ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <前編>






Action6 −共存−






「ド、ドゥエロ君……大丈夫?」

「――問題ない」

「そうは見えないけど……」


 タラーク第三世代トップエリートの憔悴した顔を見て、バートは心配に顔を曇らせる。

男女問題が激化する前、ドゥエロは医者として150名を超えるクルーの健康管理をしていた。

懐かしき故郷を離れ、刈り取りの猛威に晒され続ける旅は、日々怪我人や病人を出していた。

日常と死闘の合間を駆け抜ける毎日が、クルー達の心身を蝕む。

医者一人・看護婦一人で対処出来る範囲ではないのだが、ドゥエロはこの半年間完璧にやり遂げた。

敵対国メジェールの住民――国家に恐れられる海賊達であれ、ドゥエロは決して手を抜かない。

医療機器のチェックやカルテの確認、定期的な診断を行って、義務以上の仕事振りを見せた。

麗しき女性達が男のドゥエロに肌を許したのも、差別意識の無い彼の徹底した医療への貢献が大きく関与している。

最初こそパイウェイと医療メカに頼っていた女性陣も、一人、また一人とドゥエロへの診療を望むようになった。


カイやバートでは決して出来なかった偉業――


こんな騒ぎにならなければ、彼は誰からも不平不満を言われず船医としての職務を全う出来ただろう。

一日の大半が医療に務め、疲労や不満を決して顔に出さない。

皺の無い白衣を着用し、精力的に医療に従事するドゥエロを、バートは心から尊敬している。

そんな完璧な男が今――表情に翳を落としている。

バートが不安になるのも無理は無かった。


カイが出て行って、男は残り二人――


艦内で同志と呼べるのは、ドゥエロを除けば誰も居ないのだ。


「疲れているなら、休んだ方が良いよ。
まだ先は長いだろうし、女達との話し合いは僕を優先にやって貰うから」

「――君一人では負担が大きい。気持ちだけ受け取っておく」


 監房一つに二人は狭く、昨晩も寝苦しい夜を過ごした。

自由はまるで許されておらず、監房内の洗面所やトイレ程度しか行き来できない。

保証されているのは、最低限の生活空間だけだった。


「お腹が空いてるから、約束の時間にパルフェが何か持って来てくれるって言ってたから――」

「その話は私も聞いている」

「そ、そう……」


 静かに瞑目するドゥエロを前に、バートは首を傾げる。

ドゥエロが他者に疲労や悩みを見せたりする事はまず無い。

事実、今まで相談事や愚痴を聞いた例が無い。

逆に聞いて貰うケースが圧倒的に多く、今まで本当に助けられた。

今日こそ、友人に恩返しをする時だ。

バートは千載一遇のチャンスと、内心燃えていた。


「カイの奴なら心配ないって。
殺そうとしたって、死ぬような奴じゃないから!」

「……ああ」


 微妙におかしな言い方である事を半ば自覚しながら鼓舞したが、失敗。

ドゥエロは言葉少なく反応するのみだった。

的外れな心配だったらしい。

バートは必死で考える。



――これまでの人生、誰かに頼られた経験は殆ど無い。



皆無に近いと言っていい。

常に誰かに頼る人生、誰かに助けを求める事で自分を保ってきた。

悩み事や困難から常に逃げて、自分を安心出来る場所へ置き続けた。

今まで思った事すらなかった。


誰かに、頼られたいと――


戦場で常に先陣を切り、皆に頼られていたカイが羨ましかった。

常に的確な状況判断と冷静な観点で事態の先を見極め、最善を尽くすドゥエロに憧れていた。

同じ境遇・同じ環境――同じ出発点を刻みながら、一人取り残される事に心から恐怖した。

士官学校入校時には抱く事のなかった、この焦り。

あの頃は才能面や努力の差で追い抜かされても、家柄や血筋でカバー出来た。


