ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 16 "Sleeping Beauty"






Action12 −診断−







『ははははは!』


 暗い病棟で、明るい笑い声が響き渡る。陰鬱な空間での男女の談笑は、死神さえも追い返してしまいそうだった。

病に侵された惑星上にある、大きな病院。ドゥエロ・マクファイル率いる救命チームの本拠地、その隔離施設。

汚染された空気に触れるだけで、生死に関わる患者。重病人が隔離された施設に、面会を許されたお客様が訪れていた。


通信画面越しの、異世界の友人達――バート・ガルサスとカイ・ピュアウインドが、シャーリーとお話ししている。


『――てなわけで男と女の船がくっついちゃってさ、その上謎の敵が迫ってると来た!
そこで、僕が機転を利かせたんだ』

「どんな!?」


 積極的に話しているのはやはりと言うべきか、バート。シャーリーは目を輝かせて、武勇伝に夢中になっている。

カイは口も挟まず、二人のやり取りを微笑ましく見つめていた。会話に加わらずとも、穏やかな空気が安らぎとなる。


何より誇張を交えたバートの話は、当事者として聞いていても笑いを堪えるのに必死だった。


『ふふふ、まあ僕にしか思いつかなかったと思うよ。

なんと――宇宙を飛び越えたのさ!』

「へえっ!」


 脅威が迫り、宇宙を飛び越えたのは事実である。ワームホール現象を起こしたのは、ペークシス・プラグマであるが。

シャーリーは隔離施設で入院生活を送っており、外の世界をまるで知らない。見た事すらないだろう。

同情どころか、カイは少女に共感すら覚えていた。彼もまた、外の世界に憧れて飛び出したのだから。


灰色の空を見上げて過ごしていた頃を思い出す。宇宙に出て、海賊達と旅するなんて思いもしなかった。


自分一人の力で成し遂げたとは思っていない。外へ出れたのも、宇宙を旅していられるのも、出逢った人達のおかげだった。

何処へ行っても同じ人間がいる、決して珍しくはない。人との出逢いこそが、冒険なのだ。カイは旅に出て、知った。

シャーリーもまた、バートと出逢えて外の世界の冒険劇を楽しんでいる。


『シャーリー、宇宙を飛び越えるのって、どんな感じだと思う?』

「……痛いの?」

『いや、びっくりするのさ!』

「あはは、もう……!」


 他人の手柄話ほど、退屈でつまらないものはない。上流階級に生まれたバートは、見えっ張りな大人達に嫌というほど聞かされている。

自分の手柄として語っているが、あくまで相手に楽しんで貰えるように緩急つけて上手く話せている。本当にあった、物語のように。

シャーリーは観客であり、舞台演劇者でもあった。優れた脚本は、読ませる相手を物語の中に引き込んでいく。


病床にあるシャーリーは今泣いて、笑って、悲しんで――楽しんでいた。


「……びっくりしたのは、こっちだピョロ」

「……あれだけ堂々とホラを吹かれると怒る気にもなれないね」

『気分転換だ、あれくらい許してやってくれ』


 カイの話し相手はシャーリー自身よりも、様子を見に来た同じ見舞い客だった。ガスコーニュにピョロ、医療物資補給チームである。

ドゥエロ・マクファイルの補給要請はブザムを通じて正式に認可が下りて、二人が補給物資を病院まで運んで来たのだ。

ピョロはナビゲーションロボット、病気には無縁。ガスコーニュはレジの店長、重労働で身体は鍛えられている。

重い荷物を平気な顔で運んできた彼らは物資を届けた後、シャーリーの話を聞いて様子を見に来たのである。


「あの子もそうだけど、バートも仕事に失敗して落ち込んでたんだって?」

『大事な任務で失敗は許されないと、気を張ってたんだ。失敗して、えらく気落ちしていたよ。

……あの子の見舞いに来たのに、逆に俺達が元気をもらった感じだな』


 ガスコーニュやピョロは任務の詳細は聞かされていない。テラフォーミング、その一言でどれほど困難なのか想像がつく。

失敗した事を敷かれず、成功する為の助言も出来ない。結局の所、こうして様子を見るしかない。

二人の明るい笑い声は、沈みつつある大人達の心を束の間でも和らげてくれるようだった。


