ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <前編>






Action22 −訃報−






 アマローネ・スランジーバ、セルティック・ミドリ、ベルヴェデール・ココ――

三人はいつも一緒だった。

一番年上の御姉さん役のアマローネを中心に、内気なセルティックをベルヴェデールが引っ張る。

喧嘩した事も沢山あったが、仲直りする度に友情は深まっていった。

新人時代から面白いほど三人の能力はバラバラで、チーム単位で仕事を行う事が出来た。



ロングレンジレーダー担当アマローネ。

バリア・船体状況監視担当ベルヴェデール。

情報分析・操舵補助担当セルティック。



先輩達が目を見張るほど呼吸がピッタリで、数々の危難から情報分析を行って船を守った。

やがて正式に功績が認められて、三人一緒にお頭の乗る母船への搭乗を許された時どれほど嬉しかったか――

これからもずっと三人で仲良く、海賊として生きていけると思った。



――全てを失って、やっと錯覚だと気付いた。



「……」


 照明が落とされたメインブリッジ。

正確に言えば最低限の電力が投入されて機器は動いているが、実質機能は停止している。

現在時刻は御昼過ぎ、通常勤務時間である。

メインブリッジは船を根底から支える司令塔であり、常時稼動は当然。

閑散とするブリッジなど、船を運航する上であってはならない異常事態である。


事実、今――ニル・ヴァーナは危機を迎えていた。


司令塔の副長やマグノは不在、オペレーターは心労で倒れている。

担当、担当は行方不明。

ニル・ヴァーナの操縦を任された操舵席の主は――不在。



未来永劫戻らぬ、旅路に出た――



「……バート……カイ……」


 どうしてこんな事になってしまっただろう――

日常とはこれほど脆く、簡単に崩れ去ってしまうのか。

暗闇の中で一人自分の席に腰掛けたまま、ベルヴェデールは顔を俯かせている。


――毎日が賑やかだったメインブリッジ。


平常時は業務中にカイが遊びに来ては、ブザムに叱られていた。

自分を含めた三人は懲りない男に呆れながらも、笑っていた気がする。

パイロットなのにブリッジの業務や観測した光景に興味津々で、旅の道程に目を輝かせていた。

操舵を行うバートは忙しい毎日に不平不満で、お頭に一喝されて仕事に励んでいた。

性根が軟弱で情けない男だったが、ブリッジを明るい笑顔と声に満たしていた。

馬鹿にしてばかりだったが、いつの間にか存在が当たり前になっていた。


刈り取りとの戦闘は苦戦が多く、ブリッジに届けられる報告は耳を塞ぎたくなる類が多い――


辛い仕事だったが、前線で傷だらけになりながらも諦めない少年にどれほど救われたか。

弱音を吐く事も許されない業務で、弱音を吐いてくれる身近な存在に励まされた。

男も女も関係ない。

戦闘時は心を一つに、日常時は心を寄せ合ってお互いを支えあって来た。

――孤独に満ちた空間で、日々の喧騒を狂おしく求める。

滑稽だった。


親友も、戦友も――喪ってから初めて、価値に気付いたのだから。


「ごめんなさい……バート。ごめんなさい……カイ」


 誰もいないブリッジで、ベルヴェデールはコンソールを涙で濡らす。


――バート・ガルサスの訃報が艦内全域に届けられたのは、事後二日後の事だった。


副長は詳細を伏せていたが、機関部や警備員が多く現場を目撃していたのだ。

噂は簡単に広まって、クルー全員に大きな動揺を与えた。

日頃疎んでいた面々でさえ、バートの死後男を嘲る声を一切上げようとしない。

この旅が始まって、初めての死者――仲間の手で射殺。

捕縛や投獄ならば、彼女たちは何も言わずに現実を受け入れただろう。

二度も捕まったバートをせせら笑ったかも知れない。


――彼は、死んだ。


胸を撃ち抜かれて、容赦なく殺された。

処罰・粛清・断罪――何に例えられようと、仲間が殺した事実は変わらない。

クルー達の中には無慈悲なやり方に反感を抱いた者も、多数いる。


