ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action31 −死骸−
――その時、誰もが震えた。
恐怖に、戦慄に、闘志に、歓喜に、狂気に、憎悪に。
そして、船体自身すらも――
虚空の闇に満たされた宇宙空間が、瞬間暁に輝く。
閃光は火花を散らすように連鎖の破壊を起こし、瞳すら焦がす凶悪な光を生んだ。
気付いたのは僅かな差はあれど、ほぼ同一だったであろう。
それは確かな予感であり、確実な現実だった。
過ごしていた場所や時間は違えど、終わりは同じだったから――
「――来たか」
観測及び分析報告が絶え間ないブリッジで、厳しい時代を生き抜いた古き戦士が眉間に皺を寄せる。
男の鋭い眼差しは、ブリッジの外部モニターに向けられている。
――次々と爆撃の渦に襲われている巨大戦艦。
コンマ一ミリ動けば、また爆発の繰り返し。
執拗に執拗に攻められて、外壁から順に明確な傷を生み出していく。
これまでにない確実な手応えに、クルーから歓声が沸いた。
男も知らず知らずの内に笑みが零れる――
(……少年……君の策は――君の取った勇敢な行動は無駄ではなかった。
我々に勇気を……希望を与えてくれた。
ありがとう――)
メラナス軍がマグノ海賊団と合流、若干の猶予があって忌わしき船影がレーダーに映し出された。
地球母艦――自分達の故郷を脅かす怨敵。
覚悟を決めていたとはいえ、彼らの到来は意気消沈させた。
少年の命と引き換えにしても、母艦を破壊するには至らなかった――その事実に。
犬死とは思わない、断じて。己が生命と誇りにかけても。
彼が命懸けで稼いでくれた時間が、マグノ海賊団との合流の機会を与えてくれたのだ。
軍が保有する全機雷を撒いて、母艦を足止めする策も見事に成功した。
――それだけではない。
(……君は最後まで戦い抜いたのだな、少年……」
母艦は――原形を留めていなかった。
機雷と衝突する前から、既に重大な損傷を被っていたのだ。
惑星レベルの大きさを誇る戦艦に、目視出来る程のクレーターが刻まれていた。
驚異的な修復機能を誇る母艦でも癒しきれない爪痕――
母艦から見れば蚤以下の人型兵器が、窮鼠猫を噛む以上のダメージを与えたのだ。
大破したコックピットを思い出し、艦長は両手を硬く握り締める。
(無駄にはしない……絶対に。君の仲間は必ず守る事を、誓おう。
君がセランを守ってくれたように)
得体の知れない男だが、重傷を負ったセランに蘇生処置を施してくれたのは事実。
予断を許さない状態だが、命があるだけでもまだ希望はある。
本当ならこちらで引き取りたかったのだが――
(……あれは、現実だったのか)
少年の死に悲嘆に暮れる少女達。
彼女達の大切な仲間は死に、自分達の仲間は生き残った。
重い雰囲気の中で心苦しい思いをしながらも、セランを引き取って連れて帰ろうとした。
その時、である。
――少女が現われた。
発着場に停泊していた小型船の前で、超然とした存在。
強い光を宿した深い青の双眸に、老齢の戦士が射抜かれた。
『今のままでは、彼女は助けられません』
幻想的な美しさを持つ女の子が、無感情に告げる。
感情が猛烈に否定するが、理性は消極的に肯定してしまう。
彼女の惨たらしい傷跡を見れば、微かな希望も容易く打ち砕かれる。
長年軍人としての生を歩んだ人間だからこそ、死の生々しさをよく知っていた。
『彼女を救いたいと願うならば、私に預けて下さい』
『なっ――!?』
死の宣告の後に、生への希望――
これには動揺を隠せない艦長だったが、彼もまた歴戦の戦士。
理性を取り戻すのは早かった。
『どういう事かね? 君達の医療技術で、セランを助けられるのか』
『信じて頂くしかありません。絶対とも言いません。
……死者を蘇らせる力は、私にはありませんから』
現実感をを感じさせない少女に、初めて見え隠れする感情――
幻影が突如実態を持ったかのように、薄くも濃い苦悩が現れた気がした。
銀色の髪に隠れる瞳に、感情の色は見えない。
ただ――少女は悲しげに見えた。
『マスターの遺志は、私が受け継ぎます。
誰も死なせない、誰からも奪わせない――
マスターは貴方達を――彼女を最後まで守り抜いた。
私も守ります』
現実的に考えれば、到底信じ難い話ではある。
少女は何処から見ても医者には見えない。
少年が話していたタラーク・メジェールの医療技術で、瀕死に陥ったセランを救えるか怪しい。
けれど――選択の余地はない。
不思議と……その人間らしい弱さに、艦長は安心させられた気がした。
大事な仲間を託すのならば――死神より、人間だろう。
(……信じるしかあるまい。
今私がやらねばならない事は、セランの帰る場所を守る事。
少年を殺したあの許し難い連中を、倒す事だ)
