ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 15 "Welcome new baby girl"
Action13 −拘束−
ウイルスが感染したシステム、艦内全域での停電、刈り取りの襲来、エズラ・ヴィエーユの出産、エレベーターの停止。
一つ一つに関連があるのに、個別に対応しなければならない。解決する手段はあっても、一人では出来ない。
半年前なら苦難に立たされた問題も、大勢の仲間がいれば怖くはない。皆で一緒に取り組んでいける。
「――という状況なんだ。助けるにはどうすればいい？」
『分かった。エズラ、聞こえるかい？』
電気が停止したエレベーターの中、カイが自分の通信機でエズラの状態を医務室へと伝える。
ドクターであるドゥエロではなく、マグノが応答。疑問には思うが、問い質している暇はなかった。
カイはマグノの事を心から信頼している。意地を張らず、頼れる大人に助けを求めた。
『まだいきんじゃ駄目だ。浅い呼吸で痛みを逃がすんだよ』
「っ……は、はい……！」
映像での通信ではないが、確かな状況判断力でマグノはエズラの容態を把握。必要な対処法を簡潔に説明する。
ミスティがエズラの傍に寄り添い、背中を摩っている。効果のある対応ではないが、彼女なりに何かしてあげたかったのだ。
出産前で苦しんではいるが、エズラは意識を保っている。先程の二人の言い争いも、彼女は聞いていた。
口出ししなかったのは、カイの人柄とミスティの苦悩を理解しているから。二人が共に正しく、正しいが故に譲れない。
何より彼らが言い争っているのは我を張るのではなく、苦しむエズラを見かねての口論。
心苦しく思うが二人の子供達の気持ちが本当に嬉しくて、涙を堪えるのに精一杯だった。
そこへ鑑全体を襲う、強烈な震動――
ニル・ヴァーナの外では無人兵器の群れとドレッドチームが交戦中であり、戦闘の余波に鑑が巻き込まれたのだ。
通常交戦中は本艦は退避するか、シールドを張って船内への被害を防ぐ。非戦闘員が大勢、船の中にいるからだ。
ところが今は全システムがダウンして、ニル・ヴァーナは宇宙を漂うのみ。枯葉のように揺れ動く。
エレベーター内も、例外ではない。停止している箱が、上下左右に揺さぶられた。
「きゃっ！？」
「エズラさん！？ あっ……！」
「……ば、か野郎……しっかり、支えてろ……」
壁にぶつかりそうになっていたエズラを、咄嗟にカイが庇う。エズラは無事だが、クッション役になったカイが顔を苦痛に歪める。
素直に謝罪と御礼を言えそうだったのに、カイの一言でミスティはムッとして黙りこんでしまう。心ならずとも。
考えるよりも先に、人助けに身体が動いてしまう。カイの本質がよく現れた反射的行動も、やっぱりとしか思わなかった。
――彼が優しい人間である事は、先程の言い争いで分かっている。でなければ、他人事にあれほど熱くはなれない。
エレベーターに閉じ込められた時も、彼は自分へのＳＯＳを一切出さなかった。助けを求めるのは、エズラの事ばかり。
自己犠牲ではない。博愛主義者でもない。目の前で苦しんでいる人が、放っておけないだけ。
未成熟な、優しさ。彼の温かな気持ちはとても心地良く感じられるのだが、態度や言動の端々にイライラさせられる。
……自分とよく似た人間である事を、ミスティは頑なに認めようとはしなかった。自分の嫌な面を見せられて、好ましくはなれない。
「悪かったわね！ それよりもエズラさん、大丈夫！？」
「そうだ、おふくろさ――うわっ！？」
『どうした、カイ！？』
通信機がつけっぱなしになっていたのは、僥倖だった。カイはエズラをミスティに預け、慌てて通信機を拾う。
先程の衝撃で床に落としてしまったのだが、壊れてはいなかった。ドゥエロの呼びかけがハッキリ聞こえる。
映像が送れない分、衝突音や悲鳴のみが向こう側に届いている事になる。さぞ、ハラハラさせられているだろう。
ミスティに助け上げられたエズラを見ながら、必死な顔でカイが現状を伝える。どう言ったものか、悩みながら。
「これは何と言うか……おふくろさんの下半身から水、のような液体が出て来ている！？」
『落ち着きな。それは"破水"だよ』
「破水……？ なんだソレ、やばいのか！？」
病気や怪我とは症状が異なる女体の現象に、カイはパニックになりかけていた。どうすればいいのか、サッパリ分からない。
