ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action34 −怪物−
久方ぶりの感覚だった――重い疲労で操縦桿を握る手が震える。
身体に染みる汗が額から零れ落ち、口に銜えた長楊枝も揺れていた。
楽勝で終わる戦闘なんてお目にかかった事は数少ないが、これほど致命的な敗戦を経験した事も少ない。
マグノ海賊団重鎮のガスコーニュは、息苦しさに咳き込んだ。
「やれやれ……これほど不利なカードで勝負しないといけないとはねえ……
殺戮兵器相手じゃハッタリも利きやしない」
ポーカーに例えているとはいえ、仲間達をブタ呼ばわりするつもりは毛頭ない。
むしろこれほど困難な戦況で最後まで諦めず、よく奮戦していた。
一日二日の同盟軍だが連携は驚くほど取れており、メラナス軍とドレッドチームは共に力を合わせて死闘を繰り広げている。
両者を結び付けているのは二つであり、一つ。
メラナス全戦力を費やしても破壊が困難な敵母艦を中破――希望。
母艦破壊を現実で実現した者の死――憤怒。
海賊と軍隊を国境を越えて繋げた少年の存在。
希望は絶望の闇に染まった心に僅かな光を射して、憤怒は疲労困憊な身体に若干力を宿らせた。
絶望的な戦力差でも一機もまだ落ちていないのは、尋常ならざる彼らの執念が生んだ奇跡だった。
パイロット達の誰もが、死の恐怖を今だけは忘れていた。
今だ敵母艦に突き刺さる少年の腕がモニターに移る度に、激しい怒りがこみ上げてくる。
ガスコーニュはパイロット達の怒りを、間近に感じていた。
少年を殺した敵への怒り――少年を死なせた自分への怒り。
ニル・ヴァーナ船内で多くの仲間が絶望に俯いている中で、パイロット達だけが前を向いて戦っていた。
ドレッドチームの誰もが少年を仲間と認め、責任を感じていた。
本格的に対立したあの時海賊として躊躇わず、少年を倒していれば負傷者として船に留める事も出来た。
潔く彼の主張を認めていれば、和解する道もあった。
仲間として受け入れられず、敵として認められず――生温い態度を取った自分達。
許せなかった、何もかもに。
マグノ海賊団のパイロット達はある種一番海賊に近い。
最前線に出て獲物を相手に自分の命を懸けて戦い、時には相手の命を奪って自分の手を汚す。
血で汚れた手を誇りとするか、罰とするかは人それぞれだが、彼女達は自分達のやってきた事を思い知っている。
カイの主張はクルー達の誰よりも心苦しく、自分の信念を掲げて正面から対決を望んだ態度に感じ入るものがあった。
だからこそ、半端な態度を取った自分達が絶対に許せない。
圧倒的戦力に物を言わせて、人間を虫けらの様に踏み潰す連中如きが彼の存在を奪うなど断じて認められない。
カイが死ぬ運命にあったのならば、あの時敵として自分達が殺すべきだった――
どれほど歪んだ想いであれ、海賊として生きた女達の義務だったのだ。
長きに渡って敵母艦と戦い続けたメラナス軍も悔しさに溢れているだろう。
少年が望んだ事でも、たった一人に命運を押し付けた事実は何ら変わらない。
汗水垂らして、血反吐を吐いて、体中を切り刻まれても、誰も逃げずに戦い続けた――
ガスコーニュは、パイロット達の無茶なオーダーも無理な出撃も快諾した。
安全策など無意味、出し惜しみする余裕なんて何処にある。
ヤケクソと取られようと、この日ばかりは檄を飛ばして皆を戦わせた。
スマイルだけは決して忘れずに。
頼もしい部下達も強制させずとも、温かい微笑みを浮かべてクルー達を死地へ送った。
見送るしか出来ない部下達の強い悲しみや怒りに少しでも報いるべく、ガスコーニュはデリ機を飛ばして自分も職務に励んだ。
助手席に乗せているのは副店長――ではなく、最近再配属された元新入りだった。
「今日は、アンタは戦うつもりは無いのかい?」
「……私は、操縦桿を捨てました。
カイが死んだのなら、尚更――もう戦う理由はありません」
昔レジクルーからパイロットへと抜擢された経歴を持つ女性、バーネット・オランジェロ。
かつての瑞々しいスレンダーな魅力は消えて、彼女は悲愴に痩せ細った顔でモニターを眺めている。
仕事振りは昔以上に懸命だが、その没頭さにガスコーニュは危うさを感じていた。
態度はよそよそしく、奇妙な敬語に歪みを感じる。
現実から逃げているのではない。
むしろその逆で――今の現実を誰よりも、彼女は重く受け入れていた。
今のバーネットは目の前に無人兵器が襲い掛かっても、無抵抗で殺されるだろう――
かつて戦闘意欲に胸を滾らせていた頃が嘘のように、今の彼女は枯れた花のようだった。
「……ジュラも、メイアも、ディータも、戦えない……皆,アンタを待っていると思うけどね」
