ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action25 −若者−
強大な運命の渦中において、人の成す行為など無力なのだろうか――?
困難極まりない事態を前に、困惑に満ちた連絡を受けてマグノは大きく息を吐いた。
老齢100歳――タラーク・メジェール両国家を脅かす大海賊の頭でも、今陥っている危機は重過ぎた。
カイ・ピュアウインドの反乱、仲間達の負傷と行方不明、バート・ガルサスの死。
残された幹部の大半が投獄、システムは停止して人は動かない。
緩慢に――確実に訪れつつある滅びに今、マグノ達は懸命に抗っている。
様子見などと、呑気な事が言える事態ではない。
片腕のブザムも不眠不休で事態の収拾に奔走しているが、改善への道は閉ざされたまま。
どれほど道を変えようと、絶望への奈落が大きく口を開けて待っている。
何処で道を間違えたのか――数多くの難民を救った偉大なる長が気づかない筈がない。
「……歳を取るのは嫌なもんだね……アタシが守りに入っちまうなんてさ……」
ディータの負傷や密航者の存在――カイの罪は明白だった。
状況証拠しかなくとも、カイは何一つ否定せず自分の罪を認めた。
挙句の果てに明白な反逆の意を示し、ドレッドチームと激戦を繰り広げた。
あの状況下で彼を庇う事は、自分が旗揚げしたマグノ海賊団そのものへの裏切りとなる。
……分かってはいても、悔やまずにはいられない。
現状を正しく把握出来てはいないが、カイが故意にディータに怪我を負わせるなど断じてありえない。
二人は互いに親密で、特にディータは明らかにカイに好意を寄せていた。
彼を英雄視し、その上で自分も隣に並ぶべく努力をしていた。
アジトに居た頃の夢見がちな少女が、現実を見据えて健気に励む姿は見ていて頼もしかった。
密航者の存在も同様だ。
いつ何処で侵入したのか調査中だが、とても害意を持つ存在には見えなかった。
人を見た目で判断するのは危険だが、映像の少女は理性的で――どこか淋しげな様子だった。
恐らくカイに懐いて、長期休暇を取ったアンパトスから乗り込んで来たのだろう。
彼の立場からすれば気軽に相談出来なかったとも考える。
あるいは――彼と親しくなった者達は既に知っていたのかもしれない。
メイア達が協力すれば、一ヶ月以上も発見されなかった理由も頷ける。
孫のように大切な部下達とカイが衝突する前に介入していれば、彼が出ていくこともなかったかもしれない。
無論お頭の立場として、そんな気軽な真似が許されない事も分かっている。
理由はどうあれ、密航者を匿った事実はあるのだ。
ディータの負傷も軽ければ事故で済んだかもしれないが、幼児退行にまで陥っている。
罪は明白なのだ、無理に覆せば明らかな横暴だ。
けれど、カイは無理でも――バート・ガルサスの死は確実に防げた。
自分の立場や状況を省みず、介入すべきだった。
彼の訃報を聞いた時、自分の胸に走った衝撃の深さは今でも忘れられない。
心臓に亀裂が走ったかのように激痛が走り、周囲に目がなければ悲鳴を上げていただろう。
カイはマグノ海賊団と対立する敵――敵を匿い、逃亡の手助けをした男二人。
クルー達の様子を見ながら、彼女達の頭が冷えるのを待っていたが……その静観が命取りになった。
部下達と衝突した果てに彼は死に、部下の多くが心に深い傷を負った。
どれほど否定しても、バートは確実に仲間として受け入れられつつあったのだ。
仲間殺しは、海賊では何よりの重罪となる。
故郷に見捨てられた彼女達にとって、仲間はかけがえのない財産なのだ。
カイは裏切りこそ犯しても、仲間を誰一人殺そうとしなかった。
バートは自分を殺そうとした仲間達に、争う愚を嘆いて死んでいった。
結局この事件、誰一人として悪人は存在しなかった。
この半年間でほぼ解消されつつあった不和が、最後の最後で爆発してしまったのだ。
何が悪かったのか、誰が間違えていたのか――その答えは、まさに自分自身にある。
「……すまなかったね、バート……
あんたには怒鳴ってばっかりだったけど――アタシはあんたの成長を楽しみにしてたんだよ」
初対面時、自分達は役立つと主張していた青年。
操舵手だと胸を張っていたが、実際操舵を行う時に竦んでいたのを覚えている。
結果としてうまく動かせていたが、あの時失敗しても殺すつもりは全くなかった。
見栄っ張りの臆病者だが、根は純粋で優しい男だった。
年寄りへの気遣いも出来ており、自分に対して敬意を見せてくれていた。
臆病な彼を怒鳴ってばかりだったが、褒めてやれる点もたくさんあった。
甘やかす事は彼の為にならないとそう思って……
マグノの瞳が悲しみに揺れる。
海賊家業は危険が多く、仲間を死なせた事は数知れずある。
