ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 17 "The rule of a battlefield"
Action26 −応酬−
中継基地ミッション、かつて地球が建造した宇宙の巨大施設。地球より旅立った植民船の補給兼滞在場所として重宝されたこの基地にも、娯楽施設は存在する。
基地内の住民は地上と変わらない服装で活動する事が出来て、生活に必要な生命維持システムや居住空間、モジュール内でのメンテナンス等も可能。
リズとブザムが決闘した地下闘技場はミッションの住民が造り出した施設でしかないが、滞在する人間の居住と作業の空間が基地内に用意されていた。
交流を深める社交場、アルコール飲料を提供する酒場なんてのも存在する。
「よく来てくれたね。悪いけど、先に始めちゃっているよ」
バーカウンターのある酒場は実に開放的で、カウンターの向こう側より見える窓の外は美しい宇宙の星空が見渡せる。まさに、大人の憩いの場であった。
カウンターにグラスを並べて、ミッションを統率する女ボスのリズと商人ラバットが立っている。マグノ海賊団からはブザムとカイの二人が出向いている。
交渉班は、連れて来ていない。今回はあくまで、当事者のみであった。
「アンタならグラスに駆けつけ一杯くらい、余裕だろう。そっちの坊やは、ジュースでも出してやろうか」
「生憎と、育ちが悪くてね。親父には水より酒を飲まされていたよ」
リズは酔いに任せるように軽口を叩いているが、カイに対する呼びかけには若干の毒が含まれている。言葉を投げかけられた本人も、すぐに察しられた。
あの無茶苦茶な要求から薄々気付いてはいたが、ミッションの女ボスの怒りを買ったらしい。カイは軽く返答を投げ返して、肩を落とした。
心当たりは幾つかある。地下闘技場に仕掛けた罠を阻止した事、ミッションの施設を戦闘中破壊した事、住民の一人である女の子を無断で連れ回した事、等など。
そのどれもがあくまでもカイの主観でしかないが、殊更に彼女の怒りを買う程ではなかったように思える。どの行為にも、明確な理由があるのだ。
とはいえ、人間関係とは理屈で成立するものではない。マグノ海賊団の女性陣からも、時に理不尽とも思える理由で諍いになった事もあったのだ。
これだから女というのは厄介だと、カイは内心嘆息する。
「なるほどね、育ちの悪さがあんな暴力行為に走らせたのか。飲酒運転でもしてたんじゃないのかい、坊や」
「酒場の息子が酒に飲まれてどうするよ。何だったらあんたの飲んでる酒、ボトルごと一気飲みしてやろうか」
「馬鹿、俺の秘蔵だぞ。てめえに飲まれてたまるか」
カイとラバットの視線が交える。単純なやり取りに見せた、二人の意思確認。この瞬間、カイとラバットの意思がお互いに伝わった。
リズの飲んでいる酒は相当強い。ボトルごと一気飲みなんてしたら、どれほど酒に強くても交渉なんて出来なくなってしまう。
ラバットが横槍入れなければ、煽られたリズが一気飲みを強要していたかもしれない。そのリスクも承知の上で、カイは挑発して確認したのである。
ラバットが止めたということは、彼はリズに百%味方はしていない。あの無茶な要求は、ラバットによるものではない事が判明された。
「私も、酒は遠慮しておこう。水を頼みたいが、ここでは貴重品かな」
「バーで出し渋る女なんて、生きてる価値もないよ」
リズ自らグラスに冷たい水を注ぎ、カイとブザムの二人に渡す。乾杯の音頭は取るが、グラスは鳴らさない。四人してグラスを掲げて、唇を濡らすのみ。
少しの間無言となり、四人は並んで窓の外を見つめる。酒場から見える窓の外は絶景だが、破壊の爪痕も生々しく刻まれた戦場の名残もあった。
皮肉にも酒場からは中央のメインコントロールルームがあった場所も見えており、破壊の跡が顕著に浮かび上がっていた。
あるいはそれを認識させるために、リズは二人をこの酒場へ招いたのかもしれない。
「さて、交渉の続きといこうか。こちらの要求は、先に伝えた通りだよ」
「要求事項は把握しているが、要求の意図が掴めない」
「明白だろうに。そっちの坊やが、うちの大事な施設を破壊したんだ。弁償するのが筋ってもんだ」
「命より高い買い物があるというのか」
「おや、正義の味方様が見返りを要求するのかい」
その言葉を聞いたカイは、ラバットを睥睨する。ラズの背後で、ラバットが心底苦笑いを浮かべて両手を合わせた。どうやら、無理やりカイの個人情報を聞き出されたようだ。
