ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action27 −涙雨−
マグノ海賊団頭目マグノと副長ブザムは、メラナス艦隊の旗印となる指揮艦へ通信回線を繋いでいた。
国家の軍隊と海賊は敵同士、通常は相容れぬ関係である。
海賊側から見れば軍隊は自分達の存在を脅かす邪魔者、軍隊から見れば国と民を脅かす害虫でしかない。
存在を成り立たせる概念が真逆、協力関係など成立しない。
本来両者が同じ空間で顔を合わせただけでも対立は必至だが、今回は事情が異なっていた。
一つに、両者共通の敵が存在する事。
敵の具体的な戦力を把握出来てはいないが、その脅威と未知の科学力は我が身を持って思い知らされている。
マグノ海賊団・メラナス艦隊共に戦力不足、独力の突破は不可能の一言だった。
もう一つに両者共通の――味方が存在する事。
当初直接対面して話し合う予定だったが、戦闘準備に慌しい互いの状況を察してモニター越しの会談に変更。
映像を通じて対面した代表者達は、開口一番にこの会談の機会を与えた功労者について話す。
「あの子達が御世話になったようだね……改めて、礼を言わせておくれ」
『いえ、彼らには我々も大いに助けられました。
戦う勇気と切り開くべき道を与えてくれた事を感謝しています』
丁寧に礼を述べるマグノに、朗らかな笑みを浮かべてメラナス軍艦長が返礼する。
老齢だが物腰の柔らかな艦長に、傍に控えていたブザムも多少の警戒心を解いた。
彫りの深い顔立ちに強い眼差しを秘めた人物だが、策を弄するタイプではないようだ。
少年の紹介とはいえ、メラナスに関する情報は何一つ持っていない。
アンパトスの例もあるので用心に越した事はないが、彼らは刈り取りを明確に敵として意識している。
ジュラ達を救助してくれた相手だ、過剰な警戒は不要だろう。
相手の一字一句に注意を払いつつも、ブザムは対立ではなく協力し合える関係を結ぶ構想を練っていく。
まずは互いの素性及び身元を明かした上で、状況確認と情報交換を行う。
マグノ海賊団側が提供する情報についてはカイ達が事前に説明しているが、あくまでも口問口頭。
本人達の主観と自論が含まれているので、正確な情報とは言い難い。
特に戦闘データは映像が無ければ、詳細を分析する事は不可能。
半年間観測と分析を行ったデータを元に、ブザムは敵無人兵器の脅威を伝える。
『……血液を採取とは、惨い真似を……』
「人工物や自然環境も荒れ果てていました。
我々の様な侵略者を捕縛及び壊滅させる悪辣な罠を張り巡らせる為に」
滅んだ砂の惑星とカイが命懸けで手に入れた情報を見せると、メラナス軍艦長は怒りを滲ませる。
地表面に着地した途端発動した罠と、暴砂に潜む殺戮兵器――
カイの機転で何とか全員無事に脱出出来たが、運が悪ければ死者が出ていたに違いない。
その後大規模な刈り取り艦隊に自爆兵器、ミッションにアンパトスと話が続く。
襲来した異形な敵の数々と、特殊な機能及び再生能力。
度々の苦戦から学んだ経験を余す事無く伝えた上で、今後の対策を話し合う。
故郷への苦難の旅に改めて驚かされる一方で、メラナス側もまた腹を割って救援を懇願する。
マグノ海賊団側の敵情報が"過去"であるならば、メラナス側の情報は"現在"。
これまでマグノ達が喉から手が出る程求めていた情報――敵戦力の要と、刈り取りの正体。
過去と現実が今結ばれる――御互いの"未来"を掴む為に。
「!? 地球が――!」
「……アタシらの祖先が、アタシらを刈り取ろうってのかい……」
歴戦の強者たる二人でも、この真実には驚愕に震える。
無慈悲に臓器を奪い取る狂気を秘めた敵が――自分達の祖先の星。
国民が崇拝する第一世代の生まれ故郷が、自立した我が子を一人残らず殺そうとしているのだ。
子にとって親は絶対的な存在――どれほど抗っても、本能から恐怖が湧き出てしまう。
さしものマグノも息を呑んで、聞かされた真実を自分の中で恐る恐る吟味していく。
「それは……確かなのかい?」
