ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 22 "Singing voice of a spirit"






Action24 -戯論-








 ――カイ・ピュアウインドという人間は、この世に存在しない。


名付け親のマーカス、タラークの酒場の主人が友人の手で拾われた子を育てた。期限は何もなく、貧民街の片隅で転がっていただけの子供。

大怪我を負っており、記憶は何も残っていなかった。誰も知らず、何も分からず、何の意味もなく、捨てられていた。


 ――カイ・ピュアウインドという生物は、この世に存在しない。


父親と呼べる人間はなく、母親と呼べる人間はいない。遺伝子は与えられたものであり、与えられた遺伝子は劣化していた。

優秀と呼べる頭脳は、ない。屈強と呼べる肉体は、ない。天才と呼べる才能は、ない、何の価値もなく、捨てられていた。


 ――カイ・ピュアウインドという個体は、この世に存在しない。


時代の片隅に放置され、時空の片隅に置き去りにされ、空間の片隅で見捨てられた。

認証されず、認識されず、認可されず、認知されなかった。何の軌跡もなく、捨てられていた。


 ――カイ・ピュアウインドという動物は、この世に存在しない。


男を知らず、女を知らず、人間を理解していなかった。人であることも、受け入れられなかった。

地球では、道具だった。タラークでは、歯車だった。ニル・ヴァーナでは、捕虜だった。何の甲斐もなく、捨てられていた。


 ――カイ・ピュアウインドという存在は、



自分自身で、証を立てた。



自分とは誰か、自分で名乗りを上げた。

自分とは誰か、自分で価値を立てた。

自分とは誰か、自分で作り上げた。


自分とは誰か――





自分で、物語を創り上げた。





「――つまり、彼は誰かの『代役』だったということか」


 地球の高名な博士の遺伝子より製造された、クローン人間。不要と断じられて、実験材料として時空の片隅に捨てられた存在。

本来存在しなかった人間が時空間に干渉して、因果が乱れた。本来『誰か』に与えられるべき運命に、干渉してしまった。

カイ・ピュアウインドという存在は、常に誰かの代わりでしかなかった。


「もし彼がタラークに存在しなければ、『別の誰か』がこの船に乗り込んでいたのかもしれない」


 そして自分と会い、同じ運命を歩んでいたのかもしれない。この船で共に戦い、故郷を目指して切磋琢磨していた。

ピョロより与えられた情報は、記録でも何でもなかった。高名な博士の遺伝子より誕生した人間の、成れの果てが書かれていただけ。

特別でも何でもない、誰でもない存在が伝えられただけだった。


価値ある者、本来の歴史に存在していた者――


『その者の名は』

「不要だ」


 ドゥエロはこの時生まれて初めて、真実を知る事を拒否した。


常に探求していた者が、遂に真実へ至る道を閉ざした。自分自身のルーツを知る術を、自ら断ち切ったのである。

自分自身を否定する愚行を犯して、ドゥエロは清々しく微笑んだ。意味もなく、笑い出したくなった。


知る必要はないことが、これほど愉快だとは思わなかった。


「彼の事を教えてくれたことは、感謝する。彼自身も、自分の事は自分で知るだろう」


   口にしておいて、ドゥエロはふと思い立った。カイも、故郷を前にして自問自答を行っているのかもしれない。

今どのような状況に置かれているのか定かではないが、尋常ならざる事態に置かれているのは間違いない。

彼の情報が今になって明るみに出たのは、彼自身が問い質している証拠だった。


カイ・ピュアウインドという存在は何者か――彼自身が今、問うている。


「安心するといい。その答えは君ではなく、彼が自分で出す」

『……』


「その答えを出したその時、彼はきっと『君』の事を知るだろう」


 停止したままのピョロに、ドゥエロは微笑みかける。医療机にあるカルテに手を伸ばし、そっと開いた。

自分自身で記載した、カイの医療診断記録。情報は全てノイズとなったが、自分で記載した彼自身は残っている。それで十分だった。


「最後の試練が、自分との戦いとは――何とも君らしいな、カイ」


 きっとまた、怪我をして帰ってくる。その時彼の身体を手当するのは、自分の役目だった。

何処かに居る誰かではなく、彼は自分の友を待っている。























<to be continued>







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