ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action8 −廃兵−
珍しい事に、その部屋は閑散としていた。
訪れる機会はさほどないが、自分を含めて部下達が大勢世話になっている。
命を救われた借りもある。
――主が居ない事は承知済み。
されど助力を求めるべく足を運んだのだが、結局徒労に終わってしまった。
日増しに増えている自覚がありながら、溜息を吐かざるを得ない。
「職務を放棄しているとは……考えられるか。
状況が状況だ、逃げ出しても不思議ではない。
――困った……」
職務の放棄を責める気持ちにはならなかった。
自分でも珍しいとは思うが、責任逃れを目の当たりにしながらも苦情の一つも出てこない。
自動扉は背後で無言で閉まり、閑散とした室内に改めて入室する。
静まり返った部屋――
寡黙な性格の来訪者の腕に、柔らかな手がそっと伸ばされる。
「おねーちゃん、おねーちゃん。ディータ、お腹空いたー」
「あ……ああ、少しだけ待ってくれ。
お前の身体を診て貰う必要があるからな」
「うー? ディータは元気だよー、えへへ」
「……」
自分の部下――そのなれの果て。
無邪気な眼差しには知性の光はなく、本能が濃厚に浮き出ている。
少女の笑顔は年相応に可愛らしく、不相応な態度で小首を傾げていた。
自分の人差し指を銜えて、吸い付く十代後半の女の子――
何とか微笑みかけようとするが、どうしても苦痛に満たされる。
己の無力さを――メイア・ギズボーンはたった数日間で嫌と言う程痛感させられていた。
「……今も、ドクターは取調べ中か」
取調べ――言葉の滑稽さに、メイアの胸の内に擦れるような痛みが走る。
取調べという名の拷問、監禁という名の幽閉。
捕まったドゥエロやバートに、明るい未来は既にありえない。
通り過ぎた、現実――
舞台は既に終わり、悲しみだけを残して次なる演目は開始された。
感動を生む悲哀ではない。
多くの人間に深い傷跡を残した、悲劇の裂傷。
悔やんでも悔やみきれず、なす術もないままズルズルと気持ちの悪い現実だけが引き摺られていた。
かつては冷静な視点でカルテを見つめていた医師の机を、入り口の傍から見つめる。
――何も出来なかった。
誰もが皆悩み苦しんで、後戻りが出来ないまま戦い続けていた。
自分は、何もしていない。
目の前の状況に追いつくのが精一杯。
気付けばのっぴきならない状況まで事は及び、個人の裁量ではどうにも出来ない状況になった。
慌てて手を伸ばした先に掴めたのは――この少女だけ。
ディータ・リーベライ、その残骸。
幼児退行した女の子に、かつての奔放な強さは消え失せてしまった。
(……私は……何をしていたんだ……)
艦内は現在、多数の恐怖と少数の不安を抱えている。
強い団結力は過度の警戒心で手綱が緩み、根強い不信は遂に根から芽を噴き出した。
艦内の通路は警備員が厳しい顔で巡回――
手の空いたクルーまで連れて、保安クルー全員が密航者を探している。
この事件の首謀者――とされている、少年の連れを。
自分の権限で止める事は不可能だ。
彼女達の言い分は正当――
どうあれ、少年は自分達を裏切って密航者を匿っていた。
自分達の知らない人間を船の中に隠していた上に、ディータまで傷つけたのだ。
そんな人間の仲間を放置出来る筈もない。
表向きマグノ海賊団側としての理屈を通しているが、真意はほぼ別だろう。
何しろ、正式に少年を断罪する契機なのだ。
近頃の男女関係の結び付きを快く思わない人間達が、ここぞとばかりに乗り出した。
大半とまでは言わないが、半数近くのクルーはただ事態に流されているだけだ。
自分で考えようとしない人間達――
変わる自分を恐れて、変わらない価値に縋り付いている。
――自分もその一人だと思うと、堪らなくやるせなくなる。
メイアは固く目をつむった。
(私は……何をすればいいんだ……)
不穏な動きを見せる警備員達を一喝する、それ自体は簡単だ。
事態収拾に向けて自ら先だって騒ぎを収め、仲間達に正確な状況を伝える。
密告者の足取りを追って捕らえ、保護なり軟禁なりすれば良い。
お頭や副長なら、密航者とはいえ小さな女の子を手荒に扱う真似はしないだろう。
後は逃げたカイを捕らえて――
――どうするんだ?
