ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 14 "Bad morale dream"
Action6 −信号−
地球母艦戦より一ヶ月以上、平穏な日々が続いていたある日の事。
いつものようにメインブリッジで周辺警戒業務に就いていたアマローネは、長距離観測モニターに映る奇妙な影を発見した。
うっかりすると見逃しかねない長距離だが、平和とはいえ真面目に職務を行っていた彼女にミスはない。
周辺警戒中に異常が発生すれば、自分で判断せずに上司の指示を仰ぐのが規則である。
アマローネはすぐに副長のブザム、そしてお頭のマグノ・ビバンに報告を行った。
「未確認の物体を確認しました。救難信号を発しています」
「どこの救難信号だ?」
「それが……植民船時代のものです」
植民船時代――タラーク・メジェールの祖先の星地球より出立した植民船団の、漂流時代。
マグノ海賊団のお頭マグノ・ビバンの幼少期でもあり、何世代も前である。
長距離観測モニターに映し出された未確認物体が発する救難信号はその時代の波長であると分析された。
思わぬ旧時代の遺産の来訪に、さすがのブザムもマグノの指示を仰ぐしかない。
「――いかがしますか?」
「匂わないけど、放ってもおけないだろう」
苦笑いしながらも即答するマグノに、ブザムも苦笑を返す。人助けなんてらしくないと、お互いに思っているのだろう。
英雄気取りの少年に感化された訳ではないが、少なからず影響を受けているのは確かだった。
言葉だけではなく行動で示す少年の在り方は、共感できずとも意識せずにはいられない。
方針も決まったところで、早速行動に移していく。まずは、船を動かさなければならない。
「パルフェ、ペークシスの状態はどうだい?」
『何とか生きてまーす。ソラちゃんが頑張ってくれたんですよ、お頭!』
通信画面の向こうで丁寧に頭を下げる可愛い新人クルーに、マグノも目尻の皺を深くする。
優秀なスタッフは歓迎だが、大人に敬意を払える若者は貴重だ。経歴は不明だが、カイへの忠節は確かで人格面も問題ない。
メイアに匹敵する堅苦しさはあるが、パルフェの職場で働いていけば物腰も柔らかくなっていくだろう。
機関部からの報告を満足そうに聞いて、次に船を操舵する人間を呼び出す。
「兄ちゃん、休憩は終わりだよ!」
『ええっ!? 今日はのんびりしていいって、さっきは――』
「状況が変わったんだ、早く戻っておいて!」
『……え〜と、どうしようかな……』
休憩中だった操舵手に連絡を取るが、何故か歯切れの悪い返事。
操舵手であるバート・ガルサスは不平不満は口にするが、職務放棄は一度たりとも行った事はない。
お頭の命令ならば馳せ参じるのがいつもの彼だが、通信画面では困った顔のまま。
怪訝に思ったマグノは怒鳴るより前に、詳しい事情を聞いてみる。
「何だい、兄ちゃん。何かあったのかい?」
『実はですね……僕、これからちょっと検査を……』
「検査? 体の具合でも悪いのかい?」
『いや、身体の何処が悪いのか見てもらおうと思って』
「何を馬鹿な事を言ってるんだい! ピンピンしているじゃないか。早く仕事に――」
『――話の途中、失礼する。私から説明させてほしい』
埒があかないと思ったのか、ドゥエロ・マクファイルが割り込んで検査が必要な理由を説明する。
要点を的確に捉えた医者の説明は端的だが分かりやすく、マグノとブザムの二人にも明確に伝わった。
とはいえ、難しい顔を崩さない。
「話は分かった。パイロット四人だけではなく、バートにも検査は必要だろう。その点は異論はない。
ペークシス・プラグマの暴走に巻き込まれた時点で本来必要だった措置を、後回しにした我々に責任はある。
せめて日程をずらせないか? こちらも急務なんだ」
『急務……? もしかして、地球の奴らがまた攻めてきたのか!?』
次にひょっこり通信画面に顔を出してきたのはカイ、患者用の服に着替えて楽な格好をしている。
精密検査を受ける為休暇となっているが、戦いとなれば必ず出撃するだろう。
それが分かっているので、ブザムも変に隠し立てしたりはしない。
「救難信号を出している未確認物体を発見した。中身は不明だがポットで、こちらに近づいている。
地球に繋がる手掛かりがあるかも知れないので、回収作業を行う」
『なるほど……でも、わざわざ船を動かすほどの事でもないだろう』
『何を言っている。ポットの回収作業の最中に、敵の襲撃があったらどうするんだ!
