ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <前編>






Action33 −飼育−






「……なるほどな」


 真っ暗な監房の中で、男は重苦しい溜息を吐いた。

傷つき項垂れ、絶望に喘ぐ者達から事情を聞き出す事にも難儀したが、聞き出した状況もまた救いが無い。

改めて少年の願いを馬鹿正直に叶えた自分が嫌になる。

大した利潤も無く、ケチがついた商売程つまらないものは無い。

ラバットは今度と言う今度こそ、この船に見切りをつけた。


「海賊の分際で、てめえからお宝を捨てちまうとはよ……
所詮片田舎に生息する惨めな賊でしかなかったか」

「……どういう意味だ」

「そのままの意味だ。チンケな誇り掲げてくたばりな」


 ラバットは鬱屈した感情で顔を歪めて、履き慣れた靴の踵の部分を回す。

音も無く回転した踵から堅い金属音が一瞬鳴り、同時に監房のレーザービームが消失する。

――数多くの修羅場を潜った商人、この程度の細工は当然。

一度荒らしたヤサに無防備に飛び込む筈も無い。

念入りな身体検査さえ潜り抜ける小道具の一つくらいは携帯していた。

ラバットは首を鳴らして監房から出ると、闇の中から自分を睨む女の瞳を見返す。


「お前さんは、何がやりたかったんだ?」

「私、は――」

「威勢の良い啖呵切って、結果アンタを庇って坊主は死んだ。
そのアンタが引き篭もりよろしく、俯いて逃げてる。

……浮かばねえな、野郎も」


 メイアは憔悴した顔を悲痛に歪めて、唇を噛んで視線を逸らす。

外部の男に指摘なぞされなくても、この聡明な少女は自分の不徳を理解していた。

自分の取った行動でバートが死んだのに、肝心の本人はその後何もせずに暗闇に閉じこもっている。

死ぬ間際まで男女の不仲を非難したバートが、これでは浮かばれない。

分かっている、誰よりも自分が。


――けれど、どうすればいい……?


