ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 14 "Bad morale dream"
Action8 −母親−
医務室でカイ達がのんびりしている間にも、他のクルー達は職務に勤しんでいる。
ニル・ヴァーナのメインブリッジではポットの回収に向けて、入念な準備が進められている。
敵の気配は今のところないが、世の中には絶対はない。この旅はいつも危険が付き纏っている。
マグノ海賊団副長であるブザムはありとあらゆる可能性を考慮して、指示を出していた。
「回収作業中、トラブルが起きる事も考えられる。システムコンディションは細かくチェックしておいてくれ」
「らじゃー」
ブザムの指示に答えるのは、本日当直のセルティック・ミドリ。少女を一瞥して、ブザムは嘆息する。
ブリッジクルーの制服ではなく、クマの着ぐるみを着た少女は規則違反だが、セルティックは特別に許されている。
最年少でお頭の乗船する艦のメインブリッジクルーを任された、若き天才。
大の大人でも敵わない情報分析力とコンピューター技術を持ち、優れた実績を出している。
彼女の代わりが務まる人材はおらず、服装の自由も許されているが、クマというのはやり過ぎである。
「……まあ、少しは進歩したか」
「ほよ……?」
ハテナマークを浮かべるセルティック。クマの頭は脱いだままで、可愛い顔を見せていた。
セルティック・ミドリという少女は本来気弱で、友人とのやり取りを除いてとても大人しい人間である。
彼女にとって着ぐるみのようなコスプレは趣味であり、自分を隠す仮面でもあった。
同僚はともかく男には絶対に素顔を見せず、特にカイには絶対に近付けさせもしなかった。
そんな少女が可愛らしい顔を見せて仕事をしている――これもまた、男と女の関係が生んだ変化なのだろう。
『副長さーん、ちょっとお願いがあるピョロ――ヒックッ』
「ピョロか、どうした」
メインブリッジに直接通信を繋いできた珍しい相手に、ブザムは眉を寄せる。
ピョロはブリッジにいる事が多く、通信画面を通じて話す機会はそれほどなかった。
自我を持ったナビゲーション・ロボット、個性的な彼は扱いづらい存在で時折対応に困る事があった。
最近ようやくピョロの役職も困り、ブザムは直属の上司となっていた。
『ヒック――何だか、今日は調子が悪いから……ヒック……医務室で休んでいいピョロか……?』
「ピョロがしゃっくり――これもカイ達と同じく、ペークシス・プラグマの暴走に巻き込まれた影響か」
瞳が表示されている画面を赤く滲ませているピョロを一目見て、ブザムはすぐにカイと同じ推察に辿り着く。
報告によると、ジュラも頭痛に苦しんでいるらしい。カイやメイア、ディータは異常は出ていないが、今のところである。
幸いともいうべきか、現状はピョロが必要な状況でもない。
「休暇を取るのはかまわないが、何故医務室なんだ? パルフェに診てもらえばいいだろう」
『パルフェはペークシスの――ヒック――復旧に忙しくて、それどころじゃないみたいだピョロ……ヒック、うー』
「……これからの任務を考えれば、どうしても優先順位が生まれてしまうか……ドゥエロなら、メンテナンスも出来るか。
分かった、カイ達と一緒にピョロも検査してもらうといい」
『わーい、ますたぁーとの所に遊びに行けるー! お疲れさま、ポンコツ』
『誰がポンコツだピョロ〜〜〜〜ヒック!』
バタバタと派手に暴れながら、ロボットと少女の映像が消えていく。突然の登場と退場に、ブザムも呆気に取られる。
不思議というか何というか、謎に満ちた少女ユメ。パルフェの下で働くソラとは別に、警戒すべき対象である。
カイの言う事しか聞かず、我が物顔で艦内を闊歩している。何故か監視カメラの一切に映らないので性質が悪い。
暴力的な美貌を持つ少女、無邪気なだけに行動が読めない。万が一敵対すれば――
(――カイがいる限り、それはないか)
海賊を敵視するカイは立場上敵なのだが、有害ではなく有益な存在となっている。
仲間達からの信頼は厚く、半年間の戦闘経験を通じて強くなっている。最近は艦内での諍いもないようだ。
ソラやユメも理由は定かではないが、カイを深く敬愛しているようだ。彼の存在は大きい。