「仲間を助けられない事は、申し訳なく思っています。
……でも、もう戦わないと決めましたから」
「レジを逃げ場にされても迷惑なんだけどね……」
「……ごめんなさい」
髪の毛を思いっきり掻き毟りたくなる。
バーネットは決して間違えていない、戦う気も無い者を戦場に叩き出しても死ぬだけ。
怒りを煽るのももっと無意味、バーネットの牙は既に折れている。
彼女の心を温めていたジュラは精神崩壊、心を苛烈に傷つけた少年はこの世を去った。
背中を押せばよろけて倒れ、手を引いても引き摺られるだけ。
自分の死すら受け入れている少女に、希望を説いても無駄だった。
有効なカードが一枚一枚折れて、捨てられていく――
敵は自分の好きなカードを作れるというのに。
敵母艦の再生能力は、明らかに最初に比べて飛躍的に伸びている。
確かにドレッドチームもメラナス軍も今は凌いでいるが、彼らが倒しているのは無人兵器だ。
敵母艦そのものに、まだ攻撃の一つも成功していない。
どれほど無人兵器を倒しても、敵母艦が製造して次々と戦場へ送り出している。
これでは何体破壊しても戦いは終わらない。
カイが破壊した母艦の破損部分も、時間が経過すれば修繕されていく。
ダメージが与えられないのならば、母艦はやがて完全に復活するだろう。
現に崩壊した部分の半分以上は修復されて、元の形を取り戻しつつある。
敵への怒りもいつまでも継続しない。
疲弊すればどれほど頑張っても身体がついていかない。
敵は完全に回復すれば、カイが与えた希望の痕跡も消失する。
マグノ海賊団やメラナス軍の資源も無限ではない、備蓄もいよいよ底が見え始めていた。
このままでは確実に負ける。
「……敵さんが代わり映えしないってのが救いかね……しみったれた先行きだけどさ」
生み出される敵は、これまで戦った無人兵器ばかりだ。
倒したのはヴァンドレッドやカイの戦略だが、弱点そのものは把握している。
通常兵器と数で押し切れば倒す事は出来た。
母艦は驚異だが、まだカイの与えたダメージから全回復出来ていない。
今の内に打開策を練れば――
「――ウフフ」
疲れ切った希望に、絶望に擦り切れた声が重々しく圧し掛かる。
ガスコーニュの独り言に、感極まったような笑い声が被さった。
驚いて店長が横を振り向けば――不気味に顔を歪めて、笑う部下の顔。
彼女の瞳に映るのは、宇宙の深遠――命を暗く染める闇。
少女が濁った瞳に涙を浮かべて、微笑んでいた。
「あはは、アハハハハハハハハ。来て、くれたんだ――
そう、だよね……死に切れないよね……
いいよ――あげる、私の命。
早く、殺して……殺してよ……ハハハハハハハ!」
「バーネット、しっかりしな!! 一体何を見て――!?
――っっっ!!!
……やって、くれるじゃないか……
どこまで、アタシらを馬鹿にするつもりだい!!」
次々と生み出していた無人兵器の大群が突如、二つに分かれる。
奇妙な秩序で整列する殺戮戦力の奥から、ゆっくりとシルエットが見え始めた。
協力無比な戦力を束ねる、王が如き威厳を見せて。
悠然と――黄金の人型兵器が有象無象の集団の前に、その偉大なる姿を現した。
誰もがその目を疑い、怒りも希望も、蝋燭の炎のように儚く消えた。
当然だ。
彼らの身体と心を支えていた存在が今、敵となったのだから。
――カイ・ピュアウインドの愛機、SP蛮型。
かの者の傍に控えるは、三体の護衛軍――
強力無比な砲座を両腕に持つ、蒼の機体。
雄大な翼を美しく背に広げる、白亜の機体。
類稀な応用性を持つ八つの円盤を展開する、真紅の機体。
英雄の機体と、宇宙有数の機能を持つヴァンドレッド。
今ここに……全ての人間の、心は折れた。
バーネットは泣きながら笑い、ガスコーニュはその場に膝をついた。
残されたのは、暗黒だけ。
――希望まで、敵となったのだから。
SP蛮型は悠々と巨大な弓を掲げて、光の矢で狙い撃つ。
光量は徐々に増していき、やがて宇宙全域を極光で染め上げていく。
――幻想の歌声が、皆の耳に届く――
"I see them broom for me and you"
"I see skies of blue, and clouds of white"
"The bright blessed day, the dark sacred night"
"And I think to myself"
――what a wonderful world"―
生命の唄――希望の力は男女の船ニルヴァーナを、真っ二つに引き裂いた。
<to be continues・・・LastAction −ユメノオワリ−>
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