VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <後編>
Action27 −神話−
ニル・ヴァーナと"ヴァンドレッド"の復活。二つの奇跡の再現は艦内に巣食っていた絶望を吹き飛ばした。
男女の艦の再融合により、穴だらけだった両艦も修復。分断されたクルーも合流する事が出来た。
最前線で戦うドレッドチームやメラナス軍も、"ヴァンドレッド"の殿により徐々に危険から遠ざかりつつある。
生存者と負傷者でごった返す、監房の隣の空間――第二医務室で、ドゥエロ・マクファイルは現在の状況を耳にしていた。
「……なんか、ドクター嬉しそう」
「そうか? フフ……そうかもしれないな……」
苦境を覆した二つの奇跡、見事に起こした友人達を思うと口元が緩む。
カイ・ピュアウインドにバートガルサス、尊敬する友人達は死を乗り越えて自分の役割を果たしている。
生きていてくれただけで嬉しいのに、目を見張る活躍を成し遂げているのだ。
自分以外の事で喜びを感じられる日が来るなど、仕官学校時代では夢にも思っていなかった。
生きているという事だけでただ嬉しい――生の実感があった。
「ドクター、メディカルマシーンが空いたよ。ドクターも怪我を治さないと」
「私は後回しでいい、患者を優先してくれ。使用順などの判断は君に任せる」
「……うん、分かった!」
大抵の怪我や病気を治す治療方法。メジェールの最新技術が使用された、マグノ海賊団を支える医療装置。
幼子のパイウェイがナースとして所属出来る最大の理由だった。
ドゥエロと出逢う前は気分で務めていた仕事だが、医療現場の現実を知った今では役目の重さに息を呑む。
それでも白衣を血に染めて治療を続けるドゥエロを見ると、躊躇する自分に恥ずかしさを感じてしまった。
同時に大事な仕事を任された嬉しさもあり、パイウェイは自分を奮い立たせて患者達の元へ急ぐ。
「フゥ……」
最悪は免れそうだが、戦い続ける事は不可能。ドゥエロはそう確信した。
致命的ではないにしろ怪我人は多く、苦痛や疲労を訴える人間は少なくない。
最前線で戦っているパイロット達の中にも、怪我を押して戦っている者が多数いるのだ。
重傷者はメディカルマシーンを使用しているが、手術もいずれ必要となるだろう。
医者も看護婦も一人きりという状況では長期戦は困難だ。撤退して態勢を立て直すべきである。
殿を務めるカイが懸命に敵を抑えているが、本当は彼自身も休息が必要なのだ。
現場の判断にかかっているが――マグノやブザムを信じるしかない。
「――そう、カイが……」
「バートも無事だ。理由は定かではないが――奇跡と呼ばれる、説明不能な現象が起きたようだ。
彼らは自らの力で奇跡を起こせる。素晴らしい事だ」
「……そうかも、しれないわね」
「君はどうする? 彼らは今も戦っている。本物の屍になるまで抗う事を止めないだろう。
彼らとの約束を違えたまま、運命を呪ってベットに隠れるだけで終わるのか」
「今日は……随分と手厳しいわね、ドクター」
「ベットが不足していてね、怪我もない健康な人間には早く退院してもらいたい」
ドゥエロ・マクファイルは文武両道を地でいく男で、第三世代のトップに立つエリートである。
自分を含めた客観的な視点で物事を見つめ、優秀な頭脳が導き出す解答に従って生きてきた。
類稀な才覚は世の中を平凡なものに変えてしまい、他人にも興味を無くしていた。
そんな彼が半年間の旅を経て、自ら他者の心に触れようとしている。
医者として、身体だけではなく心を癒すために。
今も戦う友人達の力になりたいと心から願って――たとえ傷つける結果になっても、不器用に言葉を紡ぐ。
「ねえ、ドクター……私達に、希望はあるのかな?」
「神ならぬ私には分からない。ただ、カイやバートは今も戦っている。