自分の唱えた正しさが、バートを死なせる結果となった。

また我を張れば、他の者達まで犠牲を出してしまうかもしれない。

苦境に立たされた時、常に皆を率いて苦難を乗り越えたカイも死んでしまった。

何が正しくて、何が間違えているのか――もう分からない……

もしもまた間違えて、誰かを死なせる結果になれば悔やんでも悔やみ切れない。

メイアは、怖かった。

バートの死に様が目にちらつく度に、引き裂かれるような痛みと後悔に襲われる。

自分の身勝手な信念に他人を巻き込む度胸が無かった。

いっそこのまま死ねればどれほど楽だろう――そんな心まで見透かして、ラバットは軽蔑の目を浮かべているのだろう。

父を失い、母を失い、世間から疎まれて、ゴミ溜めに蹲っていたあの頃と同じ――

どれほど情けないと分かっていても、立てなかった。


「……我々が捨てた宝とは、カイの事か?」

「俺が言うまでもねえだろ」


 嘲笑混じりに指摘を受けて、対面の監房に座していたドゥエロが口を閉ざす。

文武両道に引き締まった体躯を持つ医者も、重なり続けた悲劇の数々に打ちのめされて痩せ細っている。

元々細面だが、今では病的な陰りが目立つ。

ドゥエロが視線を落としたまま、ポツリと呟いた。


「確かに――我々は、かけがえの無い者を喪った……」


 真っ直ぐな眼差しの少年と、明るい表情の青年を思い出す。

この監房を住居に、男三人で半年間生活を共にした。

パイロットに医者に操舵手、一日で三人が揃う時間はさほどない。

洗濯や食事、睡眠等を除けば、本当に短い時間だったが――ドゥエロにとって、初めて楽しいと言える時間だった。

主義主張、年齢や身分を超えて、平凡な毎日を過ごせる間柄となっていた。

照明が落とされた監房を見る度に、消えてしまった日々に思いを馳せてしまう。

もう二度と、戻る事はない時間――

何気なく過ごしていた日常がどれほど大切であったか、ドゥエロは痛切に思い知らされた。

トップエリートと周囲に賞賛されながらも、未来に退屈していたあの頃なぞ思い出す事すらなかった。

何が間違えていたのか――明晰な頭脳でも答えは出ない。

胸に空いた穴が、知識も感情も何もかもを吸い取っていくようだった。


「……正確に言えば、奴はお宝じゃない。
金のなる木に繋がっていたのさ」


 億劫そうに話していたラバットがその時、瞳の輝きを増した。

利益に濡れた欲望と純真な好奇心が合わさった目――

半ば諦観気味なのは、当の本人が既にこの世から去ったゆえか。

今まで別の監房の中で黙っていた女性が顔を上げる。


「もしかして……ソラちゃんの事?」

「この目で拝んでねえから、確信はねえがな――
実際見たテメエらなら、何か感じ取るもんがあったんじゃねえのか」


 機関長パルフェ、彼女が奇妙な友情を感じていた女の子――

この世の理から離れた瞳と、この世ならざる存在感を持つ少女。

着ぐるみや映像の中に存在し、豊かな知性と貧しい感情を併せ持つ面がパルフェの気を惹いていた。

無機質な存在感に機械と似た側面を感じて、親しみを覚えたのかもしれない。

力の無い質問に、ラバットは投げやりに肩を落とす。


「アレが何者か、俺も詳しくは答えられねえ。
人間如きが気安く触れられるもんじゃねえしな。
ただ……お前等は一つ、誤解している。

あのガキは密航者じゃねえ。

この船に最初から存在していた・・・・・・・・・モンだ。
敢えて言やあそうだな……この船の守り神ってところか。
手前等は神様から居場所を奪い取り、追い回し、侮辱したんだ。
今のお前らの不幸も、天罰って奴かもな」


 性質の悪い冗談だと思うには――ラバットの表情は真剣そのものだった。

茶化してはいるが、手厳しく非難している。

実際今置かれた状況を振り返れば、天罰でも受けていそうな不運の連続だった。


「……そっか……あの子、あたし達の仲間だったんだ……」


 真っ黒な空間に、真っ白な看護服――

バートの最後を涙で見送った少女が、暗がりに顔を埋めて呟いた。


  「全然、悪い子には見えなかった。
カイにだけ懐いていたのも、分かる気がする。
アイツ、何でもかんでも簡単に受け入れちゃうから……

……酷い事しちゃったね……あたし達。

カイも、あの子も――何も悪くなんて無かったのに」


   何処かで話し合えば、良かったのかもしれない。

今更詮無き事だが、立ち止まる事さえ出来なかった自分達が情けなかった。

一方的に、自分以外の何かに責任を押し付けるべきではなかったのだ。

誰かが間違えていたんじゃない……誰もが皆、間違えていたのだ。

全員がきちんと自分の罪を認め、受け入れる事さえ出来れば――今日は、存在しなかった。

幽閉と共に持ち込まれたカエルの人形を手に取る。

――代弁者、もう一人の自分。

子供だから許されると、無力に甘えていた自分が彼女は許せなかった。

年齢差はあったけど、バートは友達だった。

その事実さえ……彼が死んで、初めて気付いた。

クリスマスに贈り物をされて嬉しかったのに、お礼さえ言えなかった――

カイとも仲直りしたかったのに、帰らぬ人となった。

バートも、カイも、悪くなかった――牢獄の中で、パイウェイは一方的に責めてしまった事を後悔して泣き続けた。

ラバットは振り返らずに、監房を出る。

何をどう考えても、崩壊を免れるのは不可能。

沈没が確定した船に留まる理由は無い。

命を共にする程の義理は無く、嘆き悲しむ彼らを励ます言葉も無い。


――それでも足を止めたのは、彼も苦難を味わった人間だからだろうか。


「……奴らは、俺達のあっちこっちを継ぎ接ぎしながらずっと生き続けてる。
元々、皆同じ地球人だからな。

俺やお前達はな――殺される為に生み出されたんだ」


 非情な現実を突きつけられる。

刈り取りをする理由――臓器を略奪する意味。

死んだ少年が求めた真実が今、残された人達に送られる……


「色んな土地で臓器やら何やらを快適な環境で育てる。いわば牧場って訳だ。
――俺の役目は牧羊犬。あっちこっちを商売で回りながら地球に情報を売るのさ」

「!? 貴様、奴らと通じていたのか!!」


 疲労と悲しみに重い身体を引き摺って、メイアは怒りの形相を露にする。

速やかに行われる、各惑星での刈り取り――

既に刈り取られた砂の惑星、刈り取りを免れた水の惑星、そして今刈り取られんとするメラナス。

地球は実に手際良く、刈り取りを執行していた。

必要な臓器を各惑星の環境や人種に適応させて、機が熟せば刈り取る。

どの星にどの優れた臓器があるのか?