今の環境は、違う。


軍事国家タラークでは有数の大富豪であるガルサス家の権威も、ニル・ヴァーナ内では通じない。

我が身だけが頼み、自分の心身を注いで勝負しなければ何も得られない。

この半年間を決して無駄にしない為にも、バートは今度こそ自分を奮い立たせたかった

今は別の舞台で戦っているであろう戦友を思い、バートは心新たにドゥエロに向き直る。

ドゥエロはカイと同じく同志であるのと同時に、言わば共に切磋琢磨する好敵手。

表立った競争はしていないが、バートはこの二人より立派になりたいと心から望んでいる。


その競争相手が落ち込んでいる状態を、好機――とは考えない。


タラークでは同輩に嫉妬や嘲笑を抱いた事もあったが、今のドゥエロにそんな気持ちは微塵も感じない。

悩んでいるなら力になりたい、当たり前の感情を持てる自分に驚きすら感じていた。


必死で考える――自分に出来る事を。


頭脳明晰・文武両道、冷静な思考回路を持つドゥエロが抱え込んでいる悩み。

正直検討もつかないが、逆に今悩みを抱かないのも変だろう。

男女関係の破局に艦内の異常、刈り取りの脅威に船を出て行った戦友や仲間達の安否。

悩みの種は彼方此方に転がっており、どれが本命か探すのは困難だ。

一つ一つ列挙して上げていったが、ドゥエロの反応から察するに違うらしい。

黙するドゥエロを横目で見ながら、バートは頬を掻いて壁にもたれる。


(うーん……昨日までは普通だったよな、ドゥエロ君。
昨日は確かしつこい取調べを終えて、監房に閉じ込められて……そのまま……

あ、そういやパルフェ達が来て――!)


 ――そうだ。


何故もっと早く思いつかなかったのか、自分の愚鈍さに呆れる。

あのドゥエロが――日頃表情一つ変えないドゥエロが豹変した事実があったではないか。

さりとて、事実をそのまま指摘する程バートは愚かではなかった。

誰だって喜色満面で第三者から自分の悩みを指摘されれば、腹が立つ。

バートは持ち前の弁を最大限生かして、何気なさを装った。


「ハァ……また今日も尋問、尋問と大変そうだな、本当に……
僕達何も知らないのに、しつこいというか何と言うか――

どうやったら信じて貰えるんだろう」

「……今や、我々は反逆者だ。
敵対する人間の言葉など、容易く信じられないだろう」


 ドゥエロの良いところは、自分がどのような状態でも丁寧に相手をしてくれる事だろう。

無視されたらどうしようと内心不安だったバートは、表情を明るくして続きを話す。


「女達もそれだけ切羽詰ってるって事かな。
パルフェの話だと、船内も随分混乱しているみたいだから」


 パルフェの話という件に、本当に僅かだがドゥエロが身動ぎするのを見逃さなかった。

――やっぱり……、確信と共感がバートの中で交互に揺れる。

バートは遠回しに話を続け、何気ない形で本筋に触れた。


「カイと激しく戦ったせいで、結構怪我人が出てさ――


バーネットも思い詰めているようだから、心配だよね」

「あ……、ああ」


 歯切れの悪い返答が、ドゥエロの今の心境を雄弁に物語っていた。


――バーネット・オランジェロ。


彼女が先日自殺未遂を図った事は聞いている。

どのような経緯を経て愚かしくも哀しい結末を自ら選んだのか、想像の域を出ない。

ただクリスマスの前後、彼女が精神療養をしていた際幾度か話をする機会があった。

ドゥエロの献身的な診療で最近は日常生活へ戻り、職務にも復帰していた。

一度は末期的に追い詰められたが、真っ当な生活を取り戻した筈の女性が今度は自殺を図った。

バーネットに関してはドゥエロも気に掛けていたので、彼自身も辛いのだろう。


「……正直彼女に関しては僕、今までキツいイメージを持っててさ――ほら。
イカヅチでも銃を向けられたり、風当たりがきつかっただろ?

