VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 13 "Road where we live"
Action29 −将来−
一度壊れたものは、簡単には直らない。傷跡の残る自分の職場を見て、エステチーフは溜息を吐くしかなかった。
天井や壁、施設類はメラナス滞在中に修繕は行えた。だが、在庫に限りのある化粧品や道具を壊されたのは痛い。
自分の聖地を土足で踏み荒らした地球の刈り取り兵器に、大きな憤りを感じた。
「このままでは済ませませんわよ……必ず、貴方達の企みを阻止してみせますわ」
久しく忘れていた、この感情。誰かに大切なものを奪われる、悔しさ。
故郷を追い出されてマグノ海賊団に入り、自分の立場を確立させていくにつれて過去を風化させていった。
ミレル・ブランデール―彼女に、懐かしむ思い出はない。常に、今を優先する女性であった。
「タラーク・メジェール、両国を変える。その高い志は大変結構ですが――」
ニル・ヴァーナ全鑑に映し出されている通信画面、カイ・ピュアウインドとドレッドチームの攻防戦。
両者共に本気で戦っている事は、素人目でもよく分かる。一歩間違えれば相手は死ぬ、文字通りの殺し合い。
相手の力量を理解しているからこそ、全力で戦える。相手に、全てを見せられる。
茶番である。この戦いにおける勝敗に、何の意味もない。
ただ、楽しいだけだ。
「せいぜい、足元をすくわれないように注意しなさいな」
本当に、茶番だった。カイ達男三人がこれから先の旅に必要である事など、当の昔に気づいている。
バート・ガルサス、ドゥエロ・マクファイル。戦闘には参加しない男達でさえも、驚くほどの存在感を示した。
この三名とのこれからの旅は、実に有意義なものとなるだろう。彼らに対しては、並々ならぬ興味がある。
そして、敵意も。カイ・ピュアウインド、この男にだけは絶対に負けられない。
「……まずは、あの汚らしい風体から何とかして貰いたいですわ。
タラークの男達に適した美容を考えてみるのも……悪くありませんわね。
その為にも、男と女が両立する世界を作って頂かなければ。
ふふ、期待してしますわよ。わたくしの為に世界を変えてみせなさい、カイ・ピュアウインド」
男性専用のエステシャン、第一人者。マグノ海賊団エステチーフ、ミレル・ブランデール。
美を追求する彼女らしい、世界の改革。彼女なりのやり方で、新しい変化の兆しが生まれようとしている。
その確かな文化の歴史が、彼女の手で刻まれようとしていた。
「チーフ、どうします? 男達の部屋、やっぱり必要となりそうですよ」
「宇宙に瓦礫を廃棄処分」
「ふ、副長の許可が出る筈ありませんよ!? 考え直しましょう!」
一度壊れたものは、簡単には直らない。崩れ落ちたままの監房の前で、クリーニングチーフは難しい顔をする。
サブチーフの女性も付き添って、清掃の見込みが立たない現場の検証に乗り出している。
今後必要となるであろう、男達の部屋である。
「男達を廃棄処分」
「……掃除の邪魔になるから出て行って下さいと言うんですか、それ」
黒の三角巾に白のエプロン、そして清掃道具一式。ルカ・エネルベーラは今、準備を進めていた。
カイ・ピュアウインドの今後の展望には驚かされたが、彼らとの共存は予想済みだった。彼女の中では、確定事項でもある。
先日の事件はマグノ海賊団に大きな傷跡を残し、彼女達の価値観をも完全に破壊してしまった。
男達との同盟に反対する者は、二度と現れないだろう。
ならば――彼らの居場所を作り、清潔に保つのが彼女の仕事だった。
「ルカ達を廃棄処分」
「廃棄処分から離れましょうよ、訳分かりませんし!?」
破壞された監房は痛々しい現実を見せつけるが、同時に忌々しい過去を無くす象徴でもあった。
彼らは、マグノ海賊団にとって捕虜ではない。味方ではないが、決して敵でもない。
男達三人はこれから、自分達の仲間となるのだ――牢屋はもう、必要ない。
「埃のつもった世界を廃棄処分してね、カイ」
タラークとメジェール、血に濡れてしまった国を綺麗にする。カイ達と一緒に、これから始めていこう。
この世界全ての大掃除――考えるだけで、胸がわくわくした。この仕事に就いてよかったと、心から思う。
箒を軽やかに回して、彼女達は今日も皆の居場所を綺麗にしていく。
