VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <後編>






Action26 −応援−






 カイ・ピュアウインドは認識する。――この戦いは、自分達の完敗だと。

敗北した理由は探せば幾らでも見つかるが、前提として圧倒的に数で負けていた。

戦争に勝つには相手より数で上回る事が基本、一番確実で安定した勝利を望める。

地球との戦いは元々不利だったが、敵主力部隊を率いる母艦の登場が王手をかけた。

メラナス軍とマグノ海賊団、二つの戦力を合わせれば対抗出来る――甘い目算が、敗北を呼んだ。

両軍を不甲斐無いと言うつもりは無い。

自分自身が未熟で愚かだった、それこそが一番の原因。恐らく今戦場に立つ皆が、痛感しているであろう。


「刈り取り部隊、地球――この場での戦いは、お前らの勝ちだ。
初めての黒星、今回は俺達が身を引こう。屈辱だが、惨めに背中を見せて逃げてやる」


 目指すヒーローには程遠い、カイは自嘲する。

敗北が確定して、のこのこ顔を出すなど問題外。自分はあまりにも遅すぎた。

この半年間の常勝についに泥を塗ってしまった、悔やんでも悔やみきれない。

犠牲者が出る前に、一刻も早く逃げて態勢を立て直さなければならない。

だが、ただ逃げるだけでは甚大な被害が出てしまう。追撃する敵をどうにかしなければ、生き延びる事も出来ない。

勝利は夢のまた夢。逃走にさえ必死にならなければならない。


完全に、負けてしまった――


「ただし――戦利品ぞうきは何一つ与えるつもりは無い。
これは優勝商品の出る試合じゃない。互いの存在を賭けた戦争だ。
お前達が到底持つ事の叶わない、最大の武器を俺達は持っている。そして、それはお前達が俺達に望むものでもある。

臓器を絞り尽くし――生命を燃やして、抗ってみせよう。

略奪がお前達の結論であるというのなら、俺がその答えを打破する!」


 今度はお前達が怯える番だ――

俺の声を真似した地球からの悪質な宣告は、ソラから聞かされている。

――ユメが何故か涙混じりにごめんなさいと謝っていた、心を痛めてくれたのだろう。優しい娘なのだ。

何もかも奪われて、残されたのは敵が無価値と断じた命だけ。

自分達の為に生かされている――それが思い上がりでしかない事を、敵に思い知らせてやる。


「人の物真似がお得意のようだな。
目には目を、歯には歯を――行くぞ、相棒」


 自分の声を真似た死の宣告に贋作の機体、ヴァンドレッドの模造品――

性能まで似せた厄介この上ない機体だが、同時に重要なヒントを与えてくれた。

プログラミングの思考では追いつけない、天才的な頭脳の持ち主がいる。













『――間違いなく、敵はペークシス・プラグマを持っている。
ドレッド等の機体に積まれている結晶体ではないぞ。

ニル・ヴァーナと同等か、それ以上の能力を秘めた――オリジナルのペークシス・プラグマ。

次々と新型を生み出す敵の脅威の技術と製造力、科学力の違いだけでは説明がつかん。
専門家のパルフェも同じ結論じゃ。
恐らくペークシス・プラグマを完全に制御する術を持っておるんじゃろう。

今のままではいたちごっこ、何度倒してもまた新しく創り出されるだけじゃ』

『ニル・ヴァーナやヴァンドレッドを生み出したのも、ペークシスだったな。という事は……!?』

『うむ、このニル・ヴァーナを創り出す事も不可能ではない。少なくとも、ドレッド程度なら何機でも製造出来るじゃろうな。
作らんのはドレッドの真価が性能ではなく、チームワークにあるからじゃ。

