ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action24 −失意−
職務意識とは恐ろしいものだ――苦笑する。
啜り泣きに疲れて顔を上げた瞬間、コンソールの反応に悲嘆が吹き飛んだ。
悲しみに濡れた脳内が瞬時に切り替わり、悲劇の艦内から深遠の宇宙へ目を向ける。
現在メインブリッジには、頼れる仲間が誰一人いない。
お頭や副長はマグノ海賊団全体を立て直すのに必死、オペレータは精神疲労で入院。
頼れるチームメンバーは行方不明。
船の操縦を担う操舵手は――頭を振った。
マグノ海賊団はタラーク・メジェール両国家すら恐れられる大海賊だが、順風満帆に行える家業ではない。
略奪対象から反撃を食らって死んだクルーもいれば、裏切りの罪で団を追放された人間も居る。
全員が全員心得のある人間どころか、クルーの大半は故郷を追い出された難民だ。
海賊家業ともなれば人の死は身近で、決して向こう側の世界ではない。
――いずれ慣れる、ベルヴェデールは必死でそう自分を説き伏せて外部状況をチェックする。
泣いていて気付かなかったのは迂闊だが、融合戦艦ニル・ヴァ−ナに急速に接近する反応があった。
歯噛みする、最悪だった。
故郷へ向かう旅が正式にスタートして半年、この船に向かって来た反応に良い知らせがあった試し等一度たりともない。
大半はこの船を狙う刈り取りの一味で、問答無用で攻撃される始末。
例外が一度だけあったが、あの正体不明の商人も味方とはとても言い難い。
仲間に粗悪な模造品を売りつけた上に、カイを銃で狙撃――再度、首を振る。
身近だった仲間が次々と姿を消した現実を今だけは忘れて、状況を確かめなければならない。
驚異的な処理速度で艦外の状況を確かめて――目を剥いた。
「何よ、この数……機体反応不明……新手の刈り取り!?」
忘れようとしても、目を逸らそうとしても、非常な現実は無慈悲に追いかけて来る。
泣き疲れた筈の瞳が潤みを増して、涙腺を絶望で刺激する。
以前メイアを撃墜した鳥型が加わっていた刈り取り艦隊程ではないにしろ、今のマグノ海賊団には充分過ぎる脅威の数。
加えて半年間の戦闘で収集した無人機のどれにも適合しない、新しい反応――
どういう科学技術を持っているのか謎だが、敵はタラーク・メジェールを圧倒的に超える戦力と技術を持っているようだ。
倒しても倒しても敵は部隊を整えて来襲し、新型兵器を投入する。
旧来の無人兵器も性能を増しており、こちらの攻防や戦略を潜り抜けて襲い掛かる。
既存の知恵や戦法は通じず、常に苦戦させられる始末だ。
そんな敵も今回気合でも入れたのか、全無人兵器が新型であるらしい。
仲間を失って弱った心が、一瞬で恐怖で埋まる。
勝てっこないわよ、こんなの――コンソールを操る手が震えて、事態の重さに頭が悲痛に沈む。
刈り取り艦隊を退けたドレッドチームを率いるリーダー陣がいない。
そのチームそのものも、刈り取り戦で活躍したパイロットの手で半数以上の機体が破損している。
司令塔であるマグノや副長は無事だが、この二人への信頼は自分の中で消えつつある。
少なくともこの状況を立て直してくれるとは、到底思えなかった。
波風を立てない為とはいえ、カイやバートを助けなかった二人を許せなかった。
マグノ海賊団幹部の半数も行方不明、システム全体を担う機関長は投獄。
船の動力源であるペークシス・プラグマは停止寸前。
誰も頼れない、救われる事はもうない。
ならばもう、何もかも諦めて放り出してしまった事は楽かもしれない。
どうせ抵抗したところで、また新しい敵がやって来るだけだ――
『"あたし達は、今までちゃんとやってこれた"だと・・・ふざけやがって。
お前らの変わらない現実を守る為に――どれだけの人間を犠牲にしてきた!』
倒しても、倒しても――次の敵。
『男が卑怯?
――予告も無く奇襲して、無関係な人間に銃を突きつけて脅迫するやり方は卑怯じゃないのか?
男が野蛮?
――有無を言わさず、攻撃してるくせに。
少しでも話し合いをしようとしたのかよ、お前ら。
男が最低?