副長、回収作業の護衛として私も出ます』
カイに覆いかぶさるように、通信画面の上からメイアが身を乗り出してくる。カイとの距離感に、マグノやブザムは驚く。
メイアは他者に依存する弱さを疎み、孤高の強さを望んでいる。他人との密接など、これまでありえなかった。
ごく間近に男がいるにも関わらず、メイアに拒絶する素振りは見られない。
というよりも、
『お前は今日検査だと言っているだろうが! 仕事の事は忘れろ』
『任務を疎かには出来ない!』
『金髪が頭痛で寝込んでいるんだぞ! 任務中に何かあったらどうするんだ!』
それぞれ仲間を思い遣っているゆえの、口喧嘩。信頼が生まれていなければ出来ない内輪もめである。
憎しみ合っていないのに、言い争ってしまう。人間関係とはなかなかに厄介だった。
少年少女の持て余し気味の感情を、経験豊かな老婆が上手く折り合いをつける。
「二人してカリカリしているようじゃ、冷静な判断は出来ないね。
ドクターに逆上せた頭の中身までちゃんと診てもらいな。出撃の必要があるかどうか、その時にはハッキリするだろうさ」
『お頭!?』
「これは命令だよ、メイア。体調管理も仕事の内、診断結果を見せなければ出撃許可は出さないよ」
通信画面に映るメイアの表情は晴れない。唇を噛んで、痛切な眼差しで俯いている。
人の気持ちの分からない人間ではない。カイやお頭の気遣いが分かるだけに、ジレンマを感じていた。
微妙な空気になりかけたところへ、恐る恐るといった感じで男の声が割り込む。
『あ、あの……僕は、どうすれば……?』
「早く検査を終わらせて、とっとと戻ってきな!」
『僕だけ仕事!? せっかく休めると思ったのにー!』
シタバタ暴れるが、ドゥエロにあっさり取り押さえられてしまう。
ある意味平和とも言える光景に、マグノは嘆息しながらも頬を緩ませる。
この先も平穏無事な旅であってほしいものだが――
「……さて、何が飛び出すのやら」
一方、医務室――
ひとまず戦闘になっても動けるように、メインブリッジのシステムコンディションの調節を優先。
ブリッジクルーが機械の面倒を見ている間に、ドクターが人間の面倒を診る事になった。
「ディータの精密検査はもうすぐ終わる。パイウェイ、次のバートの検査は君に任せる。
私はカイの精密検査の準備と、寝かせている妊婦の診察を行う」
「妊婦……? お袋さんも医務室に来ているのか」
「――向こうの部屋で寝ているわよ」
「金髪!? お前、起きていて大丈夫か」
「アンタのうるさい声で目が覚めたのよ……痛っ……ドクター、頭痛薬ちょうだい」
「すぐに用意しよう。その椅子にかけてくれ」
医務室の奥に設置されているベットから起き上がって、ジュラが美しい顔を熱っぽく染めて歩いてくる。
悪夢から覚めたばかりの顔色の悪さは改善されたようだが、まだ具合そのものは悪そうだった。
額を押さえてフラフラしながら、診察机の椅子に力なく腰掛ける。
「……睡眠に入っている間、何か夢は見たか?」
「ううん、あれっきり。もう二度と見たくないわよ」
神妙な顔で尋ねるメイアに、ジュラは弱々しく首を振る。一度きりとはいえ、影響はまだ残っているらしい。
自負心が強く、傲慢とも言える立ち振る舞いをする女性が静かになるだけで、どれほど苦しんでいるか伝わってくる。
職務熱心なメイアもこれ以上無理は言えず、大人しく検査の順番を待つ事にした。
「ところで、さっきはお頭と何を話していたの? 出撃するとか、しないとか言ってたようだけど」
「ああ、何か救難信号を出して接近してくるポットがあるんだってよ。回収作業に移るらしいぜ」
「救難信号? 刈り取りから逃げて来たのかしら」
「植民船時代の発信信号らしいからな。何が出てくるか分からんけど――」
カイは深く息を吐いて、祈りを込めるように言った。
「――何事もなければいいけどな」
融合戦艦ニル・ヴァーナに接近する、救難信号を出す物体――
敵か味方か、鬼が出るか、蛇が出るか。今はまだ誰も分からない。
悪夢より始まった一日は、奇妙な謎を乗せたポットにより動き出そうとしていた。
<to be continued>
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