ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 15 "Welcome new baby girl"
Action12 −経験−
「通信が途中で切れた……? エレベーターの中で、何かあったのですか!?」
『……どうやらミスティに警戒されたらしい……パスワードを聞き出す事が出来なかった。向こうからの連絡を待つしかない』
ブザムからの連絡に、ドゥエロは憤りを覚える。エレベーターに居る妊婦の様子が、分からなくなってしまったのだ。
全システムがダウンしている上に、カイやミスティはセキュリティへの権限が無い。エレベーターの非常機器全般が使用出来ない。
残された連絡手段はカイが持っている通信機のみ、簡易型の携帯通信機なので医務室から直接繋げる事は出来ない。
となれば向こうからの連絡を待つしかないが、連絡相手のミスティに警戒されたとなれば繋げてくるかどうか分からない。
出産間近のエズラは一刻の猶予もないのだが、頑なになっている人間を宥めるのは非常に難しい。
この半年間の旅路において、女性陣との対立の歴史を知るドゥエロはその困難さをよく理解していた。
「何故警戒されたのです。先程まで、彼女は協力的だった」
『このカプセルに収められたメッセージが、それほど重要であるという事だ。おいそれと、第三者に明かせない程に』
「ハッキリと言って頂きたい。彼女が貴方を警戒したのは、カイがあなた方を否定したのと同じ理由ではないですか?」
『……』
大勢の難民を救った義賊であっても、海賊は海賊。第三者が聞けば、悪いイメージを持たれるのも無理はない。
罪の是非はともかくとしても、略奪行為を平然と肯定出来るのは悪人か、悪となる理由を知る者くらいだろう。
ミスティは子供ではない。重い使命があり、勇気と覚悟を持って旅立った、自己を確立した人間――
失敗は決して許されない。海賊を警戒するのは無理もなく、ドゥエロも気持ちはよく分かった。
「だからといって、分かり合えないとは限らないだろう。慌てなさんな、ドクター」
『……お頭、申し訳ありません』
「BCもらしくないよ。悔やんでいる暇があるなら、早くこの停電を何とかしな。エズラの事はアタシらが何とかする」
『しかし、ミスティよりパスワードを聞き出さなければ――』
「エレベーターの中にはエズラと、あの坊やがいるさ。ぶきっちょだけど、気持ちの優しい子だ。
こういうのはね、大人がとやかく言うより子供同士で話し合った方がいいのさ」
険悪になりかけた空気を、老僧が優しい声で話しかけて和ませる。頭ごなしに怒鳴らず、指針を示したのだ。
第一世代のマグノにかかれば、ドゥエロやブザムも子供のようなもの。二人も、彼女には頭が上がらない。
マグノより命を受けたブザムはコンピュータールームで作業に戻り、ドゥエロは医務室で対応を検討する。
熟考した末に――彼は、『コンニチハ赤ちゃん』の本を開く。ドゥエロの出した結論に。マグノは心の底から溜息を吐いた。
「……いつまで頭でっかちな事を続けるつもりだい」
「私は妊婦の産道を広げる為に必要な、"いきむ"という行動を――」
「ハァ……もういい、分かったよ」
マグノはようやく確信した。ドゥエロは参考となる本を頼りに、本に記載された内容をそのまま行おうとしている。
本の内容は間違えていないし、彼も熟読している。出産に至る過程と処置を、前々から読み込んで頭には入れているのだろう。
男だけの惑星タラークに生まれた彼は、出産に関する知識も経験もない。本があるのなら、頼るのは無理もなかった。
間違いがあるとすれば――『出産』というのは、本の内容通りにやればいいというものではない事。
「いいかいドクター、物事には理屈よりも経験が勝る事があるんだよ」
「しかし――」
「いいから、任せておき。カイやミスティから連絡があれば、アタシに代わるんだ」
強い口調と、頼もしき言葉。経験から生まれる自信が表情に出ており、ドゥエロほどの男でも押されてしまう。
ドゥエロとて医者だ、患者に対して責任がある。大事な患者を、誰かに任せるような真似は出来ない。
しかし、こと出産に関しては必ずやり遂げる自信がなかった。気概はあるのだが、経験がない。本に偏った知識では、自信に繋がらない。
無念はあるし、反骨心もある。彼も黙って引き下がるつもりはなく、ドクターの席を離れなかった。
「おい、通信機をよこせ。どうして通信を切ったんだよ」
「それは……」
停電中のエレベーターで、ミスティは通信機を手に縮こまる。彼女の意味不明な行動に、カイは怪訝な顔をする。
ブザムがミスティに話があるとの事で通信機を渡したら、二言三言話して突然通信を切ってしまったのだ。
通信機というものは、電源のオン・オフでもバッテリーを消耗する。貴重なエネルギーを無駄に消費されて、強い口調になってしまう。
先程までなら強気で言い返してきたのに、ミスティは暗い表情のまま。眉を潜めて、カイは伺ってみる。
「ブザムに何か言われたのか……?」
「……停電が起きた原因は、私が持っていたカプセルにあるウイルスが発症したからなの」
「という事は、お前が原因なのか!?」
「違うわよ、あんた達が悪いんじゃない!」
「俺達が悪い……? どういう意味だ、それ」
「あっ!?」
自分が胸に抱いていた不信をそのまま口にしてしまい、ミスティが慌てて口を閉ざすが遅かった。
言い掛かりをつけられては、カイも黙ってはいられない。緊急事態である事を一瞬忘れ、ミスティに詰め寄る。
