ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <前編>






Action9 −落涙−






 バート・ガルサスは基本的に明るい性格だが、同時に臆病な面を持っている。

軽い行動が目立つ反面、妙なところで用心深い。


監房からの脱出を試みて、早一時間――


彼は早くにも神経を削らせていた。


「大丈夫かな……ドゥエロ君。
僕達が脱獄した事、皆にばれてないかな……?」

「我々の行動が相手側に伝わっているのなら、警備の人間が既に行動に移している。
まだ知られていないと考えていいだろう」


 白衣の裾を掴む友人に、ドゥエロは冷静な眼差しで応える。

混乱を防ぐ為に内密に捕縛を行う可能性もあるが、口には出さない。

バートを不安にさせるだけだ。

今は迅速に行動に移すべき時である。


「ちょっとは変わったかと思ったら……情けない奴だケロ」

「とほほ……放って置いてくれ」


 怖がっているとしか言い様のないバートに、背後からパイウェイがからかう。

猛烈に反論したいが、言い負かされて終わるだけ。

半年間でパイウェイと口喧嘩する不毛さを、バートは身に染みて味わっていた。

今は恩がある分、立場も弱かった。


――パイウェイの知人たる警備クルーの協力を得て、男二人は無事に脱走。


見張りの交代時間までは大丈夫だと太鼓判を押されて、一路医務室へ目指す。


目的は、バーネット・オランジェロの治療。


カイとの激戦後自殺未遂を起こした彼女の精神状態を案じて、ドゥエロが行動に移した。

大局的に見れば、明らかに暴挙である。

バーネットの場合、自殺の傷より不安定な精神に問題がある。

表面上見える身体の怪我とは違って、心の傷は目に見えない。

卓越した医療の腕を持つドゥエロでも、女性の心理に長けていない。

半年前までは異性と共同生活を行うなど、考えられない環境にいたのだ。

今のバーネットを診察しても、恐らく一日や二日の治療で完治は見込めない。

クリスマス前までは安定に向かっていたとはいえ、日数はかかった。

何よりマグノ海賊団を完全に敵にした今、大人しく診察を受けてくれるかは非常に怪しい。

拒絶されるだけならまだしも、明確な敵対行動を行うケースも当然発生する。

脱獄した以上、発砲許可が下りる危険性もある。

最悪、患者本人に撃たれてしまうかもしれない。

問答無用でカイに発砲した前科がある以上、考慮してしかるべきだ。

ドゥエロとて、その程度は覚悟している。

夜を徹して悩み続けた。

馬鹿な事を考えるなと、己を叱咤した。

考えては消して、また考えては――永劫のような苦悩に頭を抱えた。


そんな彼の背を、戦友が力強く押した。


思い遣りに溢れた女性達が、優しく手を差し伸べてくれた。

今の平穏も直に破られる――

ならばせめて、最善を尽くしたかった。

内心焦燥に駆られるドゥエロを、パルフェが導く。


「艦内の警備ルートは事前に調査してるから安心していいよ。
遠回りになるけど、医務室まで無事に到着出来るから。

ごめんね、ドクター。

今皆不安になっちゃって、警備も強化されてるの」

「原因は我々にある。君に責任はない」


 ドゥエロは小さく頭を振って、落ち着きを取り戻した。

自分の浅慮な行動を全力で協力してくれる人間に、これ以上の不安は与えたくない。

短くも誠意ある返答に、パルフェは表情を緩めて再び前を見つめる。

幸いと言うべきか、通路に人の気配もなく行動を妨げる事はなかった。

行動制限されるエレベータは使えず、階段と通路を駆け抜けて医務室へ向かう。


「……何か、ドキドキするよね。こういうのって」

「君はのんきでいいよね……僕なんか、心臓が鳴りっぱなしなのに」

「冒険心の分からない奴だケロー」

「カイみたいな事を言わないでくれ!?」


 背後から聞こえる緊張感のない二人の声に、ドゥエロは我知らず苦笑する。


アンパトスの戦闘以後、妙に仲の良い二人。


