ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 16 "Sleeping Beauty"






Action4 −救命−







 志願者が選別されて、救命チームが正式に発足。ドゥエロ・マクファイルの指揮の下で、惑星への上陸が行われた。

選別された救命チームには非戦闘員が多く、どちらかと言えば裏方で働く者が殆どだった。

メイア達のように華々しい戦果こそないが、故郷へ向けた長い旅を支えてきた者達。台所を任されている彼女達は、逞しい。


防疫措置を施されて地上へ降りた彼女達は早速、病に苦しんでいる人達の救助へ向かった。


『代表の方々に御協力頂いて、施設が整っている病院に患者を搬送しました。救命活動を開始致します』

「代表者とはアタシが話をつけておくよ。現場の状況はどうだい?」

『……人材や資源の制約が著しく、最善の救命を行うには治療の優先度を決めなければなりません。
御許可を頂けますか、お頭』


 識別救急、災害医療において多数の患者を重症度や緊急性により分別する処置の事を言う。

大規模な災害――病気の感染等で傷病者が多く発生した際、医者や薬の不足により患者を全員救う事が出来なくなってしまう。

人には限界があり、薬には限りがある。救える人と救えない人、救命の順序を医者が決定する。その許可を、求めている。


つまり――医学的必要性だけで、医者が救う患者を自ら選ぶのだ。助けられない人間を、自ら切り捨てて。


『ドクター、アンタを救命チームのリーダーに任命したのはアタシだよ。アタシが、全ての責任を持つ』

『……ありがとうございます、お頭』

『ドクター、パイウェイは――』

『トリアージは私が行います』


 マグノの心中を察したように、ドゥエロは間髪入れずに返答する。マグノは悲しげに微笑んで、頷いた。

地球母艦戦後、医療に対する重要性を痛感したパイウェイ。彼女もドゥエロの助手として、惑星に上陸した。

エズラの出産では力になれなかった事が悔しかったのか、最近では医学書まで読んでパイウェイは勉強をしている。


救命活動を聞いて、彼女はナースとして当然のように志願した。全ての人達を救うのだと、想いを燃やして。


ドゥエロは救命活動を行う前から、既に分かっている。全員は、救えないのだと。

災害医療は、ドゥエロもパイウェイも経験している。無人兵器は、自然よりも性質の悪い災害だ。


ただ、この半年間死人を出した事は一度もない――その奇跡が皮肉にも、ドゥエロとパイウェイを傷付ける。


救えない患者が出る。救わない患者を出す。自分の意志で、自分の行った結果で人を死なせてしまう。

人を救う事を義務としている医者とナースには、これ以上ない辛い経験だ。仕方が無いのだと、割り切らなければならない。

なまじこれまで人を救えただけに、より深く心が傷つくだろう。特に、幼い少女には過酷すぎる現実だ。


マグノは、心から心配していた。その心配を悟って、ドゥエロは全ての罪を背負うのだと告げたのだ。


『物資や人材が必要になれば、いつでも相談に乗るよ』

『ありがとうございます。その時はよろしくお願いします』


 通信画面の向こうで静かに頭を下げて、ドゥエロからの通信は切れた。何も映らない画面を見つめ、マグノは深く息を吐いた。

ドゥエロ・マクファイル、友人知人を得て歳相応の感情を見せるようになった青年。その人間らしさが、彼を傷つける事になる。


もしも出逢った頃のドゥエロならば――エリート然としていた彼ならば、患者を切り捨てる事を躊躇わなかっただろう。


災害及び救急時における医療トリアージは、人面救助という面では必要な選択だ。最大効率を得て、医療活動を行える。

識別救急は決して悪ではない。助かる見込みの少ない者よりも、可能性のある患者を選ぶ。医者として当然の事だ。

災害医療は速さを要求される。躊躇している間に命が失われ、救えたかもしれない患者まで死なせてしまう。

タラークのトップエリートだった頃のドゥエロならば、十を救う為に一を容赦なく切り捨てただろう。


医者の使命――人を救う喜びを知ってしまったが為に、苦悩してしまう。神様がいるのならば、あまりにも無慈悲だ。