(だが、まだまだ未熟だな……ポットの回収、奴の言うように平穏には恐らく終わらない。
我々の隙をついてくる敵だ、この機会を逃すはずがない)
ブザムはカイほど状況を楽観視していない。この宇宙は、危険に満ちている。
少年や少女は度重なる死闘で深く傷ついている。彼らのような未来ある子供達を守るのが、自分達大人の役目だ。
ブザムは副長席に戻り、コンソールを展開して通信を行う。
『何だい、B.C』
「これから送る座標に、未確認物体を確認している。回収を頼みたい」
『アタシがデリ機で出るのかい? 用心深いね』
「念のためだ」
平和な日々が続いても、決して用心を怠らないのは副長だけではない。
警備クルー管理下に置かれている、元メジェール母船の訓練施設シューティング・トレーニングルーム。
仮想の敵をターゲットに射撃訓練を行える施設で、警備チーフの許可が出れば実弾も使用出来る。
警備クルーやパイロット以外に使用する事は滅多に無い施設だが、今日は利用者がいた。
「――パイロットをやめたんでしょう。何で訓練を続けているの、バーネット」
「この前の戦いで、刈り取りが艦内にまで乗り込んできたでしょう。
いざという時のために、白兵戦も出来るようにしておかないと!」
ジュラとバーネット、マグノ海賊団のベストカップルとまで噂される二人。
正確に言えば、バーネットが一人で訓練していたところをジュラが見に来ているのである。
訓練中ジュラが来るのは珍しくないので、バーネットも邪険にしたりはしない。
「ジュラこそ寝てなくていいの? 体調が悪いんでしょう」
「寝たら悪い夢を見そうだもの。ドクターの薬も効いているから、今は大丈夫よー」
そういうジュラの顔色は良く、血色も戻ってきている。ドゥエロの処方した薬が効いて、頭痛も治まったようだ。
だというのに、ジュラはどこか難しい顔。バーネットを直視せず、何か悩んでいる素振りを見せている。
仲直りをした親友の態度に首を傾げつつも、バーネットは自分の持ち込んだ銃による射撃訓練に戻る。
そのまま集中して訓練をしていたのだが――
「――赤ちゃん、欲しいな」
「!?」
思わず仰け反って、明後日の方向を撃ってしまうバーネット。驚きを露に、ジュラに視線を向ける。
幻聴ではない。空耳でもない。確かに赤ちゃんが欲しいと、言った。
自分の心の中で何度も反芻して、心を落ち着けて――意を決して、問いかける。
「それって……アタシに、オーマになれって言うの!?」
メジェールは女人国、男は一人もいない。子供を生むのが女性なら、子供の父親というのも女性である。
遺伝子技術を利用すれば、女性同士でも子を宿す事が出来る。メジェールはこうして栄えてきたのだ。
だがあろう事か、ジュラは首を振った。
「違うわ、男の赤ちゃんが欲しいの」
「男!? 男ってもしかして――」
「そう、カイの子種を貰って赤ちゃんを生むの。
……色々とね、考えてみたの。故郷に戻ったら海賊をやめて、足を洗うつもりよ。ただその後、どうするか――」
「――それで、あんた」
「ジュラは、"母親"になるわ! カイはきっと将来名を上げて、立派な英雄になるとおもう。
そんな人の子供を産んでみなさいよ……新時代のヒロインの誕生よ!」
――海賊をやめる事は、知っていた。将来に悩んでいた事も察していた。
自分の未来に悩む彼女に他人が口出しするのもどうかと思い、そっとしておいたのだが……
予想を遥かに超えた友人の答えに、今度はバーネットが頭痛を起こしそうだった。
(ジュラらしいけどさ……あれ?)
胸が、疼く。痛みも熱も何も無い、奇妙な疼き――
特に何も感じていないのに、バーネットは我知らず口を出していた。
「……でもジュラ、男とどうやって作るのか知らないんでしょう?
だったら――アタシが、カイに、子種を貰って来てあげる」
「本当に!? ありがとう、バーネット!」
抱きついてくる親友は温かいのに――心がすぅっと、冷たくなっていく。
バーネットは何も言わず、されるがままに瞳を閉じた。
<to be continued>
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