ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action17 −銃砲−
――凍りつくような緊張感。
濃厚な殺意が充満する空気の中、口を開く。
平静さを保つ努力はしているが、滲み出る怒りは抑え切れそうも無い――
「……正気か?
独断専行をいつまでもお頭が許すと思っているのか」
自分が他者に賛美されるような、優れた人間だとは思っていない。
お頭のような人格者に、副長のような指導者には決してなれない。
――自分の父を否定し、自分の母を助けられなかった罪人には。
許されるその日まで、罪人は罪を背負い続ける義務がある。
罰を受け入れる責務がある。
――さりとて。
突如冷たい銃口を向けられて、何も聞かずに大人しく死ねる程達観はしていない。
「裏切り者を赦すほど、我々は甘くない。
男達は明確な叛意を示している、酌量の余地など微塵も無い」
切れ長の瞳が殺意に燃えて、鋭利な口調で断言した。
かつての同僚――警備チーフの処刑宣言を耳にしても、肯定する気にはなれそうも無い。
……何処で歯車が狂ってしまったのか。
友好関係は特に結んでいないが、同じ幹部として意見交換を何度も重ねた。
定例会議の度に顔を合わせては、取り留めの無い彼女の話に耳は傾けていた。
勝気で喧嘩っ早い性格だが、過去にこだわらない快活な気性には多少の憧れはあった。
――そんな彼女と今、生死を隔てた対立を行っている。
彼女の背後には、完全武装した厳しい顔の部下達。
自分の背後には、恐れなく身構えている仲間達。
舞台背景には――輝きを失った結晶体。
まるで希望の光が消えたかのように、虚ろで寂しい表層を見せている。
沈痛な心持ちで俯くと、背後から少女の震えた声が聞こえてくる。
「……メイア」
「……大丈夫だ、パイウェイ」
不器用に微笑みかけて、最後向き直る。
まったく――あの男と話した途端、これか……
メイア・ギズボーンは、重々しく嘆息した。
――ディータ・リーベライの負傷事故、密航者の隠蔽、マグノ海賊団への反逆。
現在ニル・ヴァーナを苦境に立たされている張本人が、ペークシスを通じてバートと話している。
少年の変わらぬ声を聞いて、メイアの胸に去来したのは安堵と――怒り。
バートと熱い語らいを行う少年を聞いている内に、自分でも不思議なほど憤りを感じる。
気付けば足を早め、未熟だが見事な決意を取った男を脇に、痛烈に呼びかけていた。
『よ、よぉ……元気そうだな』
相変わらずの軽い声。
自分がどれほどの騒ぎを引き起こしたのか――
――私がどれほど悩んでいるのか、知りもしないふざけた口調。
唇を強く結んで、唾棄する様に訴えかける。
『元気そうだな、だと……?
ぬけぬけと、よくもそんな口が叩けるなお前は』
『ま、まあ、落ち着けよ……俺も悪いな、とは思って――』
『ここまで事態を大きくしておいて、今頃何を言っている』
初めて会った時は、カイの短慮で不真面目な態度に軽蔑すら覚えていた。
男である事以前の問題だった。
彼の存在価値を一番否定していたのは、他ならぬ自分だろう。
――たかが半年間で、評価が覆されるとは夢にも思わなかった。
今では他の仲間が彼を無闇に迫害する事に、少なからず理不尽な思いを感じている。
少年を案ずる気持ちさえ芽生えている。
今も多分本人なりに思うところはあるのかもしれないが――性格の不一致は、今でも変わらないようだ。
メイアは嘆息する。
『我々は一刻も早く故郷へ戻らなければならない。
個々の感情はどうあれ、協力すべき時に滅茶苦茶にしてくれたな』
『そ、そうだ! その故郷の事でおまえ等に話さないといけない事が――』
『今度こそ誤魔化されないぞ、カイ』
『今度は本当だって!?』
これだ――都合が悪くなれば、話をすぐに逸らす。
この悪癖も矯正せねばならない。
その役割も、私が適任だろう。
……不思議と、心が弾んだ。
『ぐうう……人の話を聞かない奴め……
そんなんじゃ相手に嫌われるぞ』
『お前が言うな』
話を聞いていたのか、皆も同意を示す。
共通認識である事が判明して、メイアは改めてカイの教育を決意する。
その為にも、この男には責任を果たしてもらわねばならない。
『どうするつもりだ。逃げても物事は解決しないぞ』
『分かってる。こっちも今、態勢を立て直してるんだ。
そっちは今どの辺を走ってる?