――自分も、その一人だ。


射殺の報告を受けた途端、頭の中が真っ白になって感情的にブザムに詰め寄った。

何を言ったのか、覚えていない。

不平不満を爆発させたのかもしれないし、罵声を浴びせたのかもしれない。

気付けば、涙を流しながら床にへたり込んでいる自分がいた――それだけだ。

仮にも上官に対して反抗したのだ、処罰対象になるかもしれない。

――どうでもいい、やれるものならやってみろ。

コンソールに突っ伏して泣き続けながら、自虐的に胸の中で喚き散らした。

バートを殺した海賊達を、ベルヴェデールはどうしても許せなかった。

男達が罪に問われた時、彼らを疑ったのは確かだ。

アマローネやセルティックがカイに味方をした事で、彼らへの反感は余計に高まった。

親友を取られた思いだったから。


――でも。


どこかで、自分もカイを信じたい気持ちはあった。

映像で事実を突きつけられても、カイがディータを傷つけたとはとても思えなかった。

自分の心に素直になって、他の二人と一緒についていけば良かったかもしれない。

カイと一緒なら――きっと、正しい道を歩めた気がするから。

船に残ったのは、今までの日常に最後まで未練を残した自分の弱さ。

現実を変える事の出来ない弱者が、何も出来ないまま今日を迎えてしまった。


――もう、取り戻せない。


たとえカイやアマローネ達と再会しても、バートが殺された事を知れば自分達を恨む。

親友の絆も、男と女の関係も――完全に、壊れてしまった。

海賊にもう未練はない。



滅んでしまえとさえ、思った。



「……うう……ぅぅ……」


 決定的な過ちを犯した少女は、燃え上がる悔恨の炎に泣き続ける。





――コンソールに映し出された、多数の反応にも気付かずに。
















 事態の沈静化は、彼女にとって大いに喜ばしい事だった。

今回の研究と開発はこれまで積み重ねた技術と知識を費やして、実現に向けて不眠不休で挑んでいる。

日々鬱陶しい巡回や監視の目も消えて、彼女は御満悦で作業に励んでいた。


「……相変わらずマイペースにやってるね、あんたは」

「そう言うお主こそ、顔色が悪いようじゃがどうした?」


 レジシステム地下格納庫にて――二人の女傑が顔を合わせる。


SP蛮型専用エンジニア、アイ・ファイサリア・メジェール。

レジシステム店長、ガスコーニュ・ラインガウ。


着物姿に作業着と、互いに独特の二人が工具や資材で散らばる格納庫内で会話を交わす。

ガスコーニュは鍛えられた肩を落として、力なく呟く。


「……バートを死なせちまってね……アタシなりに落ち込んでるのさ」


 ガスコーニュが他の誰かに弱さを見せる事は滅多にない。

お頭やブザムなど、自分と立場が近しいものでさえ稀だ。

他者に弱さを見せる事を恥とは思うほど、彼女は精神的に未熟ではない。

弱さを晒す事で、誰かを弱くする事が耐えられないのだ。

姉御肌な彼女は、大事な部下にはいつも元気で笑っていて欲しかった――

笑顔こそ自分が管理するレジで最も基本であり、人間として必要な事だから。


――その笑顔も今、船内から徐々に姿を消している。


特にバートの笑顔は、ガスコーニュにとっても忘れられない少年の眩しさだった。


「ほほう……弱音とは、お主らしくもない」

「アンタこそ、平然としているじゃないか。知らせはもう聞いたんだろ?」


 カイの意向とアイの希望により、この地下格納庫の使用許可を出した。

――極秘で進めているSP蛮型の修繕と、改良。

度重なる酷使で限界に達していた機体を大規模な整備を行った上で、かねてから進めていた研究を実現に移す為に作業が行われている。

以前収容されていた主格納庫は男達の謀反時、警備員が閉鎖してしまった。

事態を先読みしたアイは警備員が手出しできない場所――カイの味方となってくれる者を選び、機体の保護を求めた。

アイは毎日格納庫と自室を往復して、作業の指示と機体の開発に専念している。

エンジニアとしてのアイの表情に、一片の揺らぎもない。

