ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 21 "I hope your day is special"
Action23 -錦織-
考えてみれば、当たり前だった。廃棄が決定された脱出ポットに、わざわざ酸素を供給しておく必要は全く無いのだ。
普段当たり前のように空調の恩恵に預かっているが、宇宙空間にいる以上酸素も有限である。ペークシス・プラグマの空調変換によって、通常の生活が保たれているだけだ。
だからこそ、パルフェ達機関チームは日々ペークシスの働きに一喜一憂している。万が一停止すれば空調が止まり、窒息してすぐに死んでしまうからだ。
人間色々な死に方があるが、窒息死は相当苦しい死に方である。歴戦のパイロットでも恐怖を感じる、死に方であろう。
「ポット内の酸素が、もうすぐ尽きる。決断が必要だ」
「大人二人に、赤ん坊一人。お前の話だと、この人数では数分しか持たないんだったな」
「残念ながら、救助を待つ時間はない」
酸素が無くなると分かって二人は呼吸を控えているが、無駄な足掻きでしかないのも分かっている。焼け石に水どころの話ではない。
分単位どころか、秒単位しか時間を稼げない。稼いだ所で、救助はとても間に合わない。無駄な努力でしかなかった。
それでも二人が努力を怠らないのは、そうした無駄な足掻きによって今まで生き延びてきたからだ。
本能レベルで刻まれた生存への執念が、簡単に諦めることを許さない。
「我々全員、助かる術はない。ならば、お前やカルーアを犠牲にしてまで私が生きる理由もない」
「……捨て鉢になっている訳ではなさそうだな」
「生憎だが、自暴自棄にもなっていない。本当に、どうしようもないんだ」
ディータあたりがこうして簡単に白旗を上げていれば、カイはきっと怒鳴っていただろう。
簡単に諦めるなと、真剣に罵倒していた。無駄に命を散らす愚かさを、彼は許さない。人は、懸命に生きなければならない。
命の価値は人それぞれだが、無くしていい生命はないと思っている。簡単に死んでしまうからこそ、必死で生きなければならないのだ。
だがどれほど懸命になってもどうにもならなければ、命をどう選択すればいいのだろうか。
「一人減れば生存率が上がる、その理屈自体は理解できる。だが仮に助かったとしても、残された方は地獄だろう」
「お前にとって、究極の選択なのは分かっている。無理強いする私を許して欲しい」
「ちょっと待て、落ち着け。お前、どうかしているぞ」
追い込まれているのは、カイとて分かっている。メイアは常に自分に厳しく危なさを感じさせる人間だが、死に急ぐタイプでは決してない。
他者を拒絶して孤高を貫いているのは、むしろ自分を強く在りたいからだ。強さを求める人間に、安易な自己犠牲精神はない。
だからこそメイアの提案に、カイは不自然さを感じた。責任感なのか、義務感なのか、いずれにしてもツグハグに見えて仕方ないのだ。
時間は、迫っている。さりとて、カイは自重を促す。生き残る道を、選択するために。
「男は必要ないと豪語していた、半年前のお前はどうしたんだ」
「……お前には本当にすまないと思っている。お前の価値を認めようとしなかった、あの頃の私は――」
「本当にどうしたんだ、お前。急に懺悔を始められても、俺は困るだけだ」
追い詰められて決断、まもなく死ぬからこそ本心を語っている。もっともらしい推察ではあるが、何かが違うとカイは感じた。
諦めが早いのか――いや、酸素が間も無く尽きるのであれば決断は早い方がいい。
死ぬことを覚悟したのか――確かに数分しか猶予が残っていないのであれば、死を覚悟して当然だ。
そこまで考えて、カイは気付いた。
今のメイアは――正しすぎる。
「もしかしてお前、償いたいのか」
「……っ」
「命の価値を、罪の所在ではかったんだな。
カルーアはまだ赤ん坊、未来ある人生が待っている。俺は海賊ではない人間、生きる価値のある人間だとお前本人が認めている。
一方、自分はどうか？
海賊として、今まで多くの人達から奪ってきた。強く生きて行くために、他者を拒絶して邁進し続けた。そんな自分自身を今、追いつめられて省みた。
命を取捨選択しなければならないのであれば、真っ先に自分が切り捨てられるべきだ。それがお前の決断なんだな」
「……お前という人間には、つくづく驚かされるな……」
自虐に満ちた吐露、この発言こそがメイアの真実を物語っていた。カイはめいいっぱい舌打ちして、目を逸らした。
彼女を最初否定したのは、他でもない自分だ。海賊なんて間違えていると、彼女達全員の間で宣言までしてしまった。
今でも、そう思っている。他人から奪い続ける生き方に、未来などあるはずがない。いずれ奪われて、死ぬだけだ。
罪への怒りは半年以上を通じて、罰への悲しみに変わった。罰せられるべき彼女達に、どうしようもない憐憫を覚えてしまったのだ。
「ふざけるな、こんな決断の何が償いだ。俺はまだいい、お前の命を背負わされたカルーアはどうなる」
「……お前が黙っていてくれればいいだけの話だ」
「救助が間に合ったとしても、お前が死んだと聞かされれば誰だって真相を追求する。お前はあいつらを甘く見ているぞ」
「彼女達に、私の命の価値が分かるとでも言うのか！？」
「当然だろう、あいつらはお前の――っ」
――誕生日を、祝おうとしている。
その、決定的な言葉が、言えない。
今、彼女に必要な言葉が、伝えられない。
サプライズとは、その決定的な瞬間が訪れるまで、決して伝えてはならない。
言えば今、彼女は救われる。けれど、彼女の生誕を祝う日は価値を失ってしまうだろう。仲間達の努力は全て、ムダになるだろう。
こんな馬鹿げた話があるだろうか。今伝えなければメイアは死んでしまうのに、何が誕生日だというのか。優先すべきは、命だ。
だけど今彼女に伝えてしまえば、誕生日の意味がなくなってしまう。言葉一つで彼女を救ったとしても、彼女の生を尊ぶ日は消えてしまう。
今救われても、次に続かない。
今伝えなければ、次はない。
決断したメイアの前で、カイは決断できずに唇を噛み締めた。
絶望的な、サプライズであった。
＜to be continued＞
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