ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action30 −死者−
とんだ後始末を背負わされたものだと、今更ながら深く嘆息する。
気持ちの良い歓待など望んではいなかったが、ここまで冷遇されるといい気分はしない。
余程抵抗して出て行ってやろうかと考えたが、こんなしみったれた空気では反発心も萎えてしまう。
――マグノ海賊団の警備クルーに連行されて、ラバットは滅入った気分に陥っていた。
両手に手錠、周囲に警備員、背後から銃。
皆年見目麗しい女の子であっても、悲愴な顔で歩かれては堪らない。
警備員達は皆打ちひしがれ、目は窪み、死人のように蒼褪めた顔色をしている。
幽霊に参列されている気分だった。
これならば初対面の時のように、敵意ある視線で睨まれる方がまだマシだ。
今彼女達を悪戯に刺激すれば、どのような行為に及ぶか分かったものではない。
無論制圧する時間はあるが、無傷では済まない上に後味の悪い結果を生むだろう。
正直、今は――人が死ぬのは見たくない。
(……やれやれ、くだらねえ感傷だな……)
厄介事の極みとも言える他者への不要な干渉に、ラバットは心の中で自嘲する。
このような事態になると分かっていながら、此処へ無防備にわざわざ足を踏み入れた自分を笑いたくなる。
――死に瀕した少女を託し、母艦へ特攻した少年。
無意味な約束を交わし、結局何も果たされないまま未成熟な英雄は死んでしまった。
必ず借りを返すと言っていたが、単機で母艦相手に勝利出来るとはとても思えなかった。
それはきっと、あの男も分かっていただろう。
――別れ際見せた、傷だらけの微笑み。
自分の死を静かに見つめる男の顔――
少年は勝ち目のない戦いと知りながらも、最後まで立ち向かい続けた。
少しでも長く、奴らを止めるべく。
自分の仲間を、出逢った沢山の人達を救う為――自分自身の信念を果たす為に。
略奪を許さない不屈の精神が、刈り取り母艦を自分の命ごと根こそぎ吹き飛ばした。
思えば、酔狂な真似をしたものだ。
通りすがりに過ぎない自分が重傷を負った少女を抱え、あまつにさえ少年の結末を確認に戻る始末。
今でも、その時の気持ちは分かっていない。
巨大構造の大部分を破壊された母艦。
――コックピットごと粉々に吹き飛んだ、パイロット。
国家戦力を凌駕する無人兵器の大群すら、尽く灰燼に帰していた。
いとも容易く想像がついた。
リミッターを振り切って、ペークシス・プラグマを利用した兵器を起動――自爆。
無限のエネルギーを持つ結晶体は真価を発揮し、母艦に大打撃を与えた。
そう――損傷を与えただけ。
起動は停止しているが、機能だけは動作している。
破壊された無人兵器の残骸を貪欲に取り込んで、大掛かりな修繕作業を行っていた。
少年の機体は破壊され、母艦は平然と修復されている光景――
目にした瞬間、冷徹な心に暴虐な何かが蠢いた。
その感情は、平静になった今はもう覚えていない。
少年との付き合いは短く、年齢差もある小僧一人に仲間意識なぞ芽生えてもいない。
ガキが一人てめえの正義に則って、馬鹿げた自滅をした――それだけだ。
殺されたといえど、仇討ちのような無駄な労力は使わない。
あの母艦の恐るべき力はよく知っている。
母艦が完全回復する前に逃げるが勝ち――それが賢いやり方。
この広大で孤独な宇宙で生きて来た、自分だけの人生。
少年の結末を知った以上、回復する見込みのない少女を手当てする義理もない。
――そして気が付けば、此処に居る。
少女の延命処置と、少年の亡骸代わりのコックピット回収作業――
これだけでも大損なのに、少年の仲間達にわざわざ危険を冒して引き渡してしまう。
挙句の果てに感謝の一言もなく、銃を突きつけられて海賊達に不様に捕縛されてしまった。
一応、友好的に接してみる。
「おいおい、人間皆兄弟だろ?」
――無言で監房へ放り込まれた。
話し合う余地すらなく、レーザービームを引かれて監房へ閉じ込められてしまう。
無言で立ち去る少女達を投げやりに見送りながら、ラバットは汚れた床に腰を下ろす。
武装解除後に手錠を填められたので、現状自由の一つも利かず武器も無い。
今すぐ殺される心配は無いようだが、この先どうかと言われれば怪しいものだった。
何しろ問答無用で監房へ放り込まれたのだ、命の保障など皆無だろう。
男性を否定するメジェールの価値観からすれば当然だが、それ以上に彼女達にはまるで余裕が無かった。
疑心暗鬼の塊――不安と恐怖の渦。
この船全体を包む重苦しい空気が、人が持つ活力を奪い取っていた。
少年の死が衝撃を与えたのは事実だろうが、恐らくそれだけではないだろう。
むしろ、あの少年の死が彼女達を壊す決定打となったのではないか――?