座標教えてくれれば、アマローネやクマちゃんが補足出来る』
"クマちゃん"とは、確かカイがセルティックに名付けた愛称だ。
アマローネはともかく、セルティックまで協力関係を結んでいる事には驚かされる。
内気な彼女は、カイを極端に嫌っていたのだから。
切磋琢磨した少年の日々が実を結んでいる事を知り、メイアは少しだけ焦りを感じた。
――危機的状況と先の見えない日々に疲弊して、ディータにリングガンを向けた自分。
他者の関係を否定して、自己に特化した強さを得る月日を過ごした自分。
カイは他者を肯定する事で強くなり――自分は他者を否定する事で弱くなっている。
明確な結果に、メイアは頑なに首を振った。
今は思い悩む時ではない。
『…・・・動いていない』
『へ……? いや、だから現在地を――』
『お前が出て行って、ニル・ヴァーナは全鑑停止状態だ。
原因は調査中、ペークシスも出力20%未満。システムの制御で精一杯だ』
パルフェの報告を改めて口にする事で、危機を再認識した。
同時に、一つの事実に思い当たる。
ペークシスが活動を停止したのは――カイが出て行ってから。
艦内が不安定な状態になったのは、カイが事件を起こした時と一致する。
偶然――と考えるには、ペークシス・プラグマには謎が多すぎた。
念の為、パルフェに話を聞く必要がある。
『20%って…・・・空調とか大丈夫なのか?』
『生活空間の維持は出来ているが、今後の保証は無い。
もっとも、それは今に限った事ではないが』
一度は暴走を起こしたエネルギー体を、動力源として今も使用している。
頼らざるを得ない状況だが、頼り切ってしまった事が今の危機を招いてしまったのかもしれない。
未知を未知として放置したまま、束の間の安寧に満足してしまった。
男女問題もそうだ。
自分も含めて――皆で真剣に取り組むべきだったのだ。
今更ながら後悔する。
『ソラ、いるか』
『イエス、マスター』
暗く顔を俯かせている自分とは違って、少年は現実に目を向けていた。
ハッとして、メイアは顔を上げる。
『お前から見て――』
――何故か逡巡するような間が入り、
『お前から見て、船の様子はどうだ?』
『芳しくありませんが、少なくとも今後人命が害われる傷害は発生しないでしょう』
『理由を言えるか』
『経験から導き出される予測です』
このソラと呼ばれる少女は、カイをマスターと呼んだ。
愛称にしては妙な呼び名である。
男と女の共存を否定するこの船の中で、二人は当たり前のように信頼関係を結んでいた。
カイと信頼を――
――次の瞬間、口を挟んでいる自分がいた。
『最悪だな。
お前の所業で艦内は完全に分裂、ドレッドの半数は破損状態。
原因不明の揺れで怪我人も出ている上に、クルーの不安や恐怖も増大している』
『……俺が出て行って平和――とは、ならないか……』
苦渋に満ちた少年の声。
やはり――責任を感じていた……
思案して、言葉を重ねる。
『当たり前だ。我々はそれほど単純ではない。
――そして、愚かでもない。
お前の言葉は、皆に届いた。――私にもな』
『青髪……』
――何を言っているのだろう、自分は?
これではまるで、奴の言う事に感銘を受けたようではないか。
間を置かずに、必死で説明する。
『バートの言う通り、こちらの問題はこちらで対応する。
お前は、お前の責務を果たせ』
このまま話し続けると、何か妙な事を口走りそうだ。
強引に連絡を切ろうとして――
――傍らの少女の視線に気付いた。
『カイ。最後に、ディータがお前と話したがっている。
――ディータ、ほら』
きょとんとするディータだったが、何となく察したのだろう。
恐る恐ると言った様子で、結晶体の向こう側に向かって話しかける。
『……おにーちゃん?』
『お、おう、赤――ディータか』
『どこにいるのー? さびしいよー』
『……ごめんな。
おにーちゃん、まだやる事があるんだ……』
辛そうな――本当に、辛そうな声だった。
――聞いてはいけない気がした。
メイアはそっと二人から離れようとして――
『――! パルフェ!?』
『へ……? あ――!?』
機関室とペークシス保管庫を隔てる扉。
――扉の前に、大挙する武装集団。
消毒の役割を果たす防護服に、鬼と見まごう仮面が装着されている。
物々しい形相で先頭の女が銃を構えていて――
メイアはパルフェに呼びかけた上で、全員を後ろへ下がらせる。
発砲音――
優しい時間を容赦なく妨げる銃砲が、鍵を破壊する。
蹴破られる扉――
ディータを一瞥、こちらに気付いた様子は無く熱心に話し込んでいる。
小さく安堵の息を吐いて、メイアは厳しい眼差しで身構える。
剥き出しの、殺意を前に――
<to be continued>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
|