――イカヅチでは虫けらの様に男を捨てようとしたじゃねえか。
男だって、人間なのに。
女と同じように…懸命に生きているのに』
――それが日常だった……
『奪わなければ生きてはいけない現実。
お前達がそれに屈した。
敗北を認めたんだ…
今のお前らがやっていることは、破滅を先送りにしているだけだ』
そして今――先送りにした破滅が、目の前に接近している。
結局、自分達は少年が命懸けで伝えた忠告を何一つ受け取らなかった。
男の言う事、裏切り者の言葉だからと無視して――最悪の結果を招いてしまった。
艦内の誰もが認めていないが、この船はもう沈む間際だ。
船も人も大半が機能していない状態で、これから先の長い旅を超えるのは不可能。
最新情報を受け取れるメインブリッジゆえに、破滅の足音も伝わるのが早い。
もう……どうでも良かった。
絶大な苦労を被っても、助かる見込みは皆無なのだ。
運命に身を委ねた方が遥かに楽だ。
(私は……駄目だね、カイ……アンタみたいに、戦えない……
……バート……アンタみたいに、守れないよ……)
血と肉と魂を削って戦った少年に、我が身を省みず仲間を守った青年。
破滅にも負けずに戦い、死ぬ事さえ恐れずに守った男達。
強く気高いその生き様を心から憧れながらも、彼らに報いてやれない自分の弱さに呆れ果てた。
(……ごめんなさい……アマロ、セル……二人が帰ってくるのも、待てなかっ――)
『――ル、ベール! 変ね、繋がらない。
あの娘、プライベート回線変えたのかな』
『それは多分ないと思う。秘匿回線の一種だから、変更が出来るのはわたしだけだよ』
トクン、心臓が震える――
空耳かと疑うには、聞き慣れすぎて当たり前になっていた音声が耳に届く。
暗く冷たい絶望に溺れる心を温かく照らす声に、ベルヴェデールは俯いていた顔を上げる。
コンソールを恐る恐る見ると――強制的に介入した通信が届いている。
親友と認めた相手だけに受信を許可する、プライベート回線。
信じられない思いで、揺らした指先を画面に当てて回線を正式に開く――
『何だ、繋がるじゃない。やっほー、ベル。
あたしの顔、まだ覚えてる?』
『あ、やっぱり落ち込んでる。一人じゃやっぱり寂しかったみたいだね。
すっごく顔色悪いよ』
「……」
一番年上だからと、常にお姉さんな顔をするドレッドヘアの女性。
一番年下なのに、対等に接する女の子。
モニターが瞬時に起動して、懐かしい二人の顔が浮かび上がった。
『でも。良かった……繋いでくれて。
無視されるんじゃないかと思って、ハラハラしちゃった』
『わたしは無理やり連れ去られたので、極めて不本意なのに……
裏切り者扱いされても仕方ないけど――帰ってきたよ、ベル』
「あ……あ……」
無視される? 裏切り者? ――当たり前じゃないか!
相談もせずに勝手に出て行って、散々心配させて。
困って困って泣き出したいくらいなのに、傍にいなくて。
最早手遅れでどうにもならない状況で、のほほんと帰って来て――
――怒りも悲しみも喜びも、何もかもがぐちゃぐちゃで……
「アマロ……セルゥゥゥ! 馬鹿――馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿!
うわぁぁぁぁぁぁぁーーーん!!!!」
頭の中を荒れ狂う感情を爆発させて、ベルヴェデールは泣き崩れた。
二人の戸惑いを他所に、ただ必死で――泣き叫ぶしかなかった。
神様は卑怯だと思う。
このまま絶望に沈ませてくれればいいのに、最後に束の間の希望を見せる。
大人しく死なせてくれない。
その御心が悔しくて、嬉しくて――やっぱり泣くしかなかった。
『バートが……死んだ……? 嘘……』
号泣するベルヴェデールを必死で慰めて、彼女を問い詰めた先の――残酷な事実。
通信回線の向こう側で、アマローネが愕然としているのが見える。
セルティックも努めて平静を装っているが、瞼が震えていた。
――投獄や拷問はある程度覚悟していた。
カイや自分達を逃がした罪は大きい、無意味だが逃亡先や目的を聞き出す為に容赦なく責めるだろうとも。
お互い事情を理解した上で別れたのだ、今更だった。
正直な話、自分達が戻って同盟さえ組めれば釈放も出来ると考えていた。
クルーの多くは否定していたが、バートはニル・ヴァーナになくてならない人材――
メインブリッジで彼の働きを見続けていたからこそ、彼がどれほど熱心に職務を全うしていたか知っている。
不平不満や弱音の多い男だったが、彼の弱さは救いでもあった。
その彼が、既に帰らぬ人となっていた……
『どういう事よ! 何で死なせたの!?
