ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action18 −女傑−
周囲の緊張感が最高潮に高まっている。
張り詰めた空気が保管庫を覆い尽くして、その場に居る全員の神経を尖らせていた。
和んだ表情を浮かべているのは、一人の幼女――
光が消失したペークシス・プラグマに向かって話し掛ける姿を、忌々しく見つめる一人の女性。
ワイルドな風貌が似合う年上の女性、警備チーフのヘレンである。
銃口を油断なく突きつけながら、低い声で呟いた。
「……アイツは何をやっている。状況を理解出来ていないのか」
「理解出来ていない。私達に関する記憶も無い。
精神が幼い頃に戻り、周りの物全てが珍しく見えているだけだ。気にするな」
淀みなく答えるメイアに厳しい目を向けながらも、ディータに対する警戒は多少なりとも緩める。
目の前にいる難敵にこそ集中せねばならないこの時、精神障害者に理解を求める必要性はない。
ペークシス・プラグマに話し掛ける異常行為を叱責したところで、如何にかなるものでもないのだ。
――ヘレンはそう判断してくれた事を察して、メイアは内心安堵する。
ディータは確かに今周囲を認識する知性は存在しないが、対話能力は残されている。
彼女が結晶体を通じて誰と話しているのか気付かれれば、ディータも裏切り者になってしまう。
カイはマグノ海賊団の怨敵――明白な反逆者である。
口を利けば裏切り者、力を貸せば反逆者にスライドする。
根底の認識がずれている以上、早急な理解を求めても徒労に終わる。
分かっていながらも、メイアは自分の仲間が起こした短気な行動に重い溜息を吐かざるを得ない。
「此処はパルフェ・バルブレアが管理する部署だ。
確証もなく強引な突入を行って、機関クルー達の職務を脅かした。処罰対象となるぞ」
「何を馬鹿な事を……荒くれ者達を統率するリーダーらしくない言葉だ。
パルフェ達は脱獄犯を匿い、彼らの支援を行っている。立派な反乱だ。
処罰されるのはお前達の方だ」
ヘレンの浮かべる冷笑に、メイアは軽く表情を険しくする。
理由はどうあれ、ドゥエロとバートが取った行動はマグノ海賊団全体を揺るがす危険行為。
取調べを通じて話し合う機会を与えたのに、カイと同じく脱獄を行った。
本当に自分達が無実で逆らう気がないのなら、大人しく行く事を聞けばその内チャンスが与えられたかもしれない。
弁明する機会を設けられただろう――あの厳しくも心優しき老婆の手で。
短慮な行動だと、メイア自身も思っている。
先立って脱獄後舟を飛び出して、ドレッドチームと交戦を行った少年にしてもそうだ。
一言相談してくれれば――話し合いが不可能でも腰を据えて事態に対応してくれていれば、どうにかなっていたかもしれない。
このような、血で血を洗う暴力にまで発展はしなかったかもしれない。
全ては、過ぎた話――
過ぎ去った過去に思いを馳せる愚を感じ取りながらも、仲間だった人間に銃を向けられる悲しい現実に嘆いてしまう。
こんな事をしている場合ではないのに。
刈り取りの脅威は故郷を押し寄せており、自分達もまだ危険の真っ只中にあるのに。
外にいる強大な敵よりも、味方かも知れない内部の敵の方が脅威だとでも言うのか?
カイは自分達に剣を向けた、反逆の意思を明白にした――それは事実だ。
残された二人の男達を仲間だと信じろと訴えても、心に届かないのは分かっている。
彼ら本人にしても、マグノ海賊団に心から服従している訳ではない。
むしろ自分達の今の境遇や陥った環境に、反目すら覚えているだろう。
脱獄という行動自体がそれを証明している。
自分達のやり方に不満があるから脱獄した事は、不変の事実なのだ。
何故、こうなってしまったのだろう――?
