ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 21 "I hope your day is special"
Action15 -漢国-
仲間達が刈り取り打倒に奮起している頃、カイやメイアも彼らなりに奮戦していた。エズラより育児を任された以上、手探りであれど真剣に行わなければならない。
ドゥエロやパイウェイが医務室を留守にしていたが、幸いにもドゥエロが普段愛読している育児書が医務机の上に置かれていた。これには、二人としてホッとさせられた。
普段持ち歩いている訳ではないが、カイにはこれがドゥエロなりの気遣いのように感じられた。サプライズミッションを遂行する上で、彼なりに手助けしてくれたのだと思いたい。
この場にはいない本人に感謝しながら、カイは育児書の頁をめくっていく。
「俺が本を読んで指示するから、お前はカルーアの面倒を見てやってくれ」
「待て、どうして勝手に役割を決める。私が育児書を読めばいいだろう」
「女の赤ん坊を、男の俺が面倒見るのか。別にかまわないけど後で正直に報告するぞ、俺は」
「うっ……」
少なくとも、ニル・ヴァーナ艦内で男達への偏見はほぼ無くなっている。とはいえ男女の垣根を完全に無くしたのではなく、男を敵視していないだけだ。
男女同盟を結んでいるからといって、男女平等が実現された訳ではない。まして年頃の男女、異性に対してはどうしても敏感になってしまう。
メジェール人であるエズラがお腹を痛めて産んだ赤ん坊を、男が育児して女が育児書を手に指示するだけというのは体裁が悪い。
メイアは世間の評判を気にする性質ではないが、仲間達の視線が気にならないほど図太い人間でもなかった。
「し、仕方ない、私が面倒を見よう。その代わり、きちんと指示を頼むぞ」
「今日俺はお前の相棒だ。共同作業といこう」
「うむ、頼もしいな」
カイは本から顔を上げると、メイアが当然のような顔で指示を待っていた。半ば冗談のつもりで言ったことを、メイアは生真面目に頷いてくれていた。
出会い頭は共に戦うことすら拒絶していた彼女が、パイロット専門外の作業にまで共に従事している。その事を、彼女はもう不思議とも何とも思っていないようだった。
何時からこういう関係となったのか、カイには心当たりがなかった。いつの間にかこうなっていた、そうとしか言いようが無い。
居心地は別に悪くはないのだが、こうした親しみを感じられる関係になるとは夢にも思わなかった。
「どうした、早く指示をしてくれ」
「あ、ああ、すまない――というか、何の指示を出せばいいんだ。具体的に言ってくれ」
「恥かしながら言わせてもらうと、赤ん坊の抱き方が分からない。先ほどのお前のように、上手な抱き方を教えてくれ」
「俺だって見様見真似だったんだが、えーと……」
当人のカルーアは育児ベットの上で、早くにグズり出している。見知らぬ女性がベットの上から困った顔で見つめてくるのだ、不審に思って当然だろう。
メイア本人はその気は全く無いのだが、困り顔というのは他者から見れば不審に感じてしまう。赤ん坊であればさぞ怖い人に見える。
赤ん坊の身体はとてもか弱く、ほんの少しでも力を込めれば折れてしまいそうに思える。メイアにとってもまた、カルーアの存在は脅威そのものだった。
気持ちとしてはカイもよく分かるので、慌てて頁をめくって検索する。
「あった。まず赤ちゃんの頭に手を当て、おしりを支えて抱き上げる」
「頭に手を当てて……こう、おしりを支える感じで抱き上げればいいのか――わっ、私と目があっただけで泣き始めたぞ!?」
「落ち着け、それでいいんだ。赤ちゃんと目が合うように首を支えて、立て抱きにしてください」
「た、立て抱き……難しいな」
「安定感のあるように、しっかりと抱き上げるんだ」
「よし、こうして――ほら、いい子だ」
「おお、泣き止んでくれたじゃないか」
泣き止んだだけで全く笑っていないのだが、メイアにとっては格段の進歩だったのだろう。気を良くした本人は、カルーアを抱き上げてあやしている。
横抱きは赤ん坊が活発になると不安定で嫌がるので苦心しているが、せめて両足をあまり強く抱きしめないように気を配っていた。
そうしてゆっくりとあやしていくと、やがてカルーアは大人しくなってメイアは大きく息を吐いた。
明らかに操縦桿を握っている時よりも緊張していて、カイとしては何だか面白い。
「この後どうすればいいだろうか。寝かしつけてやりたいのだが、先程から全く寝てくれない」
「赤ちゃんが眠くなった時は、横に抱いて首を支えればいいそうだぞ」
「なるほど、気をつけておこう。ただ時間はかかりそうだな、エズラさんの苦労がしのばれる」
