ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action21 −狼煙−
「――以上が、事の顛末です」
重苦しい空気が、場を容赦なく包み込む。
列席する誰もが苦渋に満ちた表情を浮かべ、やり切れない気持ちに満ち溢れている。
――ブリーフィングルームにおける、緊急会議。
中央のボード前で、重苦しい表情でブザムが報告を行っていた。
一週間前に起きた、悲劇の結末を。
「……。バートは――どうなったんだい?」
哀れなほど、無意味な質問。
その場に参列した誰もが知らぬ筈の無い、結末。
悲劇と呼ばれるからには、悲しみに位置する要因が必ず点在している。
それでも――聞かなければいけない。
150名の命と一隻の艦を預かる長ならば。
法衣に包まれて無表情に問うマグノに、ブザムは瞳を閉じて静かに答える。
「――銃弾に胸を貫かれ、死亡しました。ドゥエロが遺体を検分しています。
我々側からの遺体の確認や埋葬は――拒否されました」
「そうかい……」
涙こそ流さないが、杖を握るマグノの手は白く震えている。
――旅が始まって半年、とうとう死亡者が出てしまった。
ここまでの道程を考えれば、奇跡に近い数字――
何時何処で誰が死んでもおかしくない戦況を潜り抜けて、約半分の距離を稼ぐ事が出来ていた。
次々と来襲する謎の無人兵器の数々、周到な罠と内部抗争。
怪我人も多く出たが、幸いにも死者は出なかった。
――その幸運も、遂に尽きた。
バート・ガルサス、ニル・ヴァーナを運航する操舵手。
軽薄で臆病な性格だったが、気立ての良い男だった。
無駄口の多さには閉口したが、明るいお喋りに救われた事もある。
断じて――断じて、こんな宇宙の片隅で死ぬべき男ではなかった。
彼を殺した相手が無人兵器ならば、この憤りを容赦なくぶつける事が出来ただろう。
己が無力さを怒りに変えて、死に物狂いで戦いを挑んで八つ裂きにする。
人ならぬ存在だ、倫理観に惑う事すらない。
理性を狂わせて破壊活動を行っても、非難される事も無い。
報復相手が――刈り取りであれば。
「ヘレン・スーリエ自ら投降し、私に全てを打ち明けました。
現在も取調べ中、処分は保留としています」
「……」
警備チーフのヘレン・スーリエ、バート・ガルサスを射殺した犯人。
彼女の処分は一週間が経過した今も保留のままだった。
彼女の罪は明白だが、人間関係独特の複雑さを孕んでいる。
メイア・ギズボーンと口論が激しくなり、激昂して発砲――
放たれた銃弾はメイアを庇ったバートを貫いて、命を奪った。
独断で専攻した上に無許可の銃の使用、未遂とはいえマグノ海賊団幹部に発砲。
挙句の果てに脱獄した罪人を許可なく殺してしまった。
重罪である。
問答無用で牢獄に放り込み、重い処分を科すべきとも言える。
議論の余地は無い。
個々が故郷のアジトならば、永久追放か長期幽閉は当然だった。
マグノ海賊団副長ブザム・A・カレッサはそんな甘い女性でない。
誰であろうと規則を徹底して罪を科す、それが若くして副長を任された彼女たる所以だ。
マグノも同様である。
孫のように部下を可愛がっているからこそ、過ちを犯せば厳しい態度で望まなければならない。
甘やかす事だけが親ではない。
――彼女達の頭を悩ませているのは、状況。
メイア・ギズボーンが男達の脱獄と逃走に手を貸した事。
射殺した相手がバート・ガルサス――脱獄した張本人である事が、事態をややこしくしてしまっている。
共に誤認ではなく、事実は明らかなのだ。
メイアの口から裏切り者の引渡しを拒否する言葉と、海賊への叛逆を暗示する暴言を吐いている。
理由はどうあれ、バートが事情聴取の最中に牢獄を飛び出してしまっている。
反逆者と裏切り者――捕縛の為急ぎ部下を動かした事は正しい。
