VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 13 "Road where we live"
Action9 −迷惑−
「ハァ……」
繰り返される溜息。吐けば吐くほどに、重く苦しくなる一方。肺にまで苦々しさが詰め込まれていく感覚。
ニル・ヴァーナ居住区域レストエリア――刈り取りによる猛襲からかろうじて逃れたエリアに、日頃の激務より身体を休めるクルー達の姿はない。
自然環境に彩られた憩いの空間でも、現実逃避の猶予は与えられない。
疲労と怪我に苦しむ者達は医務室へ、身体が動く者達は自分達の職場で必死に足掻いている。
この期に及んでレストエリアで座り込んでいる人間は――生きる事を諦める行為に等しい。
「ベル……ブリッジに戻ろう? このまま座り込んでいても何にもならないよ」
「でも、私達負けたんだよ!? タラークの連中やメジェール軍とだって戦える私達が――手も足も出なかった。
これ以上何が出来るって言うのよ!」
地球母艦率いる刈り取りの大群と、マグノ海賊団とメラナス艦隊との同盟軍との戦争――
一時凌ぎの協力関係だが連携は見事に成立したものの、敵の圧倒的な戦力と再生能力には歯が立たなかった。
メインブリッジクルーを務めるベルヴェデール・ココには戦況が手に取るように分かり、それゆえに絶望してしまった。
ニル・ヴァーナ半壊を機に職務放棄する始末――それを恥だと罵る人間もまた、この船には存在しない。
融合戦艦ニル・ヴァーナに乗船するクルーは誰もがもう現実を理解してしまっている。
この宇宙には、マグノ海賊団より強い敵がこの世に存在する事を。
「あのバートだって一生懸命なんだよ? カイも無事だってセルが教えてくれたじゃない。
男達に負けないように、もうちょっとだけ頑張ろうよ」
アマローネ・スランジーバもベルヴェデールと同じブリッジクルー、敵の恐るべき強さは把握出来ている。
ブリッジクルーの中ではお姉さん格だが、それでもまだ十代の乙女だ。怖いものは怖い。
それでも彼女が奮い立てているのはカイ達の帰還が大きい。途中持ち場を離れたが彼らがどれほど必死なのか、数々の現象が教えてくれている。
彼らを陥れるような言動は胸が痛かったが、ベルヴェデールを何とか励ます為にアマローネは言葉を投げかける。
「……本当に、カイは無事だったの?」
「うん。あの娘、自分では気付いていないけどカイの事すごく意識しているでしょう。
散々文句を並べてたけど、カイが生きていてホッとしたみたいだったもの」
「……」
レストエリアは天井が透明になっていて、見上げれば広大な宇宙が見渡せる演出を取り入れられている。
天を仰ぎ見れば煌びやかな星空ではなく、孤独な深海を想像させる無重力空間が映し出されているだけ。
戦場から離脱して近隣の惑星圏内に突入したのだと、才あるクルーは既に見抜いた。
そしてそれほどの思い切った決断を出せた背景には、誰の協力があったのかも。
「男達がいるから、どうだっていうのよ」
「それは――」
「男が三人増えたところでどうにもならない! 確かに今まで男達がいたから、刈り取り相手に勝てたのは認めるわ。
ヴァンドレッドもディータ達のドレッドと、カイの盤型で成立している。あの機体が無ければ敵は倒せなかった。
嘘臭いと思ってたけど、バートがニル・ヴァーナをここまでちゃんと操縦してきた。優秀なドクターのおかげで命が助かったクルーも大勢いる。
――だから、どうなの? パイロットと操舵手、ドクターがいたらあの母艦を倒せるの!?」
ベルヴェデールの剣幕に、アマローネも口を閉ざすしかない。決して言い掛かりではないからだ。
強力無比な地球母艦、そのスケールと想像を絶する戦力を前に人間三人の補充など無意味に等しい。
彼らは人間、神ではない。この敗戦を覆す要素を何一つ持ってはいない。
刈り取りとの敗戦はマグノ海賊団だけの責任ではない。彼ら三人も揃って敗北したのだ、彼らに。
バートやドゥエロは勿論、直接戦場で戦ったカイも自覚している。自分達の敗北を認めた上での撤退だったのだから。
「頑張ればどうにかなるなんて、子供の発想よ! どうにもならない事だってこの世にはあるわ。
それは、これまで散々メジェールのやり方を見てきた私達が一番よく知っているでしょう!
