ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action5 −誤答−
人間どれほど勇ましくても、空腹には勝てない。
暗い監房へ押し込まれて尚戦う道を選んだバートだったが、懐かしき顔ぶれを見た瞬間緊張が緩んだ。
女神を拝謁せんばかりに、両者を分け隔てるレーザービーム越しに縋り付く。
「二人とも、助けに来てくれたんだね! ありがとう、ありがとう!
僕達もうヘトヘトのボロボロで大変だったんだ!」
「……その割に、元気に見えるけど」
「腫れた頬が笑いを誘うケロー」
泣き顔のバートを前に、パルフェとパイウェイが互いに苦笑する。
二人は今回の行動に特別意識をしていないのか、普段着のまま。
汚れたツナギと看護服は、最早消えてしまった日常を思い出させる。
ドゥエロは自身の奇妙な感慨に戸惑いつつ、その場に腰掛けたまま二人を横目で見る。
「たとえ君達でも、我々に面会は許されていないはずだが――」
「今日の警備の娘、ちょっとした知り合いなの。
中立的な立場だから安心して」
――当然だが、人間一人一人考え方は違う。
マグノ海賊団という強力な旗印に集う仲間達でさえ、個別に生き方や価値観を抱いている。
無論、警備クルー達にも同じ事が言える。
警備チーフは明確な反対派、男を糾弾する立場にいるが部下達全員が賛同しているかと言えばそうでもない。
かといって、カイと共に行動する事を決意したジュラ達程の反目意識もない。
突然の事態にただ混乱する者、内心疑問を抱きつつも組織を裏切る事に躊躇する者。
現状にただ流される者、関心そのものを抱かない者等様々だ。
パルフェの言う警備員も、恐らくその中に該当する人間だろう。
男と女――この戦いはただ単純に善悪を分けた戦いではない。
一つの船の中で、混沌たる考え方が複雑な亀裂を男女の世界に走らせているのだ。
刈り取りのように、ただ戦って倒せば済む話ではない。
バートやドゥエロ、カイが悩み苦しんでいるのはその為だ。
ドゥエロは静かに納得し、小さな助手に尋ねる。
「医務室の様子はどうだ、パイウェイ。
往診を予定していた患者の様子を知りたい」
当たり前のように容態をドゥエロに問われて、パイウェイは複雑な顔を見せる。
「……ドクターは。
ドクターはまだ……皆の事、心配してくれるんだ……」
「持病を抱えている人間もいる。処置が必要だ」
「……。
……だって、皆ドクターに……酷い事して――
おかしいよ。
心配する必要なんて、ないじゃない。
皆、皆――ドクターを殺そうとしてるんだよ!」
「……」
少女の憤りは、本来無用なものだ。
少女はマグノ海賊団、ドゥエロの敵側に位置している。
このまま見放したところで、この船の中にいる人間は誰も文句を言わないだろう。
内心どう思おうが、少女を糾弾する権利は少なくとも無い。
この小さな看護婦が今抱いている矛盾な怒りは、間違いなくこの旅で育まれた気持ち。
本人が気付かぬ面で囁き続けた本音から生まれ出たものだ。
その真っ直ぐさに、ドゥエロは目を細めて語る。
「私は医者だ。患者の容態を知る義務がある。
それでは答えにならないか?」
「……ううん……その。
り、立派だと思うケロー!」
正面から言えない言葉を、相棒のカエル人形に話させるパイウェイ。
隣で聞いていたバートが吹き出すが、当人に睨まれて慌てて口を押さえる。
パイウェイはやや頬を染めて愛用の鞄から、一冊の書記を取り出す。
「ドクターの医療日誌、持って来たよ。
……ごめんなさい、カルテはその――」
「患者の身体データが細かく記述されている。無理もない」
パルフェが警備の娘に事情を説明し、立ち会いの元レーザーを一時的に解除して受け渡しを行う。
日記の内容を改められたが、元より彼の書記に叛意ある発言は書かれていない。
医務室や患者の様子、旅の道程に沿った毎日の手記が記述されているだけだ。
問題はないと判断されて、ドゥエロの元へ届けられる。
その後少ない面会を利用して、パイウェイの口から患者の様子を聞くドゥエロ。
質疑応答を重ね、助手に的確な指示を施す。
パイウェイも此度の事件は不安だったのだろう、一度話し出せば止まらなかった。
瑣末な悩みでもドゥエロは快く受け答えをして、アドバイスを与える。
マグノ海賊団の医療は、ドゥエロ無しでは最早成立しない。
「……カイとの戦いで医務室もいっぱいで大変なの。
死んだ人や大怪我した人はいないけど、皆辛そうで……」
「皮肉な話だよね……
勝ったのはあたし達なのに、艦内もしんみりしちゃってるの」
