ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action23 −知人−
計算違いもここまで来ると、呆れを通り越して笑えてしまう。
休憩時間――と言っても、朝から職場に誰も来ていない――となり、力なく椅子にもたれかかった。
肌はカサカサ、髪の手入れも怠り、今の自分の顔を鏡で直視出来ない。
健康管理には毎日注意していたのだが、ここ一週間は食事も満足に取っていない。
朝から晩まで休む暇もなく働いて、疲れ切った身体を横たえて寝るだけ――
自分があれほど忌み嫌っていた不規則な労働生活を今、思う存分堪能していた。
人生の歯車が歪むと、規則正しい生活まで歪んでしまうのかもしれない。
美を守る仕事――エステのチーフを務めるミレル・ブランデールは、深く嘆息する。
「大切な仕事から逃げた皆さんに、今回だけは感謝しなければいけませんわね。
このような顔、とても見せられませんわ」
ミレルは細く微笑みながらも、皮肉に満ちた独り言を呟いた。
――エステクルー全員が突如職務放棄をしたのは、丁度一週間前。
例の脱獄犯の射殺事件が起きた翌日だった。
事件の真相こそ語られる事はなかったが、噂が噂を呼んでクルー全員の耳に届く。
勿論、エステクルーの女性陣にも。
裏切り者の一人バート・ガルサスがメイアを庇い、死んだ。
メイアに発砲した犯人は男でなく、自分達の仲間である筈の警備チーフ――
――反対派主要メンバーの一人だった、ヘレン・スーリエである。
「……男を撃つならともかく、ドレッドのチームリーダーに発砲するなんて……
彼女に事態の収拾を任せたのが、そもそもの間違いでしたわ」
メイア・ギズボーンは反乱の手引きこそしたが、クルー達からの信頼は変わらず厚い。
卑怯卑劣な手段を用いたのなら話は別だが、メイアは男達の権利と海賊の倫理の隙を突いたに過ぎない。
力任せの事態終結など、論外だった。
結果裏切り者達は捕縛、中心人物のカイ重傷、主要メンバーは行方不明。
賛成派は消滅したも同然だが――反対派も激減した。
バート・ガルサスの命懸けの主張は実を結び、クルー達は皆これまでの自分達を見つめ直している。
中立だった人達もバートの取った行為を絶賛し、彼の死を悼んでいる。
確かにまだ反対派の人間も居るには居るが、消極的な者達ばかりだ。
どっちつかずの少数派――船内の旗色でコロコロ態度を変えるだけのコウモリ人間。
強く気高い意思を何一つ持たない、唾棄すべき愚か者達。
醜い者が嫌いなミレルにとって、数にも入れていない論外の集団だった。
「白黒ハッキリする勝負になるとは思っていませんでしたけど……
策を講じた結果、自滅する羽目になるとは滑稽ですわね」
賛成派をマグノ海賊団から引き剥がした末、空中分解寸前の憂き目にあっている。
一週間前の発砲事件だけでも、マグノ海賊団の幹部の三分の一が消えてしまった。
ドクターに看護婦、機関長に警備チーフ、ドレッドチームリーダーが投獄。
操舵手は死に、男パイロットは重傷、サブリーダーにキッチンチーフ、ブリッジクルー二名にクリーニングチーフが行方不明。
クルー達の多くは動揺し、凶行した警備員達を恐れて半数以上が職務放棄。
システム関連も原因不明の停止状態。
――こうしてチーフの自分が、昼夜休まず復旧に駆り出されている始末である。
「ふふふ……まさかここまで追い込まれるとは思いませんでしたわ。
裏に回って人を操り、事態を有利に導いて、自分の望む世界を構築した。
男たちの居ない世界を。
カイさん――貴方の居ない世界に戻して、貴方の叶わない夢を笑って差し上げようとしたんですのよ?
……わたくしは勝ちました。勝ちましたのに……」
状況だけを見れば、大勝利である。
カイはマグノ海賊団を圧倒したが、ドレッドチームには勝てず逃亡。
彼に味方していた人間の半数は彼と共に行方不明となり、残り半数は捕縛された。
逃げ出したカイ達も先はない――自分を含めた女達の勝利だった。
――残されたのは、現実。
廃墟寸前の融合戦艦、主軸を失った崩壊寸前のチームだけが残された。
マグノ海賊団の秩序は守られたが、現実問題これでは生きていけない。
失った欠片の貴重性を何より思い知らされたのは、事実上反対派最後の一人となった自分自身だった――
チーフデスクに突っ伏して、重い息を吐いた。
「このまま過労死すれば、わたくしの勝ち逃げなのでしょうか……?
やはり負けになってしまうのでしょうか……?