「親のいない医務室、しかも知らん大人が二人も居座っているんだ。カルーアだって緊張しているかもしれないぞ」
「ふっ、そうだな――少し散歩にでも出てみるか」
「えっ!?」
気を和ませる会話のつもりだったのに、メイアから予想外の提案を受けて目を見開いた。どうやら育児書の成果に、少し自信をつけてしまったらしい。
無論、サプライズパーティーを企画しているカイとしてはメイアに出歩かないで貰いたい。医務室に閉じこもってくれれば、万事うまく行くのだから。
流石に医務室の近くで誕生日会の準備なんてしていないが、下手に出歩かれるとリスクが高まる。是非とも止めてもらいたいのだが、止める理由が悩ましかった。
カルーアの機嫌を損ねる等の理由は思い付くが、残念な事に医務室にいる状態でのカルーアの機嫌が悪いのだ。カイもこの敵については、正確に分析ができない。
「い、いや、ここで育児に専念するべきではないかな!」
「私としてもそれが望ましいが、カルーアの機嫌が良くないからな」
「そ、それはそうだけど、それを何とかするのが俺達の仕事であって――」
「大丈夫だ、カイ。我々が協力してことに当たれば、必ず上手くいく」
「お、おう……」
何の自信なのだとカイは内心頭を抱えてしまうが、メイアはカイの存在に勇気付けられているのだとは当人が気付いていなかった。
今まで抱き上げることも出来なかった自分が今、赤ん坊を上手に抱っこして泣き止ませられた。これなら上手くいくのではないかと、変な自信を持ってしまったのだ。
ここでカルーアが泣いてくれればこの自信も喪失したのだろうが、カルーアは残念ながらメイアの手の中で大人しくしている。これでは反対できない。
渋々カイは育児書を片手に、メイアはカルーアを抱っこして医務室を出る。最善が上手く行かないのであれば、次善の策で攻めるのがパイロットだ。
「騒がしい所へ行くとカルーアも怯えてしまうだろうから、静かな所へいかないか?」
「そうだな、この船には騒がしい面々が多い。カルーアが静かに休めるように、我々が気を使うべきだな」
快く承諾を得られて、カイは胸の中で安堵の息を吐いた。これならサプライズパーティーの準備を行っている場所へノコノコ出向く危険はなくなる。
不幸中の幸いだったのは、メイアがカイの指示を適切だと信じた点だ。カイがメイアを先導して歩いても、この心境であれば不審には思わない。
仲間達が何処で作業しているか事前に聞いているカイは住居区や作業区から離れ、保管区方面へと足を運んでいった。
保管区は物資や資材等が保管されている区域で、基本的に人が足を運ぶ場所ではない。誕生日会に必要な資材は既に運び終えた後で、管理もセキュリティシステムが行っている。
そう――セキュリティシステムが、保管区には整備されている。
「――ちょっと待て」
「どうした、青髪」
「妙だな……保管区の緊急セキュリティが稼動状態になっている」
カイはギクリと背筋を震わせた。地球の襲来、刈り取り兵器の奇襲。カイがこの任務の途中で気付いた最悪の可能性が、脳裏に浮かんだ。
実際はパルフェとドゥエロによる緊急避難システムの試運転中だったのだが、その試運転の最中に本当に刈り取り襲来が起きてしまったことが不幸な一致となってしまった。
見当違いではあるのだが、可能性を追求されると真相にあたってしまう。誤解とも言い切れないこの状況下は、誰にとっても最悪の偶然であった。
メイアが気づく前に、カイは咄嗟に可能性の誘導を試みる。
「セキュリティが働いているということは敵の可能性があるけど、連中が襲ってきたら警報くらい鳴るだろうからな」
「……確かにそうだ。少なくとも、我々には必ず連絡が入るはずだな」
「お前が緊張した顔をしているせいで、カルーアまでビビって泣きそうになっているぞ」
「あっ!? す、すまない、カルーア。大丈夫だ、何があっても我々が居るから安心しろ!」
そうしてメイアがカルーアに気を取られた瞬間に、カイはセキュリティランプを背中に隠した――この咄嗟の行動が、実に余計な一手であった。
口先で誤魔化せたのだからそのまま押し通せばよかったのだが、カイは地球襲来の可能性を懸念していた。緊急セキュリティと地球襲来には結び付きなんて無いのに、勝手に誤解してしまったのだ。
その結果――稼働していた緊急セキュリティシステムが、『緊急避難民』の体温を感知した。
「――えっ」
「馬鹿な、ポットがなぜ稼働――うわっ!?」
緊急セキュリティシステム発動、緊急時により即座に退艦せよ。
パルフェが改善したセキュリティは完璧に稼働して――無事、『緊急避難民』を脱出ポットに乗せて、
ニル・ヴァーナから、強制排出した。
<to be continued>
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