VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 13 "Road where we live"






Action22 −神速−






 中心核の爆発、一億度のマッチが点火されて星そのものが燃え上がる。

ガス惑星が瞬時に焔で包まれて、重力すら捩じ曲げる業火が大気を濃厚な熱に満たしていく。

人が起こした奇跡が、自然の脅威を覆した瞬間であった。


「あいつら、やりやがった……!」

「ニル・ヴァーナも無事よ! 皆、アンタ達を信じてくれたのよ!!」


 戦闘中でありながら、男女が円形のコックピットの中で手を取り合ってハシャいでいる。

緊張がないと怒られそうな光景だが、傷だらけの顔で喜んでいるのを見れば咎める声も無いであろう。

作戦の第一段階の成功――マグノ海賊団と男三人が一致団結して、初めて成し遂げられる功績である。

男女関係の崩壊を憂いていたカイとジュラの喜びもひとしおだった。


「金髪もよく頑張ってくれたな、本当にありがとう」

「ば、馬鹿ね……なっ――


仲間、なんだから……当たり前じゃない……」


 ――どうして素直に、この言葉を言えなかったのだろう……ジュラ・ベーシル・エルデンはずっと悔やんでいた。

男を拒絶する仲間達に遠慮して、仲間に拒絶される事が怖くて、なかなか言い出せなかった。

ずっと前にもう、認めていた事なのに。ずっと言いたくて仕方がなかったのに。


カイも――ドゥエロも、バートも、自分の大事な仲間……戦友なのだと。


周りには自分を鼓舞するのに、周りの顔色を伺ってしまう自分。

外面の良さばかり気にして、内面の臆病さを改善しようとしない自分。

ヴァンドレッド・ジュラ――硬い甲羅を持つ蟹。まさに自分自身の姿だと、ジュラはようやく認める事が出来た。

己の弱さを受け入れられたからこそ、強くなろうとする想いが生まれた。


「……ああ、そうだな。だったら俺も、仲間の為に頑張らないとな。
後は俺に任せろ。お前は分離して、ニル・ヴァーナへ早く帰還するんだ。爆発に巻き込まれる前に」


 ガス惑星の恒星化は戦略の要ではあるが、作戦を全体的に見ればまだ初期段階に過ぎない。

地球母艦と無人兵器の大群を倒す条件がクリアーされたというだけで、敵そのものはまだ健在なのだ。

出発点はここからであり、本当の決戦が今この瞬間に始まる。


「……やっぱり、ジュ―っ……、し、しっかり、やりなさいよ!
負けたら、承知しないんだから!?」


 ジュラも一緒に行く、漏れ出しそうになった感情を必死で飲み込んだ。

このまま付いていって何になる。配置は既に決まっており、作戦は念密に立てられている。

ドレッド一機の助力など不要、むしろ予定外の行動は邪魔になるだけだ。


これは自分の我侭でしかない。ジュラは自分の気持ちを殺して、カイに激励する。


――恒星化されるまでの間、ヴァンドレッド・ジュラの中で無人兵器の集中砲火を浴びせられた二人。

役目を終えた自分はいい、そのまま帰還して作戦の成功を祈るだけなのだから。傷の手当てでも何でも出来る。

カイは違う。痛々しい傷を負った身体を引き摺って、戦場へ向かわなければならない。

タラーク・メジェール両国家を敗北に追い込んだ、恐るべき敵の元へ。命がけの綱渡りを、連続で行うのだ。

それでも託されたバトンを、カイは決して離さないだろう。誰かに押し付けたりもしないだろう。

走り切る。疲労の汗と、苦痛の血を流して。最後の血の一滴が流れ尽きるまで、懸命に。


――己の無力に震えるジュラの白い手に、今度は男から力強く握られる。


「大丈夫、仲間を信じろ。今度は俺一人の戦いじゃない。
お前の頼もしい仲間達が、俺と一緒に戦ってくれる。あいつらを、信じてやってくれ」

「……うん」


 奇跡を成し遂げられたのは、万物の力ではない。矮小な人間が集まり、想いを一つに力を合わせたからだ。


夢見がちな臆病者なのに決死隊を志願した、赤い髪の少女。

負傷した身体を強い責任感で支える、青い髪の女性。


ここで少年と別れても、今度は彼女たちが共に戦ってくれる。傷ついた彼を、力強く支えてくれる。

ジュラは静かに頷いた。

役目は既に終わったのだ、親友が待つであろう船に堂々と帰ろう。


だが、その前に――


「カイ、ちょっと顔を寄せてくれる?」

「うん……? んっ!?」



 ――自然な動作で、少年の唇に……自分の唇を重ねる。



目を見開いたカイの顔が面白くて、間近に感じられる体温が胸に熱くて。

唇を離した時、自分の頬が紅潮しているのがハッキリと感じられた。


「元気が出たでしょう。女だけに許される、とっておきのおまじないよ」

「ばっ、馬鹿野郎!? 分離するぞ、分離!!」


 大慌てで強制的に分離され、宇宙に放り出されるジュラ機。

女性の扱いがなっていないと怒るべきか、女に接吻されて恥ずかしく思ってくれた事に喜ぶべきか。

