ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <前編>






Action20 −亡骸−






 ドゥエロ・マクファイル、第三世代期待のエリート。

士官学校設立以来の最優秀成績を残し、文武両道に優れた若き軍人候補。

冷静沈着な彼の眼差しは鋭く、自身を含めた客観的思考によって感情まで冷えていた。

同僚となる士官候補生達でさえ、喜怒哀楽を浮かべるドゥエロを見た者はいない。

国家が求めるものは彼の優秀な頭脳であり、強靭な肉体であり、冷静さを保った思考だった。

将来の軍人に、感情など瑣末。

ドゥエロ自身不満もなく――満足も得られないまま、士官学校の卒業日を迎えた。



――そう。



少年や少女達と出逢った、人生の転機の日である。















――血溜りに沈んだ表情。

物言わぬ身体は真っ赤な華を咲かせて、力なく横たわっている。

瞳は静かに閉じられて、頬に悲しみの色だけを残していた。


「バート……バート!」


 綺麗な白衣が血に染まるが、知った事ではない。

ドゥエロは眠りに就いた青年の上半身を起こし、必死で揺さぶる。


医療的行為とは到底呼べない、愚鈍な蘇生処置――


消えた意識を必死で掻き集めるかのように、ドゥエロは大声で呼びかける。

周囲の目すら、彼の眼中にはなかった。


「しっかりしろ! 共に戦うと約束したのではないのか!?」


 血に濡れた顔に、表情が戻る事はない。

揺さぶれば揺さぶった分だけ、無機質に身体が震えるだけだった。

意思のない肉体は、物体でしかない――

医術を心得ているドゥエロには常識とも言える、冷たい事実だった。


――歯噛みする。


牢獄の中で迷っていた自分を、明るく励ましてくれた青年。

彼が背中を押してくれなければ、今でも自分は利を優先して牢獄の中に留まっていた。

バーネットの無事も確認出来ないまま、案ずる心を持て余していたに違いない。


だが――ドゥエロは思う。


あのまま牢獄で大人しくしていた方が、正解だったのではないのか?

経過はどうあれ、バーネットは無事だった。

賭け付けた時は既に彼女は自分で立ち上がり、心静かに自分を見つめ直していた。

彼女は、自分の助けを必要としていなかった。

そもそも一度たりとも、バーネットは自分に助けを求めていない。

自分で勝手に心配し、勝手に案じて、勝手に飛び出したのだ――

自分の感情を優先し、状況を顧みず、自分の思い一つで講じた下策。

全ては徒労に終わり、起こした行動の結果に振り回されて、対策すらロクに立てられず――このザマ。

艦内に無用な混乱を巻き起こし、助けてくれた仲間を巻き込み、和平対象の女達を敵に変えて――



――かけがえのない戦友を、犠牲にした。



大人しく牢獄にいれば、このような結果にはならなかった。

バーネットは手助けせずとも、既に助かっている。

理不尽な幽閉にも耐えて、懸命に女達を説得する。

改善は難しくとも、状況は少しずつでも好転されたかもしれない。

――少なくとも、事態は悪化しなかった。

感情に振り回されるのは愚かだと、肝に銘じていたはずなのに――


「……すまない……すまなかった……バート……」


   バートを強く抱き締めたまま、ドゥエロは声を震わせる。

――涙が、出ない。

煮え滾るような怒りと悲しみを感じているのに、一滴も零れない。

明晰な頭脳が、感情の有効性を拒否する。


――自分の何処がエリートだというのか。


人間として欠陥品ではないか。

何度も励まして救ってくれた友人が凶弾に倒れても、涙一つ浮かべられない。

強い後悔と憤りだけが、ドゥエロの中で充満していた。


「……ド、ドクター……バ、バートは……?」


 助手の残酷な問いかけに、心がヒビ割れる。

醜い言葉が憤りと共に爆発し掛けて、思い止まる。

虚しいだけだった。


小さく――されど明確に、首を振る。


微かに呼吸はしている、心臓も動いている。

――だが、それだけだった。

蘇生処置等施したところで、苦しみを引き伸ばすだけ。

バート・ガルサスは生きているのではない。


まだ、死んでいないだけだった――


「――っ、う、嘘だ……よね……?」


 嘘だと言いたい、この場にいる誰よりも。

突然立ち上がって、死んだ振りをしていただけだと笑う彼を無性に切望したくなる。


だが――バートは冷たく、横たわったまま。


瞳が開かれる事はない。

もう、二度と――



「あ、あ……あああああああああああああああ!!

バート、バートぉぉぉ〜〜〜〜!!」



 血に濡れたバートを見下ろして、パイウェイは号泣する。

恥も外聞もありはしなかった。

男や女の関係も何もかも忘れて、パイウェイは悲しみに打ち震えて泣き喚いた。

言い争う事も多々あったが、それでも――二人は友達同士に、なれていた。

幼い助手の涙を止める術も持たず、ドゥエロは無力に膝をつく。

状況を生んでしまったメイアなど、呆けた顔で涙を零していた。


「あーうー? おねーちゃん、どうして泣いてるの?」

「……泣かせてあげよう、今は」


 駆け寄ろうとする少女を、パルフェは背中から抱き締める。

無垢な女の子に縋り付いて――その背を濡らした。

重々しい涙が眼鏡に吸い付いて、床に落ちて割れる――

無防備な素顔を晒して、パルフェは素直な気持ちで悲しみに浸った。


――涙に暮れる裏切り者達を前に、警備員達は微動だにしない。


反逆者を一命仕留めた喜びはない。

裏切りの罪を糾弾出来た達成感もない。


あるのは――大切な命を消した、罪悪感だけ。


少年が最後に遺したメッセージは、何物にも代え難い尊い真実だった。


バート・ガルサス――彼は決して、自分達の敵ではなかった。


消え逝く我が身を前に、最後まで自分達を案じた気持ちに何の悪意も感じられなかった。

――疑心暗鬼に駆られ、仲間を信じなかった者達の末路。

今の彼女達は、自由と誇りに生きる海賊ではない。


仲間殺しの、罪人だった――


「……パルフェ・バルブレア」

「ソラちゃん……」


 悲しみに溢れる世界の中で、無表情な少女の存在は一際浮いていた。

生々しい現実の死でさえ、美しい幻想が揺れる事はない。

少女の落ち着いた態度が、パルフェの涙腺を刺激する――


「……最低だね、あたし達……」

「……」

「あはは……もう、分かんなくなっちゃった……

何が正しくて、何が間違ってるのか……もう、分かんない……」


 機関クルーを始めとする沢山の人達に、涙は伝染していく。

パルフェの切なる悲しみに、状況を理解出来ないディータは困惑顔。

ソラは過ちを犯した者達を一瞥し――天井を仰ぎ見る。



「――私も……分からなくなりました。


男とは――


女とは――



人間とは――何なのでしょうか……?」



 分からないから、過ちを犯してしまう――

程度の良い理解も、起きてしまった現実は変えられない。

ソラは瞳に逡巡の色を浮かべた後に、瞑目する。


「――パルフェ・バルブレア。貴方に御願いがあります」


 その声に感情はなくとも、真摯な響きがあった。

涙に頬を濡らしたまま顔を上げるパルフェに、ソラは小さな声で囁いた。





――この場にいる誰もがまだ、知らない。





志半ばで倒れた者は――もう一人、いることに。












































<to be continued>







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