ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 14 "Bad morale dream"
Action5 −検査−
精密検査を受けることになったカイ達は朝食後、検査用の服に着替えて医務室へと向かう。
カフェテリアで一緒に朝食を取ったドクターのドゥエロはもちろんの事、何故かバートも一緒になって。
理由を聞いてみると、暇だからと実に分かりやすい理由を述べた。
「二人だけで遊ぶなんてずるいじゃないか! 僕も仲間に入れてよ!」
「寂しがり屋の子供か、お前は! 検査だと言っているだろうが」
「同行するのなら、バートも検査を受ける事をすすめたい。ペークシス・プラグマの影響を、君も受けているだろうからな」
カイやメイア達の華々しい活躍に隠れてしまっているが、地球母艦戦ではバートも立派な功績を残した立役者である。
マグノ海賊団とメラナスの同盟軍と無人兵器の大群との激戦の最中、真っ二つに裂けたニル・ヴァーナを見事復元させた。
停止していたペークシス・プラグマを再起動させ、結晶の力を行使して仲間達を守り抜いたのである。
彼の命懸けの奮戦がなければ、カイがどれほど尽力しても大勢を立て直す事が出来なかったであろう。
何より――メイア・ギズボーンを身を挺して庇った事実は、今でも美談としてマグノ海賊団の間で語り継がれている。
凶弾に胸を貫かれて致命傷を負った上に、身体中血だらけになりながらも船を動かし続けたのだ。
メジェールの最新医療技術で回復したとはいえ、彼の身体をドゥエロが心配するのは無理からぬ事であった。
「艦の操舵だけじゃなくて、いざとなったら戦闘にも参加して貰わないといけないからな。
『ペークシス・プラグマ・アーム』、制御可能になったと聞いたぜ」
「それ言ったの、ソラちゃんだろ……? あの娘のサポートがないと出来ないんだよ、アレ。
一日に何度も使えないのに、ニル・ヴァーナの操舵の何倍も疲れるんだぞ」
「カイやメイア達の"合体"と、恐らくは同じ現象なのだろう。使用すれば、操縦者に多大な負荷がかかる。
丁度良い機会だ、その辺も含めて君達二人の検査を徹底的に行おう」
「……何でこいつ、こんなに楽しそうなんだ……?」
「……何か、人体実験でもされる気分だよ……」
不気味に微笑むドクターに、患者二名が引き攣った顔をする。検査中も大人しく休む事は出来そうになかった。
検査を受ける前から精神的に疲労して、カイ達は医務室へと入室する。
地球母艦戦以降は戦いもなく、平和な日々――患者も少なく、たった一人のナースが暇そうに欠伸をしていた。
「ドクター、お帰りなさい。ジュラは薬が効いて、今ベットで眠っているよ。
あれ……? カイはともかく、何でバートも来ているの? 病気なんて、あんたには縁がないでしょう」
「失礼な! 僕だってたまには風邪の一つや二つひくさ!」
「きゃはは、馬鹿に利く薬なんて此処にないケロー」
今日も絶好調で愛用のカエル人形で毒つくパイウェイ。戦時では真面目だった彼女も、平和な時は口の悪い女の子だった。
とはいえ、昔のように男達を嘲笑していない。親しい間柄だからこそ、遠慮のない軽口を叩いているだけだった。
昔から散々馬鹿にされていたバートも慣れたもので、怒る事はあっても怒鳴ったりはしない。
「彼も今日は検査だ。カイと一緒に精密検査を受診する事になった」
「だったら、パイがバートの検査をしてあげる!」
「ええっ、君がやるの!?」
「むっ、 何よその嫌そうな顔! パイの検査のどこに問題があるって言うのよ!?」
「いや、だって君――患者の精密検査、した事があるの?」
「お前が初めてだケロー、パイの患者第一号として検査してあげるケロ!」
「そうだな、これも良い機会だ。バートの精密検査はパイウェイ、君に任せよう。
ジュラの検査を先に行うので、その間に私が作成した手順書を暗記しておくように」
「あっ……ありがとう、ドクター! わたし、頑張る!」
飛び跳ねるように喜んで、パイウェイはドゥエロが作成した手順書や検査対象者のカルテを取り出して読み始める。
医務室はドゥエロが持ち込んだ医学書類が多く、地球母艦戦後はパイウェイも空き時間を見つけては本を開いていた。
何人もの仲間が重傷を負い、非戦闘員の大半が負傷した激戦の中で、あまり患者の力になれなかった自分を恥じているのであろう。
彼女の熱心さはドゥエロも何とか応えたいと思い、こうして手順書の作成や医学書の翻訳などで力となっている。
「ちょ、ちょっとドゥエロ君!? 僕の身体に何かあったらどうするんだよ!」
「安心しろ、バート。彼女の検査内容は私も確認する。君の体に悪影響を及ぼす行為を、医者である私が容認はしない」
「ま、まあ、遊び半分でなければいいんだけど……」
「胸のど真ん中を撃たれて生きているお前なら余裕だろ」
「母艦を巻き込む大爆発でも生還した君に言われたくない!」
「……君達が生きている理由が、医者である私には分からない……」
