VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <後編>






Action25 −男女−






 タラーク軍艦にメジェール船、主軸の連結部に左右のアーム――融合戦艦ニル・ヴァーナ。

連結部を破壊されて上下二つに裂かれた船が、操舵手の号令に呼応する。

これまで構造上の意味でしかなかった左右のアームが爆ぜ割れて、膨大な光が放たれた。

殺伐とした戦場を駆け抜ける蒼き光は流麗な軌跡を描き、宇宙に墜落する片割れを目指す。

光に誘われるように無人兵器が大量に群がるが、触れた瞬間に焼き払われた。

左右のアームから放たれた光は本当の役目――閃光の掌と成りて、引き裂かれた艦を掴まえる。

荘厳な神の手は己を蝕む寄生虫を残らず光に飲まれて消滅、雛鳥達を壊れた籠ごと抱きしめた。


「――言っただろ?」


 奇跡が、再現される――

地球の陰謀によって隔絶された男と女、刈り取り兵器で引き裂かれた船。

今、此処に――自分の意思と願いを勝ち取った者達の手によって、全てが一つとなる。

蒼い光の掌が優しく抱き締めた瞬間、停止していたペークシス・プラグマが再起動。

暴走ではなく、確かな意思を宿して。生存本能による回避ではなく、危険と向き合う勇気を持って。


守ると誓った操舵手の強き信念に応え、ニル・ヴァーナを再構築される。


ペークシス・プラグマの結晶が破損部分を補修、連結部に至るまで元通りに。

エネルギーの伝達が見事に行き届いて、ライン接続や通信回線も回復。システムが全復旧する。

全身に流れる熱い血潮、統一された男女の意思、人間という頭脳を持って――真の操舵手が舵を取る、新しき戦艦が誕生した。

一部始終を見ていたメイアが呆然とする中、カイは偉業を成し遂げた友を誇る。


「俺達は誰も死なせない、と――」

「……そうか……そうか! バート、お前も生きていてくれたのだな!」


   自分を庇って死なせたのだと思っていただけに、その反動は喜ばしく計り知れない。

押し殺したような嗚咽が耳に伝わり、カイは黙って分離を行う。

今だけは安堵に浸り、何も考えずに泣いてもいい。これまでがあまりにも辛すぎた。

代わりに、自分が戦ってみせよう。


「技術の進化はお前らだけの専売特許じゃないぜ。なあ、相棒」


 希望ホフヌングを失っても、まだ戦える。

生まれ変わったのは、ニル・ヴァーナだけではないのだから――

出撃前の出来事を思い出して、操縦桿を強く握り締めてカイは微笑んだ。













『この愚か者! 一つしかない命を何だと思っておるんじゃ、お前達は!!』


 幼さは残るが、人を制するには十分な凛々しさがこめられた声が轟いた。

船外からの襲撃に揺れる艦内において、不自然に静まり返った格納庫――

二人の女性と一人の女子、威風堂々としているのは雅な着物を着たエンジニアだった。


『黙って話を聞いておれば、自分の不幸に浸って恥知らずな真似を!?
それでもマグノ海賊団お頭マグノ・ビバンが認めたチーフか!』

『……どこまで話を聞いてたんだよ……』


 男達の死にマグノ海賊団の崩壊、男女共同生活の終焉――

半年間積み重ねたものがここ数日で簡単に壊れてしまった。

今彼女達を殺そうとしているのは祖先の星地球であり、臓器を奪う殺戮兵器だ。

だが、ここまで全員がバラバラとなってしまったのは地球だけが原因ではない。


一人一人の心――仲間を疑い、真実を見失った彼らにも責任はあった。


今ここで繰り広げられている仲間割れもそうだ。

長年の仲間同士なのに、心がすれ違っている。歯車が噛み合っていない。

部品が誤作動を起こせば、機械全体の調子が狂う。当然の事だ。

それをよりにもよって、マグノ海賊団機関部長を務めるパルフェが犯していた。


『分かっておるのじゃろうな?
ガスコーニュの許可なくレジシステムを操作すれば、重大な規律違反となる。
何より……"カミカゼ・セット"を使用すれば、メイアは死ぬ。

技術屋のお主が知らぬとは言わさぬぞ!!』

『……メイアが望んだ事なの』

『間違いを犯しているのなら、厳しく叱り飛ばしてやるのが本当の仲間ではないのか!
あやつはバート・ガルサスを死なせて、気落ちしておった。
加えてこの惨状じゃ、責任感の強いあやつはきっと全て自分の責任だと思い込んでおる。

