ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action19 −金打−
――仕官学校時代、クラスでイジメがあった。
名前も顔も階級も何一つ覚えていない、イジメの対象人物。
微かに記憶があるのは――背が低かった、ただそれだけ。
イジメには常に理由が存在し――理由さえあれば、イジメは正義としてまかり通る。
常人より背丈の小さな男は、小柄である事を理由に苛められていた。
直接的に苛めていたのは一つのグループだが、黙認していたのはクラス全員だった。
力を持ったグループに歯向かう奇特な人間はいない。
将来国家を守る軍人を育てる士官学校は規律こそ厳しかったが、規則を潜り抜ける手段もまた存在していた。
人間である限り集団は生まれ、集団が生まれれば強者と弱者に区別される。
小柄な男は非力で、内気だった。
イジメはある意味で必然として生まれ、肉体的及び精神的に苦痛を受け続けた。
――自分にとって、彼は取るに足りない男だった。
階級は自分と同じだが、家柄は成り上がりの凡俗。
発言力も低く、非力ともなれば味方にしても意味がない。
グループとは距離を置いて、男とは関わらなかった。
助けたところで、利益はなかった。
他のクラスメートも自分と同じく、関わろうとしなかった。
目の前で繰り広げられる醜い暴力を視界の隅に捉えながらも、傍観者で通した。
――男は退学した。
軍事国家タラークにおいて、士官学校を自主退学する重大さを知らない人間はいない。
崇高な軍律への侮辱に等しい、非国民的行為である。
処罰こそされないが、立身出世への道は閉ざされたも同然。
御家断絶は当然で、一生世間から後ろ指を指されて生きていく羽目になる。
――空席となったクラスメートの机。
苦痛の現実から逃げた彼に、やはり特別な感情は抱かなかった。
彼がいなくなっても、クラスは機能している。
明日もまた厳しい軍事訓練が待っているのだ、他人を気にする余裕はない。
クラスメートも誰一人、彼の不在を悲しんでいない。
小男の人生を台無しにしたグループは、我が物顔で今日も元気に生きている。
自分もどうでも良かった。
ただ――
――わだかまりが残った。
轟音――
銃火が迸った瞬間全身を凄まじい激震が打ち据えて、一瞬意識が消し飛んだ。
音が消え、全てがコマ送りのように見える――
体内に宿る心の芯まで貫かれて、衝撃と共に無様に倒れ伏す。
痛みがなかった事を幸運に思う気力すらない。
――自分を見下ろすメイアの呆然とした顔を目の当たりにして……彼女を庇ったのだと、ようやく自覚出来た。
今わの際に、何か……何か彼女に言った気がするのだが、覚えていない。
喉の奥を焼くような灼熱の塊を吐いて、バート・ガルサスは息も絶え絶えに悶えた。
「バート……バートォォォォ!!!!」
空気を震わせる怒号が鳴り響いたと同時に、上半身を持ち上げられる。
――トップエリートの、青褪めた顔。
憧れの象徴だった人間が目を剥いて、何かを叫んでいる。
その事実が、少しだけ愉快だった。
ビックリさせられてばかりの自分が、タラークが誇る天才を驚かせたのだから。
「……ドゥ、エロ君……」
「喋るな! ――くっ、出血が酷い……」
出血という言葉に、恐る恐る自分を見下ろす。
愛用の軍服を染める真っ赤な血――
口元から飛び散っている夥しい出血量に、先程自分が血を吐いたのだと知る。
急速に霞んでいく視界に、少女の泣き顔が映った。
「な――何してるのよ、馬鹿!
似合わない事して、何で、こんな……うう……」
小さな看護婦が嗚咽を漏らして、頬を涙で濡らす。
透明な雫が血に濡れた自分の顔を、温かく洗い流してくれるようだった。
泣かないで――声さえ掠れて縮まっていく……
「何やってるのよ、ドクター! すぐに医務室へ運ばないと!」
「――! あ、ああ……そうだ、そうだ!
