ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 17 "The rule of a battlefield"
Action23 −光亜−
間もなく、破られる。マグノ海賊団副長ブザム・A・カレッサは、冷徹に自分達の安全を見限った。時間をかけずに、最期のセキュリティも生体兵器に破壊されるのだと。
中継基地中央のメインコントロールルームに避難して、さほど時間は経過していない。この企画はミッションでも一番頑丈で、収納スペースは広く安全に設計されている。
此処のセキュリティシステムは奇跡的にまだ稼働しており、全機能をフルに起動させている。その上で、ブザムは時間稼ぎにしかならないと判断していた。
「……破られるのも、時間の問題だね」
「いや〜ん!」
同じ判断をしたガスコーニュの苦々しい呟きを聞きつけて、ジュラが悲鳴を上げる。それでも逃げようとはしないあたり、彼女もそれなりの度胸はついていた。
誘導してきたミッションの全住民は、メインコントロールルームの中央に集めている。万が一壁を破壊された場合を考えて、隅に隠れさせたりはしなかった。
ジュラ達が逃げてきた通路に面する扉の前に、ブザム達精鋭が集っている。突破されるとしたら、まずこの扉からだと全員の認識が一致したのだ。
重火器類は全て在庫が切れている。予備の弾薬も何もない。加えて、レーザー類がきかない敵。ブザムの鞭やジュラのサーベルを除き、全員徒手空拳で挑む腹であった。
――接触すれば感染するバイオ兵器であったとしても、戦う気概は捨てなかった。
「やっぱり間に合わないじゃないか。とんだ役立たずだね、あんたの相棒は」
「大方、途中で悪趣味な兵器に襲われたんだろうよ。あの野郎も、連中に目をつけられているからな」
絶体絶命の状況にリズが舌打ちするが、ラバットは飄々とした態度を崩さない。必ず助かると楽観視している訳でもないだろうが、決して悲観的ではなかった。
男のあけすけな態度が、女の神経を逆撫でさせる。知り合いでなければ、男のケツに蹴りでも入れていただろう。
「途中で襲われたんなら、もう死んじまってるじゃないさ! あんな奴信じるから、あんたまでやられちまうんだよ」
「おっ、何だ。心配してくれるのか、女の優しさは染みるね」
「いい加減にしな。尻に火がついているんだよ!」
通路に面した扉がうるさいほどノックされている。分厚い扉なのだが、押される力が半端ではない。扉から聞こえる轟音に、リズは顔を顰めた。
がむしゃらに押しているというより、扉全体を丸太で力強く叩かれている感触だった。恐らくバイオ兵器が一塊になって、扉を破壊するつもりなのだろう。
パルフェが携帯型コンソールを懸命に操作して、セキュリティシステムも操作している。扉が破られても、セキュリティシステムの電磁ネットが作動して侵入を防ぐ段取りだった。
恐らく、それも時間稼ぎにしかならないのだが。
「ちゃんと理由を言いな。あの坊やに、どうしてそこまで入れ込んでいるんだい」
「やれやれ、女の嫉妬は見苦しいね……まあ、お前さんの場合は愛嬌だけどな」
「次にはぐらかしたら、殺される前にあんたを殺すよ」
「――マジだな、その顔は。おっかねえ」
ラバットはリズが執拗に問い質す理由を感情面では理解できずとも、理性的な面では分かっていた。世の中のはみ出し者とは総じて、簡単には他人を信じないものだ。
特にカイ・ピュアウインドはまだ少年、付き合いもまだ短い。そんな子供に、自分達の命運を託すのは確かに馬鹿馬鹿しい。愚かしいとも言えた。
事実、ラバットも単にカイ個人を信頼しているだけではなかった。
「お前さん、この世界で成り上がるのに一番必要なものは何だと思う?」
「はぐらかすなと言ったはずだよ!」
「誤魔化してはいないさ、こいつは単純な話なんだよ。ようするに、あのガキはそいつを持っているんだ」
ラバットの返答をしっかりと吟味して、リズは歯噛みした。聞きたかった答えは何よりも明白であり、耳も心も痛くなる事実であった。
ラバットが必要としているものを自分は持っておらず、あのガキが持っている。そして、自分がそれがどういうものなのか分からない。
苛立ちは強まるばかりだった。このミッションを支配するボスが、手に入れられていないのだ。
「一体何を持っているんだい、あいつは。とんでもない兵器か、それとも大勢の兵隊でも連れてるのか」
「なるほど、つまりお前さんは出世するのに大事なのは強さだと思ってるんだな」
「当然だろう。弱い奴が死んで、強い奴が生き残る。だから、アタシは幅を利かせられるんだよ」
自分で言いながら、臍を噛む思いであった。一対一の決闘を提案しておきながら、今日自分は余所者に負けてしまった。
娯楽代わりの見世物が、とんだ恥さらしとなる始末。そしてその余所者の手を借りて、今おめおめと生き残ってしまっている。
