ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action7 −脱力−
あらゆる不確定要素が揃っている上に、見返りはほぼ無いに等しい暴挙。
――脱獄。
今度こそ、完全にマグノ海賊団を敵に回してしまう。
不信を最高潮にまで高め、男女に芽生えかけていた絆を根底から破壊する。
大よそ、現状で起こしてはいけない行為。
出て行った戦友に託された思いを、全て無駄にしてしまう。
タラーク第三世代エリートのドゥエロが、その程度の事に気付かぬ筈は無い。
されど、彼は決断した。
愚行であると知りながらも、自分の気持ちに嘘はつけなかった。
大局を見失ったとしても、零れそうな命を救いたかった。
エリートとしての考えでは既にない。
一人の医者として、思い悩む患者を救いたかった。
バートも同じ。
患者の事で苦悩する厳しくも優しい医者を、心の底から助けたいと願った。
その為なら、危険だって怖くは――いや、恐怖はある。
恐怖はあるが、悩める友人を見捨てる自分にはなりたくなかった。
本日、決行する――
二人は意志を固めて、今後の策を練る。
暴挙と分かっていて行動に移すが、せめてもの抵抗はしたかった。
何より……
「監房を脱出して医務室へ向かうのは良いとして――
――どうやって脱出しようか?」
「ふむ……」
レーザービームが張られた監房を一瞥して、ドゥエロは思案する。
考えられる手立ては幾つかあるが、今後の事を考えて事を荒立てる真似はしたくなかった。
脱獄自体、立派な裏切り行為だ。
その上警備員や他のクルーにまで被害を被るやり方は出来ない。
理想的な展開は、今監房を見張っている警備員とも衝突はしたくない。
たとえば彼女を口弁で巧みに誘って無力化、レーザー解除装置を奪って脱走――は出来ない。
「ドゥエロ君はこのレーザー、破れないの?」
「内側から容易く解除出来るなら、監房の意味を成さないだろう。
――不可能ではないが、道具が足りない」
「ふ、不可能ではないんだ……」
半ば冗談で聞いたのだが、バートは思わず冷や汗をかいてしまう。
海賊側にドゥエロのような人材が居なくて、心からホッとする。
バートはあまり考えるのは得意ではないので、比較的安易な策を述べる。
「やっぱり、パルフェやパイウェイに相談するのが一番じゃないかな?
彼女、外の警備員とも知り合いだから脱出だって出来る」
「……」
ドゥエロも無論考えている。
二人の力を借りれれば、理想的な形で脱出が可能だ。
男二人で出るより、女性を伴って脱出した方が後々言い訳も立つ。
カイの時の様に人質云々の嫌疑は強まるが、事が収まった後にパルフェやパイウェイ本人に弁護して貰えばいい。
自分達にも言い分はあったのだと。
――この船は現在、ほぼ全員が男の敵となっている。
自然の流れに沿えば処罰はおろか、処分すらされる可能性もある。
現状度重なる不足事態が発生して放置されているが、落ち着いたら全力で取調べが行われるだろう。
時間の問題と言っていい。
抵抗せず自らの正論を主張する事で打開の道を進んでいたのだが、今日これからの行為で無駄になる。
ならばせめて、一人でも多く味方をつけて立場を確保した方が良い。
何より、仲間の存在は心強い。
パイウェイは憎まれ口を叩くが、最近は優しい表情を見せるようになっている。
パルフェは最初から一貫して平等に接してくれて、付き合い易い女性だった。
彼女達が味方をしてくれるなら、これほどありがたい事は無い。
「……だが、彼女達まで巻き込んでしまう」
「うーん、そうだけど、さ……」
彼らの心配は今更でもある。
既に何人かの女性を巻き込み、強いて言えば艦内全員を騒ぎに巻き込んでいる。
発展した事態は個人の裁量を超えて、男女問題の根幹にまで発展している。
カイに至っては海賊としての在り方すら疑問視し、対立化していた。
二人も重々それは承知で、だからこそのこれ以上は――でもあった。
難しい顔で考え込む二人。
助力を求めたい、だが迷惑はかけたくない。
理性と感情の狭間で、彼らは悩み抜いていた。
感情より、理性的な判断が先行するドゥエロ。
理性より、感情優先の行動が目立つバート。
面白いように相反する二人。
結局――バートは感情論を優先した。
ドゥエロの思い遣りも、考慮に入れて。
「だったら、二人に意見を求めるのはどうかな?