プログラムが真似たところで、エースチームの実力は発揮出来んよ』

『マグノ海賊団の強みだからな、あの団結力には恐れ入るよ。
機体性能の差を実力で補う――人間の成長は機械では予測不能だ』

『じゃが、如何せん不安定である事に違いない。人の心に解答は無いからの。
それに何より――技術者としてのプライドもある。

このまま奴らに後れを取るのも腹立たしい。パルフェも同じ気持ちじゃ』

『それで知恵を出し合ったのか。ホフヌングを開発してくれたのもあいつだよ。
改良型には、お前達エンジニアの誇りが積まれているんだな』

『自信作じゃよ。奴らには絶対に真似の出来ん、正真正銘お主だけの機体じゃ。
タラークの軍事力に加え、メジェールの最新技術を余す所無く費やした。

機体性能もさる事ながら、装備も大幅に改良されておるぞ。ガスコーニュも喜んで協力してくれた』

『それは嬉しいけど……タラーク、メジェールの技術なら、あいつらは多分――』

『敵は常に進化しておる、戦闘を重ねれば容易く解析されるじゃろうな。
ペークシス・プラグマを引き出せる地球の力は恐るべきものがある。

ただ唯一、奴らには生み出せんものが存在する』

『まさか、絆とか感情とか言い出すつもりじゃないだろうな……?』

『理想を語る男が今更何を言うか。人間の精神は侮れぬ、奴らに対抗する武器となろうがそうではない。

――ペークシスじゃよ。

我らのペークシス・プラグマ、無限の可能性を持つ蒼き結晶だけは創り出す事は出来ん』

『創り出せないとは限らないんじゃないか? 実際、敵はペークシスを使ってるんだろう』

『何個も創り出せるなら、我らにむざむざ倒されたりはせんじゃろ。一つしかないからこそ、何とか対抗出来ておる』

『なるほどな――でも、それは俺達だって……

……。

……えええっ、まさかパルフェと一緒に開発したのは!?』

『ふふ、ようやく分かったか。我らは海賊じゃぞ、いつまでも敵の思い通りにはさせん。

奪ってやったわ――敵のペークシス・プラグマを。

回収出来たペークシスの破片を元に、パルフェが新たな結晶を精製――
作業は困難を極めた。細心の注意を払っても、些細な事ですぐ壊れてしまう。
正直、我らだけでは成功出来なかったじゃろうな……
敵のペークシスは我らを拒絶するように、力を発揮せんかった。

じゃが――カイ、我らにはお主がいた。

この半年間お主が倒した無人兵器の残骸や戦闘データ、罠が仕掛けられた惑星よりお主が持ち帰った情報。
そして何より、お主が友好関係を結んだアンパトスの人達が持ち得る全てを全面提供してくれた。
誇るが良いぞ、カイ。お前の理想が実を結び、彼らの心を動かしたのじゃ。
男と女、そして宇宙で出逢った人々の想いが、ペークシス・プラグマを生み出した。

我らが持つペークシスとは、真逆の光を放つ結晶体――紅のペークシスを』

『じゃ、じゃあ俺の機体には2つのペークシスの結晶体が積み込まれているのか!? 機体が耐えられないだろう!
ドレッドや蛮型はペークシスの結晶体を動力源にしているけど、それでも一つだ。パワー負けしてしまう!?』


『出来る!』


『……!?』

『御主お得意の精神論で語っておるのではないぞ。
ヴァンガードの可能性を追求した儂と、ペークシス・プラグマをこの世界の誰よりも愛し育んだパルフェが断言しよう。

お主の機体ならば、必ず出来る。

男と女の協力関係、その真価が問われる時が来た。
我らの目的は故郷への生還、そして刈り取りの打倒じゃ。
お主がお主なりに多くの人達と心を結んで戦い続けたように、我らも海賊流で抗ってみせた。
心通わせる事で生まれた男女統合技術、地球より奪った力の源――
お主の機体に、その全てが在る。ペークシスの暴走、恐れるに足らず。
男女問わず他者と向き合い続けたお主にこそ、二つのペークシスを持つこの機体が相応しい――

安心して、往って来い』













(……二つのペークシスの同時起動、か……簡単に言ってくれる)


 タラーク・メジェール、砂の惑星にアンパトス――そして、地球。旅で得られた技術の全てが使われた改良型。

そのスペックは驚くべきものがあった。

特攻するメイア機に追い付けたのは、初起動による強烈な爆発力である。

2つのペークシスが互いに反発、そのインパクトで機体が引っ張られて空転してしまったのだ。

操縦に四苦八苦した挙句にメイア機と激突、制御出来たとはお世辞にも言えない。


真価を発揮するには、蒼と紅――2つのペークシスを完全に起動しなければならない。


蒼は問題ない。ホフヌングは使用出来たのだ、同じ結晶体なら使いこなせる。

問題は紅――地球が保有するペークシス。

敵がペークシスを完全に制御出来るのならば、起動しても操作されて爆破される危険もある。

無人兵器の数々、遠隔操作はお手の物だろう。

――敵を、味方にしなければならない。


(ふふ、今更だよな……)