男の血がついた唇を艷やかに舐めとって、ジュラは気恥かしそうに微笑む。


「男と……キスしちゃった……フフフ……

これでもう完全に、メジェールには戻れなくなったわね」


 過去の自分との決別、新しい自分との出会い。

区切りがついた事にホッとして、ジュラは真っ直ぐに帰還した。


ジュラ・ベーシル・エルデン――彼女の戦いは、今終わった。


一番の難関を乗り越えられた以上、たとえ死んでも悔いなどない。

















 ヴァンドレッド・ジュラは見事にその役目を果たし、舞台から降りた。

融合兵器は分離して男女の機体へと戻り、ガス惑星を包み込んでいたシールドは解除される。


この機体の役目は二つ、シールドによる惑星の圧縮と――無人兵器の大群に対する囮役。


無人兵器は地球母艦からの命令で、ガス惑星を包囲してニル・ヴァーナの退路を絶っていた。

プログラミングで行動する彼らに選択権はなく、反対する意志もない。ただ忠実に、命令を果たす。

惑星から機体が飛び出せば、直ちに集中砲火。刈り取りを遂行するべく、攻撃を加える。


ゆえに、最後まで気付く事が出来なかった――自分達の足場が、炎上している事に。


最大出力で限界値まで圧縮していたシールドを、突然解除したのだ。しかも恒星化した途端に、である。その反動は計り知れない。

ガス惑星は一気に膨張して、大気は許容量を超えて破裂し、中心核からの膨大な熱が外側に向けて大爆発を起こした。

熱の広がりようは半端ではない。シールドで押し潰されていた分、膨れ上がって炎がはじけ飛んだ。


惑星全体を包囲していた事が仇となり――無人兵器の大群はシールドを張る余裕も無く、灰燼と化した。


逃げる暇もない。彼らにはつい先程まで、ヴァンドレッド・ジュラを攻撃していたのだから。

全てはこの為に。ギリギリまで耐えていた人間のしぶとさが、勝利をもたらした。


惑星メラナスを脅かしていた戦力が、ほんの一時で消滅した。


呆気ない、それでいて劇的な勝利。目が覚めるような、大逆転。

自然の脅威を己の武器とした、超常現象にも似た戦略を目の当たりにして、メイアは自分が震えるのを自覚した。


「これが、人の手で成したものだというのか……? カイ、お前は――何という男なんだ……」


 カイ・ピュアウインドが考案した、地球母艦殲滅作戦。

マグノ海賊団副長のブザムが現実的に仕上げたとはいえ、根本的な戦略を練ったのはカイだ。

非理論的、非常識な部類の作戦。けれど、これほど奇想天外でなければ、敵を倒せないのも理解出来る。

自分達の――マグノ海賊団の力が必要だと申し出たのも、頷ける。


「やはりこの敵は、男と女が……我々が力を合わせなければ倒せない」


 中心核の破壊に成功した決死隊は、即座に退避。爆発に巻き込まれれば終わりだ。

それこそ恒星化の予兆を感じ取った瞬間に、操縦桿を操作して艦を反転させた。

一秒以下、それこそコンマの差で死が訪れる世界だ。作戦会議の段階から、さんざんその危険性を論議された。

自分達を決死隊だと称したのも、当然のこと。ディータ一人ならば逃げる時間も無く、死んでいただろう。

ニル・ヴァーナも既に移動を開始している。自分達を置いて、全力で。


「……これでカイが来なければ、私もディータも死ぬ……」


 ディータとメイアは最後まで残り、バーネットだけが先に帰還した。

彼女達二人には、まだ役目が残っている。すぐに回れ右するわけにはいかない。

無人兵器は確かに消滅したが、本命が残っている。


あれほど苦戦した無人兵器の大群を倒せたのは、紛れも無くマグノ海賊団の仲間達のおかげ。


残る大将首だけは、何としても自分達で取らなければならない。それこそが、自分の義務であり責任だった。

死ぬ危険性は大いにあると知りながらも、戦う気概は捨てない。自暴自棄とは異なる、れっきとした覚悟。

仲間達から渡されたバトンを、今度こそ自分の手で掴み取る。


その為ならば、男の手だって取ってみせよう。彼もまた、自分の認めた人間なのだから。


……不意に笑いがこみ上げる。この大事な局面で、男を頼りにする自分。

他人が来なければ自分が死ぬという状況を、他人を拒絶していた自分が受け入れているのだ。

もはや、誤魔化すことは出来ない。ハッキリと自分が変わったのだと、メイアは自覚した。


けれど――


「ポイントがずれている」

『う、うるせえ! 文句ならあの金髪に言え!?』


 ――この男との関係は、まだまだ改善の余地があるらしい。

ジュラに何を言われたのか、何をされたのか知らないが、その程度で手元が疎かになるようではまだまだだ。

互いに憎まれ口を叩きながら、メイアはそっと微笑む。


灼熱の炎の中で、迎えに来た白馬の王子と合体した。






























<to be continued>







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