今艦内を我が物顔で闊歩している反対派は、躊躇無く殺すだろう。
他の男達二人は理性さえ残っていれば、恐らく助かる。
ドゥエロはドクターとしての優れた技術を持っており、今まで問題行動を起こしていない。
どのような行為を行っても、マグノ海賊団に最低限の申請は通している。
仕事勤めは紳士的で、冷静な医療行為と適切な判断力で信頼を勝ち得てきた。
今回の一件でも彼は被害者的な立場だろう。
バートは軽薄な性格だが、ドゥエロ以上にマグノ海賊団には従順だった。
逆らう意志は皆無、こちらが強気な態度に出れば縮こまっていた。
近頃は卑屈な態度が消えつつあったが、むしろその改まった姿勢が評価を受けていた。
恭順なのは結構だが、媚びた態度は好かれない。
何より、バートはニル・ヴァーナの操舵手としてなくてはならない人材だ。
彼が居なくなれば、船は再び停止する。
暴走時バートが操舵席に乗り込まなければ、この船は発進すら出来ず見果てぬ地で取り残されていた。
彼も殺される事はない。
カイは、別。
メイアは歯噛みする。
カイは日頃から諍いを繰り返しており、男女の立場の差に否定的だった。
問題行動は数知れず、多数のクルー達と衝突した。
今回の事件でも首謀者として断定され、疑惑を裏付けるかのように明白な反逆行為に出た。
ドレットチームとの徹底交戦――
本人の口から、海賊を否定する発言が飛び出た。
お頭や副長――自分が庇っても最早言い逃れは出来ない。
捕らえれば、殺される。
事件を解決するには――カイを、殺すしか……
「――ねーちゃん、おねーちゃん!」
「……あ、ああ、すまない。どうした?」
答えの出ない問い掛けに、思っていたより考え込んでいたようだ。
メイアは頬に浮き出る汗を拭って、ディータに向き直る。
空腹に元気の出なかった先程とは違って、少女の表情に明るい兆し。
あやすのに一苦労だった身としては、少しだけホッとさせられる。
ディータはニッコリ笑って、
無邪気に、
問い掛けた。
「ディータ、おにーちゃんに逢いたい!」
「――!」
「ねえねえ、何処に居るの? 遊びにいこーよ!」
「あ、そびに……」
――まるで、悪い夢でも見ているような……
メイアは仮面のような無表情を崩して、よろめく。
込み上げる吐き気を懸命に抑えて、机に手を突いて体重を支えた。
強烈な眩暈に、立っていられない。
殺す……カイを、殺す……?
事件解決の為に、マグノ海賊団の平和の為に――
大勢の部下達の生活を守る為に、少年一人を犠牲にして事を収める。
ディータは、純粋な瞳で見つめている。
――そんな事を、考えている、自分を。
「わ……わた、わたし、は……」
メイアの瞳に映る、ディータの天真爛漫な微笑み。
邪気のない好意が――メイアの心を激しく抉った。
ディータはゆっくり近付く……
「どうしたの、おねーちゃん? 真っ青な顔してるー」
「――あ、うわ……」
違う――私は、そんな……
怖かった。
この世のどんな糾弾よりも、ディータの笑顔に恐怖を覚えた。
一瞬でもカイを殺そうと考えた自分を――
――その微笑が、人殺しだと罵っていた。
"どうして殺すの、おにーちゃんを"
「あ……」
"あんなに優しかったのに"
「あ、ああ……」
"おねーちゃんだって、何度も助けてもらったのに"
「わ、わたしは……」
"そうやって――皆、見捨てていくんだ"
「違う! わたしは……」
"自分を守る為なら、誰でも平気で見殺しにするんだね"
「違う、違う! 私は、私はただ――!」
"――優しかった、お母さんのように"
「やめろぉぉぉ!!」
戦士としての、防衛本能――
メイアは絶叫して、己が拳を振り上げる。
指に嵌められた、リングガン。
涙に曇った瞳で――
――発射、した。
<to be continued>
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