 最初は誰一人、味方はいなかった。同じ男であるバートやドゥエロも、目的や意思はバラバラだった。

孤立無援の戦い――辛い事のほうが多かったが、実りのある旅だった。

人と人が分かり合うことがどれほど素晴らしく、大切な事であるかを教えてくれた。

だからこそ人の命を奪う刈り取りが許せない、人の可能性を奪う海賊達を認められない。

自分ならどうするか――既に、答えは出ている。 


『ますたぁー、聞いてくれる?』

「ユメ? どうしたんだ、急に」


 音声のみのメッセージが、蛮型のコックピットに届けられる。

無邪気で残酷な少女の声が、今この時だけは神妙に聞こえてくる。

怪訝な顔でカイが応答すると――


『――ユメはね、ますたぁーが好き……大好き。他の誰よりも、何よりもますたぁーが好きなの。
だから・・・大丈夫だよ・・・・・

『? ああ、ありがとう。俺もユメが好きだよ』

『えへへ……ユメが応援してあげる・・・・・・・


 敵を味方にする、それはとても困難な事。タラーク、メジェールは今この時もいがみ合っているのに。

特にペークシス・プラグマは未知の物質、人の英知が及ばない謎の結晶体。

無限のエネルギーを放出する動力源でも、制御法はまだ確立されていない。少なくとも地球以外では。

暴走の危険を常に孕みながら、力を利用しているだけに過ぎないのだ。

けれど、自分専属のエンジニアが保証してくれた。大丈夫だと。


何より――最後の最後まで味方でいてくれた少女が、応援してくれている。


正体なんてどうでもいい。天真爛漫な女の子の笑顔が不安を吹き飛ばしてくれた。

機械などには決して出来ない。

見せてやろう、人が起こす奇跡を。



「"ヴァンドレッド"、起動!!」



 SPヴァンガード改良型、"ヴァンドレッド"。男と女の技術が合体・・した、機体。

個人名など必要ない。この機体は一人で作り上げたものではない。

マグノ海賊団と男三人、巡り会った人達――敵すら味方に変えて創り出された、調和の象徴。


"ヴァンドレッド"、手を取り合った男と女――人類の在るべき姿を再現した機体が、今始動する。


「ぐぅぅぅ……!」


 蒼い結晶が理性の歌声を、紅い結晶が本能の咆哮を上げる。

無尽蔵に放出される二つの光は螺旋を描き、添い遂げるように絡み合う。

天使と悪魔、その狭間に位置する人間――

歓喜と恐怖の光の中で、カイは雄々しく笑っていた。


彼の瞳には――誇らしき友が生み出した光の箱舟が映し出されている。


他ならぬ友人が再現した奇跡。神の手が高らかに掲げて訴えかけてくる。

次は、お前の番だと――


「バート、ドゥエロ……派手に、いこうや!!」


 "ヴァンドレッド"、開眼――

深遠の宇宙を染め上げる二つのエネルギー光が、星の光すらも焼き尽くす。

蒼と紅の瞳が憎き敵を射抜き、閃光となりて出撃する。

死肉に群がるハゲタカの如く崩壊した味方陣営を襲う無人兵器の大群に、大胆に飛び込んだ。


名も無き融合機――この改良型に、特化した機能はない。


火力、機動力、防御力……そのどれもが、既存のヴァンドレッドに劣る。

SP蛮型を超えるスペックを有しているのは事実だが、突き抜けた力はない。

二つのペークシスがもたらす力とは――"生命力"。


「まずメラナスの連中とマグノ海賊団から、連中を切り離す!」


 疲れ果てた仲間達を襲う化物達を、握った拳の強さで蹴散らす。

二十徳ナイフが変形したブレードが振るわれる度に光刃が舞い、キューブ型がバラバラになった。

重厚な左腕がプロシキ型を貫き、振り向きざまにウニ型をトゲごと蹴り飛ばす。

全身より噴出される蒼紅の光が加速を生み出し、トリ型を背後から貫通。

――その間も雨霰とビームやミサイルが降り注ぐが、損傷は軽微。破損はなく、猛攻は止まらない。

破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊……!!


生き残りに長けた力、人間としての強さ――


凡庸であるがゆえに、凡人であるからこそ、誰よりも何よりも生きる力に優れている。

"生命"、その輝きにペークシスは魅せられて力を発揮する。

祝福を受けた機体は生命力――全機能を底上げして、パイロットの力となる。

まるで、カイ・ピュアウインドを応援・・しているように――


「地球よ。お前に、今こそ応えよう」


 母艦より送られてきたメッセージに対して、少年は応える。

偽物ではなく、本当の少年の声と意思で――

地球という名の略奪に、カイは告げた。


「地球の定めた秩序に、俺達は反する。地球の定めた運命に、俺達は抗う。
俺達が、俺達の手で、俺達の為に、未来を作る。

俺達の命を繋いでいく為に、俺達は戦う――」


 全ての仲間達の前に立ち、英雄を目指す男は地球に反逆する。

与えられた運命を受け入れるのではなく、厳しい現時と向き合っていく――

カイ・ピュアウインドはその為に、今へと還って来た。


「俺達の未来を阻むのであれば――お前達から、勝利を奪う!」


 敗者が、勝者に向かって不遜に刃を突きつける。

この戦争は既に敗北、今の彼らは逃げる道しか残されていない。



惨めな敗北者は清々しいほど不遜で――誇らしげだった。





























<to be continued>







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