マイペースで変わり者なのは入団当時から分かっていた事だが、こうも徹底されると怪訝に思えてしまう。

アイは作業机の上に広げられる設計図に目を通しながら、淡々と言った。

――確かな、事実を。


「生前親しい間柄でもなし、悲しめと言われても困る。

……何より。

儂は、あの操舵手の死体を見ておらぬ。
死を悼むのは、自分の目で確認してからじゃ」


 冷静な意見に、ガスコーニュもはっとする。


――考えてみれば、死体を自分の目で見ていない。


死体検分を行ったドゥエロが頑なに拒否した為だ。

バートを死に追いやったのは自分達という負い目から、死体の保管に関してはドゥエロに任せている。

目撃者の証言や加害者の供述で、状況を認識したにすぎない。

とはいえ、現場に残されていた大量の血痕がバートの死を裏付けていた。

あれほど大量に出血して、死なない人間はこの世に存在しない。

状況が生存の可能性を否定している。

状況判断と長年の経験が、バートの死をハッキリと告げている。


ならば――この割り切れない気持ちは一体……


自分自身の判断に自信が持てないのは、久しぶりだった。

苦渋に顔を歪めるガスコーニュを、アイは顔を上げて健やかに微笑みを向ける。


「儂は一介のエンジニアじゃ、世俗の事はよく分からぬ。

ただ――この機体の主の帰還に備えて、自分の仕事をするまでじゃ」


 連続連夜の作業に疲れが見えているが、その表情には力があった。

アイがバートの死をどのように受け止めているのか、結局のところ分からない。

重苦しい艦内の雰囲気には場違いな彼女の笑顔だが――ガスコーニュの心労が少しだけ薄れた。


死なせてしまった責任は、重い。


招いてしまった悲劇は取り返しがつかないほど重く、失態どころの話ではない。

幹部として下手に手出し出来ず、傍観した結果尊い命が失われて――多くのクルー達が今心を傷つけている。

特にバートの関係者は見るも無残な様子であるらしい。

故人は気付いていなかったのかもしれないが――


――バートは立派に、自分達の仲間の一人だった。


華やかな活躍などなくとも、彼の精一杯の努力は皆に評価されていた。

情けないと笑われていても、温かな感情が乗せられていたのだ。

カイと並んで――将来が楽しみな男だった。

つくづく……何もしなかった自分が腹立たしい。

不公平だと部下達から謗りを受けても、バート達を助けるべきだったのかもしれない。

後から後悔しても無駄だと分かっていても、自嘲せずにはいられない。

そんな弱音を――ガスコーニュは溜息と共に吐き出した。


「しょぼくれてばかりじゃ……アンタに笑われるね、バート」


 ピシャッと頬を叩いて、気を引き締める。

気持ちの切り替えの早さが、ガスコーニュの良さである。

自分の体たらくをあの世で情けないと、バートに怒られていては話にならない。

年上として――人生の先輩として、毅然としなければ。

血色が良くなってきたガスコーニュに、アイは何も言わずに自分の仕事へ戻る。

そんな彼女にも気付かず、長楊枝を揺らしてガスコーニュは今後の対策を練る。

やる事は腐るほどあった。


バート・ガルサスの死、ペークシスの出力低下、ニル・ヴァーナの停滞、システムダウン――


船内は不安と恐怖に満ちており、チーフクラスを軒並み失った各部署は機能停止寸前に追い込まれている。

人材不足どころの話ではない。

これ以上何か起きれば、クルー達が暴動を起こす危険性もあった。

まずは自分の職場の部下達に檄を飛ばし、他の部署の応援に回らなければならない。

ガスコーニュもまた踵を返し、レジへ戻るべく足を速めると――



「ガスコさん……話があるの」

「――バーネット」



 痩せた頬に青褪めた顔色――

幽鬼のような表情に口元だけ緩めて、バーネットがガスコーニュの前に歩み寄る。












































<to be continued>







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