弱い人間は切り捨てられてしまうのよ、みんな……みんな!」
レストエリア内の自然公園に置かれたベンチに座り込み、ベルヴェデールはすすり泣いてしまう。
死にたくないという気持ちと、死ぬしかないという諦めが彼女の心を苦しめていた。
メジェールの圧政で故郷を追い出された者達、マグノ海賊団。人は優しくないと悟った彼女達は、人を信じる強さを忘れてしまったのかもしれない。
それは決して弱さではない。現実を知るということも、強さの一因なのだ。
貧窮な環境で培った強さが自分の死を受け入れてしまう。弱音を吐こうとも逃げる事は出来ず、涙として流すしか出来ないのだ。
『――だったら、ベルはこのまま死ぬの?』
「セル……?」
『わたしは嫌だよ。ベルもアマロも――皆を死なせたくない』
ブリッジクルー最年少の女の子、セルティック・ミドリ。唯一持ち場を離れなかった、小さくとも強い女の子。
苦戦の連続と度重なる逆境で疲労が蓄積され、通信画面に映る表情に元気が無い。目の下にはクマが濃厚に浮かんでおり、顔色も悪かった。
それでも……セルティックは笑顔であり続ける。
『それにね、カイにも負けたくないの。あいつは今頃、皆を救う為に必死になってる。どれほど強い敵でも勝つ気で挑もうとしている。
仲間を信じて、最後まで諦めずに――子供だよね、本当に。
でも、私も同じ子供だから……負けないよ。絶対に』
弱々しくとも、それは立派な気迫。負けまいとする気概が、少女を支えている。
年下のブリッジクルーの強気な姿勢に、同僚であるアマローネもベルヴェデールも息を呑んだ。
セルティックという少女は本来人見知りする、気弱な性格。着ぐるみを毎日着込んでいるのも、自分に自信の無い表れだった。
そんな彼女が今も自分の戦場から逃げ出さず、気丈に振舞っている。一人の少年に、勝つ為に。
「――男、か……」
男三人が追加されても、地球母艦の戦力には到底及ばない。
けれど――カイ・ピュアウインドにバート・ガルサス、ドゥエロ・マクファイルの三人が生み出す新たな何かが加われば?
その何かが見えないベルヴェデールは、座り込んだまま。兆しは見えつつあれど、儚いものであれば現実には勝てない。
「死」という名のリアルな恐怖は、幻想を殺してしまうから。
「――ドゥエロのお陰で赤髪も復帰したから、ヴァンドレッドは全部使えるな。ニル・ヴァーナも運航可能。
ドレッドは結局動かせそうなのは何機くらいだ?」
「半分、といったところか。負傷したパイロットも多いが、それ以上に機体の損傷が酷い。
整備班が今総動員で復旧に努めてくれているが、何しろ時間が無い。予備も含めても、全機出撃は無理だな」
「その辺の選抜はお前に任せるよ、青髪。息の良さそうなのを揃えてくれ」
「バーカ、包帯だらけの素人パイロットに比べれば全員マシよ」
「やかましいわ!? お前らだってひでえ面してるくせに!」
医務室に笑い声が木霊する。真っ白な空間に赤い血と消毒液の臭いが蔓延しているが、明るさが戻っている。
地球母艦との敗戦で負傷者が続出して、本来の医務室は既に満員状態。
急遽カイ達の監房の隣にあるクリスマスイベント用だった広大な区画を利用して、負傷者が寝かされている。
ドクターのドゥエロとナースのパイウェイの献身的な治療により、今のところ死傷者は出ていない。
「俺の"ヴァンドレッド"も初出撃早々無茶させたが、アイとガスコーニュが整備してくれている。
再出撃は可能だけど、ただ突っ込むだけでは死ぬだけだな。何か戦略を練らないと、今度こそ死人を出しちまう」
「だったら、ヴァンドレッド・ジュラであいつら全員閉じ込めちゃうってのはどう?