タラーク・メジェールの国家間の諍いや年齢さを超えて、少しずつ話せるようになっているらしい。

緊張感が無いといえばそれまでだが、ドゥエロは咎める気すら起こらない。

こうした二人の関係こそが今のこの船に必要だと、身に染みて感じているからだ。

先頭を歩くパルフェも一度だけ振り返り、小さく笑う。

同じ気持ちなのだと実感し、ドゥエロまで心が軽くなった気がした。

そうこうしている間に、目的の場所である医務室への扉が見えてきて――



『やめろぉぉぉ!!』



「――今のは!」

「メイアの声!?」


 己の職場である医務室から聞こえた、甲高い女性の叫び声。


――鋭く響く、レーザー音。


和んでいた空気が一変し、一気に硬化する。

耳にした瞬間パルフェが急行、表情を厳しくしてドゥエロも後に続く。


「ちょ、ちょっと何処に行くのよ!?」

「い、いや、僕ちょっとトイレに――」

「今更逃げても遅い! 早く来るの!」


 前向きな成長を見せているバートも、不穏な気配には本能が回避を選択するようだ。

回れ右する男の襟首を掴んで、電光石火で勇敢な看護婦がドゥエロ達に後続する。

自分の留守中に騒ぎがあれば、何であれ責任は取らされる。

まして、パイウェイは今敵側の人間に内々に力添えしている身の上だ。

問題が発覚すれば、あらゆる意味で事態が混乱する。

男一人引き摺って、医務室へ飛び込むと――


「え……と、どういう状況……?」

「……分からん……」


 出入り口付近で、ドゥエロも困惑気味に呟く。

焦燥に満ちた表情でリングガンを向けるメイア。

怯えるディータ。

壁に空いた黒い穴。


弱気少女を庇うように――見慣れない少女が一人、立っている。


自動扉を開けた瞬間に飛び込んできた光景に、パイウェイは対処に困り果てた。















「精神安定剤と水を用意した。
これを呑んで、少し横になるといい」

「……すまない、ドクター」

「ほーら、ディータ。可愛いカエルさんだケロよー」

「あははは、カエルーカエルー」


 ……奇妙な膠着状態。

極限の緊張状態を破ったのは、他ならぬ張本人だった。


ドゥエロ達を見た瞬間――その場に膝を着いたメイア。


患者を前にしたドゥエロの行動は素早い。

青褪めたメイアに駆け寄って、触診等を含めた簡単な診断を行う。

心身を含めた極度の疲弊を確認したドゥエロは、弱々しく抵抗するメイアをベットに寝かせた。

頭を冷たい布で冷やし、薬と水を渡すとメイアも落ち着きを取り戻したのか――


――硬く閉じた瞳から一筋、涙が流れる。


怯えるディータも本来の性格ゆえか、かつての親友を前にもう無邪気な笑みを浮かべている。

その様子を傍目で見ながら、バートは首を傾げるしかない。

何が、どうなっているのか、まるで分からない。

何故メイアが、ディータにリングガンを向けていたのか。

そもそも二人はどうして此処に居たのか。

何より――


「間違えていたらごめんね。――"パンダ"さん?」

『……やはり、貴方は誤魔化ませんね』


 ――何故かパルフェが目を輝かせている、この小さな女の子。

誰がどう見ても、間違いなくマグノ海賊団が血眼になって探している密航者だ。

そんな娘が平然と、何故医務室にいるのか。

ディータを庇っていた理由は?

パルフェが当たり前のように歓迎している理由も意味不明。

バートは半ば呆然としながら、一つだけ確信を抱いた。


(この状況、普通にやばいよね……神様)


 脱獄囚二人、裏切り者二人、密航者に幼児退行者、精神疲弊者。

監房の中で大人しくしておけば良かったと、今更ながらにバートはその場で頭を抱えた。



ゆえに、気付かない――



医務室の奥のベット。

患者が一人眠っている筈のベットが、空っぽである事に……












































<to be continued>







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