ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action26 −艦隊−
壊すのは簡単だが、直すのは難しい。
当たり前の事だが、今更ながら身を持って実感させられる。
今までどれほど過酷な現場を他人任せにしてきたのか――運命に冷酷に突き付けられているようで、ジュラは息苦しさを覚えた。
「現状、動かせる機体の数を教えて。
それと、ジュラのドレッドは当然動かせるんでしょうね?」
「リーダー、サブリーダー、ディータ機は修繕完了しています。
出撃前の最終メンテナンスも行いましたが、全機能正常に動作していました。
問題ありません。
ですが、その……先日のカイとの戦闘により、全ドレッドの三分の一がまだ航行不能です」
現在、格納庫では急ピッチで整備作業が進められている。
言わずもがな、間もなく襲撃を仕掛けてくる刈り取りへの対処だ。
母艦の名に相応しい圧倒的な戦艦が、無人艦隊の大軍を引き連れて押し寄せてくる――
降伏及び逃走は無意味、抵抗あるのみだった。
お頭と副長が現在メラナス艦隊と正式な同盟を結ぶべく、首脳会談を行っている。
アンパトスとは違って、メラナス軍は艦長を代表とした良識ある人達ばかりだ。
文化や国土の違いはあれど、刈り取り打倒を旗印に友好的な関係を築けるだろう。
ジュラ達もただ上司の命令を待つだけの人間ではない。
カイと共に旅立った者達はそれぞれの部署の長であり、マグノ海賊団の根幹を支える有能なクルーだ。
皆懐かしきニル・ヴァーナへ戻るなり、自分の持ち場へ戻って対応に急いでいる。
時間は限られている、一秒でも早く態勢を整えなければならない。
刈り取りを倒す為に。
命懸けで今の時間を稼いでくれている少年の為に――
面倒だの何だの、愚痴や弱気は簡単に頭から吹き飛ぶ。
強大な敵を相手に一人戦う仲間を思えば、自分のやることなど高が知れている。
少年の勝ち目は0――救援に賭け付けなければ、絶対に死ぬ。
皮肉にも、バートの死がマグノ海賊団全員に現実を教えてくれた。
未来に保証などありはしない。
よほど恵まれた環境でも、次の日に事故や病死で死ぬ可能性はある。
――住み慣れた故郷を、無慈悲に追い出される事も。
分かっていた筈だった、皆が皆身を持って思い知った筈だった。
だからこそ誰よりも仲間を大切に――疑うべき人間を、疑い続けた。
自分達だけを信じ、枠外の人間は排除する。
その経験則がこれまでのマグノ海賊団を助けて――最後の最後で、裏切った。
長年の経験ゆえに最後まで信じる事が出来ず、貴重な仲間が犠牲になった。
バート・ガルサス、そしてカイ・ピュアウインド――
船の根幹を支える操舵手と、戦力の要を握るパイロットが今この船には居ない。
故郷で味わった絶望が再び暗雲を呼び、希望のない未来へ招いている。
時間は限られている、一刻も早く間違いを正さなければならない。
それなのに――
「整備員もそうだけど、エンジニアやレジの娘たちが随分少なくない?」
「そ、それは、その……」
ジュラをちらりと上目で見つめ、オドオドとした顔をして俯く。
人生経験の少ないジュラでも、今の態度で察しがついた。
――気に入らないのだ、裏切り者に仕切られるのが。
今のニル・ヴァーナは大変困難な状況だが――その責任が一人一人にあると、気付いているクルー達は少ない。
むしろカイ達が騒ぎを起こした事が原因であると、憎しみを肥大させている者さえいるだろう。
バートの死は男に対する偏見をほぼ無くしたが、「カイ・ピュアウインドの反乱」は別問題だ。
彼は女だから離反したのではない、海賊だから許せなかったのだ。
生き方や考え方の違いで済ませるには、両者の遺恨は深過ぎた。
ジュラもこれは庇いようがない。
彼と共に出て行ったのは彼の理想に共感した為であって、カイに妄信しているのではない。
決着はどこかでつけなければならないだろう、お互いが引かない限り。
――平和な時であるならば。
今は違う、共に協力しなければ乗り越えられないのだ。
カイの理想に反対する立場であっても、今だけは力を合わせなければならない。
敵の脅威と厳しい戦況を逸早く察したカイは今、皆の為に命を振り絞って戦っている。
血反吐を吐いて、魂を抉り、心を引き裂いてでも、苛烈な戦いに望むのはマグノ海賊団全員の為だ。
賛成派も、反対派も――今を生きる人達の命を奪わせない為に、一人戦争を行っている。
何故、その時が他の皆には読めないのだろうか……?
