ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 14 "Bad morale dream"






Action7 −妊娠−






 前線パイロット四人と操舵手一人の精密検査は順調に進み、バート・ガルサスの順番が回ってきた。

初めての検査で緊張顔のパイウェイとバート、ぎこちないながらもナースと患者の共同作業が始まる。

その間暇を持て余したカイ達は、許可を得て一人の患者の検診を見学させてもらっていた。



体内に新しい生命を宿したオペレーター、エズラ・ヴィエーユの定期検診である。



「もう臨月だ。いつ分離してもおかしくない」

「分離だなんて……『出産』と言うんですよ」


 ドゥエロ医師の診断に、当の患者であるエズラが苦笑いを浮かべてやんわり訂正する。

妊娠が確認されて約半年――エズラのお腹も随分と膨らみ、生命に満たされた柔らかな膨らみを見せている。

女性から母となる気高き姿でも、出産経験も知識もない少年には奇異に見えるものらしい。


不躾な視線をエズラのお腹に向けながら、恐る恐る疑問を口にする。


「あ、あのさ……こんな事聞くのは何だけど、こんなに腹が膨らんで大丈夫なのか?」

「母体に異常はない。臨月に入っているので慎重な対応は必要だが、子供は元気に育っている」

「臨月……?」

「妊娠10ヶ月、出産の準備時期に入ったという事だ。ドクターの診断では、正期産に近づいているとも言える」


 首を傾げ続けるカイに、女性であるメイアが説明を挟む。彼女もパイロットスーツから、検査用の服に着替えていた。

今日の検診には超音波検査などが行われており、お腹の中の赤ちゃんの様子が診察モニターに映し出されていた。

お腹には器具が取り付けられているが、痒みや痛みもなく母体にも負担をかけていない。


余念なくきびきびと検査を行う友人に、カイは感心しきりだった。


「お前、えーと……出産、だっけ? 経験もないのに、よく母体の検査とか出来るな。
この前読んでいた本から取り入れた知識なのか」

「この船のクルーは全員、私の患者だ。ドクターである私が患者を診るのに、何も知らないでは務まらない」

「……楽しんでやっているかと思えば、こういう所は真面目だよな……」

「ドクターが責任感のある人間だからこそ、我々も負傷した身体を預けられる」

「ええ、ドクターには本当に感謝しています。
初めて見てもらった時は本を片手に困った顔で、少し不安だったけれど――今は安心して、子供を診てもらっているのよ」

「最初はすげえ危なっかしかった!?」


 軍事国家タラーク第三世代の中でもエリート中のエリートである、ドゥエロ・マクファイル。

タラークの歴史が始まって以来の天才だと言われている彼でも、女性の出産については未知であるらしい。

呆れた様子のカイにドゥエロは大きく咳払いをして、一冊の本を取り上げる。


『こんにちは赤ちゃん』、最近ドゥエロが熱心に読んでいる本である。


「私は医者だ。もはや妊娠についての学習は終えたつもりだ」

「……お前の言葉に不安を感じたのは、これが初めてだ……」


 口には出さずとも同じ感想を持ったのか、メイアが珍しく苦笑いを浮かべている。

その表情を見てエズラは目を驚きに丸くし、隣にいるカイを見て嬉しげに微笑んだ。

彼女の視線に気づかず、もうすぐ産まれそうだと聞いたカイは提案をする。


「子供が産まれそうになった時、青髪達にも手伝ってもらったらどうだ?
この医務室にあるメジェールの医療機器も、出産には使えないんだろう」

「使える設備は確かに限られているが、問題ない。知識は既に頭の中にある」

「俺が心配しているのは、経験。見ろよ、お袋さんのお腹――こんなに大きな子供が、お袋さんの中から出てくるんだぞ。
想像するだけでゾッとする。命懸けになるんじゃないのか」


 一人の女性の身体から、もう一人が産み出される――この現象を、カイは感動的には感じられなかった。

出産前の膨らんだお腹からどうやって取り出すのか、考えるだけで身の毛がよだつ。

腹を裂くのか、別の場所から取り出すのか、いずれにしても大変である事が伺える。


「カイ、同じ男であるお前がドクターを信じなくてどうする」

「メイア、カイが懸念するのも無理はない。私に出産経験がないのは、変える事の出来ない事実だ。
子宝に恵まれた患者の身を心配するのも、私の失敗を案ずるのも、両者を思い遣っての事。その気持ちは、嬉しく思う」