厳密に言うと、カイは正義の味方を目指しているのではない。宇宙一のヒーローという夢は、正義にだけ特化した存在ではない。少なくとも、今は。
リズに詰め寄られて困ったラバットは、どうやらカイ本人に関わる情報を伝えたらしい。身元不明のタラーク人ともなれば、話せる内容は元々少ない。
自分の夢を鼻で笑われて怒りを覚えないわけではないが、この程度で正気を失うようではマグノ海賊団と旅は出来ない。
「だったら、あの状況でコントロールルームを破壊する以外にお前らを助ける方法があったのか」
「そもそも助けてくれと、頼んだ覚えはないよ」
今度はブザムを見つめる。ブザムは少しの間考えた上で、首を振った。確かに、彼女達からは明白に救助を求められた訳ではないらしい。
ただあの状況をどう顧みても両者は協力し合っていたし、もしもマグノ海賊団が救助しなければ彼女達は全滅していただろう。それはまぎれもない事実だ。
問題は交渉という流れにおいて、言質が取れていない事だ。人助けに明確な値段はないのは、こういう時ばかりは厄介だった。
「じゃあわざわざ助ける必要はなかったと、こう言うんだな。施設を破壊された分、迷惑でしかなかったと」
「迷惑とは言わないよ。払うもの、払えばね」
「よーく分かった。今のあんたの発言について、ミッション内の連中に聞いてみようじゃないか。此処に来た時、連中は俺達に感謝してくれたぜ。
彼らに、こう伝えよう。お前らのボスはお前らを助けたことを迷惑がっていた、と」
「! ……お前……」
「事実だろう。違うというなら、何故弁償なんぞ求めるんだ」
カイとて、伊達にマグノやブザム、メイアと普段喧嘩していない。海賊流を知り、海賊ならではのやり方を学んでいる。交渉とは、戦いなのだ。
人間関係が常に、友好的であるとは限らない。マグノ海賊団とは、常に口論の応酬になっていた。鞭やサーベルでは戦えないが、口論の場でならカイも戦える。
ブザムは、最初から口出すつもりはなかった。ここに来てリズがカイ個人に私怨を抱いているのは明白となった、当人同士でやらせるべきであると判断する。
「お前が暴れたおかげで、アタシらの大事な住処が壊されたんだ。どう責任を取るんだい」
「地球に言えよ」
「お前の喧嘩に巻き込まれたと、言っているだろう」
だったら半分は地球の責任だ、そう言いかけて口をつぐむ。この言い方は、半分は自分にあると認めたのと同じだ。
口元を抑えたカイに、リズは舌打ちする。その様子を見て誘導されたのだと確信し、内心冷や汗をかいた。
たった一つ失言するだけで、相手に弱みを握られる。ラバットやブザムが渡り歩く大人の世界の厳しさを、カイは肌で感じていた。
慎重に、それでいて弱気にならず、カイは相手に切り込んでいく。
「俺からは攻撃していない。あくまで全部、地球がやったことだ」
「メインコントロールルームを破壊したのは、お前だろう」
「いいや、あいつらだぞ。俺は、壊れた残骸ごとお前らを拾っただけだ」
「な、何を言っているんだい!? お前があのデカブツで乗り込んだんじゃないか!」
「お前らを拾い上げただけだ。壊したというのなら、証拠を見せろ」
カイが詰め寄ると、リズはギリギリと悔しそうに歯を鳴らす。コントロールルームのカメラは当然、壊れている。映像なんて残ってはいない。
ブザム達が立て篭もっていたメインコントロールルームには、地球の生体兵器が多数取り憑いていたのだ。連中の仕業と指摘されたら、頷くしかない。
この交渉はそもそも、リズが強弁してややこしくなっている。その辺を追求すれば、責任の所在も当然あやふやになる。
「はん、話にならないね」
「こっちの台詞だ」
「弁償しなきゃ、物資なんてやれないよ」
「別に、こっちは無理にここで補給する必要はないんだ」
「何処で補給する気だい。あいにく、この近辺はアタシの縄張りだ。お前らの悪評も、すぐに広まるよ」
「馬鹿馬鹿しい。お前にそこまでの影響力は――」
「待て、カイ!」
ブザムが強引に、交渉を打ち切った。ラバットもニヤニヤ笑っている。カイは二人の態度に疑問符を浮かべるばかり。
大人達だけが、今の言葉一つから背景に至るまで把握していた。子供だけが、理解していなかった。
この交渉は、カイの敗北であった。
<to be continued>
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