ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <前編>






Action32 -人外-






夜空で人間達の死闘が演じられている最中、人ならざる者達が平和に寝そべっていた。

壁の向こう側で鳴り響く轟音がやや耳障りだが、それも闇に溶けて消えていく。

主格納庫――少年と少女達の愛機が眠る場所。

宇宙を舞台に繰り広げられる殺戮を前に、主の居ない機体は待ち惚けている。


カイ――死亡。

ディータ――幼児退行。

メイア――精神崩壊。

ジュラ――発狂。


主達は生きる意味を失い、生きていく理由を捨てた。

マグノ海賊団の主力が何も出来ないまま、光の無い空間に身を沈めている。

唯一稼動しているのは、一体のロボット。

ニル・ヴァーナのナビゲーションロボ・ピョロだった。

船の案内役が彼の仕事だが、今日の客人は一風変わっていた。

毛むくじゃらの女性――愛嬌溢れる顔がチャームポイント。

今は牢に隔離された商人の相棒ウータンだった。


「ふぅ……ようやく大人しくなったピョロ。
もう少しいたいけなピョロのボディを労ってほしいピョロ」

「ウキキ~」


 ラバットと共に来訪したこの動物の世話役となっているピョロ。

誰かに押し付けられた訳ではなく、ごく自然に任されてしまった。

皆、それどころではなかった――


(……本当に、死んじゃったんだピョロね……)


 死に瀕した少女と、死んだ少年の亡骸。

無残に焼け落ちたコックピットの残骸は、ピョロも自分の目で確認している。

痛々しく残るメモリーを削除したいが、忘れるのを拒絶する気持ちもあって――

ピョロは自分自身を持て余していた。


(……こういうのを『悲しい』って言うんだピョロか……分からないピョロ。
故障もしていないのに、苦しくて仕方ないピョロ……)


 機械に詳しいパルフェに診て貰いたかったが、彼女もまた牢屋の中だ。

原因が分かっていても、改善出来ないのは不安だった。

別れ際のカイを思い出すだけで、余計に苦しくなる。

――必ずまた会うと、約束したのに。

悲惨な結末だけを残してこの世から去った彼が腹立たしく――悲しい。


「……キキッ」

「何度せがまれても動かないものは動かないピョロ」

「ウッ~~~」


 ウータンはカイ機を見上げては吼えて、周辺を彷徨っている。

先程から始終こんな感じだった。

最初熱烈な愛情表現を味わい、しかる後に強引に引っ張られる。

散々船内を連れ回された挙句、辿り着いたのがこの格納庫だった。

野生の勘でも働いたのか、格納庫の施錠された扉を爪でバリバリ引っ掻き回したのだ。

同じ爪痕を付けられたピョロは、心の底から疲れ切って開けてやった。

――奇妙な動作だが、この動物はカイ機を認識しているように見える。

出逢った当時の記憶を追い求め、彼の匂いが残る機体の元へやって来たのかもしれない。


「よく分かったピョロね……コレ・・がカイの機体だって」

「キキッ、ウッキッキ!」


 カイの愛用機が今、醜い幼虫から美しい蝶へ生まれ変わっていた。

麗しき天才の手により生まれ変わった新しい蛮型――

かつてペークシス・プラグマにより改良された機体が、更なる進化を遂げた。

タラークの軍事技術に、メジェールの科学と無人兵器・・・・の技術が加わった新型である。

基本的性能や武装は勿論、外見も大幅に変化している。

改良前の機体しか見ていないウータンに知る由も無いのだが、確信を抱いているようだ。

暴れ回っていた彼女がこの機体を見た瞬間、大人しくなったのである。

動物相手に問い質すのも虚しく、ピョロも同じく機体を見上げた。


(……女達は、カイが帰って来ると信じてたんだピョロね……
いつも喧嘩してたけど、最後はちゃんと仲直りしてたピョロ。

分からないピョロ……人間は、どうして喧嘩なんかするんだピョロ。

仲良くするのが一番だと思うのに――)