『信じ難いのは無理もありません。我々とて、今だ虐げられた状況に困惑を覚えています。
古き偉大なる世代が住み慣れた故郷を離れ、未開の惑星へ旅立ったのは希望ある未来を築く為――
地球の民に未来を残す為であった筈です。
……なのに、我々は今滅ぼされんとしている。
我が子の臓器を、親が搾取しようと動き出したのです』
悲痛な声を響かせて、失望と無念を苦渋の表情で語る艦長。
彼らもまた悩み苦しみ、戸惑うままに戦わされているのだろう。
正体こそ判明したが、結局動機がまるで分からないのだ。
――植民船団が旅立った時代、地球に住む人類の数は飽和を迎えていた。
未来ある若者が故郷を離れたのも、第二・第三の地球を開拓する為だ。
長きに渡った人類の歴史は地球の寿命を縮め、有限な資源を吸い尽くしてしまった。
死を迎えつつあった地球――残された民が飢餓と退廃を恐れて動き出したのならば話は分かる。
マグノ海賊団とて故郷を追われ、居場所を無くした者達が生きる為に奪う道を選んだ――海賊という略奪者となって。
しかし地球の目的が民を救う為であるならば、物資や優秀な人材を奪う筈だ。
命まで奪う意味は無い。
他惑星に住む人間達を皆殺しにするのは愚の骨頂でしかない。
獲物を失えば疲弊するのは地球の民だ、共食いと変わらない。
あまつにさえ、臓器を奪うことに何の意味があるというのだろう……?
強行に、いや――凶行に出た彼らの意図がまるで読めなかった。
滅びを迎えて狂気に犯されたと考えるのが、一番妥当かもしれない。
被害に遭う人間にはたまったものではないが。
強い疑念と恐怖の議題を保留にして、マグノ達は最重要事項を検討する。
どのような理由があれど、既に地球は動き出しているのだ。
命を狙われている事実が変わらない今、何が何でも対処しなければならない。
先送りにするには重過ぎる問題だが、人間の命よりは軽い。
――カイ・ピュアウインド、彼の命よりは。
「これが……彼らの主力……」
「貴方達を襲った無人兵器の数々も、この艦から放たれた刺客でしょう。
この近隣の臓器収集――全人類の命を刈り取る魔の母艦です。
母艦本体も強力な武装を有していますが、艦全体が巨大な工場となっていて無尽蔵の兵器を生み出しています」
メラナス軍より送られてきた刈り取り母艦の全容に、海賊側の代表者達は度肝を抜かれる。
宇宙全域を覆わんばかりのスケール――
巨大な艦の周囲にはモニターを埋め尽くす数の無人兵器が並んでおり、人間如き塵芥にしか見えない。
千を軽く超える圧倒的な戦力に加え、無限の生産力で数を増やし続けている敵――
勝利の文字が霞んで見える。
その場に誰も居なければ、ブザムでさえへたり込んでいたかもしれない。
こんな膨大な戦力に勝利など、性質の悪い冗談にしか聞こえなかった。
「お前さん達は……こんな敵と日夜戦い続けてきたんだね……」
畏敬の念を讃えて、マグノは法衣の下で目を伏せる。
どれほどの脅威であったか、どれほどの恐怖であったか――
自分達がどれほど平和な世界で戦えていたのか、思い知らされる。
ペークシスの暴走事故が無ければ、今でも狭い世界で海賊を続けていただろう。
滅びを迎える、その日まで。
艦長はマグノの深い尊敬に頭を下げながらも、重々しく返礼した。
『マグノ殿――どうかその深き御気持ち、あの少年に向けてあげて下さい。
我らの為に、貴方達の為に……今も尚一人、戦い続ける戦士に。
彼こそ真の勇者です』
一軍を率いる老将からの誉れ高き賞賛に、マグノは胸の奥に誇らしさの様な感情を覚える。
同時にそんな気持ちが素直に生まれた事に驚かされた。
どうやら――自分で思っている以上に、カイを可愛がっていた様だ。
少年を褒められて我が事のように喜ぶようでは、まるで母親ではないか――
「いっぱしの口を利く無鉄砲な坊やでね……面倒ばかりかけさせる子だよ」
『はは、彼も貴方の事を同じように語っていましたよ』
少年の取った行動は無謀だ。
今こうして語っている間にも命を落としかけない暴挙――
たった一機で、膨大な数の無人兵器の大軍を相手に戦っている。
勝算はあると話していたようだが、どれほど通じるかは怪しい。