どちらにしても――笑えませんわね……
……。
そういえば、近頃……楽しい事もありませんわね……」
思い掛けない旅が始まって半年間、あっという間に過ぎ去った。
次から次へと起きる事件の数々と、トラブルの連続――
襲い掛かってくる刈り取りとの攻防戦に、仲間内での衝突。
刺激的な毎日がここ最近なりを潜め、疑心暗鬼に満ちた日々を過ごしている。
クルー達から笑顔が消えて、不安と緊張に空気が震えている。
――こんな毎日では肌が衰え、神経質にもなる。
エステシャンの視点で見れば、今のニル・ヴァーナは論外だった。
こんなもの……自分は、望んでなかった……
「競争相手が居なければ……張り合いなんてありませんわね……
読めない貴方の行動を考えて、ゾクゾクしていた自分が嘘のようですわ。
……どうせ、生きてらっしゃるんでしょう……?
早く帰って来なさいな。
このままでは貴方の帰る場所も、大切な仲間も全て――失いますわよ……
早く、帰って……」
ミレルはゆっくりと瞳を閉じて、寝息を立てる。
その無防備な寝顔に安らぎも、苦痛の色もない。
バートが死に、仲間の殆どを失っても――彼女に落胆はない。
自分で選んだ道であり、自分の行った好意の結果だ、悔いはない。
何より――これが結末などと、思っていない。
対戦相手は、まだ宇宙の何処かに存在しているのだから。
皮肉にも、この船の中で誰よりもミレルが少年の生存を信じていた――
男と女の嘆き悲しみの声、崩壊の序曲が謡われる融合戦艦。
人の声が消えた静寂の船に向かって――大層賑やかな船が駆け抜ける。
「あー、もう! もっと早く走れないの、この船!?」
「船員を救助する船に無茶言わないで欲しいピョロ!」
狭い操縦室から、極めて見苦しい声が漏れる。
船内の待合室にまで届く罵声と悲鳴に、一息ついていたドレッドヘアの女の子が呆れ返る。
「……何であんなに元気なの、あの子達」
「少しでも早く船に戻る為に、一緒に協力して操縦すると言っていたのですが……」
皆に美味しい紅茶を入れている女性が、心配そうな声を上げる。
御茶菓子をバリバリ食べている小さな女の子が、ボソッとコメント。
「カイが心配なだけ」
少女の言葉は、その場にいた皆の胸に重く響く。
操縦室で今喧嘩をしながらも、懸命に運転している二人も同様だろう。
皆急いている、気が立っている。
時間は静かに流れていても、決して戻る事はない。
急ぐしか出来ない今が、ただもどかしい――
「心配するだけ無駄だと思う」
トレードマークのクマの着ぐるみを脱いだ、素顔の女の子が小さな声で呟いた。
精一杯の強がりだと、誰もが勘付く。
少年には冷たいこの少女が、命を捨てて敵に挑んだ彼方の少年を思い遣っている。
結ばれた友情が繋がるか、離れるか――今が瀬戸際だった。
彼女達が向かう先は、懐かしい匂いを感じる男女の船。
共に歩くは志を共にした仲間――新たに出逢ったメラナスの戦友達。
頼もしき船団を引き連れて、少女達は今心新たに過酷な試練に挑む。
「大体、アンタの運転が下手糞だからじゃないの!?
バートだって、アンタの倍は早く船を走らせていたわよ!」
「基本性能は全然違うピョロよ!?
パイロットのくせにそんな事も分からないなんて、恥ずかしいオッパイお化けだピョロ」
「言ったわね、こいつ〜〜!!」
「上等だピョロ!」
急いでいる筈なのだが、操縦室から聞こえるのは見苦しい言い争い。
一本の操縦桿を中心に争っているのか、船体がグラグラ揺れる。
最初こそ悲鳴を上げていた面々も、最早慣れっこだった。
「さっき連絡した艦長さんの話だと、船員が一人行方不明らしいの。
――何か、カイと一緒に残ったみたい」
「まあまあ、大変じゃありませんか! 戻らなくていいのですか!?」
「時間の無駄」
「どうせ、アイツが馬鹿な正義感で守ると思います」
紅茶を嗜みながら、話は現実問題へと直面していく――
「カイと一緒に出て行ったあたし達を、皆受け入れてくれるかな……」
「お頭や副長でしたら、きっと話せば分かってくださると思います」
「説得出来なければ死ぬだけ」
「……わたしは寝ている間に、無理やり連れて行かれたんだけどな……」
――そして話の終わりは、この場に居ない少年の安否。
「……大丈夫だよね、アイツ」
「勝算はあると言ってましたし、大丈夫とは思うんですけど……」
「平気」
「わたしは別に――心配なんてしてません」
幸か不幸か、飛び去ってしまった欠片の幾つかが間もなく戻りつつある。
少女達は知らない――男女はもう、試練に敗れた事を。
戦友達は知らない――同盟はもう、成立しない事を。
船員達は知らない――過去はもう、取り戻せない事を。
誰もが皆、知らない――
――もう、何もかも手遅れだという事を。
<to be continued>
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