男と女、この両者の差は一体なんであると言うのか。
ここまで憎しみ合わなければ、お互い一緒に生きていけないのか――
(――カイ。
お前も……こんな葛藤に苦しんでいたのか……)
冷たい銃口が――レーザーガンと、重なる。
血みどろの戦闘にこそ発展しなかったが、少年と自分達は常に対立してきた。
少年の言い分はマグノ海賊団の自分達には到底受け入れられず、彼の理想は鼻で笑われてきた。
男女共存――誰よりも強く望んでいた少年は、誰よりも深く苦しんでいたのだ。
きっと、今の自分と同じ苦しみを――
ドゥエロ達側に立って、マグノ海賊団の同胞と向き合って初めて理解出来た。
これほど――相手が滑稽に見えるとは。
自由を謳いながら、故郷の理念に縛り付けられている。
少年個人への憎しみをタラークへの敵対意識とすり替えることで、自分達を正当化している。
略奪した罪を――大勢の人達を苦しめた行いを全て、故郷の責任にしているように。
「メイア、パルフェ、パイウェイ。今すぐ、男達を引き渡せ。
お前達のやってきた事は見過ごせないが、今なら間に合う。
もう一度、マグノ海賊団に――お頭に忠誠を誓え」
最後通牒である事は、銃を向けるヘレンと警備員達の表情で一目瞭然だった。
拒否したが最後メイア達は捕縛され、男達を拘束もしくは射殺する。
抵抗も無意味に近い。
戦闘訓練を受けているのは自分のみ、パイウェイやパイウェイは非戦闘員である。
様子を見守る機関クルー達も殺気立つ警備員達に、不満と恐怖の色を浮かべている。
警備員達を無力化する事は出来ても、ヘレンはマグノ海賊団トップクラスの実力者だ。
伊達にチーフを任されていない。
ドレッド戦では無類の強さを誇るメイアだが、白兵戦となると分が悪い。
乱戦になれば、周囲に被害が生じる。
庇い続ける事にメイアが苦慮していると――
「お頭に忠誠を誓う事とドクター達を守る事に、どうして違いがあるの?」
メイアの背後から、不思議そうな疑問が飛んだ。
状況をまるで理解していないかのように、その声には無邪気な疑問だけが浮き出ている。
ヘレンは頬を引き攣らせて叫ぶ。
「お前達が守っている二人はマグノ海賊団の敵――お頭の敵だ!
そのもの達を庇う事は、お頭に反逆するのと同じ。
我々を敵に回すという事なのが、何故分からないんだ!」
「分からないよ、そんなの。
あたしはドクターやバートが気に入っているし、お頭だって好きだよ。
今まで面倒見てくれて、相談にも乗ってくれた。
――どっちかを選べなんて言われても選べない。
あたしはどっちも選ぶ。
お頭と戦うつもりはないし、ドクターもバートも見捨てない。
機械も人間も同じだよ。
分け隔てなんかしてたら、直す物も直せない」
ドゥエロとバートは引き渡せないが、マグノ海賊団に反逆する意思はない。
状況を見れば信頼性のない主張だが、事情をする人間からすれば首尾一貫していた。
男女共同に強い共感は持っていないが、パルフェは自分なりの意見があり、理想を持っている。
彼女は自分の中のルールに従って、素直に行動しているのだ。
自分の意に沿わなければ相手が神様でも反対、どれほど劣悪な人間でも気に入れば味方をする。
たとえこの場で殺されようと、翻す事の出来ない意思だった。
パルフェは海賊の理念に従っているのではない。
幼い頃から一人向き合い続けて形成された、自分自分に忠誠を誓っている。
自己満足とも取れるが――彼女の部下達に非難はない。
彼女達は知っている。
パルフェが守ると決めた者の中に――自分達が含まれている事を。
共にこれまで一緒に頑張って来た人達を、パルフェは切り捨てる人間ではない。
だからこそ、強い信頼を寄せている。
信頼出来る彼女が是とする人間を受け入れられる、命懸けで守り通せる。
今ここに、機関部総員の意思が一つになった。
そして――もう一つの、小さな手が差し伸べられる。
「……パイは……ドクターの助手だから。
ドクターを、絶対に裏切れない。
医者と看護婦が信じ合えないなら、患者を助ける事なんて出来ないもん!
バートだって……悪い奴じゃない!
二人を悪く言うアンタなんか、大っ嫌い!
