ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <前編>






Action1 −過日−






――静寂に彩られた空間。


心配と不安、安心と安堵の空気が矛盾無く辺りを支配している。

広大だが閑散としたこの区域に、数人の男女が佇んでいた。

彼らは穏やかな眼差しで、ただ一点を見つめている。


――タラーク最大の軍艦に保管されていた救助船。


ドレッドチームの機体が保管されたこの格納庫より、先程一隻の船が出立した。


希望の未来を背負って――


彼らは共に行く道を拒み、この船に残った。


目の前の厳しい現実と、戦う為に。


空っぽの射出口と出立後の余韻が、薄ら寂しい。


「……本当に大丈夫かな、あいつ」


 軍服を着た青年。

社交界で洗練された顔立ちが、今は不安に曇っている。

かつてはこの融合戦艦ニル・ヴァーナを操舵した名手――バート・ガルサス。

この船を取り巻く問題より、現在はその任を外されている。


「戦う事を決意したのは彼だ。我々は彼の戦いを見守るしか出来ない」


 白衣を着た青年。

文武両道のエリートが、静かに現状を物語る。

かつてはニル・ヴァーナの船員全員の医療を担った名医――ドゥエロ・マクファイル。

彫りの深い顔立ちに不安は無く、将来を静かに案じているように見えた。



男達の案じる人物は――第三世代の少年。



階級社会のタラークでは決して出逢う事の無かった、偶然の戦友。

半年の月日を経て、今――少年は決戦に望んでいる。


未完のパイロット、カイ・ピュアウインド――


彼が今、宇宙の深海を舞台に壮絶な海戦に挑んでいた。


「覚悟はしてたけど、何か……複雑。
ああやって戦うしか道は無いのかな……」


 普段のハツラツとした表情も、今日ばかりは憂いに沈んでいる。

女性の名は、ミカ・オーセンティック。

彼女は本来、少年にとって敵側に位置する立場の人間。

今少年が戦っている相手は、彼女にとって同胞だった。

いや――それは今も、同じ。


マグノ海賊団――彼女が所属する組織の名。


女だけの星メジェールで生まれ育ち――故郷に見放された者達。

親に切り捨てられた子供は明日の糧に困り、海賊団を結成した。

生きる為に、自分達だけの未来を築く為に。

同じ境遇に落とされた同胞達を、守る為に――


――その義賊達を相手に、少年は今戦い続けている。


ミカの言葉に、ドゥエロは小さく首を振る。


「彼には彼なりの、我々には我々なりの戦い方がある。
だからこそ――私達は此処へ残った」


 タラーク・メジェールの価値観。

男は女を嫌い、女は男を嫌う。

一つの種族――性別だけを高みに置き、反する性を根底から否定する。

メジェールに捨てられたとはいえ、彼女達もまたメジェール人。

国家に教育された差別感を捨てず、出逢った当時から少年を激しく嫌悪した。


だが――この場に居る者達は、知っている。


この戦いは、決して国家の理想を掲げて戦っているのではない。


彼らが互いにぶつけているのは――己が信念。


自分だけの理想と夢を求めているからこそ、互いを許せずに戦う。


奪う者と、奪わない者。


相反する立場であるがゆえに、互いを断じて許せない。

ここ数日起きた事件による遺恨など、最早眼中にも無いだろう。


理想が勝つか、現実が勝つか――


ドゥエロ達には見守る事しか出来ない。

見守る事こそが、今の彼らの戦いだった。

己が持つ役目を見失わず、今出来る事を懸命に考える。

現在苦戦を強いられているであろうあの少年も、この戦いは考えた末の結論なのだ。

少年には少年の答えがあり、ドゥエロ達にはドゥエロ達の答えがある。

そして――その答えを見つける為に、互いに背を向けて別の道を歩む。


「それに今は僕達、別の心配をしなきゃいけないんじゃないかな……?

殺されたって文句は言えないよ、とほほ」

「――確かに」


 バートのしょげた声に、ドゥエロは珍しく苦笑して答えた。


この現状の発端は――ディータ・リーベライの負傷から始まった。


負傷による事故は極めて偶発的だったが、問題は過失の原因の傍に少年が居た事。

その少年本人も、密航者の存在を隠していた事。

誤解は誤解を呼び、騒ぎは騒ぎを生み出して、男と女の全面戦争に発展した。


カイは幽閉されたが、後に脱獄――


少年の船外への脱走を手引きしたのは、他ならぬ自分達だ。

少年がマグノ海賊団に戦いを挑んだ以上、同境遇の自分達もタダでは済まない。

男達の黄昏に、女性が豊かな胸を張って宣言する。


「大丈夫、安心して! 絶対、悪いようにはしないから!
二人を死なせたら、カイにあわせる顔が無いわ」

「――我々を弁護すれば、貴方の立場も危うくなる」


 男と女の関係は完全に決裂した。

今まで共有の敵と遠い旅路の危険性の上で成り立っていた共同生活も、男が最上の敵となった以上継続は不可能だろう。

それどころか、カイは剣を取って相手を斬っているのだ。

戦争状態に発展すれば、敵を弁護する者は反逆者とみなされる。


「……僕達のせいで……本当に、ごめん」


 事の発端はカイだが、ドゥエロやバートは彼を恨んでいない。

不平不満、半年間の共同生活で感じた数々の疑問は既に胸の内にあった。

カイが戦う道を取らなかったとしても、今後関係が続いていた保証は無い。

戦うと決めた以上、覚悟はある。

ただ、他ならぬ協力者まで巻き込んだ事は彼らの中で責任として重く圧し掛かっていた。

男達の謝罪を、ミカは笑って否定する。


「わたしが、自分で決めた事よ。今更湿っぽくしないでよ。

――正直、カイ一人だけ悪者にする最近の皆にはもうついていけなかった。

カイだって悪いところはあったと思うけど……
責任を全部丸ごとあいつに押し付けるのは酷いわ。
断固、抗議するわよ!」

「な、何か……気合入ってるね……」

「揉め事大歓迎よ。何でも楽しいイベントにするのが、わたしの仕事」


 汗を垂らして苦笑するバートに、ウインク。

彼女もまた、彼女らしい信念で戦う事を決めている、

引く道など、既にある訳は無かった。


「フ……

さて、そろそろ迎えが来たようだ。
――バート」

「分かってる、抵抗なんかしないさ」


 凄まじい激音を立てて、格納庫へと近づいてくる足音。

余程大量の人員が押し寄せているのか、扉の向こうからでも丸聞こえだった。

ドゥエロやバートも、武装はない。

後は無抵抗の素振りを見せて、訪れるであろう警備員達を説得するだけ。


問答無用で殺されるか、監禁ですむか。


平静を保っていれば捕まるだけだろうが、カイの場合出会い頭に発砲された。

ドゥエロの計算では五分と五分。

生死を隔てた極限状況の中――


少年の、言葉が、届く。


静謐に――まるで、謳うかのように。



命を削って、少女達にメッセージを送っていた――





ミカは言った。


「かっこいいね」


  ドゥエロは、言った。


「私の、友人だ」


  バートも、言った。


「僕の、親友なんだ」





――戦友たるあの少年は、一割以下の勝算で戦っている。


ならばこの程度、乗り越えられなくては話にならない。

冷静沈着なドゥエロらしからぬ、心に沸いた微小の熱――

通常恐怖に震えてるバートも、不敵な笑みを浮かべていた。















男と女――舞台裏の死闘が今、開幕する。
































<to be continued>







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