僕達の考えを伝えて、善し悪しを判断して貰うんだ。
反対されたら、彼女達に協力を求めるのは諦めよう」
「その時は自分達で、か……」
二人に意思を伝えた所で、彼女達は密告はしないだろう。
その程度の信頼も無い様では、そもそも力添えを求めたりしない。
協力を嘆願するのではなく、まず自分達の今の悩みを相談する――
当たり前の行動だが、人間それがなかなか出来ない。
どうしても自分寄りに考え、自己犠牲や自己欺瞞に走ってしまう。
実際ドゥエロ本人もバートが踏み込まなければ、自分の中だけで帰結していただろう。
ドゥエロは小さく口元を緩める。
「……君は時折、面白い事を言う」
「えへへ、僕もカイに毒されてきてるのかもね」
腹積もりは出来た。
何も言わずとも互いに同意を得て、二人は彼女達の来訪を待つ。
果たして、彼女達の返答は――
「いいよ、協力してあげる」
「早っ!?」
午後過ぎ、食糧を携えてやって来た二人。
機関長パルフェ・バルブレアに、看護婦パイウェイ・ウンダーベルク。
警備員の内々の協力で一時的にレーザーを解除して貰い、焼き立てのパンを御馳走になる。
空腹に染みる美味さを心から堪能しつつ、二人は話を持ちかける。
――その結果が、これだった。
「パイウェイ、君まで……いいのか?」
「ドクターが手伝ってくれるなら、パイは大歓迎だケロー」
照れ臭い発言を、愛用のカエルで代弁させるパイウェイ。
予想は出来ていたが、簡単に承諾を得られて二人は呆然気味だった。
パルフェは何でもない様に言う。
「ドクターはバーネットを助けたいんでしょう?
自分の立場が危うくなっても」
「……ああ。私は、彼女の力になりたい。
その気持ちに嘘はない」
「だったら、助けに行かなくちゃ。御医者さんなんだから」
パルフェの心はシンプルだった。
生き方そのものであると言ってもいい。
愛する機械が不良事故を起こしたのなら、彼女も自身を顧みず修理へ向かうだろう。
自分が罪に問われてもかまわない。
その結果、修理した機械が元通り動いてくれるなら。
専門分野こそ違うが、人と機械――見守り、助ける仕事である事には違いない。
パイウェイは分野も同じだからこそ、ドゥエロの気持ちは痛いほど分かった。
何より――彼女もまた、心細かった。
荒れた周囲、艦内の不信――
親友は幼児退行、険悪な仲間達に相談も出来ない。
医務室の主は投獄、何かあったら自分一人で医療を行う必要がある。
ドゥエロの存在は大きかった。
もはや、過去の自分になど戻れるはずがない。
自分の心の変化を、子供だからこそ敏感に感じ取れていた。
素直になれず――
――最後まで完全に仲直り出来なかった少年の事を、パイウェイは今でも気に病んでいる。
もう二度と、こんな気持ちは引き摺りたくなかった。
仲間外れは嫌だった。
本当は――カイ達と一緒に、戦いたかった。
「……すまない」
「ありがとう、二人とも――」
ドゥエロもバートも、心から頭を下げた。
迷惑をかけると知りながら、協力を求めるしか出来ない自分達が歯痒い。
でも、二人の行為は涙が出るほど嬉しい。
「あはは、やだなー。私が選んだ選択なんだから、気にしないでよ。
ドクターが頭を下げるなんて、変な気分」
眼鏡の向こうで頬を赤らめるパルフェに、意地悪な顔をしたパイウェイが飛び込む。
「バートが頭を下げるのはもう見飽きたケロー」
「ほっといてくれ!? どうせ僕はいつもみっともないよ!」
笑い合う四人に、暖かな空気が生まれる。
――こうして、小さな男女連合チームが誕生した。
<to be continued>
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