機雷で確実に損傷を被りながらも、母艦の歩みは止まらない。
厄介極まりないが、奴らには学習機能がある。
機雷での鎮圧は不可能だろう。
現に無人兵器が大量に排出されて、周辺の機雷に対応しつつある。
これで少しでも無人兵器の数を減らせれば僥倖だが――期待薄。
母艦に甚大な被害を与えただけでも、これまでにない戦果だ。
まだ戦える――勝ち目も残されている。
「全艦戦闘配備。迎撃システムを立ち上げろ!!」
迫り来る脅威に抗うべく、艦長は高らかに叫ぶ。
恐怖を吹き飛ばし、不条理を捻じ曲げる為に。
今、生き残りをかけて戦いが始まろうとしていた。
――結局、指揮はブザムとガスコーニュが兼任する事になった。
チームリーダの投獄、サブリーダーの再起不能。
チームの補佐役はパイロット引退、他の候補者はチーム全体を立て直すのに精一杯。
技能に優れたパイロットは、その優秀さゆえにカイとの戦闘後海賊の在り方に疑念を抱いている。
やはり、カイの死は致命的だった。
ヴァンドレッドの要である以上に、カイは存在そのものが皆のカンフル剤となっていた。
特にパイロット達は、既にカイを仲間として受け入れていたのだ。
ディータの負傷は事故、密航者の少女も彼の性格を考えれば匿っていても不思議ではない。
パイロットである彼女達にとって命令は絶対だが、思考まで縛られていない。
カイの成果は、他の部署とは比較にもならないほど認めている。
戦場では多くのパイロットが命を救われた。
誰よりも危険な場所で戦う彼の勇気は、日々辛い戦いを強いられる彼女達に勇気を与えてくれたのだ。
――そんな男が、死んだ。
リーダー、サブリーダーも堕ちて、戦う意義を失った。
カイとの戦闘を強いられて、上にも強い不満を持っている。
機体の復旧は急ペースで進められたが、まだ全機修復には程遠い。
死にたくないから戦うしかない――背中を無理やり押されて、パイロット達は今戦場に立たされている。
こんなチームの指揮など、他の人間にはとても務まらない。
優れた戦略眼を持つブザムが表から、パイロット達の姉御役のガスコーニュが裏から彼女達を支える役割を持っていた。
――マグノ海賊団も、機雷を蹂躙する母艦を捕らえている。
メラナス軍と連携を取りながら、ドレッドチームも戦線を整えていた。
急ごしらえの指揮系統で、チームワークもガタガタ――
崩壊間近の家屋を薄い板張りで支えているのと変わらないが、文句は言ってられない。
戦わなければ死ぬ――ただそれだけの、戦い。
敵はかつてないほどに強大、味方はかつてないほどに消沈。
勝利を得ても戦いはまだ終わらず、死んだ人間は帰ってこない。
失ったものは大きく、取り戻せるのは殆どない。
もはや――マグノ海賊団は戦える状態ですらなかった。
ガスコーニュも、萎えそうになる心を必死で叱咤している。
普段のように可愛い部下達を景気づけたいが、言える言葉が出てこない。
勝てる要素が何もなく、戦うべき理由を失っているのだ。
殺されたくないから戦う事など、生きとし生ける者誰でもやっている。
むしろこの旅が――生き続ける事が辛い今、死んだ方がマシかもしれない。
これは決して異常ではない。
ニル・ヴァーナに居る人間の何人、何十人が、悲痛に俯いている。
死にたいとも思っている。
戦えない――これではとても。
明るい表情など、誰も浮かべていない。
狂い続ける歯車が不快な音を立てて、崩壊への序曲を奏でている。
最初は、絶望。
そして、次は――
――それは恐らく、奇跡のような一瞬――
すれ違い続けた彼女達が唯一、心を一つにした劇的な瞬間。
大規模な機雷群を、母艦は遂に突破した。
炎上しながら尚、威容を誇る巨大な戦艦。
世界最高峰の艦上に――
――?げた腕が一本、突き刺さっていた。
母艦の規模を考慮すれば、蟻に等しいサイズの腕。
人型兵器の無骨な腕だけが、未練がましく装甲に突き刺さっている。
距離を考えれば確認は困難なのだが、その時誰もが確信した。
あれが、誰の腕なのか――
不幸の連続だった彼女達に訪れた、一瞬の出来事。
彼女達を束の間祝福したのは慈悲深き神ではない。
――地獄の鬼。
彼女達はようやく辿り着けた。認識した。思い知った。
カイ・ピュアウインドは死んだのではない。
殺されたのだと――
弛緩した肉体、絶望に喘ぐ心に注ぎ込まれる灼熱のマグマ。
煮え滾る殺意が、心地良く全身に浸透する。
海賊の本領は略奪――
カイの為に、カイが否定した行為を取る。
最早止まらない、止められない、止まりはしない――
全てを奪い尽くすまで、奴らを殺し続ける。
彼女達は再び、奪う側へと回った。
<to be continued>
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