メイア本人が挑発して発砲を促したと、部下からも証言が取れている。
無実には出来ない、当然だ。
だが、彼女の罪は――問われると、本当に難しい。
平穏時ならともかく、彼女を今処罰すると別の悪しき流れを生み出してしまう。
「ドゥエロ・マクファイル、パルフェ・バルブレア、パイウェイ・ウンダーベルグ、メイア・ギズボーン――四名を捕縛しました。
事情聴取を行っていますが、本人達は黙秘を続けています。
――バートの死が、重く圧し掛かっているのでしょう。
密航者も彼らに同行していたようですが、混乱した状況の最中姿を消したようです。
目下、捜索中です」
警備クルーの話では、ドゥエロ達は脱げ殻同然だったらしい。
誰もが重く口を閉ざし、無抵抗のまま捕縛された。
人殺しと泣き喚くパイウェイの絶叫だけが、その場に居た全ての人間の心を引き裂いた。
最早、敵も味方も無かった――
警備員にとっても、これほど辛く嫌な作業は無い。
泣いている人間も多数いたらしく、職務を全うした後部屋に閉じこもっている人間も多い。
「――シビアな状況だね……」
それまで黙って話を聞いていたガスコーニュが口を挟む。
普段は姉御肌な彼女も、今回ばかりは弱り切った笑顔を浮かべている。
繊細さに欠けた辛い表情を――
「幹部の殆どが投獄か脱走、どの部署も支えを失って機能停止寸前。
刈り取りが攻めてきたら終わりだよ、これじゃあさ……」
ドレッドチームのほぼ半数以上が、カイと戦って肉体的・精神的に負傷。
チームリーダーのメイアは投獄、サブリーダーのジュラは行方不明。
全体的なサポート役のバーネットは自殺未遂。
ヴァンドレッドの要たるカイは叛逆した上に、重傷を負って逃走。
キッチン・クリーニングはチーフが同じく行方不明、保安部・機関部は長が投獄、部下は職務放棄。
操舵手は死亡、医者と看護婦は投獄。
メインブリッジは有能なクルー二名が行方不明、オペレーターが過労と精神的不調で倒れている。
現在普段通り機能しているのはエステとイベント、レジの三部署のみ。
マグノ海賊団は――瓦解寸前だった。
緊急会議に集まったのも結局、三名のみである。
サブリーダーや主だった面々は持ち場を離れられず、立て直しに躍起になっている。
崩壊間近と知りながら――
「――けれど、バートがやってくれた事は大きいよ」
曇った声が、会議室内を隅々まで悲しみに浸透していく。
温もりを奪われた感情は、今の現実に泣く事さえ許されない。
マグノは透き通った声で、残された遺志を伝えていく。
「この船を包んでいた闇を払ってくれた。
アタシらでさえ手を焼いていた、皆の心を巣食う疑心暗鬼を――バートが消してくれたんだ。
あの子が根性見せたんだ。託されたアタシらの役割は大きいよ。
ここが正念場さね」
――バート・ガルサスの死は艦内全域に広がり、クルー達を震撼させた。
生々しい死が彼女達に、大いなる現実を教えてくれたのだ。
メイアを守って死んだ彼の死に様は、これ以上ない程の男の誠実さを証明した。
命懸けで女を助けた行為に疑いなど微塵も抱けない。
男への反感は完全に消えて今、クルー達は荒んだ現実をようやく見つめ直しつつある。
主だった面々が艦内から姿を消して、船は完全に停止している。
立ち上がらなければ死ぬ――その現実だけを残して、バートは死んだ。
残された人々は重い苦しみを背負って、大海原へと乗り出す――
悲しみを今だけ押し殺して、マグノ達は今後の対策を練る。
抜け出せない牢獄に囚われながら、尚も懸命に――
一体、何処で間違えてしまったのだろうか――?
男女の希望を載せた船ニル・ヴァーナは、答えの見えない闇のど真ん中で停止していた。
――胸の中に眠る、小さな鼓動を抱き締めながら。
<to be continued>
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