ドクターであっても男のドゥエロも似たような心境だろう。カイの問いかけにも、マグノが返答してきた。
お腹の中の赤ん坊に悪い症状ではないのは、マグノの落ち着いた声を聞けば分かるのだが――
『子宮内部で赤ん坊を守っていた"羊水"という液体が、放出されているんだ。
それがないと、赤ん坊が速やかに産道を通過する事が出来ない』
「……一言で言うと？」
『大切な現象なんだ』
「なるほど、よく分かった」
「分かったの！？」
ドゥエロとカイの会話に、ミスティが驚いた声を上げる。友人同士のシンパシーを、第三者が理解するのは難しい。
ドゥエロも多分本を見ながら説明したのだろう。聞き齧った知識を真剣に吟味するつもりはカイにはなかった。
大切なのはエズラが赤ちゃんを出産出来るかどうか、その一点である。
「それで、赤ん坊はそろそろ産まれそうな状態なのか？」
『後は――』
「――！？ ちょっと待ってろ！」
通信機を切り、カイは顔を上げて周囲を見渡す。挙動不審な態度に、ミスティも怪訝な顔でカイを見つめる。
カイは蛮型のパイロット。蛮型とは、人の形をした兵器。無骨な外見の機械人形である。
コックピットも当然機械類であり、金属に囲まれて戦っている。だからこそ、彼には敏感に聞こえるのだ。
悲鳴を上げる、金属の"声"を。
「……一応聞くけどお前、工具か何か持ってる？」
「……？ 何よ、突然。そんなの持ち歩いている訳無いでしょう――どうしたのよ」
カイが厳しい顔で見上げている先を、ミスティが追う。エズラは出産前で苦しんでいて、顔も上げられない。
彼が見つめているのは、天井。汚れなどが目立つが、特に変わったところはない。注目すべき点はなかった。
視線を落とすと、カイはまだ見上げたまま。ミスティはカイに近付き、耳を寄せる。エズラに、聞かれないように。
空気を察してくれた少女に、少年も小声で伝える。
（エレベーターを支える留め具が、はずれかかっている）
（ええっ！？）
エレベーターは決して下に落ちないように、留め具を各ポイントに接着している。
運用上他にも幾つか安全対策は施されているのだが、この留め具が外れてしまうとエレベーターは落下してしまう。
階下ボタンを押して降りるのとは、意味合いが異なる。文字通りの落下、高さにもよるが中の人間はペチャンコになる。
仮にカイ達は助かっても、お腹の中の赤ん坊は助からない。赤子は、世界で一番弱い存在なのだ。
（ど、どうするのよ！？ 揺れはまだ続いているのよ！）
（決まっているだろう、助かる道は一つしかない）
（早く言いなさいよ、何！？）
（言うのはお前だ――パスワードを教えろ）
（！……そ、それは……）
（お前もこのままだと死ぬんだぞ！？ 悩んでいる暇はない！）
（っ……）
エレベーターを支える留め金は外れかけているのに、少女の心の拘束はなかなか解けない。
追い詰められているからこそ、焦ってしまう。冷静さを失い、心は固くなり、状況を見失う。
カイにも経験のある、迷い。敵か味方か分からないから、助ける事に躊躇してしまう。
後から思い返せば、何てくだらない迷いであったか――そう思うからこそ、ミスティには迷ってほしくなかった。
「ミスティ、俺は地球を打倒する。刈り取りを、理不尽な略奪をこの世界から無くす。だから」
「……だから？」
「俺が、お前の父と母の遺志を受け継ぐ」
「か、簡単に言わないで！？ その場しのぎで言っているだけでしょう！」
「あいつらが聞き入れなくても、俺が――ううん、俺とお前で成し遂げるんだ！」
海賊を助ける為ではなく、人々を救う為に。未来溢れる、新しい命を守る為に。
壮大な理想、叶えられそうもない夢。ミスティの両親も成し遂げられず、後世に託すしかなかった。
遺志は今此処に、理想は少年の胸の内に輝いている。そして新しい未来も、生まれようとしている。
少年が差し伸べる手を、少女は躊躇いながらも――掴もうとはしなかった。少年と少女の距離はまだ、遠い。
それでも目の前にはいて、言葉はちゃんと届いている。
少女は、頷いた。
「パスワードは――"赤ん坊の声"よ。助けましょう、わたしとアンタで！」
＜to be continued＞
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