ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <前編>
Action2 −喚問−
ドゥエロ・マクファイル、バート・ガルサス。
両名は第三世代のエリートに位置する人物で、栄えある士官候補生である。
ドゥエロはその優れた能力ゆえ、バートはその並外れた家系ゆえに――
軍事国家タラークの未来を担う期待の二人は、当然身元・経歴共に耀いている。
――そんな彼らが今、罪人扱いで厳しい取調べを受けていた。
「言え! 密航者を何処に匿っている!」
「匿っていたのは、彼だ。私は知らない」
「とぼけるな!? 仲間だろう、貴様!」
「仲間ならば、何でも知っているという理由にはなるまい。
君は同僚全員の趣味を把握出来ているのか」
「――今や、貴様達二人は反逆者だ。
我々がいつまでも甘い顔をしていると思うな」
「甘い顔?
カイに対して、事情を聞く前に突如発砲した話は聞いている。
あれが甘い対応だと言うのか。
なるほど、確かに我々とは価値観が違うようだ」
「貴様!」
海賊母船地下に存在する、錆びた鉄の部屋――
埃と錆に満たされた、薄暗いその部屋が罪人を調べる取調室だった。
――黒塗りの狭い部屋に響く、拳の音。
アルミ椅子に座らされたドゥエロが、頬をブチ抜かれて血を流す。
彼の鉄面に、一片の淀みはない。
ただ真っ直ぐに拳をぶつけた警備員に、冷たい一瞥を向けている。
「――っく」
立場は圧倒的に、警備クルーが上。
カイを筆頭に、捕虜三名はマグノ海賊団への叛意を明確に示している。
この場で射殺しても、心情面はともかく誰からも表立って避難はされない。
――だが、警備クルーは明らかに気圧されていた。
威圧的ではない、反抗的でもない。
ただ静か――朗々たる態度で淀みなく返答するドゥエロに、彼女は圧倒されていた。
その事実を自覚しているがゆえに、腹立ちも積もる。
劣等種族。
男などと言う見苦しい生き物を相手に、言及されている今の自分が。
殺すのは簡単、幽閉も容易い。
手錠で拘束、取調室の前にも人員は配置されている。
逃げ場などないのだ、この男には。
込み上がる怒りを懸命に抑えて、警備クルーは対面に座る。
「密航者の存在を知らぬというなら、貴様達のリーダーの目的を話せ」
「リーダー?
――ふ、なるほど。彼が、リーダーか」
「何が可笑しい!」
「いや……その認識で問題ない。彼が我々のリーダー的存在だ」
「目的を話せと言っている!」
「彼の目的――
そうだな……男と女が、共に生きる世界。
最終目標ではないだろうが、今はその実現に命を懸けている」
「馬鹿な……」
せせら笑う。
馬鹿げた妄言を話す男に、警備クルーは少し余裕を取り戻す。
「捕虜の分際で、我々と生きていけると思っているのか」
「この六ヶ月間、共にした」
「お頭の命令だ! それでなければ、誰が男なんかと!」
「その男が居なければ、君達は既に死んでいた」
「――っ! 我々を侮辱する気か!」
「事実だ。些かなりとも、自惚れてなどいない。
ゆえに、憂いもある。
確実に敵は再来する。如何にして、戦う」
「我々だけで充分だ。男の助力など、必要ない」
ドゥエロは、目の前の女性を観察する。
自分を見下ろす、尊大な態度――本気で言っている。
恐らく、他のクルー達も概ね同じ意見だろう。
ドゥエロは深く嘆息する。
「ペークシスは原因不明の停止。
ヴァンドレッドはパイロット不在で、使用不能。
ニル・ヴァーナは操舵手不在で、航行不能。
エネルギー供給源を絶たれ、切り札を失い、本丸は丸裸。
敵は無慈悲な無人兵器、話し合いは通じない。
勝ち戦となる根拠を提示してくれ」
「これまで、我々は勝利し続けて来た!
我々を捨てた国になど頼らず、自分達の力だけで生きてきたんだ!