だが、それは思い上がりじゃ!』

『そんなの分かってる! "カミカゼ・セット"を使っても敵は倒せない。
あたしも……メイアも、全て承知の上で行動したの』


 愛用の眼鏡を取り去った女性の瞳は、揺れぬ心を映している。

悲しみに沈んだ目は美しくも切ない。

憤然としていたアイも勢いを失うが、憤りは消せなかった。

本人達が決めた事でも、断じて納得出来なかった。


『話にならぬわ、人の上に立つ者の行動とは思えん。残された者達の気持ちはどうなる?
カイが命懸けで我らを守ったのは、決してこのような事をさせる為ではない!』


 カイの捨て身の判断も決して褒められたものではない。

もう逢えないが、顔を見せれば怒鳴り散らしたいくらいだ。

自分達を守ってくれたのは嬉しいし、感謝はしている。メラナス軍との同盟も後々を考えての事、成長が見られる。

取れた行動も多くは無かったのだろう、苦渋の決断だったのかもしれない。


けれど――生きていて、欲しかった。


『……ドクターが死んだの』

『なっ――何じゃと!? それは真か!』


 血臭漂う戦場を冷静に見つめる小さな女傑も、飛び上がって驚いた。

傍らで話を聞いていた警備チーフは青褪めるどころか、蒼白になっている。

疲れきった老婆の顔で、パルフェはドゥエロ・マクファイルが命を落とした経緯を語った――

事故というには、あまりにも残酷な結末だった。


『パイウェイはどうしておる!?
アレはまだ子供じゃ。人の命を簡単に背負えるほど強くは――』

『医務室に行ったよ。自分は最後までナースで在り続ける、そう言ってた』

『……子供が最後などと言うでないわ』


 アイもまだまだ子供なのだが、類稀な才能と器の広さが幼さを飲み込んでいる。

男に対する偏見など、彼女には最初から無かった。

カイ・ピュアウインド専属を自ら志願した少女にとって、男も女も平等に評価していた。


『……そんな……バートだけじゃなく、ドクターまで……嘘、だろ……』

『――お主らの望んだ結果であろう』

『え……?』


 警備チーフのヘレンが顔を上げると、冷然と見下ろすアイの厳しい視線とぶつかる。

見た目と不釣合いな強い瞳に萎縮してしまう。

アイは感情的に叫ぶ事はせず、今の憤りを淡々と言葉に変換する。


『男達との共存を頑なに否定していたのは、他ならぬそなた達ではないか。
最早、彼らは帰ってこない。永遠に。

我らはこの先、自分達だけでこのような局面を幾度も乗り越えねばならん』

『……』


 強気な言葉など何一つ出てこない。気休めさえも虚しい。

今、自分達が置かれた状況が雄弁に物語っている。

マグノ海賊団のみで打開するのは不可能であると――


『なのにお前はあろう事か仲間に向けて発砲、命こそ助かったが心に深い傷を負わせた。
片や、バートが我が身を盾に守ったメイアを死地へ送り出す愚か者ときた。

お主達は、どれほど男達をコケにすれば気が済む!』

『ア、アタシはそんな、つもりじゃ……』

『どうするつもりじゃった? お主は何がしたかったんじゃ。パルフェ、お主もじゃ。
もはや助からぬと、一矢報いる事が彼らへの償いとなるのか?
メイアが死ねば、お主は更に苦しむ。

それでは……あまりに不憫ではないか……』

『アイちゃん……』


 着物の裾を握り締めて一筋の涙を零すアイに、パルフェは胸が痛んだ。

メイアを二人で立てた誓いに嘘は無い。死ぬと分かっていても送り出した事に、後悔は無い。

アイの言う通り男達は全員死に、女達だけで戦わねばならない戦局。

男達の無念を晴らす為――大義名分を唱えたところで復讐である事に違いは無い。

仲間を思うが故の怒り、仲間を思うが為の悲しみ。崇高な涙が、冷たい復讐心に温もりを与える。

どうしてこんな事になったのだろう? もうやり直す事は出来ないのだろうか?

