ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 17 "The rule of a battlefield"
LastAction −荒野−
ミッションで知り合った女の子。実に可憐な顔立ちだが口が悪い少女に、本当の名はなかった。
このご時世、全ての赤ん坊が祝福されるとは限らない。誕生したその時が、運の尽きなのである。
少女は捨てられ、拾われ、また捨てられて、とたらい回しにされてきた。動物のように拾われて、ゴミのように捨てられる。赤子は可愛いから愛されるが、泣くので捨てられてしまう。
少女に親はなく、世界そのものが育ての親となった。可憐な顔は親譲りだが、過酷な環境が生来の気性を荒くしてしまった。
少女は夢を見る事もなく、現実に唾を吐いて生きていく。
少女は他人から好き勝手に呼ばれ、少女もまた気まぐれに名乗るのみ。誇れる看板もない。ゴミに、名前は不要なのだから。
リズが支配する中継基地ミッションは、はみ出し者の溜まり場。この世界に必要とされない者が集まる、ゴミ溜めであった。
少女は今日ゴミ捨て場より這い出て、果ての見えない世界へ歩いていく。憧れの旅路ではなく、より良い住処を求めて。幼い少女は、汚れた身で世界を浮浪する。
リズは特別、少女を気にかけてはいなかった。劇的なドラマも、運命的な縁も何もない。旅に出るのも少女が志願した為であり、リズにとってはカイへの嫌がらせでしかない。
教養もなく、素養もなく、名もなければ、明るい将来は望めそうにない。この先も歴史に名を残すこともなく、底辺を這いずり回って死んでいくだろう。
少女はずっと、そう思っていた。
「本名を、知らない? そうか、俺と同じだな」
「今の自分の名は、育ての親がつけてくれたもんだ。産まれた時つけられた名は別にあるけど、その名は他の人間のものだ。俺個人に、名はなかった。
俺は元々誰かの代わりだったんだけど、役立たずで捨てられたんだ」
――自分一人では、なかった。誰よりも不幸だと思っていたのに、自分と同じ不幸な人間が笑っている。大した事はないと言わんばかりに、過去を朗らかに笑い飛ばしている。
少女はこの瞬間、自分が持っていた最初で最後の挟持を失った。不幸でさえも特別ではないのなら、自分は本当に何物でもない。
本物の、ゴミになった。
「おいおい、何で泣き出すんだ!? 泣いたって、可愛くないぞ」
「ゴメン、うそうそ、可愛いよ。折角憧れのステージにたてたんだ、笑って旅立とうぜ!」
悲しみで自分を暗く慰めるのではなく、楽しみで自分を明るく満たしていけばいい。少年の笑顔の意味を知り、少女は泣きながら頷いた。
中継基地ミッション、あそこはゴミ捨て場だ。腐乱臭に満たされており、身体も心も汚れて、世界を呪って朽ち果てるのみ。正常な人間の住める場所ではない。
それでも、この広い宇宙の路上よりも――包まったダンボールのように、温かかった。
「お前にとって、あんな所でも大事な故郷だったんだな」
「いやいや、馬鹿になんてしてないよ。俺が育った国タラークだって、汚いもんさ。男ばかりの暑苦しい国で、環境汚染で何もかも汚れきっている。
今だって帰りたいとも思わんが、懐かしくはなるからな」
少年に育ての親がいるように、少女にも親はいた。たらい回しにされて、ペットのように飼われていたが、ご飯くらいは分けてくれた。
顔も、名前も、何も思い出せない親達。少年と同じく帰りたいと思わず、特に会いたくもない。懐かしささえも、ない。
それでも今は少しだけ、感謝はしている。
「自分の夢がない? それは嘘だな、お前にはちゃんとあるさ」
「別に、口先だけで言っているんじゃねえよ。励ますつもりもねえ、事実を言っている。
だってお前、自分の足で故郷を飛び出したんだぜ。そんな奴が何の夢もなく、生きられるもんか。
お前にだってちゃんと、生まれた理由はあるよ。お前と同じ俺が言うんだ、間違いはない」
自分と同じ奴が、生きる理由も憧れる夢も持てている。ならば、同じ人間である自分もちゃんと持てる。少女は初めて、大人の言うことに納得した。
自分が成りたいものは、なんだろう……?
「女海賊になる? やめなさい」
「俺が嫌がってるから、絶対になる!? 何だよ、その理由!」
夢があっても、叶えられるとは限らない。憧れているこの瞬間も、死ぬかもしれない。実際、ミッションの外は危険がいっぱいだった。
少女は、世界に育てられた。だから、世界の理を知っている。誰にも優しい世界なんて、何処にもない。
だからこそ、夢を持とうと思っている。子は親に、反抗するものだ。
「名付け親なら、マグノ婆さんに――こら、ソラ。俺を薦めるのはやめろ。いや、確かにお前やユメにも名前はつけてあげたけど――はいはい、分かりました。
だったら、お前の名前は」
「"ツバサ"だ」
平和の象徴でも、希望の空への旅立ちでもない。宇宙は危険に満ちて、惑星は波乱に荒れて、人は絶望にもがいている。
故郷へ向かうこの艦にも、間もなく巨大な悪夢が到来する。小さな夢は、すぐに積み潰されてしまう。
だからこそ、この荒れ果てた世界を――力強く羽ばたいていく。
<END>
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