多くの修羅場を乗り越えてきたラバットの洞察は鋭かった。
(沈没船で遊ぶ趣味はねえし……こうなりゃ、報酬代わりにお宝頂いて逃げるか
しかし自我が目覚めている可能性を考慮すれば、迂闊に手を出すのも――)
「……誰かと思えば、貴方か」
――商売柄、一度聞いた声は忘れない。
考え事を一時中断して、滅入っていた気分を一新。
気持ちを切り替えて、ラバットは手を上げる。
「よお、ご同輩。お互い、いい御身分だな」
「……申し訳ないが、冗談を返す余裕は無い」
「なんだ、おい。随分やつれちまったな。
ドクターが健康管理出来てないようじゃまずいだろ」
「……医者は廃業した。今は、ただの捕虜だ」
照明が落とされた向かい側の監房で、白衣を着た男性が力なく座り込んでいた。
理性的な瞳を覆う長髪は乱れ、身嗜みもまるで出来ていない。
頬は削げ、唇は乾き、肌が栄養失調で不自然に白く染まっている。
ラバットに届く鍛えられた長身も精力を失い、驚くほど痩せ細っている。
タラーク第三世代トップエリートが――人生の敗残者に変わり果てていた。
ここへ来て、ラバットも事態の深刻さを悟った。
これ以上深入りすれば泥沼に嵌まりそうではあるが、知らずに居るのは危険すぎる。
此処は戦場――戦いの渦中となる。
情報は生命線、あの母艦は目隠しして勝てる相手ではない。
「死にそうな面してるぜ、お前」
「……」
陰鬱に視線を落とすドクター。
生憎と他人を優しく面倒見る時間は無い。
「……あの馬鹿も浮かばれねえな、これじゃ……」
「!? では、やはりカイは――」
「死んだ」
疲れ果てた男を奈落に突き落とす宣告――
躊躇一つせず、ラバットは事実を突き付けた。
逃げることなど断じて許さない。
少年は最後まで――逃げなかったのだから。
「馬鹿な!!」
闇を切り裂く、断末魔――
メスを捨てた医者の声ではない。
幾多の戦場を駆け抜けた戦士の悲鳴が、隣の監房から届く。
「カイが――あの男が死ぬ筈が無い!」
「何故だ? 奴は人間だぜ。何処にでも居る、ただのガキだ。
実力はアンタより遥かに下だぜ、勇ましいお嬢ちゃん」
「……そんな……そん、な……」
ラバットの脳裏に浮かぶ、青い髪の少女――
少年の隣で、女の子は可愛らしい服装を恥ずかしそうに着ていた。
認識を改めたのは、少年との対決時。
少女は戦士となり、リングガンを突き付けて少年を救った。
名は――メイア・ギズボーン。
ますます、不可思議な状況。
少年から詳しい事情は聞けずじまいだったが、女達との間で何かトラブルが起きた事は見当が付いていた。
その規模が少年個人か、男と女か、船全体の問題か――
想像するしかないが、メイアは自分の目から見ても手だれの戦士だった。
ドゥエロの優秀さは言うに及ばず――
迫り来る脅威はメラナス軍との合流やカイの戦死で充分承知の筈なのに、貴重な人材が監房に閉じ込められている。
この船の長であるあの老婆が、こんな愚かな真似をするとはとても思えないのだが――。
(……あの野郎、知ってたなら性質が悪いぞ。くそっ――)
この世から去った少年を思い、毒づくラバット。
実に忌々しいが、傍観者を気取る余裕も無い。
母艦の脅威の修復速度――メラナス軍が設置した機雷を考慮しても、襲撃はもう目の前と見ていい。
逃げるにしろ何にせよ、アクションを起こさなければ死ぬ。
「何があったのか、洗いざらい話してみろ。
奴の事も含めて、相談くらいは乗ってやる」
――この世の地獄。
生きる事が苦しみだと言うのなら、死んだカイは救われたのだろうか――?
誰もが嘆き苦しみ、救いを求めてもがき続ける。
タラーク・メジェールの理の外からやって来た商人の言葉に、牢屋に転がる死者達が顔を上げた。
<to be continued>
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