その度に激しい痛みと悲しみに襲われているが……何度味わっても慣れる事はない。
マグノは静かに立ち上がる。
「……バート、あんたの死は無駄にはしないよ。
あの世でガッカリされたくないからね――
あんたが最後まで気にかけていた仲間は、必ず守ってみせるさね」
カイとと共に出て行ったジュラ達の帰還と、思いがけない来訪者達――
正念場を前に悲しみを捻じ伏せて、マグノ海賊団お頭マグノ・ビバンは長としての表情でブリッジへと向かった。
メインブリッジに、久しぶりの活気が戻る――
がら空きだったブリッジクルーの席に本人が戻り、ダウンしていたシステムが復帰する。
ロングレンジレーダー担当、アマローネ=スランジーバ。
バリア・船体状況監視担当、ベルヴェデール=ココ。
情報分析・操舵補助担当、セルティック=ミドリ。
艦の目であり、耳であり――大いなる情報力となる三人が揃う。
艦長席にはマグノ、彼女の傍には当然のように副長の姿。
操舵手とオペレータシートは空席だが、彼らの不在を埋めるように仲間達が集まっている。
救助船で帰還したジュラ達――かつて仲間だったクルーの人間である。
艦が陥った危機は深刻だが、立場関係が変化するまでには至らない。
過去は決して覆らない。
カイはマグノ海賊団との対立の道を選び、彼女達は彼に順じて離反した。
一度でも信頼を踏み躙った以上、取り戻すのは簡単ではない。
覚悟は決めていても、ジュラ達も一様に緊張した表情。
ブザムも厳しい表情のまま一歩前へ出て――
「……よく無事に戻ったね……皆、怪我はないかい?」
「えっ……あ、は、はい!
心配をおかけして、本当にすいませんでした」
(――お頭……)
高慢なジュラが取り乱したように何故か敬礼をし、マグノが微笑んでいる。
――仲違いしていた緊張感が瞬時に消え失せる。
皆の罪を問わず、ただ無事な顔を見せた部下を案じるマグノの姿勢に、ブザムは苦笑と共に感嘆の念を覚えた。
今は言い争っている場合ではない――分かっていても、組織の掟は軽くはない。
お頭の立場ならば尚更だ。
軍人ならば間違いなく処罰されていたであろう場面で、昔と変わりなく寛大に接している
。
自分ではこうはならなかったであろう。
改めて、自分が心から仕える主の偉大さを知るブザムだった。
お頭がジュラ達を許しているのだ、規律が大事であれ罪に問うほどブザムも愚かではない。
「ベルから報告は受けているが、お前達の口から今一度聞かせてくれ。
緊急かつ慎重に対応しなければならない事態だ」
「は、はい! 実は――」
カイと共にニル・ヴァーナを出て行った後に起きた出来事の数々を話す。
重傷を負ったカイと共に保護してくれたメラナスの艦隊。
彼らの船でしばしの休息を取り、今後の方針を話し合った数日間。
メラナスの星を狙う刈り取り――その本体とも呼べる刈り取り母艦。
ニル・ヴァーナを軽く飲み込む巨大な艦と、圧倒的な数の無人兵器。
メラナス正規軍でも歯が立たない戦力を前に、少年が取った決死の行動――
「馬鹿な……」
どのような事態でも毅然とした態度で望むブザムでさえ、絶句する。
千を越える大戦力を相手に、たった一機で命懸けで足止めをしている少年――
彼が身を賭して守り続けているのは見知らぬ国家と――他ならぬ自分達。
半年間冷たい仕打ちを味合わせ、何度も殺されかけて、終には追放した海賊を頑なに守っている。
血を流し、骨を削り、魂を抉って。
なんという愚かな少年だろう。
どこまで――優しい男なのだ……
自己犠牲から取った行動ではないのだろう。
略奪を許さない――
訴え続けた世界の理不尽に今、全身全霊で抗っているのだ。
「……自分の命を盾に時間稼ぎ……あの子らしいね……」
苦々しい気持ちを抱えて、身を包む法衣の下でマグノは小さく呟いた。
杖を握る手は汗ばみ、硬く握り締められている。
少年がこの場に居れば、叱り飛ばしてやりたかった。
――無力な自分自身を、心から罵倒したかった。
カイが自分の信念と仲間の為に命懸けで戦っているのに、報いる事が出来ない。
彼の信頼をまた踏み躙ってしまった。
無事に生きて帰っても――彼の親友はもうこの世にいない。
「……どうやらあの坊やにはキツい説教が必要のようだね……BC!」
「はい、至急準備を。
――ジュラ、至急メラナスの代表者に話し合いに応じると伝えてくれ。
猶予はない。
皆もそれぞれの持ち場で対応を」
『ラジャー!』
停止した船の中で、悲しみに縛り付けられていた時間が動き出す。
――己が命を燃やして戦う少年を、救う為に。
自分達の過ちを今こそ正す為に、行動を開始した。
<to be continued>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
|