第一カイと直接一度は争った自分達やドレッドチーム、警備員は率先して戦いの準備を行っている。
真剣に意見をぶつけ合い、対立し合ったからこそカイが取った行動を心から尊重している。
好敵手に敬意を示し、力を合わせて現実を打破せんと励んでいるのだ。
――非協力的なのは、傍観者。
事態に安々と流され、男に助けられれば褒め称え、不平不満は陰で叩く。
自分だけは決して汚れないように、表舞台には出ずに自分の職務のみに邁進する。
個人ならば簡単に負けを認めるが、集団になればこのように職務放棄に出れる。
職務怠慢の文句を言えば、一度船を出て行った事を非難するだろう。
勿論海賊全員がこんな連中ばかりではないが、少なくない事も事実。
そして――自分も昔は、そんな連中の親玉でしかなかったのだ……
無意識に、自分の髪に手を触れる。
自慢の長い金髪を切って、短く整えた決意の日――
生まれ変わる決心をして、断髪を行ったあの日の弱い自分を見つめ直す。
――非難ばかりしていても仕方がない。
心弱気中間達の気持ちもまた、ジュラには理解出来てしまう。
誰もが皆強い訳ではない、立派な人生は送れる人間ばかりではない。
弱いからこそ人間でもあるのだから。
(バーネット……メイア……ディータ、早く帰って来なさいよ)
髪を切っても、自分はまだ弱い。
忙しさに流されなければ……泣いてしまうそうになる。
自殺を図った親友。
投獄された上司。
――心を失った、戦友。
三人にはまだ――会いに行っていない。
荒れ狂う深遠の宇宙、波立つ時間の流れと艦内の波紋――
数多くの人間が巻き込まれるであろう動乱の最中、時間が切り取られたように静かな空間が存在する。
周囲の喧騒や男女の思惑、無尽蔵に広がる殺意とも無縁。
ある意味異常とも言える平和な時間を、二人の少女が過ごしていた。
「ねーねー、おねーちゃんは……? ディータ、遊びに行きたいの」
「……彼女は御仕事中です。私で良ければ御相手します」
無邪気な笑顔を見せる少女に、無感情な表情を向ける女の子。
ディータ・リーベライにソラ――拙い友情を結びつつあった二人。
儚くとも尊い絆は記憶と共に消えて、二人は心繋がらぬ会話を繰り返すばかり。
ディータも新しい遊び相手に嬉しげにしているが、心の奥底では何一つ認識していないだろう。
それを悲しいと思う時間すら、二人は過ごしていない。
(私は……どうして此処に居るのでしょう)
バート・ガルサスが凶弾に倒れ、事実上船内の反乱因子は消滅した。
愛しい主の仲間達は投獄されて、彼らの活動は完全に停止した。
助けようと思えば出来ない事はないが――彼らそれを望んでいないだろう。
誰が許そうとも、仲間を犠牲にした罪を彼らは決して許さない。
投獄は彼らにとって望んだ事、檻の中で贖罪を祈り続ける。
愚かだと笑わず、尊いと賛同しない。
人間達の心の在り様に、ただ疑問を重ねるだけだった。
罪は何処から始まり、どこで終わりを迎えるのか――
ソラは座り込んで指を咥える少女を、静かに見下ろす。
願わくば――主の痛みが少しでも癒されん事を。
所詮人ではない身でも、祈れる心を持てた事を心から感謝している。
ソラは主の罪と共に在り続け、時を過ごしていた。
罪の根幹となる少女は、無感情な瞳の女の子を見上げる。
「……おねーちゃん、おにーちゃんのお友だちー?」
どうやら興味を示してくれているらしい。
友達という事場を吟味した上で、小さく首を振る。
「いえ、あの方は私のマスターです」
「んー、ますたぁ〜?」
少しだけ――胸が温かくなる。
少女の言い方に、自分と同じ存在の明るい笑顔が浮かんだ。
同質の存在――別の心を宿した、紅の女の子。
立場は違えど、主を大切に思う気持ちは二人とも同じ。
あの娘は心から、主を愛しているらしい。
破壊に染まりつつあった怪物が――初恋に喜ぶ少女へ。
ディータを心なしか優しく見つめて、ソラは頷いた。
「はい、大切な私達の主です。貴方もあの人が好きなのですね」
「ディータ、おにーちゃん大好きだよ!」
「……私もです」
声が少しだけ上擦る、信じられない。
好きだと口にしただけで――これほど、無機質な自分が揺れるとは。
主の存在の確かさに、ソラは改めて感嘆する。
愛しいマスターの顔を思い出すだけで、胸が――
――。
――。
……?
主の顔が――浮かばない……
「そんな――そんな!」
少女の前に無数の端末が展開し、膨大な情報量が処理されていく。
次々と広がるネットワークの光に、ディータは目を輝かせて見つめる。
データの粒子が光り輝いて、一つ一つの通信回線に無数の人間の顔が浮かび上がった。
ニル・ヴァーナに集った人間にアンパトス、果てはタラーク・メジェールの人間まで映し出される。
膨大な情報の渦で、少女は膝をついた。
ありえないほどの――驚愕と共に。
「――思い出せない……繋がらない!
この世の何処にも……マスターと……アクセス出来ない……」
――皮肉にも。
彼を慕う幻想の少女が、第一発見者となってしまう。
<to be continued>
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