「な、何か、そこまで大袈裟に言われると照れるんだが……」

「私は人に心配された経験もない。私ならやれると、私の事を何も知らない他人が根拠もなく確信されて迷惑をしたものだ。
身勝手な信頼ほど、疎ましいものはない。人間ならば成功も失敗もする、当然の事だ。

この船に乗船してからというもの、人らしい人に巡り会えて、沢山の貴重な経験をさせてもらっている」

「……ドクターでも、そのように思う事があるのか……」


 ドゥエロの人間らしい思いを聞かされて、メイアも感慨深く聞き入っていた。

ドゥエロは文武両道に優れたエリートだが、特別だからこその気苦労もあったのだろう。

周囲の取り巻きなぞ歯牙にもかけていないとはいえ、時には迷惑に感じていたのに違いはない。

カイやメイア達のように、自然に接してくれる人達がいてドゥエロも毎日が充実しているのかもしれない。


「折を見てお頭に相談してみよう。経験豊富な方に教えを請い、万全な対応で望む」

「あのバアさんなら知ってそうだな、確かに。自分の子供も抱き上げてたりして」

「失礼だぞ、カイ。お前はもう少し礼儀というものをだな――」


 クドクドとカイを叱るメイアが母親らしく見えて、医務室の面々を微笑みに誘う。

臨月に入ったエズラ、まだまだ故郷は遠く、到着する前に子供が生まれるのはほぼ確定だった。

一人で産む事に、これまで不安は尽きなかった。けれど――その認識は間違えていた事を、彼女は知る。


信頼出来る医者、少年と少女パイロット、多くの人達が自分を心配してくれている。子供が無事に生まれるのを、願ってくれる。


懸命な人達の気持ちが、自分と自分の子供を暖かく包んでくれる。エズラの不安は、雪が溶けるように消えていった。

説教を受けていたカイはこれ以上はたまらないと、別の話題に切り替える。


「聞いた話だとメジェールでは母親になる人を"ファーマ"、父親になる人を"オーマ"と言うんだってな。
その子供のオーマになるのって、どういう人? やっぱり海賊の仲間なのか」

「カイちゃんにはきちんと話した事はなかったわね。長年に渡ってこの海賊団を取りまとめて来た、とても立派な人よ。
お頭の側近にあたる立場の人で、ガスコさんの親友なの」

「バアさんの側近って、ブザムじゃねえの?」

「副長は私がリーダーに任命された当時、今の役職につかれた方だ。
異例の抜擢だったのだが、当時の厳しい状況を顧みて為された英断だった」

「なるほど……新しい副長にブザム、新リーダーに青髪が入って、チーム分けされたんだな。
両国家の勢力図も劇的に変化したと――迷惑な話だ」

「……」

「? 何だよ……?」

「――たったこれだけの説明で、大筋の理解を……前から思っていたが、戦略眼だけは眼を見張るものがあるな」

「褒められている気がしないぞ、あんまり」

「マイナス点が多すぎるんだ、少しは改めろ。

――話がずれたな。お前達の艦を襲撃したのは、副長が率いる我々新設チーム。

エズラさんのオーマが率いるベテランチームはアジトで待機をしていた」

「話には聞いていたが、アジトにも大勢仲間がいるんだよな……お前らのこと、心配してるんじゃないか。
全員生きて帰って、元気な顔を見せてやらないと駄目だぜ。お袋さんもな」

「ああ、勿論だ。その為に、ドクターやバートと同盟を結んだのだからな」

「俺は!?」

「お前は今でも、我々の敵だ」


 そう言いながらも笑い話で済ませられるのは、間違いなくこれまでの半年間があったからだろう。

新しい変化を迎えつつある、メイア達のチーム。古き時代の名残に取り残されたままの、ベテランチーム。

無事を祈る気持ちはお互い強かろうが、不安に思う気持ちはメイア達だけだろう。

異なる価値観をなかなか受け入れられないのは、ニル・ヴァーナのクルー全員が身を持って思い知らされているのだから。



「……まったく賑やかね……」



 そして、別の意味で取り残されている女性が一人。頭痛が酷く、ジュラは声も満足に上げられなかった。

少しずつ治まってはきているのだが、熱っぽさは残っている。回復するのは、まだまだ時間がかかりそうだった。

とはいえ、医務室にいてもこの賑やかさでは大人しく休めない。一応検査は終わっているので、自室で休もうと腰を上げた。


「――あら……?」


 話し込んでいるカイ達に黙って出ていこうとしたジュラの目に、とまるものがあった。

今医務室を騒がせている原因であり、マグノ海賊団の変化の象徴とも言える代物――



『こんにちは赤ちゃん』、新しい価値が刻まれた本である。






























<to be continued>







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