一度壊れたものは、簡単には直らない。けれど、壊れないものもまた世の中には存在する。
思い出、過ぎ去った時間。時の流れと共に風化していくが、記憶がある限りいつまでも心に残りゆく。
それが良い思い出であればあるほど、人もまたより良い存在へ成長する。
「大いなる船出を祝うパーティにするつもりだったけど、思いがけないサプライズとなったね。
タラーク・メジェールの改革――本日の主賓は決まりだよ」
イベントチーフの企画は大胆かつ不敵で、幹部達すら唸らせるイベントを作り出す。
メラナスの滞在中も彼女は決して休まず、精力的に惑星内を行動して知的好奇心を満たしていった。
自分の知らない文化や価値観に触れるのは、彼女にとって恐怖ではなく喜びに満ちた驚きだった。
「『惑星メラナスの美しき思い出の日々』はどうします? 映像記録だけで3時間はありますけど」
「男女の間でまたギスギスしそうなら流すつもりだったけど……多分必要無くなるよ。
パーティは定例業務後に行われる予定だから、男女交流に重きを置いた映像にしておいて」
「了解です。メラナスでは恋人同士の男女も多くいましたから、インタビューも入れておきますね」
彼女の部下である、スタッフ達も皆同じである。男達への敵意は、既に興味へと変わっている。
クリスマスイベントを企画して、カイ達と一緒にイベントを盛りあげてきたのだ。戦友と言ってもいい。
そんな彼らが仲間達に快く迎え入れられるように、彼女達は一生懸命だった。
もう二度と悲劇を起こさないように、男女が笑い合えるイベントを用意しなければならない。
「紙芝居も反響を呼んだし、今度は全員に見て貰おうか?」
「担当者にリハーサルさせますよ。メインには、あの娘を据えるのはどうです?
密航者の女の子――変に隠し立てするより、皆の前で挨拶して貰って仲間に迎え入れましょうよ」
「お、それ採用! 会議始めるから、彼女を呼んできて。今、パルフェの仕事の手伝いをしているから」
「はい!」
カイが大変なことを始めようとしているのは、よく分かった。人生をかけた偉業、果たせれば間違いなく英雄となる。
理想が実現すれば、国を上げた一大イベントを行うのも夢ではない。今から構想を練るだけでも、胸がときめく。
まだまだ口だけの物語でしかないけど――協力するのは、やぶさかではない。
その先に、夢を共有出来る舞台があると信じて。男と女の、思い出を作り出す。
一度壊れたものは、簡単には直らない。ならば、新しいものを作り出すのが彼女の仕事。
奇跡的に無傷だった彼女の職場、日頃の行いが大切だと身を持って実践している尊敬すべき女性。
誰からも嫌われた事のない、愛されしキッチンチーフは、今日は珍しく個人の為に努力を尽くしていた。
「困りましたわ……ドゥエロさんとバートさんの好きな献立は何でしょうか……?
見習い出来て下さった時、カイさんにお聞きしておけば良かったです」
男達三人の門出を祝う為に、自慢の料理を振るおうとした矢先の難題――
スタッフ一同が手伝うと申し出てくれたが、折角の記念日である。我侭でも、自分の手で作りたいと思っていた。
今まで肩身の狭い思いをさせてしまった分、美味しいものを食べて欲しい。
「!――そうですわ。折角ですから、男性専用のメニューを作ってみましょう。
以前聞いたお話ですと、タラークではペレットと呼ばれる食材を食べていらっしゃったとか――」
時には天然で勘違いもするが、いい人の見本であるような女性。セレナ・ノンルコールは今日も、朗らかな微笑を浮かべている。
男女が一つのテーブルを共にしない事を、いつも寂しく感じていた。
仕方が無い事だと思ってはいても、決して納得は出来ていない。それゆえに、嫌い合うのを見ているだけでも辛かった。
皆が仲良く一緒に食べるだけで、ご飯は美味しく食べられる。
「これからも一緒に頑張っていきましょうね、カイさん。応援していますわ」
時代だの国だの、難しい事は彼女には分からない。現実的かどうかも、考えが及ばない。
無知は罪だという。知ろうともしないのは、怠惰であるかもしれない。
どれほど力になれるか、分からないけれど――せめて元気の出る、美味しい料理を食べてもらおう。
それがどれほど大切な事であるかも知らず、彼女は今日もキッチンに立つ。
未来への糧となればと願って、彼女は笑顔で包丁を振るった。
一度壊れたものは、簡単には直らない。だからこそ、壊れないように守らなければならない。