 半年間この船で旅を共にして、ピョロは人間達を影から見守ってきた。

カイに引っ張り回されたり、女達の我侭に付き合わされたりと散々だったが、嫌な気分ではなかった。

自律行動が可能となった自分が誇らしくさえ思えていた。

でも――今は手に入れた『心』が、自分を傷付けている。

破綻した男女関係。

カイは敵に命を刈り取られて、バートは海賊に射殺された。

惨たらしい運命は更に血を欲し、戦いを求めて残された者達を弄んでいる。

本当は戦闘開始直後ブリッジへ戻ろうとしたのだが、結局止めてしまった。


――人間の心が、怖かった。


つい先日まで笑い合っていた関係が嘘のように、疑心暗鬼に満ちた男女。

少年は女達に正義の刃を向けて、女達は男達を破滅へ追いやった。

刃は女の心を切り裂き、弾丸が男の胸を貫いた。


そして今――深い憎悪が、女達を戦いの狂気へ駆り立てている。


無尽蔵に生み出された無人兵器の大群を相手に、少数精鋭のドレッドチームが苛烈に死闘を繰り広げている。

合流したメラナス軍も母艦の相手は経験豊富で、攻撃と防御を交えた連携で持ち堪え ている。

善戦していると言えば聞こえはいいが、彼らの根底を支えるのは地球への激しい怒り。

執拗に敵に食らい付き、喉笛を引き裂かんと執着している。

溜まっていた精神的ストレスを発散するように。

滾らせていた憎悪をぶつけるように。

彼らは己が心を剥き出しにして、戦闘を行っていた。


ピョロは、怖かった――今の彼女達を、見たくなかった。


カイは自分の事を、人間のように接してくれた。

感情がなく、迷いもしない――いつも同じ結果を出すだけの機械ではなく。

悩み苦しんで色んな結果を出す事の出来る人間のように、扱ってくれた。

マグノ海賊団やカイ達の成長を見ていると、人間が羨ましく思えた。

永遠に未完成な生き物だからこそ、ずっと変わり続けられる。

心を持って成長が出来る存在を、ピョロは尊敬していた。


今の彼女達の心は、例えようも無いほど醜くて――悲しくて。


ピョロは人間の在り方に、疑問を覚えた。

ペークシスの暴走で壊れた為に抱いた自我を、初めて疎ましく思える。

何も感じなければ、これほど苦しまずにすむのに……


「キ~!」

「あひゃひゃひゃひゃ、くすぐったいピョロ~~!
……励ましてくれるピョロか?」

「キキッ!」

「……お前は何も考えずに生きれて、羨ましいピョロね……」


 まん丸とした目が表示された画面を舐められて、ピョロは嫌がりながらも悪い気分ではなかった。

お返しとばかりに擽ると、ウータンもまた喜色満面で悶える。

ほのぼのとしたじゃれ合いに、少しだけ癒された。


「こんな風に感じるのも、ピョロが心を持っているから――?
教えて欲しいピョロよ、カイ。

……何で、死んじゃったピョロか……」

「……キキィ……」


 こうして――動物と機械は大切な友人の死を受け入れて、泣いた。

抱き合って泣き続ける彼らを、笑う者など誰も居ない。



人ではなくとも――死ねば、悲しいのだ。














 思いがけず、戦線は維持出来ていた。

二つの司令塔は蜜に連絡を取り合い、それぞれのチームに指示を飛ばす。

無人兵器はマグノ海賊団、母艦はメラナス軍――知識と経験が、膨大な数の差を多少なりとも埋めてくれた。

両者にとって幸いだったのは、事前知識の無い新型兵器が敵側に存在しなかった事だろう。

戦力差は圧倒的だが、知り得た敵ならばある程度の弱点も把握している。

何より敵の司令塔である母艦が甚大な損傷を被っている点が大きい。

カイの捨て身の攻撃が母艦の主砲や兵装を破壊、ばら撒いた全機雷が頑丈な装甲の殆どを砕いた。

母艦は再生機能を全て自身の修復に当てており、防御に精一杯。

甚大な数の無人兵器を排出しているが、新たに生み出す力は無い。

母艦の命令系統を失い、無人兵器群は統率を失って好き勝手に暴れていた。

逆に、合流軍は見事なまでのチームワークを見せている。


海賊と軍隊――相容れない両者を結ぶのは、一人の戦友の死。


大事な仲間を奪った地球を、断じて許さない。

その気持ちが両者を結びつけ、復讐へと駆り立てていた。

心を抉り出して戦い、一体でも多く破壊する。

少年の無念を晴らすべく、彼らは心を一つにして戦っていた。


