ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 16 "Sleeping Beauty"
Action13 −期限−
病に侵された星を救う、この任務はマグノ海賊団にとって悪く言えば他人事だった。救えなくとも、自分達は困らない。
無論、そこまでの悪意はない。地球が狙っているのは、植民船団が開拓した惑星。タラーク・メジェールも、標的にされている。
この星の滅びは、近い将来故郷にも訪れる。何よりテラ・フォーミングが必要なのは、メジェールとて同じなのだ。
けれど、心の何処かで全ては救えない事も覚悟していた。死なせてしまった人達もいる。仕方が無いのだと、諦めるしかなかった。
バーネット・オランジェロの感染――自分達の仲間が倒れたその時、他人事ではなくなった。
『どういう事、ドクター!? どうしてあの子が病気になるのよ!
あんた、まさかバーネットに防疫措置するのを忘れたんじゃないでしょうね!?』
「……志願者には厳重に防疫措置を施している。だが、感染する可能性は零ではない」
『何よ、それ!? 医者がそんないい加減な事を言っていいの!』
『やめろ、金髮! そんなの、最初から分かっていた事だろう』
ジュラは任務中であり、惑星への上陸は出来ない。ヴァンドレッド・ジュラから通信を送り、ドゥエロに詰め寄っていた。
親友の感染は、ジュラにとって衝撃であった。生死すら共にした友達、血よりも濃い絆で結ばれている。
彼女の死は、半身を失う事に等しい。魂を削り取られるような痛みを今、ジュラは味わっていた。
悲鳴にも似た相棒の絶叫を、カイは必死の思いで止める。彼とて、感じている痛みは同じだ。
『危険な任務だと分かっていて、黒髪は志願したんだ。ドゥエロを責めるのは筋違いだ』
『ドクターは救命チームのリーダーなのよ。責任はあるわ!』
「分かっている。前もって彼女の発症に気付けなかったのは、私の失態だ」
謝罪の言葉を口にせず、己の責任を認める発言。人の上に立つ立場である事を、正確に認識している言葉だった。
反省だけならば、誰にでも出来る。犯してしまった過ちに対して、どのように責任するのか考えなければならない。
決して、義理と義務を切り離してはいけない。ドゥエロは冷静に、今回の事態を悔やんでいた。
感情はまるで納得出来ていないが、相棒の正当な言い分を無視する程理性を失ってはいない。
ジュラは綺麗な眉を潜めて、人差し指で額を叩いて冷静になるべく務めた。
『バーネットの容態を教えて、ドクター』
「微熱があり、頻繁に咳をしている。これは感染の初期症状で、薬を投与すれば症状は緩和されるだろう」
『薬で病状は抑えられそうなのか、ドゥエロ』
「……深刻なのは、肺の汚染だ。今は咳が続く程度で済んでいるが、このままでは肺胞の細胞が正常の機能を失う。
身体機能も衰えていき、食欲不振も始まる。時間が経つに連れて痩せていき、声枯れの症状も出始める。
咳、痰などの刺激症状から、半身の麻痺などに発展すれば――極めて、深刻な事態となる』
曖昧な表現で言葉を濁しているが、カイやジュラは死線をくぐり抜けた戦士。それが意味するところを、理解していた。
今は初期症状で済んでいても、治療方法が確定されていない以上病状は進んでいく。緩和は出来るが、止められないのだ。
ニル・ヴァーナに搬送して、ペークシス・プラグマの力で浄化する事は出来るかもしれない。だが、今のところ成功はしていない。
刺激症状が、初期段階。声枯れ等が起きれば、中期の段階。麻痺が起きてしまえば――完全に、末期だ。
半身の麻痺が起きたということは、肺だけではなく脳も汚染された事になる。そうなれば、もう助からない。
生命を維持する機能に支障をきたし、苦しみ抜いてバーネットは死亡する。ジュラには、耐えられなかった。
『どうすれば、バーネットは助けられるの?』
分かりきっている質問。バーネットの病状を考慮すれば、打てる手は一つしかない。
誰かに言って欲しかった。だから、ドゥエロが言った。共に、バーネットを救うために。
「汚染された身体を綺麗にすればいい。その為には、ペークシス・プラグマの力が必要だ」
『星をまるごと綺麗に出来れば、人間一人奇麗にするのも簡単よね!』
テラフォーミング、ペークシス・プラグマの力を借りて人為的に環境を変化させる手段。
人類の住める星に改造出来る手段が確立すれば、女性の身体を改善するのも不可能ではない。
優れたドクターのお墨付きを得られて、ジュラは俄然張り切る。
『やるわ。ジュラが必ずこの任務を成功させて、バーネットを救ってみせる。カイも、ジュラに力をかしてね』
『……ああ』
明確な目標が出来たのはいいことだし、仲間を助けたい気持ちはカイ自身にもある。
バーネットとは諍いも起こしたし、殺されかかった事もある。良好とは言い難い関係にも一時陥ったが、死なせたくはなかった。
それでも、カイは不安だった。カイにジュラ、そしてバート。この三人の想いが、一つになっていない。
絡み合っているようで、何処かで食い違っている。想いが強くなるにつれて、違和感もまた強く感じている。
先程のガスコーニュやピョロの忠告も、カイの胸の内で消化されていない。燻りがあった。
結局のところ、答えが出ていない。ジュラはバーネットの為、カイは生きるべき人達の為、バートは病に苦しむ人達の為。
それらは全て同じである筈なのに、想いが異なっている。ベクトルが、微妙にずれているのだ。
一度も成功していないのも、悩みの種だ。今度また失敗すれば、ジュラはバートを激しく責め立てるだろう。
他人事ではなくなった、それは任務への思い入れを強くするのと同時に、失敗が許されなくなった事に繋がる。
焦燥を無くすには、確固たる思いを持たなければならない。この点で既に違っているのだ。
シャーリーにバーネット、そして病に苦しむ人達。何を優先すればいいのだろうか?
全員を救う必要があるのに、全員を選んでもペークシス・プラグマは答えてくれなかった。
ガスコーニュやピョロは、友達を第一に出来ないカイに反論した。思い込みすぎているのだと、叱った。
想いを一つにするには、何かを捨てなければならないのか? 何かを犠牲にしてでも、大切な物を選ばなければならないのか。
ジュラは目標を一つにし、カイは全てを選んだまま実験に望んだ。仲間を救うために、人類を救うために。
実験は、失敗――しかも失敗したのは、"ヴァンドレッド"の起動。
バート・ガルサスではない。カイとジュラの想いに、二つのペークシス・プラグマが応えなかった。
想いが強まるにつれて、摩擦が生じてしまう。助けたいと思う気持ちは同じなのに、すれ違う。
そして――シャーリーとバーネットの容態は、悪化した。
<to be continued>
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