人の心を捨てなければ、医者など務まらないのだろうか? 結局のところ、医者にしか答えは出せない。

マグノがハッキリと分かるのは、彼が苦しむということだ。孫のように大事なクルーが、悲しむということだ。

けれども、タラーク・メジェール両国家が恐れるマグノ海賊団のお頭マグノでも、彼らは救えない。


『あの子達に負けてられないね……久しぶりに、身体を動かすとしようか』


 出来るのは、彼らと同じ痛みを共有する事。彼らの痛みを、少しでも和らげる事。

マグノは艦長席を立ち、杖をついて歩き始める。彼女もまた、彼らと同じく大地へ降り立とうとしていた。


人を救う者達もまた、救われるのを望んでいるのかもしれない。















「ぐす、えぐ……な、何で、涙が止まらないのよぉ……」


 暗く沈んだ、灰色の惑星。陽の当たらない大地の丘で、白衣を着た少女が一人泣いていた。

融合戦艦ニル・ヴァーナが惑星に上陸して半日が経過、救命活動は必死の思いで続けられている。


野戦病院に運ばれる、膨大な患者の数。病院内は苦痛と悲鳴で溢れかえり、多くの患者が今も治療を待っている。


ドゥエロの指示を受けて、ナースの少女パイウェイは救命に当たった。最初は本当に、やる気を出して治療をしていた。

勢いが衰え出したのは、最初の死者が出てから。不幸にも、パイウェイが治療していた人間が死亡したのだ。

彼女にミスはなかった。むしろ、幼いながらに最善の治療を施していた。勉強と経験が、実になっていた。


けれど、死んだ――パイウェイにとっては、それが全て。過程に、意味などなかった。


ドゥエロは、パイウェイを励ました。患者の家族も、彼女を責めなかった。優しくされて、彼女は余計に傷ついた。

災害医療は時に、優しささえも相手を傷つける。慰めに意味はなく、死んでしまえば何もかも終わりだった。

パイウェイは、諦めなかった。気持ちを奮い立たせて、次の患者に望んだ。もう二度と死なせないと、誓って。


誓いが敗れたのは、何と十分後だった。それから先はもう――地獄だった。


涙も何もかもを殺して、心を沈めて、ただ治療を続けた。愛用のカエルが、血に汚れても気にしなかった。

頑張って、頑張って、助けて、助けて――死なせて、死なせて。救えた人の、顔も覚えていない。

休憩を与えられて、彼女は頷くしか出来なかった。まだ半日なのに、何もかもが嫌になった。


「ぅ……早く、病院に、戻らないと……っ……か、患者さんが、待ってる……」


 一人になった途端、洪水のように後悔が押し寄せる。反省が山積みになって、心が潰れそうだった。

この惑星の滞在は何日も続く。まだ初日なのに、彼女は既に疲れ果てていた。

人の死を見続けるのが、恐ろしかった。いずれ泣けなくなりそうで、身震いすらした。


少女にとって残酷なのは、逃げるという選択肢がなかった事。少女の成長が、少女の逃走を許さなかった。


人の成長とは、尊いものだ。子供が大人になるというのは、立派なものだ。それなのに、少女はこんなにも泣いている。

逃げてしまえば、嫌がればすむのに、戦場へ向かおうとする。救命の意思はそれほどまでに強く、儚い。

頬を涙で濡らしながら、パイウェイは立ち上がる。休憩時間はまだあるが、とても落ち着けそうにない。


天を、見上げる――病に蝕まれた空に、救いはなかった。



「……泣いているの?」

「! だ、誰!?」



 慌てて目を擦って涙を拭き、キョロキョロ周りを見る。声の主は、すぐに見つかった。


「だいじょうぶ……? おねーちゃ――ァッ!?」

「ちょっと、大丈夫!?」

「う、ぅ……ご、ごめんなさい……ど、どうしても、お外を見――ゴホ、ゴホっ!」

「しっかりして! 平気だよ、おねーちゃんナースなの。絶対に、助けてあげるから!」


 泣いていたのが嘘のように明るく笑いかけて、パイウェイは優しく背中を撫でる。

パジャマ姿の、儚げな少女――名は、シャーリー。


パイウェイが今度こそ救うと決めた、小さな患者さんであった。





























<to be continued>







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