――それは、彼女達も同じ。


『きゃははははは! 憎め! 怒れ!! 苦しめ!! 悲しめ!!
ブザマにもがいて、醜く殺し合え!!』

『っ――やめなさい、ユメ!』


 衝突する無人兵器と、有人部隊。

破壊の嵐が渦巻く空間の中で、二つの意思がぶつかり合っていた。

飛び散る血の殺意に歓喜する紅と、濁り続ける心に曇らせる蒼――

互角の力を持つ両名に、絶対的な優劣が生まれつつあった。


『うふふ、どうしたの~? 随分、力が消耗してるね』

『……』


 異空間に浮かぶ虚像に、嘲笑が浮かぶ。

対する少女の表情に動揺の陰も見られない。

直接的な力の激突は無くとも、二人もまた戦っていた。


『ソラも一緒にあいつらを殺そうよ。ね?
ますたぁーを虐めた悪い奴等なんだよ。
自分勝手で、偉そうな事ばかり言って――追い詰められたら、簡単に化けの皮が剥がれる。

見て、あんなに欲望を剥き出しにして殺してる。

人間なんて皆あんなものなのよ』

『マスターも人間です』

『あいつらとますたぁーを一緒にするなぁぁぁーーー!!」


 クリスタルに閉ざされた異空間が、振動に揺れる。

少女の殺意に煽られるように、時空の狭間を根底から怯ませた。

凶悪な暴力を前に、蒼き少女に恐怖の色は無い。


『マスターを殺したのは彼ら地球人であり、貴方が今使役している兵器です。
マスターを奪った力で、マスターの仲間を殺すのですか』

『ますたぁーが死んだのは、こいつ等がますたぁーを虐めたからだもん!
ますたぁー、いっぱいいっぱい苦しんでた。泣いてた。

こいつらさえ居なかったら、ますたぁーは死ななかったんだ!!』

『っ――ユメ!』


 紅と蒼の光が密接に絡み合う。

暴虐の光は全てを破壊する為に、静寂の光は全てを止める為に。

相反するベクトルが螺旋を描き、交差し続ける。


『ソラはどうして守ろうとするの!? ますたぁーはもう居ない!
……居なくなっちゃった……の、に――何で!』

『私達の本来の役目は、時空の観察。世界に、深入りしてはいけない』

『嘘! ソラも悲しいの、苦しいの、怒ってるの!
マスターの居ない世界なんて嫌だって、思ってる!

だったら、破壊してあげる。

そうよ――こんな醜い世界、壊れちゃえばいいんだ!』

『――それでも』


 ユメとソラは合わせ鏡の存在。

似ているようで違う、違うようで――根本は似ている。

決定的な差異は根源。育てられた環境。


ユメの本質は"負"の領域――絶望などの禍々しい欲望に強い反応を見せる。

ソラの本質は"正"の領域――希望などの正当な感情を受けて力を発揮する。


ゆえに、ソラは消滅しつつあった。

船は絶望に染まり、人々は憎悪に燃えている。

彼女を支える存在は死に、日々力を弱め続けている。

勝ち目など無い。

けれど――


『――マスターが守ろうとした、世界なんです』


 ――自分の敬愛する主は、諦めなかった。

勝ち目など無くとも、最後まで足掻き続けた。

ならば、戦ってみせる。止めてみせる。

海賊を――略奪を止めようとしたあの人のように。


私もこの娘を――殺し合いを止める。


『マスターは貴方が好きだったんですよ、ユメ』

『……。グス……えぐ……わかってるもん……

ますたぁーが、こんなの嫌がるって分かってたもん……

でも!

死んじゃった……ますたぁ、死んじゃった……


ふぇ……ふえええええええええええん ~~~~!』

『……マスター』


 世界の何処に居ようと、彼の居場所は分かる。

どれほど離れていても、生きていれば・・・・・・――つまりはそういう事だった。


夢の世界で泣きじゃくる少女、暗い空を見上げて涙に伏す女の子。


人ではなくとも――死ねば、悲しい。

大好きだった人が死ねば、悲しいのだ――

悲しみを癒す術はあるのだろうか?

怒りを和らげる方法はあるのだろうか?

人ならざる者達は舞台から退場し、観客席で人間達に目を向ける。

間違えたのが彼らならば――終わらせるのも、彼らの役目。



この物語は、まもなく終わる。













































<to be continued>







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