希望があると信じているのではなく、なくても戦う――地球の決定には従わない、彼らなりの決意なのだろうな」
「希望がなくても戦う、か……カッコいい事を言うのね、ドクター」
「私は事実を述べたまでだ」
「クールね、ふふ……でも、ドクターの言う通りだわ」
ショートカットの髪を撫でる。女の命というべき髪を切り、自分の生き方を見直す決意を固めた。
決して忘れぬように戒めたつもりだが、心はまだまだ変わっていなかったようだ。
バートが仲間に殺され、カイが敵に殺されて――屈服した。
彼らの遺志に応えようともせず、膝を屈した。勝てないのだと、諦めてしまった。
自分の弱さと醜さを知る度に、無様でも戦おうとする男達が眩しく見える。
「私がどうかしたか?」
「ううん、何でもない。休ませてくれてありがとう、ドクター。そろそろ行くわ。
――今も苦しんでいるジュラの大事な仲間を助けてあげてね」
「私の患者だ。見捨てたりはしない」
答えを聞いてジュラは薄ら微笑み、自分の足で医務室から出て行った。
共に戦えない彼はただ、彼女の無事な帰りを願って送り出す――
「……私も自分の務めを果たしてみせる」
自分の戦場へ戻るジュラの背に向かって、ドゥエロは呟いた。
仲間に救われたこの命を費やして、他の誰かを救う。人種や価値観を問わず、命あるものを助ける。
カイやバートと手段は違えど、ドゥエロ・マクファイルもまた自分の道を模索していた。
今回の出来事で自分の無力を嫌というほど思い知らされた。
自分を未来を勝手に見通して生に飽いていた愚かな自分は、瓦礫に埋もれて死んだ。
傷付き疲れ果てても、カイやバートは懸命に戦っている。仲間を救うために、この宇宙すら揺るがす奇跡を起こしてみせた。
彼らの友人を名乗るならば――自分もまた、やらねばならない。
自分は一介の医者、目の覚めるような劇的な現象は起こせない。
誰かの為に戦うことも、仲間を守る為に身を張って守ることも出来ない。
医者に出来る事は――命を救うこと。簡単のようで、とても難しい。どれほどの技術や知識を得ても、全ては救えない。
けれどそれが使命であり責務、人生を捧げるに値する職務だ。
ニル・ヴァーナは復活してクルー達は合流、前線のパイロット達もカイの援護で危機を脱しつつある。
荒れ狂う戦場でようやく訪れた穏やかな風、変化の兆し。
暴力の波に襲われても歯を食い縛って耐え、波はようやく収まり始めた。
友人達が作ってくれたこの瞬間を見逃さず、ドゥエロは救命活動に出た――
「ピョロ、彼女の様子はどうだ?」
「相変わらずピョロよ。何度も話しかけているけど、ピョロ達を思い出してくれないピョロ」
「う〜〜、おにーちゃん……」
紆余曲折を経て今は医務室で休んでいる、ディータ・リーベライ。
カイが犯した最初の過ちは周囲から取り残されたまま、夢の中を漂っている。
ディータを見つめて数分後、床に腰掛けたピョロは呟いた。
「ピョロは……色んな結果を出せる人間を羨ましく思うピョロ。何も感じないなんてつまらないピョロよ。
今のヴィータは……機械のようで哀しいピョロ」
「感情も無く、迷いもしない――同じ結果が出せる機械にも利点はある。医療も同じだ。
我々人間の足りない面を補ってくれている」
それは誰に対する励ましなのだろうか……?
問うたピョロも、問われたドゥエロにも分からない。
「人間は永遠に未完成だからこそ、ピョロは羨ましく思うピョロ」
「羨ましいと感じる君は十分人間的だ。卑屈になる事はない」
「それは、ピョロがこわれたままだからだピョロ。……心が持てるなら欲しい。
何も考えず、何も行動出来なかったら……それは生きていると言えるピョロか?」
「壊れているから人間的か――皮肉な話だ。彼女は負傷して、正常な精神を失っている。
そもそも、精神とは何なのか?