その気になれば惑星丸ごと包み込むのだって可能なのよ。余裕よ、余裕」
「……八つのポットによるシールドを最大限に展開させて、母艦や無人兵器の動きを封じるのか。
アイデアとしては悪くないけど、ヴァンドレッド・ジュラの出力であの巨大な母艦を封じ込められるのかな……?」
「アタシとあんたが合体すれば無敵よ。大丈夫、安心して」
「違います! ディータと宇宙人さんが合体すれば、無敵になるんです!」
「――何の根拠も無い事を押し付けあうな、二人とも」
言い争うジュラとメイアを、ドレッドチームリーダーのメイアが止める。いつもの光景なので、他のパイロット達も何も言わない。
ジュラの提案は根拠こそ自信過剰でしかないが、発想は決して悪くない。
ヴァンドレッド・ジュラは防御力に特化した機体、シールドの頑丈さは戦艦に匹敵する。
全方位で展開して母艦を包囲すれば、母艦そのもの動きを封じる事は出来る。鉄壁なシールドを檻として利用した形である。
「それに封じ込めても、決め手がないと次の一手が指せないだろう。あの母艦は完全に破壊しないと、また再生するんだぞ」
「シールドでそのまま押し潰しちゃうのよ。ギュウギュウに締め上げちゃいましょう」
「いいね、アタシらの今の苦しみを奴らにも与えてやろうよ!」
「ニル・ヴァーナ全体がさっきからギシギシ言って、ちょっと不安だもんね……」
第二医務室は防音仕様となっているが、船全体が重力で押されている状態では無意味に等しい。
戦艦が発する悲鳴のように聞こえてきて、医務室に寝かされている人達も不安で潰されそうになる。
そんな彼女達を支えているのは――
「あれだけの数いる無人兵器達もおしくら饅頭するのかよ。シールドがそこまで持つか、怪しいぞ。
途中でポットを破壊されたら、圧縮された無人兵器が一斉に――」
「ちょ、ちょっとやめてよ!? 不潔なものを想像しちゃうじゃない!」
「男って本当にデリカシーがないわよね。もうちょっと上品に出来ないのかしら」
「可能性を指摘しただけで、何でそこまで言われなければならないんだよ!?」
――文句でも罵倒でも気軽に言える仲間が傍に居てくれる。
パイロット達だけではない、現在安静に寝かされている他のクルー達もいつの間にか会話に加わっていた。
本来なら一番沈みそうな雰囲気のある医務室が、どこの部署よりも活気付いている。
「ジュラの案、検証したいところだが時間が足りないな……それに我々は現在、このガス星雲内で追い詰められている。
当然、敵はこの惑星全体を包囲しているだろう。奴らはそれほどの数を有しているからな。
包囲網の突破も必須だが、奴らの戦力を一箇所にまとめるのは至難だぞ」
「そ、それは……そ、そう! 無人兵器がジュラ達を包囲しているなら、この星丸ごとヴァンドレッド・ジュラで包んじゃえばいいのよ!
包囲している敵を、包囲してやる――これほどの意趣返しはないでしょう、フフフ」
「……段々ジュラの言う事に、現実味が感じられなくなってない?」
「力業になってきてるもんね。そんなに活躍したいのかな」
「そのシールドが破壊される可能性を考慮してないわね。相変わらずというか、なんと言うか――」
「聞こえてるわよ、アンタ達!!」
悲鳴を上げる同僚達を、ジュラが怒り狂って追いかける。そんな場合ではないのだが、微笑ましくはあった。
だが、誰もが皆明るい顔をしているわけではない。現実的な解決策が出ていないのだ。
根本的な不安は解消されていない。
「――やっぱり皆、お陀仏になっちゃうのかな……?」
ポツリと、少女の声が響く。か細い声だったのだが、賑やかだった医務室は途端に静まり返る。
声の主を不謹慎だと叱咤する者はいない。
その声が発する疑問こそが、皆の心を常に不安に導く囁きであったからだ。
「やっぱり逃げちゃえば良かったって、此処に来た人みんな言うよ。
メジェールの為だなんて嘘臭かったねって――何となくそんな雰囲気になっちゃったけど。
会った事もない人達の為に死ぬのって、馬鹿みたいじゃない!」
彼女達は皆海賊であって、正義の味方ではない。人々を救う義務など本来はないのだ。
苦しげに叫ぶパイウェイだって、他者の死を望んではいない。ただ自分や仲間達への比重が大きいだけだ。
そして、それは全員が共通して言える事である。自分達の命が大切――その事実をどうして責められようか。
「その知らない人間から奪って来たのが、アタシらじゃないの?」
「ジュラ……?」
治療中だった親友のバーネットはおろか、その場に居た全員が驚いた。
自己主張の激しい部分が目立つジュラだが、揉め事に関わる性質ではない。むしろ嫌っていると言っていい。
今までこうした論議の場が起きた場合、巻き込まれるのは御免とばかりに立ち去っていた。
それが今、全員の前で毅然と反論している。
「自分達が生きる為に、今までメジェールの連中から奪って来たじゃない!
なのに自分達がやばくなったらそいつら見捨てて逃げるの!? そんなの、最低じゃない!」
「……あ、あの、ジュラ、パイは……」
「――もうやだ、こんなの……海賊なんて、絶対やめてやるわ! 何様なのよ、アタシらは!
美しくも何ともない。ここで皆見捨てて逃げたって浅ましいだけよ!
アンタ、本当にそんなんでいいの!? 皆、本当にこのままでいいの!?」
「グス……ごめんなさい、ごめんなさい……そんな、つもりで――」
ついに耐え切れずに、パイウェイが泣き出した。無邪気な少女には残酷な追求だったのかもしれない。
ドゥエロもジュラを何とか宥めたが、パイウェイの発言への賛同は出来なかった。
人間、正しさだけで生きているのではない。だけど、正しさもまた必要となる。
男と女、良心と悪意――天秤はまだ釣り合おうとしない。
(惑星を丸ごと、か……)
そして天秤の傾きに惑わされない男は、ただひたすらに考え続ける。
皆を救う、その気持ちに一切の曇りもない。
<to be continued>
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