確かにあいつはあんた達を裏切ったかもしれないけど――殺す事はないじゃない!』
「――ごめんなさい、うっうっ……ごめんなさい!」
『御免で済む話じゃ――』
「ストップ」
『はうっ!?』
猛然と抗議するジュラの長い髪を、背後から容赦なく引っ張る影。
ここに至って尚無表情な少女――ルカ・エネルベーラである。
ジュラは痛みと悲しみで瞳を潤ませながら、キツイ表情で背後を振り返る。
『何するのよ、痛いじゃない!』
『ベルを責めても無意味』
分かっている、それは分かっているのだ。
ベルは直接射殺したなら話は別だが、バートの死は彼女に無関係な場所で齎された。
後悔に涙を濡らす娘を責め立てるのは酷でしかない。
理屈では分かっていても――感情が抑えきれない。
『でも、でも――こいつらがバートを殺したのよ!
男がどうとか、女がどうとか、そんな……そんなつまんない理由で!
アイツはいい奴だったのに! 馬鹿だけど……いい奴だったのに……うう……』
『……気持ちは分かる。でも、落ち着け』
両手で顔を包んで座り込むジュラを、ポンポンと肩を叩いて慰めるルカ。
彼女に悲しみこそ見えないが、悲しむ仲間を労わる気遣いが感じられた。
二人のそんな様子を悲しげに見ながら、セレナは映像に顔を出す。
『バートさんがメイアさんを庇って、ヘレンさんに撃たれたというのは本当ですか……?』
「グス……うん……そう聞いた……ごめんなさい……」
『貴方が謝る必要はありません。これはきっと――私達全員の罪です。
誰かが悪いのではなく、誰もが皆間違えていたのでしょう』
カイ達が残っていれば、この暴挙はきっと止められていただろう。
理想を追い求めるなどと綺麗事を言ったところで、態勢を立て直す為に逃げた事実に変わりはない。
厳しい現実と戦えず、その弱さから仲間を一人失ってしまったのだ。
悔やんでも悔やみきれない結果だった。
沈痛に視線を落とすセレナの肩に、ピョロが静かに飛び乗る。
『ピョロがこんな事を言うのはおかしいかもしれないけど……皆の悲しい気持ちは分かるピョロ。
でも――今は、今だけはもうちょっと頑張って欲しいピョロ!
こうしている間にも、カイの命が危ないんだピョロよ!?』
「……え? カイの命って――」
手足をバタバタさせるピョロに、頬を涙で濡らしたままベルヴェデールが顔を上げる。
同時に、救助船に集う皆の表情が引き締まるのが見えた。
悲しみに青白く染まっていた顔が、焦りで高ぶり感情的に染まるのが見える。
『そうよ、泣くのは後だわ!
ベル、すぐにお頭と副長に連絡を取って!』
「ちょ、ちょっと突然何!? それにカイが危ないって、どう言う事!?」
慌てふためくベルヴェデールを苛立だしく見つめながら、ジュラは一息で言い放つ。
一国の猶予もないのだ、時間を割いている暇はない。
『アイツは今、一人で刈り取りと戦ってるの!
大軍勢相手にジュラ達だけじゃ勝てないから、すぐに皆を呼んでこいって!
急いで助けに戻らないと――今度はあいつが死ぬわよ!』
ジュラの言葉が悲鳴のように、ベルヴェデールの胸に突き刺さる。
カイがジュラ達を逃がして一人で――充分に考えられる、馬鹿な話だ。
あいつは何時だってそうなのだ。
海賊は敵とか何とか言いながら、必死で守ろうとする。
正義だの何だの大義名分は口にせず、命を含めた略奪を否定する為に――自分の命を懸けて。
苛立ちが、粉雪のように積もって行く。
――死ぬだなんて、絶対に許さない。
これ以上自分に無関係な場所で、誰かが死ぬなんて嫌だった。
何もしないまま事態を見送り、後で後悔して泣くなんて沢山だ。
都合の悪い事から目を逸らすのはウンザリだ。
たとえ傷付いても、死ぬ結果になっても――悪足掻きをして、胸を張って血を流そう。
「待ってて、すぐに連絡を取るから!
――大丈夫、皆の安全は私が保証する。
お頭が嫌がるなら、首根っこ掴んで引っ張ってくるわ!」
『ベ、ベル……? あんた――染まって来てない?』
ジュラが頬を引き攣らせているのを見て、ベルヴェデールはペロっと舌を出した。
<to be continued>
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