戦う事が本業だと思われがちだが、彼女の仕事の本質は護る事にこそある。
一時は忘れかけていた初心を――この船の操舵手の、我が身を省みぬ行為が思い出させてくれた。
「奴ら、また喧嘩しておるぞ。止めなくともよいのか、お主」
「仲良しこよしになった連中が想像出来ないよ、逆に。放っておくさ」
蛮型を守るエンジニア、アイ・ファイサリア・メジェール。人を守る警備チーフ、ヘレン・スーリエ。
宇宙の外で行われている男女の壮大な喧嘩も、彼女達にかかれば世間話の種。
忙しい仕事の合間の休憩として、顔を揃えるのは珍しい二人が話していた。
「……アンタ、正式にカイの機体のエンジニアになったんだって?」
「うむ、あの機体の面倒を見られるのは儂くらいじゃからのう。副長とお頭に、正式に認可して頂いた。
今後は権限もつくので、随分仕事がやりやすくなるわい」
「まあ、あの様子だと男達も正式に仲間入りしそうだからね……」
男にでかい顔をされるのは少し癪だが、功績は立派に収めている。恩も借りもある、認めるしかない。
アイにいたっては自分からエンジニアに申し出たくらいなので、彼らが仲間となるのは今更だろう。
新しい関係を作ろうと、カイは言っていた。自分とは、どうなっていくのだろうか――?
「お主こそ、警備体制を変更したのじゃろう。
バートやドゥエロ医師のみならず、カイのセキュリティーレベルを上げるように申請したと聞いておるぞ」
「……耳聡いね、子供のくせに。
しょうがないだろ、これから一緒にやっていくのなら0のままでは困るんだから」
カイのセキュリティーレベルは現在0、何の権限もない状態だ。
身動き一つ取れない状態は仲違いしている間は有効でも、味方となってしまえば足枷にしかならない。
出航する時からこうなる事を見込んだ上で、彼女は副長に申請していた。
今なら恐らく、許可を貰えるだろう。仲間として気軽に付き合える関係と、なれる。
「それは我々だけではなく、男達もお主が守ってくれるのだと解釈してもよいのか?」
「……借りを返すだけさ」
男達の壮大な理想には興味はないが、夢を叶えようとする彼らの命くらいは守れる。
危うく殺しかけた仲間の命をたすけてくれた、バートとドゥエロ。身を挺して仲間を救ってくれた、カイ。
ならば今度は、自分が彼らを守る番だ。それくらいは、させてもらおう。
自分に出来ることを見出した彼女たちは、絶望にも負けないほどに輝いている。
見えない未来を照らし出すほどに、強く――
一度壊れたものは、簡単には直らない。彼女達は人生の経験から、理解していた。
どうにもならなかった事も多々ある。壊れた残骸を見て、己の魅力に嘆いた事も一度や二度ではない。
何時しか壊れる事を恐れてしまい、捨て身の勇気を失ってしまった。
――今回の件では、大人としての身勝手な保身を悔やまずにはいられない。
「タラークとメジェール、そして世界の改革。あの坊やらしい、無鉄砲な夢じゃないか」
「実現出来る可能性は途方もなく低いでしょうが、あの男なら諦めないでしょう」
その勇気を持って、己が壊れる事も恐れず立ち向かう決心を固めた少年。
全面的に賛同は出来ないが、危うさだけではない何かを感じさせた。
それはきっと、長く生きていて忘れてしまったものなのだろう――
「余裕あるね、どの子も……まるで、楽しんでいるみたいじゃないか」
メインブリッジから見える、壮絶な戦闘の火花。傷つく事をまるで恐れず、戦意剥き出しで戦いを繰り広げている。
止めるべき立場の人間だが、マグノ・ビバンはむしろ楽しげに見つめていた。
老練な海賊の長は、この戦闘に流れる空気を敏感に察していた。立ち入る権利もない。
英雄と海賊――立場の違う彼らだけに許される、決闘。そこには、自由と誇りが詰まっている。
「何かが、変わったんです。以前とは違う何かが、クルーの心に芽生えている」
大人達が子供を見つめる視線は、どこまでも優しい。
まだまだ頼りないところは多いが、いざとなれば本当に頼もしき子供達。
壊れてしまったものは、元には戻らないが――彼らならば、新しい何かを生み出せる。
「将来が、楽しみです」
――これからの旅に、祝福あれ。
男と女の物語は、新しい頁を刻み始めていた。
<LastAction −VANDREAD−に続く>
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