元気に言い争いをする元重傷者達を見て、難しい顔をするドゥエロ。故郷であるタラークを出てからというもの、驚きの連続である。
この旅を通じて彼も劇的に変化しているが、そのキッカケを与えてくれたのは間違いなく目の前の二人だろう。
故郷では決して手に入れられなかった、退屈を感じさせない要素――友達と呼べる存在が、今の彼にはいる。
「お医者さん、リーダーを連れて来ました! お医者さんの言った通り、やっぱり仕事をしていました」
「……昨日の残務が一部残っていただけだ」
満面笑顔が元気印の少女、ディータ・リーベライ。彼女に引っ張られて来た女性は、不機嫌な顔をしている。
休日である今日もパイロットスーツを着ている美人パイロット、メイア・ギズボーン。慣れない休暇は落ち着かないらしい。
仕事人間である彼女の行動を読んで、 ドゥエロがディータを迎えにやったのである。友人の判断に、カイも感心する。
「無駄な抵抗はよせ。今日一日は絶対安静、ベットの上で横になっていろよ」
「精密検査を終わらせれば済む話だ。早くしてくれ」
「すまないが、君は最後だ」
「なにっ!? どうして私が最後なんだ!」
「静かに! ジュラが頭痛で寝込んでいるんだ、あいつを優先にする。
――昨晩の悪夢、やっぱり俺達に何か影響を及ぼしているらしい。
今のところジュラ一人だけど、個人差で俺達も倒れる可能性だってある。今日はやっぱり様子を見よう」
「……そうなのか、ジュラが……大声を上げてすまなかった。そういう事なら、大人しく検査を受けよう」
ジュラ・ベーシル・エルデン――自分本位の我侭な女性ではあるが、意外と意地っ張りで自分の弱い面は見せない。
日々の職務に嫌気がさして仮病を使うにしても、自室に篭もるだろう。彼女が倒れるのはよほどの事だった。
サブリーダーであるジュラが頭痛で寝込んでいると聞いて、メイアも神妙な顔をする。話の分からない女性ではない。
「ジュラ、大丈夫かな……そうだ! 頭が痛いのなら、ディータがなでなでしてあげる!」
「――こいつの頭の検査は念入りに頼む」
「精神退行の後遺症が残っているかもしれん。ジュラより先に、君の検査を行おう」
「えーん、一生懸命考えたのに〜〜〜!!」
可愛らしい泣き声を上げて、ディータはドゥエロに無理矢理連れて行かれる。カイは投げやりな態度で手を振って見送った。
不慮の事故で精神退行に陥った少女も見事に回復したが、生来の天然な性格は変わらない。
あの呑気さにはカイもげんなりするが、仲間の為なら命をかける気概を持っている事は知っている。
戦闘に出ればディータもまた立派な仲間であり、頼りになる戦友だった。
「やれやれ、騒がしいのが去ったか……そういえば、こうして静かにお前達と話すのは久しぶりだな」
「母艦との戦闘後ずっと医務室で寝たきりだったからな、俺は」
「僕も怪我して仕事と医務室の往復だったからね、のんびり出来るようになったのも最近じゃないかな」
同じ部屋で男女、こうして向き合って話せる日が戻ってくるとは思わなかった――三人の共通した認識である。
辛い日々ほど時間は濃縮で、楽しい時間はあっという間に過ぎる。こうした時間もまた、容易く流れてしまうのだろう。
だからこそ尊く、大切に過ごせる。死すら覚悟した三人だからこそ味わせる、憩いの一時だった。
「……バート、カイ。お前達には、本当に感謝している」
「ど、どうしたんだ、急に? お前らしくもない」
「本当ならあの戦闘後、すぐに礼を言うべきだったのだが――なかなか心の整理がつかなくてな。
バート、お前には命を救われた。こうして私が生きているのは、お前のおかげだ」
「い、いやいや、そんな!? あの時は何というか必死で、あんまり考えてなかったというか、えとえと……!?」
「カイ、お前には私の部下や仲間達を助けてもらった。あの母艦での戦闘だけではない、これまでも何度も。
機会を逃していたが……本当はもっと前に、直接礼を言うべきだった」
「まあ、なんだ――互いに無事で何より、それでいいじゃねえか」
他者との接触を避け、孤高の在り方を望んでいた女性。孤独の強さを欲していたメイアが、仲間を救ってくれた男達に礼を述べている。
笑顔でこそないが、素直な感謝の言葉である事はメイアの蒼き瞳を見ればすぐに分かる。
美しい女の人からの御礼の言葉に、不器用な男達は照れてしまって素直に返答する事が出来ない。
それは彼女も同じだった。何とか必死で、あの言葉を言おうとしているのだが――
「その……カイ、バート。私達を助けてくれて、あ、あり――」
『兄ちゃん、休憩は終わりだよ。戻ってきな』
「ええっ!? 今、大事なところなのにーーー!!」
突然の横槍に、バートは誰が見ても分かるほどにしょげている。結局、メイアからあの言葉が口に出る事はなかった。
着実に歩み寄りつつはあるのだが、心が触れ合うまでには至らない。
――急な接近を試みているのは、宇宙の外にある。
<to be continued>
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