュウっと硬く握り締められる。
 









『このまま手術を続行すれば・・・・』










  「全部・・・全部・・・てめえが・・・・・」










『・・・・メイアの身体がもたない』










   心のタガが外れる。
 









「てめえがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ブレードを片手に、蛮型の背中よりブースターが噴射される。

蛮型の出せる最高速を持って、カイは雄叫びをあげて突進を行った。

最早キューブ型がどうの、味方がどうの関係がなかった。

眼前にある全てを障害物のように衝突し、ぶつかり合ってカイは一心不乱に向かっていく。

狙いはただ一点。


「よくもやりやがったな・・・・よくもあいつをやりやがったな!!!」


 接近を試みる物、立ち向かう物全てに目を向ける事はしなかった。

自分と標的、真っ直ぐに向かう進路。

進路上にあるものはドレッドであれ力任せに突き飛ばし、敵であるならば叩き伏せて強引に通した。

無論こんな無茶苦茶な突進を黙って見ている敵ではない。

格好の的とばかりに次々とレーザーの嵐をお見舞いして、蛮型にダメージを与えていく。

だが、自分の状態すらもカイには眼中になかった。


「てめえだけは絶対に俺がぶっ殺す!待ちやがれ、こら!!!」


 蓄積されていく負傷に機体が悲鳴をあげているのだが、カイは全く意に返さなかった。

モニターも全方位から一点集中に切り替えて、嘴が破損している鳥型のみを補足していた。

確認すると全速力で追いかけてはいるものの、自分と相手の距離差が大きくなっていっている事にカイは気がつく。

それは当然の話で、鳥型はそもそもドレッドよりも数段速い。

ドレッドよりも機動力が低い蛮型に速度勝負で挑んで勝てる訳がなかった。

事実を認識したカイは遠のいていく標的に歯噛みして、ふと閃く。


「そうか、遠距離射撃なら・・・・・ちっ!」


 舌打ちをして、カイは通信回線を開いた。

明らかに渋々といった感じでラインを繋げると、モニターに憂いを帯びた表情をしているディータが映る。


『宇宙人さん!?よかった、大丈夫?
突然飛んでいっちゃったから心配し・・・・』

「・・・合体するぞ」

『え?』


 蛮型は近距離戦専用であるがゆえに、遠距離にいる敵に対してはほぼ無効といえる。

これは蛮型全般に言える事だが、カイの蛮型は唯一の例外要素があった。

そう、合体である。

ディータと合体した時は人型の巨人と化して、背中に背負っている二対のペークシスキャノンを主要武器とする。

絶大な威力を誇るこの武装ならば逃走を続けるあの鳥型に効果があると踏んだのだ。

本来なら自分一人で倒したい敵なのだが、この際仕方がなかった。

何としても潰さなければいけない奴なのだから。


「二度はいわねえ。するのか、しないのか?」

『で、でも宇宙人さん・・・・』

「はっきりしろ!!こっちは忙しいんだ!!」


 操縦桿を力任せに殴って、カイはディータに怒鳴り散らした。

今までにない怒りの表情で見つめられて、ディータは怯えた様に体を縮ませて小さく頷いた。

本来なら常日頃合体を嫌がるカイからの申し出に、純粋にディータは喜べる筈であった。

だが、今目の前で通信をして来たカイはどこか普段とは違っている。

これほどまでに怒りを剥き出しにしたカイを見るのは初めてで、ディータは戸惑いを隠せない。

ディータのそんな心境にはお構いなしに、カイはさっさとディータ機と合流した。

そのまま二体は接近をして、眩い光が溢れた後に合体する。





・・・・・筈であった。





「えっ!?」

「なっ!?」


 信じられないとばかりに、二人の声が重なる。

ドレッドと蛮型、二機は確かに重なって青白色の光が発生した。

そこまでは良かった。

光の中で二つは一つとなり青い色を称えた巨人が誕生した瞬間、突然分離するまでは――


「てめえ、どういうつもりだ!!!」


 弾かれて急速に離れていく自分とディータ機に呆然となりつつも、カイは通信を再度開いた。

合体が解けたのがディータが何じゃしたからだと思って怒鳴るカイに、ディータは必死で首を振る。


『し、知らないよ!ディータ、何もしてないよ』

「嘘つくんじゃねえ!合体は意思次第で解除される事もあるだろうが!!』

「本当だよ!宇宙人さんを拒絶したりしないよ〜」


 泣きそうになっているディ−タに、カイは嘘がない事を知る。

カイは苛立ちを抑えないまま、激情に任せて言い切った。


「もういい!俺一人であいつをぶっ潰す!!
あの野郎だけは死んでも許さ・・・・・・!!」

『あっ!?宇宙人さん、危ない!!』


 認識した時は既に遅かった。

怒りと憎しみに身を任せているカイには、ディータの言葉の意味もよく理解しようとはしなかったのだ。

瞬間、流星群の巨大な破片の一つが分離により体勢が狂ったカイ機の眼前に押し寄せて来る。


「ぐぁがっ!?」


 まともに正面衝突したカイは巨大な岩に跳ね飛ばされ、額より生暖かい液体が夥しく流れるのを感じた。



































<Action5に続く>

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