バート、必ず私が助ける! だから……死ぬな!」
理論的な医者の、非理論的な魂の叫びに薄っすら微笑み返す事しか出来ない。
気の利いたジョークを言いたかったが、吐き出された血に遮られてしまう。
堪らず咳き込んだ瞬間、舌に苦い鉄の味が広がった。
「……バ、バート……わ、私は……」
茫然自失といった顔で、勇敢なチームリーダーが膝をついた。
顔色は漂白、空色の瞳が揺れて幼子のように潤み始めている。
可笑しな感じだった。
銃弾に撃たれた自分より……彼女の方が、ずっと痛そうだった……
「だ……だい……じょうぶ……だった……怪我、して、な……ゴホ、ゴホ!」
ああ――悔しい。
絶好調な普段の御喋りを今こそ活かしたいのに。
舌が縺れて……声が、掠れて……
「バート……すまない、すまない……! 私の、私のせいで――!
――何が……海賊だ……何が、自由だ……何が、強さだ!!!
私は、また……また、大切な人間を――犠牲に……」
涙を流しながら、バートの手を掴むメイア。
神に赦しを請うように、両腕で握り締めたまま顔を俯かせて悲痛に叫ぶ。
その温かさだけを感じながら、バートは弱々しく首を振った。
「カッコ――よかった、よ……さっきの。
さ、さっすがリーダーって感じ、でさ……はは、は……
僕も――」
最早、力も殆ど入らない。
けれど――バートは懸命に、メイアの手を握り返した。
何度も、何度も、力を込めて……
「――僕も……メイアのように、強ければ……
……あいつ、を……助け、られたの、かな……
理不尽、な……暴力に、負けなかっ……た、かな……」
顔も思い出せない、クラスメート。
記憶の底にあるのは小柄な背丈と――ちっぽけな、自分。
助けようともせず、イジメにもかかわらず、何事からも逃げていた。
確かに、助ける事に意味はなかった。
関わった事で、自分も苛められていたかもしれない。
けれど――戦わなかった。
それだけは、変えようのない事実だ。
男として、悔しかった――
小さな悔恨でも、もしかしたらずっと燻り続けてきたのかもしれない。
ヘラヘラ笑って他人に愛想を見せてきたが、本当はもっと――胸を張って、笑いたかった……
最後まで弱かった自分が、ただ情けない。
「……違う! それは違う!」
必死で助けた女性が、涙が零れ出るのもかまわず必死で首を振る。
はずみで――髪飾りが地面に転がるが、知った事ではなかった……
「お前は……強い。私よりも、ずっと強い!
女の私を――命懸けで、助けてくれたじゃないか!!
胸を張れ、バート。お前は本当に――立派な男だ」
――僕が、立派……
次第に冷たくなる身体の奥底で、温かな想いが胸を熱くする。
仄かに燃える心が、束の間の力を与えてくれた。
バートは必死で顔を上げて……メイアの背後に立つ人物を見る。
銃を取り落として、愕然とした眼差しで自分を見下ろす女性――
血に伏した自分を、驚愕と畏怖の視線で見つめる警備員達。
誰もが皆バートの取った行為に飲まれ、声を失っていた。
疑心暗鬼など何処かへ吹っ飛び、一人の操舵手が取った行動に心を砕かれる思いだった。
何もかもが、予想外――
女性陣の中に染み付いていた疎ましき男像が、破壊されていく。
倒れた男が向ける、彼女達への視線に非難はない。
「……なんで……仲間を……撃つんだよ……」
あるのは――大いなる、悲しみ。
自分に訪れた悲運を嘆く事すらなく、バートはただ疑問を発する。
「ずっと……一緒にやって来た、仲間だ……ろ……?
彼女達は……ただ、僕達を助けてく、れた……だけな、のに……
パル、フェも……メイアも……パイウェイも……み、んな……こんなに、優しいのに……」
バートの瞳から……一筋の涙が流れる。
重く、切なく、苦しい――悲しみに満ちた、心が。
「……お願い、だから……
みんな……
仲良くし、て……
く……
れ……よ……」
――灯火は、消える。
<to be continued>
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