ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 23 "Motherland"






Action30 -火処-








「タラーク帝国特務諜報部中佐、"浦霞天明"」


 ブザム・A・カレッサは――ブザムと名乗っていた者は今、告解した。

首元につけられていたチョーカーに手を置いた瞬間、ブザムの声は女性から男性へと変化した。ボイスチェンジャー機能、単純ではあるが印象がまるで異なる。

外見に至っても、洗練された女性にしか見えない。単純な整形手術だけではなく、よほどの教育と徹底した教練がなければ、身に付かなかっただろう。


それほどまでに磨き上げられた、超一流のスパイだったのだ。

「階級中佐、認証コード2038――認証、開始」

『認証完了、貴官の武勲に期待する』


 残酷にも、タラーク側で備え付けられていた防衛装置が裏切り者であることを教えてくれた。

誰もが声も出ない、声さえも出せない。恐るべき事実の裏付け、真実は時に残酷でさえもあった。


誰もが何も言わない中で唯一、スパイであったものだけが告げる。


「……エズラ、この地点にマーカーを残しておけ」

「は、はい!」


 裏切り者であるはずの人間より命令を受けて、エズラは面食らいつつも素直に指示に従った。

真実が素直に受け入れられないこともあるが、それ以上にブザムという人物の信頼は大きかった。


事実を告げられても尚、この人物は間違いなくマグノ海賊団の副長だった。


「これよりスパイ一名、監房へ収容する。保安クルー二名、同行せよ!」


 そしてその人物本人が自らスパイであることを告げて、捕縛を強要した。

もはや逃げられると悟っての諦観ではない。マグノ海賊団の副長としての義務であり、責任感だった。

裏切り者だという断罪の声が、この期に及んでも出なかった。今までずっと騙されていたのだと分かっても、罵倒しない。


クルー達は皆、経験を通じて思い知っている――かつて男だというだけで、カイという人間を放り出し、殺してしまうところだったのだから。


『――了解しました。ただし、手錠はかけません』

「むっ、それは……」


『必要、ありませんから』


 ――馬鹿なことだと思いながらも、ブザムは苦笑して俯いた。何も言えない、言えぬことだと分かっているから。

保安クルーの返答が、その声が震えているのも感じ取れた。

動揺を全く殺せていない未熟と、動揺していても判断せしめた成長が、ブザムにとっては何よりの手向けに思えた。


彼女達クルーもまた、成長している。救えてよかったと、普通に思えた。


「――すまなかったね、他に方法はなかった」

「! ご存知、でしたか……」


 この時、ブザムはようやく思い知った。マグノはこの事態に消極的だったのはカイ達を信じ、自分という人間を信じていたのだ。

ブザムがマグノ海賊団へのスパイだと知りながらも重用したのも、作戦における全権を委ねてきたのも、信頼していたから。

危険な賭けである。土壇場で裏切られていたら、マグノ海賊団は危うかった。スパイという存在は、海賊にとって何より恐れる禁忌だ。


そこまで理解していながらも、マグノはブザムを自分の右腕として信頼していた――この状況に陥ろうとも。


「偽りの日々を重ねましたが、1つだけ真実が残りました」

「……」


「貴女は、素晴らしい方だ。私は僅かな間でも、貴女に仕えられた事を誇りに思います」


 ――それが、最後の敬礼だった。

マグノ海賊団副長としての役目を降りた、裏切り者の結末。何よりも残酷で、どこまでも優しい終焉。


ブザム・A・カレッサは保安クルーにより、そのまま連行されていく――


『――どうして』

「……」


『どうして、僕達に打ち明けてくれなかったんだ!』


 操舵席からの、苦渋と無念に満ちた声。

悲鳴の如きバートの呼びかけにブザムは一瞬足を止めるが、そのまま歩いていく。

保安クルーは動揺しながらも唇をかみしめて、責任を果たす。


『僕達は、貴方にとってそんなに頼りなかったのか! 僕達は、貴方にとってそれほど信頼できなかったのか!』

「……」

『貴方がどんな人間だったとしても、僕達はきっと力になっていた。たとえ貴方がタラークより送られたスパイだったとしても――
僕達三人は絶対に、あなたの味方になっていた。誰がなんと言おうと全力で、僕達が貴方を守っていた!』


 バート・ガルサスは、心の底から思う。もしもカイやドゥエロという友人がいなければ、きっとこの船で生きていけなかった。

女性ばかりの船で男という存在が、どれほど肩身の狭い思いをするのか。どれほどまでに、苦しい思いをしなければならないのか。

約一年間健やかに生きていけたのは、苦楽を共に出来た男達がいたからだ。胸を張って、素晴らしい友達に巡り会えたと思える。


だから――女を装っていたブザムがどれほど辛かったのか、魂が震えるほどに共感できた。


『だって、貴方はいつだって厳しくて――本当に、尊敬できる人だったから!』

「……っ」


 ――操舵席の中で、バートは無念の涙を零した。ブザムへの非難は微塵もなく、ただ自分の未熟を呪った。

何故、気付いてあげられなかったのか。何故、分からなかったのか。何故、救ってあげられなかったのか。


ただただ悔しくて、バートは号泣する。


『――ドゥエロ』

『ああ、分かってる。このままになどするものか』


 そして、他の男達も同じだった。

絶対に、このままには出来ない。このまま、幕引きになんてしてやらない。


だって、同じ男なのだから。















<END>







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