そして、これからもな!」
ドゥエロは瞑目する。
彼は決して、感情だけで行動方針を決定付けない。
鋭利な知性が、冷静な思考を生み出している。
ドゥエロの明晰な頭脳が端的に――効果的に、相手を射抜く言葉を導いた。
「――彼のメッセージは、君に届いたか?」
顔色を変える警備クルー。
確認ではなく、確信――
確実に彼女の心に届いていると知りながら、ドゥエロはゆっくりと問いかける。
――少年と少女達の、死闘。
血肉を吐き出し、魂を削り、互いの意思をぶつけ合った。
カイとマグノ海賊団――彼らの声は両者を超えて、艦内全域を轟かした。
ドゥエロやバート、ミカはドレッド格納庫で彼の言葉を聞いている。
戦場で如何なる火花を散らしたのか、計り知れない。
終戦まで見届ける間もなく――ドゥエロ達は捕らえられた。
ドゥエロを尋問する女性もその時の一人で、捕縛早々尋問に移った状態である。
彼としては少年の安否が気掛かりだが、彼を気遣う余り己の役割を見失う事はしない。
少年の命懸けのメッセージを、伝える――
医者という仕事を取り上げられた自分に今、出来る事だと信じている。
あの言葉は、生涯忘れる事はないだろう――
「君達がこれまで生きて来れたのは、タラーク・メジェール両国家あればこそ。
難民を救う義賊として名を馳せ、国より略奪した物資を用い、組織力を高めた。
タラーク・メジェール共に明確な敵対国があったからこそ、君達を討伐出来る余力が無かった。
――今の敵は、違う。
敵戦力は未知数、逆に君達は日々疲弊している。
今後物資を供給出来る見込みは無く、その上今日で最大の切り札を失い、彼は完全に敵となった」
彼らしからぬ、饒舌。
その裏にある仄かな気持ちに、警備クルーはまるで気付かず屈辱に顔を紅くしている。
彼の表情は厳しく――真摯だった。
「君に――君達に、明日は見えているのか」
「黙れ、黙れ、黙れーーー!」
鍛えられた警備員の拳を正面から食らって、ドゥエロは抵抗出来ず狭い部屋の壁に激突する。
冷たい床に椅子ごと転がる彼の顔に、凄まじい勢いで脚撃が襲う。
何度も、何度も――
(――ふむ……)
長髪が靴の汚れに塗れ、切れた唇が派手に血を舞いた。
窮屈さと苦痛を噛み締めて、彼は内心独りごちる。
(彼女の認識を改めたかったが、失敗か……)
怒りに猛るクルーに、憎しみはまるで感じない。
哀しい憐憫に、血反吐混じりの溜息を吐く。
ドゥエロには、彼女の不安が手に取るように分かった。
――自分に、恐怖している。
狂おしい憎しみに囚われながら、理解出来ない他者に怯えている。
ドゥエロの指摘が正しいのだと知りながら、何も出来ない自分を認めたくない。
だからこそ、少しでも有利に立ちたい。
自分達を捨てた故郷の教えに盲信してまで――相手の上に立って、絶対的存在である事を確信したいのだ。
これを、哀れといわずして何という。
(……他人の心を変える――難しいものだな……
彼はよく最後まで諦めず、不屈にやってこれたものだ。
――フ……私も結局、小さな一個人でしかなかったか)
タラーク士官候補生トップのエリート。
皆から有望な将来を妬まれ、上官から大いなる期待を寄せられた軍人。
栄光に輝く自分の未来に諦観し、変わらぬ日々に枯れていた己自身。
――何が、エリートなものか。
不安なき未来に飽いて、当然だった。
自分から、切り開こうとはしなかったから。
明るい未来を夢見て努力する――そんな単純な事にすら、実行にも移さなかったのだ。
その結果が、これ。
他者への興味を失い、理解を得ようとしなかった。
数合わせのような有り触れた同胞達を見限り、ただ漫然と己が道を歩んで他者の心が見えなくなった。
呆れ果てるしかない。
同時に――今の苦境に、感謝すら覚える自分が居る。
誰かが用意した未来ではなく、自分で選んだ明日も見えない道筋――
安全な歩道を捨てて、今自分は茨の道を歩んでいる。
確定された未来など、もう存在しない。
これから先は、自分で変えていくしかない。
(カイ、バート……私も、君達と共に歩む)
そして現実を、変える。
地下の闇に閉ざされた、埃まみれの取調室で――若き青年が、産声を上げた。
一方――
「それで、僕達がカイを逃がそうって話になったんです。
聞いてくださいよ〜、僕が一生懸命やったのに、カイの奴感謝もしないで――」
「分かった! 分かったから、ベラベラ喋るな!
――何だか、馬鹿馬鹿しくなってきた……誰か、代わってくれ」
もう一人も――それなりに、頑張ってはいた。
<to be continued>
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