怖かったっていう面もあるけど、あんまり良い印象がなかったんだよね……」


 その戦闘的な性格もあり、バーネットは普段親しい人間を除けば朗らかな面は見せない。


地味ではないが、華やかな活躍に縁のない女性――


彼女は自分にも他人にも厳しく、また生粋のメジェール人だった。


「――なのに自殺したって聞いて……複雑なんだ。
近頃医務室で話してた事もあって、余計にそう思うのかな?

大丈夫なのかなって、心配してる僕もいるんだ……」

「……私もだ」


 悩みを打ち明けられ易い空気を作る為とはいえ、バートの気持ちもまた本気だった。

特にカイにはキツイ態度を取っていた彼女を傍から見て、怖がっていたのは事実。


自殺を図ったと聞いて――心から案じているのも事実だ。


当初の思惑通りか、バートの思いを引き継ぐようにドゥエロは自ら重い口を開く。


「――今は浅慮な行動を取るべきではないと、分かっている。
分かっているが……

……今彼女を放置すべきではないと、考える自分もいる。

君と同じく、自分の中に別の自分がいる感覚を今感じている」


 ドゥエロ自身戸惑っているのが、ありありとバートには感じられた。

悩みを抱える自分に困惑し、持て余しているようだ。


完璧超人のように感じていたドゥエロの、意外な面――
 

彼もまた一人の人間なのだと、思わされる。

不思議だが――ドゥエロの欠点が見えて、より一層親しみが持てた。

思い悩む彼の姿を立派だとすら感じ、胸の中が熱く震える。


助けてあげたい――


脳が芯から燃える感覚に打ち震え、バートは懸命に知恵を絞る。

ドゥエロの悩みはごく単純。

バーネットを助けに行きたいが、現状を顧みて身動きが取れない。

恐らく歯止めをかけているのはこの重い現実と――カイに自分だろう。

情に任せて行動し、事態を悪化させたくない。

カイや自分の決意、頑張りを無駄にしたくない。

自分の素直な心を殺してまで、ドゥエロは複雑な男女問題を懸命に見つめているのだ。


なら――自分に出来る事は、一つ。


バートは立ち上がり、ドゥエロの手を力強く握る。


「助けに行こう、ドゥエロ君。――彼女を!」

「――っ、しかし、今は」

「動くべきじゃない、そう言いたいんだろう?
でも、このままジッとしてて彼女がまた自殺を図ったら大変じゃないか。

僕達でちゃんと保護しないと!」


 ドゥエロが動けないのなら――自分が動けば良い。


自分が促し、無理やりでもドゥエロの望むべき道へ背中を押す。

その道の先に破局が待ち構えているなら、甘んじて受けよう。


責任は全て、自分が取る。


どうせ今まで散々みっともない格好を晒してきた。

汚点の一つや二つ、増えたところで何も変わらない。

ドゥエロは目を見張ったまま――


「我々が許可なく医務室へ向かえば、脱獄行為だ。
彼女達の怒りを、更に買うぞ。
今度こそ処刑をされるかもしれない」

「僕、逃げるのは得意なんだ。コツを教えるよ。
バーネットを連れて三人で逃げればいい。

――カイだって誘拐の罪を科せられてるんだ。

僕達に同じ罪が増えても、あんまり変わらないよ。
それ見たことか、って思われるだけさ」

「……」


 新しい発見――エリートが呆然としている。

自分が彼を驚かせているのだと思うと、愉快痛快だった。

今この場で大声で笑い出したくなる。



「ふ……ふふ……」

「フフ……」

「あは…あはは……あ、はははははは!」

「はははははは!!」


 我慢出来たのは、ほんの数秒。

どちらともかく笑みが零れ、心の底から笑い声が次から次へと生み出された。

腹が捩れ、痙攣しても、笑いが止まる事はない。


――悩みも何もかもが馬鹿馬鹿しくなるほど、二人は爆笑した。


涙すら、零して……


「ふふふ……死なば諸共、か――

付き合ってくれるか、バート」

「当たり前だよ。僕たちは友達じゃないか!」


 互いに肩を叩き合う。


ドゥエロは初めて――悩みを分かち合う喜びを知った。














































<to be continued>







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