必要な数は揃っているか? 

災害や病原菌で臓器が壊れていないか?

刈り取りを行う上で、事前に必要とされる情報――

地球人は無人艦隊を無作為に駆り出していたのではなかった。

彼らは情報を入手して行動していたのだ……他ならぬこの男の情報力と行動力を得て。

珍しいメイアの激しい剣幕に、ラバットは冷ややかに笑う。


「だとしたらどうする? 殺すか、俺を」

「貴様の手引きで大勢の人間が殺された! カイも死んだ!!
私は……私は、絶対に許さない!」

「面白い事言うじゃねえか。アンタは違うってのか?
自分が生きる為に、無関係な人間から糧を毟り取ったんじゃねえのか。御立派な海賊さんよ」

「――っ、わ、私は……」


 男の鋭い指摘が、傷付いたメイアの心を更に抉った。

歯の根が合わず、ガチガチと奇妙な音を立てる。

――地球人と……刈り取りと同じ、私が……?

マグノ海賊団を真っ向から否定していたカイの表情が、脳裏に過ぎる。

今まで再三少年より突きつけられて来た指摘が、ここへ来て現実味を帯びる。

懸命に否定しようとするが、頭の中が真っ白だった。

パルフェやパイウェイも辛そうな顔をして俯いた。

刈り取り、略奪――言葉ややり口は違うが、他人を犠牲にしている意味では同じだ。

臓器収集する地球人の目的が自分達の生であるのならば、マグノ海賊団に彼らを否定する根拠はない。

少なくとも、今は。

今まで誇りにしていた何かは崩れ去った。

メジェールの正義がカイやバートを殺し、海賊の在り方が彼女達自身を破滅へ追い込んだのだ。


メイアは涙を零して――牢獄の中でへたり込む。


立ち上がる気力も、無かった……

全てを否定されて、童女のように泣き喚き続ける。

苦々しい思いで彼女を見つめるドゥエロだが、かけるべき言葉は見つからない。

立ち去ろうとするラバットへ向けて、彼は己の疑問を投げつける。


「……我々は、何を刈り取られる」


 ラバットが地球人のスパイであるのならば、当然知っている筈だ。

自分達の存在を知り得ているからこそ、彼はこうして接触している。

期待はしていなかったが、意外にも返答はあった。

皮肉や嫌味は無く、彼らしい茶目っ気と共に問い返された。


「男と女の違いは何だ?」

「――!? 生殖器か!」


 男だけの惑星タラーク、女だけの惑星メジェール――

性別で国家を隔てる理由を、両国家首脳部は男と女の絶対性としていた。

自分達が至上の生物、異性は人間外の虫けらであると。

その正義が嘘偽りであるのならば、当然本当の理由が存在する。

アンパトスやメラナスと同じく、地球が必要とする臓器――その栽培に適した環境の為に。

彼らがタラーク・メジェールに必要としていたのは、男と女の最大の特徴『生殖器』。

奇しくも地球側のスパイによって、男女の本当の違いが明らかになった。


「……じゃ、じゃあ……パイとバートはその為だけに、分かれていたの……?

お友達になれたかもしれないのに――そんな理由で喧嘩させられていたの!?」


 ……一体、何だったのだろうか……?

男が悪いと言うから、タラークが敵だと教えられたから、今まで憎しみ合ってきたのだ。

相手を嫌う感情すら地球に利用されて、何も分からずにただ疎んでいた。

カイもバートも薄々悪い人間じゃないと気付きながらも――故郷に逆らえずに。

――そして、二人は死んでしまった。

もう謝れない。仲直りも出来ない。

パイウェイは頬を痙攣させて、ガックリと床に横たわった。

一度足を止めた男は首を振り、黙ってその場を立ち去る。

男女のすすり泣きが、暗闇の世界に響く――





――牢獄が瓦礫と共に崩れて男女を飲み込んだのは、それから十分後の話だった。















































<to be continued>







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