カイを苛めるお頭なんかの言う事なんて、聞けない!!」
ドゥエロの横に立ったまま、涙を流して少女が叫ぶ。
彼女に、人に誇れる理念などない。
子供の我侭だと言われれば否定は出来ない。
――どうでもいいのだ、そんな事。
納得出来ないから、反対する。
好きな人が殺されようとしてるのを、懸命に文句を言って何が悪い。
大勢で寄ってたかって一人を――カイを弾劾し続けるマグノ海賊団を、今度という今度こそパイウェイは見限った。
国家中枢の人間すら恐れるマグノ・ビバンを、非難した。
怖くない筈はない。
何て事を言ってしまったのだと、今も心の奥底から震えている。
でも、間違えていないのだと信じている。
正しい事を貫けないのなら、大人になんてなりたくない。
恩人を、上司を、仲間を――友達を裏切る人間になんて、ならない。
少女の拙い叫びが、メイアの小さな迷いを断ち切った。
(……父さん……母さん……)
自分の弱さをかつて、両親の責任にした。
メイアは強く……強く瞑目する。
葛藤はある、逡巡している、今も強く悩んでいる。
だけど――
「……私も、彼女達と同じ気持ちだ。二人をお前達には渡さない」
警備員達に、動揺が広がっていく。
変わり者で知られるパルフェや、子供のパイウェイの反対ではない。
マグノ海賊団の大幹部。
多くの部下達に恐れられ、絶大な信頼を寄せられている――あのメイアが、真っ向から叛意を向けた。
誰よりもお頭に忠実で、海賊の生業を孤高の強さで果たして来た偉大なる戦士が――
ヘレンでさえ、顔色を変えた。
「……本気で言っているのか? 何もかもを失うんだぞ!
今までアンタがやって来た事――積み重ねた実績や信頼を、全部失くしてしまうんだぞ!
故郷にいる仲間たちを――アタシ達を、お頭を裏切るって言ってるんだぞ!!」
――お頭には多大な恩がある。
両親を失くして、行き場を失い、絶望に埋もれて転がっていた自分を救ってもらった。
新しい居場所と、掛け替えのない仲間を与えてくれた。
感謝しているし、心だって苦しい。
マグノ海賊団に入って数年間、頑張り続けてきた全てを失くしてしまう。
それは――目標としていた強さへの否定に、等しい。
「裏切りではない。
間違えていると思うのなら、正してやる事こそが本当の仲間だ。
カイが――ドクターが、バートが、私に教えてくれた。
海賊の理念も、否定しない。地位や名誉に、最初から興味はない。
社会や常識に縛られず――
――私は、私自身を誇れる自由を歩む!」
今まで信じていた強さは、紛い物だった。
少年が船から飛び出して、仲間達が奔走する状況に耐えかねて――罪もない少女にリングガンを向けてしまった。
一人で得られる強さなど、その程度なのだと悟ってしまった。
今度、どう生きていけば良いのか今でも分からない。
人生の答えを見つけるには、今の自分は無力に尽きる。
ならばせめて、自分が正しいと思える生き方を歩んでいく。
大切な人達を最後まで愛した母のように。
荒廃する故郷を変えるべく、努力し続けた父のように。
自分が正しいと胸を張って生きる――それを身を張って教えてくれた男達を、断じて捨てるつもりはない。
見捨てた後平穏が戻ったところで、決して自分を許せなくなるから。
息を呑む一同にメイアは厳しい眼差しを向けて、前を歩く。
眼前に銃口が触れるまで、彼女の足は止まらなかった。
「ヘレン。
自分が正しいと心から断言出来るなら――私を撃て。
自分の人生を賭けて、引き金を引いてみろ」
「く……」
――大義名分はある。
メイアはマグノ海賊団と戦う道を選んだ、引き金を引いても理由はつけられる。
この場にいる全員を射殺しても、弁護する人間は出てくるだろう。
しかし、どうあれ――命を奪う事に、変わりはない。
かつて仲間だった人間を殺すという事実に、如何なる差異も生じない。
そして。
「……畜生……ちくしょうぁぁぁぁぁ!!!!」
――発砲音。
怒号と共に鳴り響いた銃声は――
「――っ! お、お前……」
「あ、はは……
……カッコつけすぎちゃった……か、な……」
――咄嗟にメイアを突き飛ばした、一人の青年を貫いた。
呆然とするメイアに軽い微笑みを浮かべて――バート・ガルサスはそのまま倒れる。
華奢な胸に、真紅の花びらを咲かせて。
「バート……バートォォォォ!!!!」
<to be continued>
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