ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 22 "Singing voice of a spirit"






Action23 -私事-








 ――ただひたすらに、険しい崖だった。



精霊の祠と名付けられた大穴に落とされてから、数刻。意を決して、カイは登り始めた。出口がない以上、登るしかなかった。

手足をかけられる溝や岩場は存在し、崖の表面も荒々しい。タイルのような滑らかさだと助かりようがなかったが、怪我をしたカイでも登れなくはなかった。

通常こうしたロッククライミングは技術や道具が必要となるが、その点については素人でも登れるような崖だったのは幸いといえる。


ただ本当に、ひたすらに険しい。


「高所恐怖症だったらどうするんだ、この試練は……」


 カイは最初から、この試練について体力を求められているとは思っていない。

明らかな体力勝負を強いられているが、タタンカ達が求めているのは別の事だろう。険しい崖を登る事で、何かを見出そうとしている。

とはいえ、非力な女子供だと到底登れなさそうな崖である。あの集落には女子供も多数いたのだが、どうやって試練を突破したのだろうか。


この試練を通じて、やはり彼らが求めているのは――


「この程度で、追い詰められたりしねえよ俺は」


 心の試練、精神修行。悟っているからこそ、軽々にカイは追い詰められたりはしない。

険しい崖を登って傷ついた手足は悲鳴を上げており、怪我で疲弊した体力は低下している。息を荒げているが、それでも屈してはいない。

答えは単純だ、命の危機ではない。この場には、敵がいない。崖は自然であり、自然は敵ではないのだ。


パイロットであるカイが、恐れるべき事はない。


「こんな事をやっていて、本当に精霊と対話ができるようになるのかな」


 疑問だった。始めた当初から思っていた疑問が、疑惑に変わりつつある。

苦境に立たされた人間が、発奮するケースは珍しくない。何しろカイ本人が何度も味わった経験であり、いわば火事場のクソ力で乗り越えた事もある。

そうした勢いによる力は、決して侮れない。カイは実体験で理解しているからこそ、この程度で追い詰められたりしない。


つまり、試練として成り立っていない。


"恐れるな"

「! この声は……長さんか」


 崖を登っている最中に、わざわざ周囲を見渡したりはしない。

彼がここに居るかどうか、論議する意味さえもない。長の"声"は、声そのものではない。耳ではなく、脳に伝わる声無き"声"なのである。

彼ならば、距離さえも関係ないのかもしれない。何処に居ようと、カイにまで届けられる。


だからこそ、精霊にまで届けられる。


「恐れているとは、どういう意味だ。俺は別に怖がっていないぞ」

"闇を恐れず、心を開け"

「精霊の声は聞くくせに、人の話を聞かない人だな……だから、俺は」


"恐れるな"

「――!」


 カイの背筋が、凍った――試練に疑問を持つ、それこそが恐れなのではないだろうか?

この試練に、意味は無いと思っている。意味が無いのであれば、精霊との対話が行えない。つまり、自分には出来ないと思っている。


自分で、自分の可能性を否定している。


"闇を恐れず、心を開け。さすれば、精霊はお前に心を開く"

「……言ってくれるじゃないか」


 試練への疑問、自分への疑惑――心を覆う闇こそが、恐怖を生んでいる。


何の説明もなく、こんな状況に置かれれば動揺や恐怖を呼んでしまう。それこそが闇であり、負の念だと長は言っている。

カイは、多くの戦いを経て成長している。多くの苦境を乗り越えて、心身とも変化している。多くの難所を突破して、強くなっている。


そうした強さが信念となり、時には固定観念となってしまう。


「動揺しない心が、強いとは限らないのか」


 死を克服したと思っていた。恐怖を乗り越えたと思っていた。そんな自分が、強くなったと思っていた。

だがその冷静さが、新しい疑心を生んでしまっている。賢しらな心が、純粋さを殺してしまっている。

長の忠告は、確かに的を射ていた。こんな事をして何になるのか、疑問は強くなるばかりだった。


だが一体、どうすれば心は晴れるのか。


「どうやったら、自分の心は開くんだ」



 ――崖は険しく、切り立っている。























<to be continued>







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