せめて――





『くそっ、人様の留守中にあちこち壊しやがって! 俺の蛮型は無事――おっ!
パルフェにアイ。よかった、お前らがいてくれれば話が早い』





 しんみりした空気に突如飛び込んできた、乱入者。

ここまで急いで走って来たのか、汗びっしょりで怪我が目立っている。

けれど全身から迸る気迫は本物で、顔付きも引き締まっていた。

絶望という言葉から程遠い男、カイ・ピュアウインド。噂の人物が、当然のように現れた。


いち早く立ち直ったのは、他ならぬ彼のエンジニアだった。


『お……お主、生きておったのか!?
で、ではあのコックピットは……いや、それよりどうやって戻って来れた!?』

『そうだな……ペークシスのお導きって奴よ』

『ペークシスじゃと? ホフヌングを使った影響か。実に興味深いが、それよりも――』


 しずしずとカイの手を取り、アイはそっと撫でる。

ゴツゴツとした大きな手の感触が、無性に喜ばしい。


『こうしてお主が生きて帰って来てくれた事が、何より嬉しい。よく帰って来た。
説教してやるつもりじゃったが……おぬしの無事な顔を見れてどうでもよくなったわ……』

『お前のおかげだよ、アイ。
格納庫に眠ってた旧式に、ホフヌング装備で動かせるようにしてくれた。

何とか命拾いしたよ、ありがとな』

『ふふ……お主の機体の面倒を見るのが仕事じゃ。期待に応えるのは当然じゃよ』


 ……涙を堪えるのに必死だった。

ホフヌング臨界突破による消失、カイが死亡していれば積み込んだ自分にも責任がある。

なまじ力を与えたばかりに、カイは心中する道を選んでしまった――そう考えるだけで気が狂いそうだった。

だが、違った。ホフヌングが起こした何らかの現象でカイは助かった。

原因は分からずとも、救われた気がした。

深く安堵する少女に苦笑しつつ、カイは戦友に顔を向ける。


『勘違いだったら悪いけど……パルフェ、だよな?』

『えっ――う、うん。そうだよ』

『だよな、そうだよな。眼鏡かけてねえから間違えたかと思った。返事くらいしてくれよ。
普段かけてた眼鏡はどうしたの、壊した?』

『いや、あの、その……ごめん!』

『な、何が!?』

『色々と……本当にごめん。ごめんなさい……何も出来なかった……
あたし、あたし……最低だよ……』

『追い詰められている状況を言っているなら、お前の責任じゃないだろ。
最低なのは、俺らを殺そうとしているあいつ等だ』

『違うの! 違うの……あのね。あ、あたし達……カイとの約束を守れなかったの。

バートも、ドクターも――あたし達を守って死んだの! メイアだって――!』


 堪え切れずに顔を覆い、手を涙で濡らす。

カイは命懸けで仲間を守り無事生還したのに、自分達はみすみす死なせてしまった。

彼の大切な仲間を、共に戦う事を誓った友を!

許される事ではない……

バートを撃った張本人のヘレンも唇を噛んで、糾弾をじっと待つ。

どのような罵声を浴びせられても、甘んじて受け入れるつもりだった。自分はそれだけの事をしたのだから。

苦痛に満ちた告白を聞いて、カイは――



『どうせ後で分かる事だけど……二人は生きているぞ』



 呆気なく言われて、この場にいる女性の誰もが事実を受け止められなかった。

当然だ。バートもドゥエロも、実際に死んだ光景を自分の目で見たのだから。

カイは溜息を吐いて、補足する。


『バートをペークシス・プラグマに運び入れてくれたのはお前だろう、パルフェ』

『で、でも、ソラちゃんは助かる見込みは少ないって……!』

『想像以上にしぶといみたいだぜ、あいつ。ドゥエロも間一髪で助け出されたらしい。
ブリッジと医務室に、それぞれ向かっているぜ』

『……生きてる……生きてるんだ……!!』


 ホッとして力が抜けたのか、パルフェはその場に座り込む。

あらゆる事実が引っ繰り返り、精神の均衡を保てなくなったのだ。

落ち着けてやりたかったが、生憎とカイには時間が無かった。


『アイ、俺の相棒は出せるか!? 飛び出していった馬鹿を止めないといけないんだ!』

『!? そうか、あの機体ならば追いつける! 既にロールアウトしておる。
発進準備はこちらでやる、お主はコックピットへ乗り込め!』

『よし、だったら今すぐ――』



『待ちな!』



 制止の声に振り返り、向けられた銃口にウンザリ気味に嘆息する。

銃を向けられる事にもいい加減慣れてしまい、冷静を保てた。

何より、殺意が感じられない。

これまで何度も撃たれたからこそ分かる。相手に殺す気はないと――


『何なんだ……? お前は一体何なんだ!
何でお前一人いるだけで、こんなに変わっちまうんだ……!?

アタシらがどうにも出来ない事を、お前はどうして――

お前の仲間を殺そうとしたアタシらを、何で助けようとする!
マグノ海賊団は、お前の敵なんじゃないのか!?』


 疑念は当然、因縁はまだ続いている。

死んだ人間が生きていて、敵だと思っていた人間が助けに来る――混乱して当然だ。

激励や恫喝は不適切。今の自分達に相応しい言葉がある。

ゆっくり振り返り、向けられた銃口に――指鉄砲で、バンと撃ち返す。


『首洗って、待ってろ』


 撃ち抜いたのは身体か、心か――ヘレンは崩れ落ちる。



男は戦場へ向かい、女は黙ってその背を見送った。





























<to be continued>







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