黙秘を続けるのは難しいと判断したミスティも、こうなればと自分の本音を吐き出した。
「私のカプセルをあんた達が黙って持ち出して、中身を見たんでしょう。
あのカプセルの中にあるメッセージはね、パスワードを入力せずに見ようとするとウイルスが発症するの」
「……冷凍睡眠していたお前の手にあった、あのカプセルか」
「中身を無断で見ようとしなければ、停電なんて起きないわ! あんた達の責任じゃない!!」
「だってお前、グースカ寝てたじゃねえか。大事なモノならポケットに入れておけよ」
「何、その言い草!? 人の物を勝手に取ったら泥棒よ!」
反論はしてみるが、声に力が篭らないのは自分でもよく分かった。ミスティに十倍怒鳴り返されて、カイは渋面する。
この様子だと、カプセルを持ち出したのはブザムなのだろう。中身を確認して、ウイルスを発症させてしまったのだ。
救命ポットについては、パルフェやエンジニアのアイも危険がないか調べていた。カプセルも同様だ。
事前に分析していたのにウイルスに発症するとはブザムらしくもないミスだと思ったが、口には出さなかった。
カイとしては、別にマグノ海賊団を弁護するつもりはない。彼自身も、海賊のやり方には反発している。
「俺に怒鳴るなよ……あいつらが勝手にやった事だろう」
「他人事みたいに言わないで! あんたも仲間でしょう!!」
「違うわ!? 俺を勝手に海賊の一員にするんじゃねえ!」
「海賊じゃないのに、どうして同じ船にいて仲良くしているのよ!」
「目的が一緒だからだよ――地球を打倒する為に、俺達はお互いに協力している」
地球の打倒、刈り取りの阻止。何の迷いもなく言い切ったカイの目的を聞かされて、彼女は息を飲んだ。
マグノ海賊団との関係は、既に心の中で整理が付いている。全力で戦い合い、言葉をぶつけ合って、彼女達と新しい同盟を結んだ。
本当の意味で、仲間になる事はない。心の底まで、分かり合える事もない。性別から生き方まで、何もかもが違う。
男と女、タラーク人とメジェール人。外見も中身も全然違う、だからこそ半年もの時間をかけて分かり合った。
「……理解出来ない……だってあの人達、海賊だよ? 悪い事だってしてきたんでしょう」
「俺の故郷では、あいつらは敵視されているよ。多分、自分達の故郷でも。
俺は――ううん、俺だって今でもあいつらのやってきた事は許せない。犯した罪は償わないといけないと思ってる」
「だったらどうして、一緒にいるのよ」
「あいつらがこれ以上奪うのならば、俺が止める。絶対に」
「――!」
ミスティは目を見張る。カイは言い切った、彼女達が過ちを犯せば敵に回ってでも止めるのだと。
カイがエズラや他の皆と仲良くしているのは、艦内を見学中に見てきた。皆と一緒に、彼は笑い合っていた。
今日笑顔を交わした相手と、明日戦わなければならないかもしれない――そんな生き方が、成立するのか?
「ど、どうしてそこまでしようとするのよ……?」
「……心の底から悪い連中だったら、俺だって今まで悩んだりしなかったさ。お前こそどうするつもりなんだ」
「あたしが何だと言うのよ!?」
「誤魔化すなよ、お前だって分かっているはずだ。
パスワードを教えないという事は、お袋さんを――お腹の赤ちゃんを見捨てるという事だ」
「……っ、そ、それは……」
ブザムへの応答を拒否したのに悩み続けた理由は、正にそれだった。目の前で、苦しんでいる人がいる。
ウイルスが駆除出来ればエレベーターは再稼動して、エズラを医務室へと運び込める。既に出産寸前、医者に見せなければならない。
この局面でパスワードを教えないという選択肢は、苦しむエズラを見捨てるのと同じだ。
海賊を否定するのであれば、徹底しなければならない。エズラもまた、海賊の一人なのだから。
「――パスワードを教えたら、確かにウイルスは駆除出来るわ。でも、メッセージも閲覧可能になる」
「だから、教えられないというのか! おふくろさんやお腹の中の赤ちゃんを死なせてもいいのか!?」
「パパとママの、最後の言葉なの!」
「!? お前のおやじと、おふくろ……?」
「もう二度と会えない、あたしのパパとママの大切なメッセージなのよ」
堪えきれずに、気丈な少女が一筋の涙を流す。ひと粒ひと粒が例えようもないほどに、重い。
メッセージの内容は重要、けれどそれ以上にメッセージを送った人物がミスティには大切だった。
大事なメッセージを大切な人物から預かったミスティ――人の命がかかっていても、おいそれと預ける事は出来ない。
何か言いたかった。言ってやりたかった。でも、言えなかった。
カイには、本当の親がいない。自分の人生を自分で生きてきたからこそ、自分以上の大切な存在がない。
「……通信機は返せ」
「……ごめんなさい」
苛立ちがこみ上げる。ミスティは決して意地悪で教えるのを拒んでいるのではない。優しいからこそ、大事なモノを手放せないのだ。
苦しんでいる人間を罵倒して何になる。海賊は間違えていると言ったのは自分だ。文句を言えた義理ではない。
こうなれば、此処で出産させるしかない――敵は倒せても、悩める少女の一人も救えない自分。
望んでいた英雄像とは、かけ離れていくばかり。人生経験の少ない少年は、新しい壁にぶつかった。
<to be continued>
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