"マグノ海賊団。
俺はこれからも、お前達の前に立ち塞がる。
何度でも、何度でも。
それでも奪いたいのなら――俺の命を、奪え"
――少年はまだ、生きている。
生死不明で今だ逃走中だが、必ず帰ってくるだろう。
決着を、つける為に。
青臭い正義論と嘲笑するだけで済む話なら良いが、少年は剣を持っている。
刃のない、剣を。
明確な殺意を持つ敵にさえ、命を奪う真似はしない。
むしろここで犠牲者が出れば、マグノ海賊団側も踏ん切りがついたであろう。
敵討ちとして、今度こそカイの命を奪えた。
――本当の意味で少年に勝利するには、彼の言う通り命を奪うしかない。
その信念ごと、存在を消す。
半年間共に死線を潜ったドレッドチームからすれば、辛い戦いに違いない。
それに――、パイウェイは曇り顔で自分の上司に伝える。
辛い、真実を。
「皆を扇動したバーネットが――
――舌を噛んだの」
「――! 彼女の容態は!?」
ドゥエロの豹変に、傍にいたバートは目を見張る。
彼はここまで感情を露呈する姿は見た事が無かった。
とはいえ、バートも落ち着いてはいられない。
アンパトスの事件を境に、バーネットが精神的に不安定だったのは彼も知るところ。
男女関係に悩んでいた彼女が、これほどの事件に関わった末にカイの主張を聞いて、とうとう――
想像するだけで、悪寒が走る。
鬼気迫る男達にパイウェイは露骨に怯えつつ、必至で言葉を紡ぐ。
「は、発見と処置が早かったから、何とか命は取り留めたから!
今、寝かせてるけど……まだ、その……」
「彼女から目を離すのは危険だ。すぐに――
――っく……」
眼前で冷徹に自分を遮る、レーザーの壁。
投獄された我が身を振り返り、ドゥエロは言い様のない無力感を感じた。
焦りを伴った行動は危険なのは承知している。
今後の行く末を左右するこの問題、腰を据えて対応しなければ今度こそ破局する。
現状危ういバランスで保たれているが、少しでも揺るがせば容易く近郊は崩れるに違いない。
決定的な破滅――
刈り取り側に利するだけで、自分達に何の得もない。
バラバラになった自分達は各個撃破され、故郷は血の海に沈む。
今は耐える時、痛い程理解していながらも歯痒い。
「……ドゥエロ君」
「分かっている。
……取り乱してすまない」
遠くの現実を見据えている自分を、これほど無力に感じた事はない。
カイ程の行動力なら、あるいは――そう思ってしまう。
静観を選んだ選択肢はベストだ。
だが、その良き判断が――悩める一人の女性を放置してしまっている。
パイウェイやパルフェは沈痛な眼差しを向けたまま、無言。
――結局、その日の面会は終了。
艦内の現状を要点だけ聞いて、明日また来ると約束して、二人は監房を後にした。
苦悩する一人の医者に力になれない、自分を恥じながら。
深夜――ドゥエロは、自らの心境をこう記した。
『医療日誌、監房よりドゥエロ・マクファイル記録。
…カイ・ピュアウインドが旅立って、早二日が経過した。
艦に残った我々はその日の内に捕縛。
厳しい取調べと尋問・拷問に近い追及を受け、投獄。
自室として利用していた監房に、再び幽閉される事となった。
処罰は無かったが、罪を許されたのではない。
我々の罪を追求する余力が、彼女達には残されていなかった。
先導したバーネット・オランジェロは自殺を図った。
生死は不明、幼い助手の苦労が懸念される。
カイ・ピュアウインドとの激戦で、怪我人は多数。
パルフェより伝え聞いた話ではドレッドの半数が使用不能、パイロットの半数が入院。
死傷者・重傷者0なのは幸いと言うべきか、我が友人を褒め称えるべきか。
にも関わらず、入院患者は続出。
体調不良・精神的失墜を利用に、職務を放棄する人間が後を絶たないと言う。
理由は、はっきりしている。
彼の、言葉。
彼の意思が、届いたのだ。
真実を前に、虚飾は意味を持たない――そういう事だろう。
ペークシス・プラグマは沈黙。
操舵手と動力源を失った船は、巨大な模型でしかない。
二日。
我々は――
――明日を失った』
書き終えて、ドゥエロは深く嘆息する。
自分の決断にこれほど迷った事はかつてない。
正しい選択は見えているのに、何故誤った判断を苦慮する必要があるのか。
(明日……私は……どうすれば……)
理性では求められない解答。
見えない明日に、求めるべき行動は――?
初めて立たされた岐路に、ドゥエロは今直面する。
<to be continued>
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