正しい人間とはどういった存在なのか――答えを知る者は、この世に一人としていないだろう」
「地球は自分が正しいと思っているピョロ」
「その認識の甘さこそが、災いを招く最大の原因。我々もまた同じ過ちを犯した。
正しいのか、間違えているのか――ただ一方的に唱えても何の意味もない。すれ違うだけだ。
互いに歩み寄り、他人を知って自分を認識する。人間関係とはそこから始まる。
……なるほど、そういうことか……
ありがとう、ピョロ。君には助けられてばかりだな」
「え〜と……なんだかよく分からないけど、お役に立てたのなら良かったピョロ!」
コンパクトなボディに内蔵された、人造の心。デジタル画面に表示された、豊かな感情。
ペークシスの暴走に巻き込まれて改造されたロボット、騒がしいが憎めないナビゲーションロボにドゥエロは救われた。
人ならざる者でも、人を救うことは出来る。
ならば――同じ人間同士で助けられない事なんてあるものか!
「ディータ、私の話を聞いて欲しい」
「……う〜」
白衣を染める血に生理的嫌悪を感じて、ディータは警戒を露にする。
少女の恐怖に我が身を省みて、ドゥエロは苦笑する。
形振りかまわず一生懸命――初めての経験だが悪くない。
「危害を加えたりしない。これから私が君に、御伽話を聞かせてあげよう。
――君の心に今も輝いているであろう、一人の英雄の物語だ」
ディータ・リーベライ、事故の影響で精神が過去へ退行した少女。
マグノ海賊団の頃の思い出を全て失い、彼女は子供時代に戻ってしまった。
だが、本当に子供になったのではない。人は決して過去へは戻れない。
子供の頃と今のディータでは、おのずと違いが生じる。幼い精神が気付かせないだけだ。
その違いをドゥエロは鋭く探る。彼が知る限りの、彼女達の思い出話を語りながら――
「それで、それで!? そのヒーローさんはどうやって悪者をやっつけたの!?」
(――やはりディータの興味を引くのは彼か……)
ドゥエロは決して口下手ではない。弁論もまたスキルの一つ、必要最低限しか話さないだけだ。
思い出話をドラマティックに語り、一人の少女を夢中にさせるのは容易い。
物語の中でディータが一番注目したのは、彼女が慕っていた少年だった。
ディータは精神こそ退行したが、症状は意外にも安定している。
アンバランスな身体と心――悪化してもなんら不思議ではないのに、子供のままでいられる。
闇に落ちそうな彼女の心を今も尚掴んでいるものがあるのなら――
「ディータ、この物語に終わりはない。そして私にも……この続きは分からない」
「えー、どうして〜! もっと、お話が聞きたい!」
「知る方法はある。これから先の物語を――君も一緒に作るんだ。目をつむってくれ」
「ん〜?」
面白い話を聞いて警戒心を解いたのか、ディータは素直に瞳を閉じる。
ドゥエロは表情こそ普段通りだが、これから行う方法に期待と不安があった。
実証のない治療方法――専門外の分野に挑まなければならない。
彼らもまた、奇跡を起こす前は同じ心境だったのだろうか……?
心苦しくもある。結果が確定されていない。憶測に基づいた希望的観測があるのみ。
下手をすれば悪化する恐れがある。予想はあくまで予想しかない。
――けれど、このまま手を拱いていても事態は変わらない。
安定している事が、逆に回復の妨げになっている。このままではディータは、永遠に安らぎの夢の中で漂い続ける。
何かの弾みで夢が終われば――ディータは永遠の眠りにつく。
「君の中で物語をイメージするんだ。主人公はどんな人間か、ヒロインは? 仲間は?
物語を――悪者に負けそうな勇者を君はどうしたいのか、考えてみてくれ。
焦る必要はない。ゆっくり、落ち着いて……」
「……」
ディータはカイのように記憶を失っていない。事故のショックで一時的に忘れているだけだ。
物語に沿って具体的にイメージすれば、記憶は再度構築されていく。
彼女の中で光り輝くものを、ドゥエロは信じる。
元の状態に戻るのか、悪化するのか――別の何者かに、変わってしまうのか。
どんな結果が訪れても、ドゥエロは医者として彼女と向き合い続ける覚悟だった。
全ては、ディータの心次第。
「帰って来てくれ、ディータ。皆が君を、待っている」
ドゥエロは初めて、自分以外の誰かに祈りを捧げた。
<to be continued>
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