艦長の話では、メラナスで仲良くなった整備の女の子も行方不明になったそうだ。
類は友を呼ぶとは、本当によく言ったものである。
『御恥ずかしい話ですが、彼女はやや行動的過ぎる面がありまして――
我々としても、一刻も早く救援に駆けつけたいのです』
「こちらも同感です。彼を捨て石にするつもりはありません」
――歯痒くも辛いのは、マグノ海賊団側の現状である。
とても……とても哀しい誤解だが、恐らく今懸命に戦っているカイは血反吐を吐きながらこう思っているのだろう。
自分さえ出て行けば、ニル・ヴァーナは元通り平和になる。
国家が恐れたマグノ海賊団へ戻り、刈り取り相手でも決して負けない強さを取り戻すのだと――
メラナス軍・ドレッドチームが力を合わせれば、あの巨大な死神でも退けられる。
彼は今でもそう信じて戦っている。
――操舵席が永遠の空席となってしまったこの艦の到来を、待っている。
メラナス軍を率いる艦長がここまで情報を提供してくれたのも、自分達の戦力と協力を期待しての事だ。
カイが熱心に推薦したのだろう。
幾多の難問をクリアーしたブザム、非常な手段さえ辞さない副長も今の現実には目を覆わんばかりだった。
ジュラ達が今必死で立て直しを行っているが、出撃にはまだまだ時間がかかる。
クルーの半数はバートの死と仲間への疑心に、精神が不安定――
メイア達幹部の半数が幽閉、心を壊して闇に身を浸している。
カイを見殺しにするつもりはない――けれど、今の仲間達を無理やり戦場に引き摺り出しても死ぬだけ。
戦わなければ刈り取られるだけなのに、戦えば殺されるのだ。
これほど無残な矛盾と悪循環に、ブザムも解決策が思いつかない。
一人でも多くのパイロットを出撃させるしか手立てはないが、後がとても続かない。
一致団結しなければ勝ち目はないのに、遠ざかっていく一方だった。
――自分達は何時から、間違えていたのだろう……?
歯車が狂い出してから、現実はどんどん罅割れて崩壊し続けていく。
一つ一つが丁寧に破壊され、甘い幻の幸福が奪われていった……
そして、到来する強大な死神――
海賊である自分達が、命を含めて今何もかもを奪われてしまう。
遠い過去の存在に。
――皮肉でしかなかった。
根本的な問題を先送りにしているだけと断じたカイの言葉が、重々しく心に響く。
常に自分達を元気付けてくれた存在はもう――いない。
「……出来る限りの協力はします。
我々が現在持ち得る戦力データを元に、対策を――」
『……? 申し訳ない、ブザム殿。
どうした、今は――何、不審な船……?』
『も、申し訳ありません! 会議中、失礼します』
映像の向こうで副官と厳しい顔で話し始める艦長と重ねて、アマローネの緊急回線が開かれる。
本人の重々しい表情とメラナス側の急変に、ブザムやマグノも叱責せずに問い質した。
「どうした、何があった?」
『以前ミッションで遭遇した男の船が、この艦に急速接近して来ます!
強制的に通信を開いて――お頭に土産を持って来たと――」
「……あの男かい……」
厄介事とは、来て欲しくない時にやってくるものらしい。
マグノは重い溜息を吐いた。
――不審な行商人、ラバット。
奇妙な動物を連れて表面上は気さくに、内面に冷たい刃を秘めてこの船へやって来た。
歓迎すべき客ではなかったが、カイとの奇妙な縁を利用されて来訪を許してしまった。
結局正体は不明、カイと正面から対決したが不戦敗のまま出て行ってしまった。
部下達は軽視しているようだが、マグノは油断のならない男として警戒している。
今こうして堂々とやって来たのも、決して偶然ではないだろう。
「年寄り相手に手土産とは気が利くじゃないか……アタシは好みにうるさいよ」
『は、はい……それが……』
アマローネは、悲痛な表情で言伝する。
嘘だと笑って欲しい、そんな意味を痛烈にこめて――
『男と女の死体を、二つ持って来たと――そう言っていて……』
<to be continued>
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