「ふ〜ん……あのくらいのヨタ話は許してやらないといけないか」

「どっちも、可哀想だピョロ」

『気負うな、とも言えないのが悩みどころでね……悩むなと言われても無理だからな、こればかりは。
シャーリーだって、今のままでは一歩も外には出られない』


 汚染された空、タラークに居た頃を思い出す。惑星タラークもこの星ほど極端ではないが、住み心地の悪い環境である。

未開拓の惑星に根を下ろし、軍事国家として兵備・兵装に都市を固めた。空気は汚れ、大地は固く命の種も芽吹かない。


灰色の空を見上げる毎日にウンザリしていたが、三等民のカイにはどうしようもなかった。ただじっと見上げるだけの、日々。


シャーリーは外へ出たのだと言う。自分の命が危うくなるというのに、一人頑張って隔離病棟の外へ飛び出した。

その話を聞いた時、お世辞抜きでカイはシャーリーを尊敬した。自分には出来ない事をした、少女は少年にとって偉大だった。

カイが宇宙へ旅立てたのは、アレイク中佐の計らいがあったからだ。コネがなければ、一人では旅立てなかった。

英雄だの何だのと言っても、所詮自分が可愛かっただけ。機会がなければ、嫌な現実に愚痴り、夢に浸って生きていただろう。


「だったら、カイ達が何とかしてあげればいいピョロ。星を綺麗にしてあげればあの子だって外に出られる、簡単ピョロ」

『それがなかなか出来ないから悩んでるんだよ、俺達は』

「いいや、ピョロの言う通りだよ」


 意外なところから、援護射撃が入った。ガスコーニュが咥えた長楊枝を、気軽に揺らす。


「失敗した原因が分からないのなら、ウジウジ悩むだけ損だよ。失敗を恐れず、何回でも挑戦しな。
ビビッてやる気まで失ったら本末転倒だよ」

『そうはいうけど、この惑星全員の命がかかってるんだぞ。お気楽には出来ないよ』

「あのね、そんなシケた面されたら誰だって協力なんてしたくもなくなるよ。
ペークシスにご機嫌なんてあるのか分からないけど、少なくともアタシなら一緒に仕事する奴には元気でいてほしいね。

……人類だの何だのさ、難しく考える事はないんじゃないのかい?

あの子は、お前らの友達なんだろう? だったら、友達の為に頑張ればいいじゃないか。
人類を救うなんて目的よりも、そっちのほうがよほど素敵だよ」


 人類を救うよりも……友達一人を救う事の方が、素敵?


意味が分かりかけて、頑なに首を振った。そんな考えでいてはいけない、という使命感が辛うじて上回った。

自分達が今悩んでいる意味を考えろ。責任逃れをするな。一人に集中して、多くを見捨ててしまう結果になってはならない。

自分を戒めるカイを見て、ピョロは言った。



「なんか今のカイ、昔のメイアみたいな顔をしてるピョロ」

『青髪の……?』

「思い詰めてしまって、自分を傷つけてしまう。カイはそんなメイアを嫌って、色々言ってたはずだピョロ」



 カイは愕然として、ガスコーニュを見やる。彼女は納得した顔をして、深く頷いた。

他の何よりも、今の言葉にカイはいたく傷付けられた。一番嫌っていた頃の彼女と、自分は同じになりかけている。

何が悪いのか、分からなかった。分かっているはずなのに、分かろうとはしない。


責任感と、使命感で、思い切ることが出来ない――メイアも、こんなジレンマに襲われていたのだろうか?


「勘違いするんじゃないよ。別に、あんたやバートの考え方だって間違えてはいない。
自分にとって大切なものは何なのか、それを見失うなと言いたいのさ。アタシは」

『何が一番大切なのか――』


 ガスコーニュは、哀しそうだった。顔は笑っているのに、どこか泣いているように見えた。

彼女は、選べなかったのだ。過去選ばなければいけない時があったのに、選ぶ事が出来なかった。


そして――大切なモノを、喪った。カイやバートは今、昔のガスコーニュと同じ岐路に立たされている。


『店長、お話があります』

『ドクター? どうしたんだい、急に』





『貴方の部下――バーネットが、感染しました』





























<to be continued>







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