ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 17 "The rule of a battlefield"
Action6 −虎口−
中継基地ミッションへと上陸した交渉班を待ち構えていたのは歓迎セレモニーではなく、武器を構えた集団であった。
武器といえど格式高い武装ではなく、鉄パイプや木製バット等の鈍器類。鍋やお玉といった食器を握り締める者までいた。
鈍器や食器でも人を傷つける事は十分可能だが、殺傷力でいえば銃器には勝てない。脅しという意味でも、銃は無敵を誇る。
バーネット・オランジェロの銃、この一丁だけで武装集団を圧倒していた。
「近寄らないで。それ以上近づくと、撃つわよ」
素人であったならば、この脅しは通じなかったかもしれない。数だけで見れば、交渉班の方が少ないのだから。
実際交戦となってしまえば、バーネット一人では手に負えなかっただろう。最初の一人を撃った途端、数名に取り囲まれて掌握される。
問題は、その最初の一名。己の命を犠牲にして、仲間に勝利を与えんとする勇者がいない。皆、自分が可愛かった。
バーネットがプロであり、武装集団がアマチュアである事。この戦力差が、危うい均衡状態を保っていた。
「……やれやれ、何て所だい……」
加えて、このふてぶてしさ。武装集団に取り囲まれながらも、ガスコーニュを筆頭に上陸した面々が顔色一つ変えていない。
リーダーであるブザムこそ緊張感を見せているが、ミスティに至っては好奇心に目を輝かせてミッション内を見渡している。
暴力に怯まない堂々たる態度、これこそが本物の迫力。悪者揃いの武装集団が、海賊相手に圧倒されていた。
最悪の初対面――睨み合いはマグノ海賊団の勝利、武装集団は一人、また一人と道を譲っていく。
(どうなる事かと思ったが、やっぱり役者が違うな)
信頼はしていたが、実際に格の差を見せつけられると惚れぼれとしてしまう。カイは表情にこそ出さなかったが、緩ませていた。
死線をくぐり抜けた者に、鈍器類は脅しにもならないのだろう。海賊業の荒々しさを伺わせる一面だった。
安心した途端に感じたのは、懐かしさ――中継基地ミッション内部の光景に、カイはいつしか目を奪われていた。
(……そっくりだな、貧民街に……)
老朽化された施設、荒廃した基地内部、鬱屈した空間の中で薄汚い人々がごったがえしている。
武器を構えた集団の他にも多くの人々が住んでいるが、ご立派な家や部屋など持てず狭い空間の中で床に雑魚寝していた。
空調施設など整っているはずもなく空気が濁り、人間の生々しい生活臭が鼻につく。暑苦しく、天井や壁から汚水も垂れている。
とてもよく似ていた。軍事国家タラーク、最下級である三等民が暮らしている貧民街に。
(いや、同じではないか。此処からでは、空が見えない)
ミッションは天井が低く、窓もついていない。汚れた壁で空間が遮断されており、窮屈なだけであった。
武装集団が開ける道を、交渉班が列を為して歩いて行く。カイはミッション内部を見渡しながら、複雑な気分になっていた。
本当に、嫌になるほど、そっくりだった――貧民街に生きる、人達に。
武装集団も含めて皆、同じ顔をしている。負け犬の目、今の暮らしに精一杯の余裕のない顔。何もかもに、怯えている。
新しい事を受け入れる心の空きが、まるでない。むしろ己を変える要素を徹底的に否定し、拒絶していた。
貧民街に生きる男達も同じだった。国家の教育を盲信し、国家の歯車として生きる人生を許容。逸れ者を見つけては、哂う。
……不思議だった。あの時と今では、感じる思いがまるで違う。
酒場にいた頃の自分は、毎日を妥協して生きる貧民達を馬鹿にしていた。人生を変える度胸もない愚か者、社会の歯車だと。
だから、自由な空へと飛びたかった。広い宇宙へと出たかった。誰よりも何よりも強い英雄に、なりたかった。
広大な空からちっぽけな人達を見下ろして、笑ってやりたかった。
なのに今彼らをどうしても、笑う事が出来ない。強くなれたはずなのに。
「――どうしたの? 難しい顔しちゃって」
「考えているんだよ。彼らに何をしてやれるのか」
何かを、してやりたかった。神様のような奇跡ではなく、一人の人間として彼らに手を差し伸べてやりたい。
生活は改善できるのだと、人は変われるのだと、教えてやりたかった。変わろうとしなければ、絶対に変えられないのだ。
――病に侵された星。星の病は改善できたが、人の心は変えられなかった。難しいのは分かっているが、それでも。
「他人に善意を施している場合か。我々は今回救命に来たのではないのだぞ」
「分かってるよ、そんなの。物資を分けてもらう代わりに、俺達がやれる物を考えているんだ」
「それは副長が考える事だ。己の職務を忘れるな」
「いいだろう、別に! お前は頭がいいんだから何かいいアイデアがあれば教えてくれよ、青髪」
メイアは、嘆息する。戦う事に任務のパイロットに、救う手立てを講じろと言う。相変わらず、人を超えた望みを持つ男だった。
出来もしない事をやろうとする人間を、メイアは好ましく思っていない。そういう人間に限って、出来る事も疎かにする。
現実を知って、カイの理想は少しずつ形を変えている。下降修正ではなく、現実味を帯びた理想である事が問題だ。
付き合わされる側とすれば、たまったものではない。本当に嫌になるのは、その無茶を叶えようとする自分だ。
「パルフェ、お前の目から見てどうだ?」
「こりゃあ、修理のしがいがありそうだわ……」
「システム面はどうだ、ユメ」
『ボーロボロだよ、これ。弄ったら汚れそうだもん』
現実を変えるのは、相当苦労しそうだった。でも、変えられそうではある。昔とは違って、今は。
道中、カイとメイアは肩を並べて話し合う。ミスティはその後ろで面白くなさそうな顔をしているが、彼女なりの意見を出す。
一人では変えられない事でも、二人いれば変えられる。大勢が揃えば、可能性は無限に広がる。
「……あん?」
「――」
仲間と共にミッション内を歩くカイの前に、一人の少女が立ち塞がる。飢えた狼の瞳を向けられ、カイは足を止める。
埃に煤けた顔、汚水が滲んでいる服、痩せた身体。長い間玩具箱に放置されていたかのように、可愛い人形は汚れていた。
ただ、その目だけが強い。手を出せば噛み付きそうな顔をして、少女は吠える。
「何じろじろ、見てやがるんだよ!!」
その瞬間、周囲が喧騒に満ちる。してやったりとばかりに、大人達が囃し立てていた。一種の、意趣返しだろう。
暴力に怯まなかった彼らに対する誹謗中傷、群れた人達が好むイジメ、余所者を笑って自負心を満たす。
嘲笑う者達の中で、少女一人が笑っていない。カイにただ、言い様のない敵意を向けている。
(嫌になるほどそっくりだな、ここは――こいつ、俺じゃねえか)
マグノ海賊団に考えもなく立ち向かった、無謀な少年。過去の、自分。
少年は宇宙へ出て、現実を知り――過去の自分と、向き合う。
<to be continued>
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