外のふざけた連中が差し向けた兵器のせいで、自分も部下達も殺されかけている。全ては、自分が弱いから。その信念が、自分自身を追い詰めている。
ラバットは、そんな彼女を決して笑わない。
「分かりやすい答えだ。俺もかつては、そう思っていた。てめえより強い奴には尻尾を振っても、生き残る。そしていつかは噛み付いて、喰らい尽くす。
おめえだけじゃねえ、俺だってそうして生きてきた。そうじゃなければ、今頃おっ死んでいただろうよ」
「……納得していないみたいだね、今は」
「生きていくだけなら、それでいいのかもしれねえ。だが、勝つ為には強いだけじゃ駄目なのさ」
「そいつは――っ!?」
リズが問い詰めようとしたその時、メインコントロールルームの扉が吹っ飛んだ。
「――くっ!?」
大量の生体兵器が押し寄せてくるのを見て、ブザムが舌打ちして鞭をかまえる。扉が破壊されて最期のセキュリティシステムが起動、電磁ネットが展開される。
バイオ兵器がすかさず取り付くが、高温度の電気にぶつかってショート。熱には弱いのか、生体兵器が溶かされて消滅していった。
思わぬ効果発揮に精鋭チームが息を呑むが、希望は抱かなかった。この予想外は所詮、劇的な効果なんて生み出してはくれない。
電磁ネットと接触した生体兵器が変色していくのを見て、ブザムが目を剥いた。
「自らの特性を変質させて、セキュリティを破るつもりか!?」
「何てやつだ……」
ブザムだけではなく、ラバットまで顔を険しくする。予想外、自分ですら知らない敵の特性。肝心な敵の情報に知らない点があった事に、怒りすら感じる。
戦場において、情報は生命線だ。少しでも不足があれば、命取りになりかねない。常に万全でいるつもりだったのだが、まだまだ完璧ではなかったらしい。
生体兵器が変質していき、電磁ネットがスパークする。このままでは、一分も持ちそうにない。笑い出したくなる程の、絶体絶命。
精鋭チーム全員が、戦闘準備を整える。
「――遺言を残すなら、今しかないよ」
「お前、なかなか意地の悪い女だな……俺に何を言わせようってんだ、たく。何も言うことはねえよ」
リズは大声を張り上げたくなかった。最早これまでという状況で、ラバットは後悔も罵倒も何一つ口にしようとしない。眼前にまできた死に、口元を緩めている。
自分をどう思っているのか、最期に聞きたくなかったと言えば嘘になる。けれどそれ以上に、彼女はラバットの信頼を裏切ったあのガキへの恨み辛みが聞きたかったのだ。
きっと、あのガキはラバットを見捨てて逃げたに違いない。今や自分を殺そうとしている敵以上に、あのガキが憎たらしかった。
そして、電磁ネットは破られて――
『待たせたな、おっさん』
白い光を浴びて、生体兵器が消滅した。眩い白光が、メインコントロールルームを明るく照らし出す。久しく見ていない、太陽の光。
ミッションの全住民が、ブザム達が、ラバットが、そして――リズが、驚愕の眼差しで見上げる。
メインコントロールルームを包み込む、白亜の翼を。
ヴァンドレッド・メイア、カイのSP蛮型とメイアのドレッドが合体した兵器。ヴァンドレッドにより機能向上したシールドが、メインコントロールルームを守っている。
ヴァンドレッド・ジュラに比べれば防御力は格段に落ちるが、メインコントロールルーム一つを守るのは十分な出力を保っていた。
敵を蹴散らすのと同時に、味方を全員守ったのである。それこそが、このヴァンドレッド・メイアの真価であった。
「白い、翼」
「――!」
ラバットの呟きを、リズが聞き逃さなかった。見たままの印象を語っているのではないのだと、すぐに察した。この翼には、彼にとって特別な意味と価値がある。
確かに、こんな兵器は今まで見たことがない。彼があのガキに求めているのは、この兵器なのだろうか? そう考えれば、納得がいく。
だったら、こいつを連中から奪ってやれば――
「おせえじゃねえか、てめえ。組んだ相手を間違えたと、愚痴っていたところだぜ」
『間に合ったんだからいいじゃねえか。命あっての物種だろう』
「タイミングがいやに良すぎるじゃねえか。てめえ、まさか俺に恩着せようとして狙ったんじゃねえだろうな」
『馬鹿言うな。偶然に決まって――』
『いいタイミングだったな、カイ。目論見通り敵を一網打尽にして、全員を救い出すことが出来た』
『ば、馬鹿野郎!? こんなタイミングで言うな!』
「おい、聞こえたぞコラ! やっぱり、狙ってたんじゃねえか!」
『ね、狙ったといっても、そういう意味じゃねえよ!?』
――違う。ラバットが求めているのは、この兵器じゃない。
この兵器を持っている、このガキ。こいつを、ラバットは求めている。欲している。
信頼、している。
"何も言うことはねえよ"
"組んだ相手を間違えたと、愚痴っていたところだぜ"
殺してやると、この時彼女は心に決めた。
<to be continued>
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