ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
LastAction −死−
――出来る事は限られている。
ラバット船から再発進したカイ機と入れ替わるように、ウータン機が格納される。
その交差する瞬間――愛嬌あるパイロットが搭乗する機体が、一瞬止めてカイ機を一瞥。
駆け抜けるカイ機の背後を見送る瞬間に、パイロットの未練が確かに存在した。
動物の本能が、呼びかけたのかもしれない。
――もう二度と、逢えないかもしれないと。
カイ機は止まらずに、母艦へ向かって一直線に進む。
――振り返る事は、二度と無かった。
濁った空を目に、男は一人目を細める。
――閑古鳥が鳴いている酒場。
馴染みの客も訪れず、開店休業の我が家に嘆息する。
――息子を預けたアレイクより、頭を下げられたのが数ヶ月前。
生死不明、帰船する人員の中に該当者無し――
アレイクがあらゆる手段を用いて調査を行ったが、行方は依然として不明のまま。
普通に考えれば――死。
首相が取った強硬手段でイカヅチが破壊されたと聞いた時、男はモニターを粉砕した。
アレイクが行ってくれた調査で、判明したのだ。
取り残された人員を救う為に、一人の少年が飛び出した事を。
最後の、最後まで――
「――夢破れてもいい……ろくでなしでかまわねえ。
生きて帰って来い、馬鹿息子」
男は、守り続ける。
客が来なくとも、この酒場は少年の家なのだから。
「・・・・・・今まで付き合ってくれて有難う。これが最後だ、ホフヌング。
出力全開で行くぞ」
パイロットの治療は行えても、蛮型の修繕まで届く時間はなかった。
時間にして短い期間だが、圧倒的な戦力差に破損状態は深刻。
整備班が泣いて頭を抱える状況下で、この旧式の蛮型はまだ稼動してくれた。
――新ソフトの処理能力、ハードウェアの強化。
無骨な装甲や旧式の兵装を補う、新式情報処理。
内部から機体を支えるこの力だけが、この非力なポンコツに力を与えてくれていた。
――誰が、その整備をしてくれたのか。
"蘇生する可能性は二割程度"
血に濡れて横たわる少女の哀れな姿を思い出して、歯を食い縛る。
一人では何も出来なかった。
誰かを救う為に、誰かを犠牲にするのがこの世の常。
――引っ繰り返したかった、否定したかった。
未練は数多く、無念は星の数ほど存在する。
少年は弾丸のように駆け抜けて、無人兵器の嵐へ突撃する。
――眩く耀く光を、背に。
「・・・・・・ふむ」
頭の中で広げられた図面を見ながら、構造の欠落に気付く。
迂闊な事に出力を重視して、出力を調整する情報機器の配慮に欠けていた。
――全体的に見れば恐るべき性能と微々たる欠陥なのだが、一%のミスも許さない。
現状で出来る最善、現時点における最高。
能力・技術共に僅かな妥協も許されないのが、エンジニアとしての――人間としての心構え。
妥協を許さない人生が、幼い少女を天才たらしめた。
「あの者の事じゃ、経験を積んで飛躍的に成長するに違いない。
ふむ、もう一度図面を引き直すか」
少年の帰還を疑わず――少女は一人、コツコツと最善を練る。
他の誰にも従わない、孤高のエンジニア。
――少女が少年の行く末を知ったのは、三日後の事だった。
剣林弾雨という言葉が生温く聞こえる、攻撃の嵐。
駆け抜けるウニ型が両足を圧し折り、間髪いれずにユリ型が豪快に吸引。
足は両方共に粉々に砕け散って、凶悪な顎に噛み砕かれて飲み込まれた。
――その隙に、打撃。
力任せの拳打でウニ型は吹き飛んで、多数の無人兵器を巻き込んで破裂。
穴だらけになった機体を無理に動かして、ノロノロと発進する。
――惨めな亀の歩行。
襲撃を続けるキューブ・鳥型のビームが、胴体に突き刺さる。
「ガハッ」
喀血――
心臓を殴打された痛みと、服を濡らす出血。
血に濡れた網膜を力任せに拭いて、操縦桿を倒した。
「どきやがれ、てめえら!!」
目指すべき母艦は、まだ遠い。
無限に広がる敵に――されど、絶望を抱かず。
黒煙を上げる上半身を引き摺るように、ブースターを噴射した。
「・・・・・・どうした、ウータン」
「ウキィ・・・・・・」
ツイン仕上げの操縦席の傍らで、メスの動物が鳴き続けている。
この動物には珍しく感情任せでは無く、ただ静かに悲しみに濡らしていた。
悲嘆に暮れる相棒に、ラバットは力無く嘆息する。
――少年を残したまま、メラナスの戦線を後にした。
公言通り、ラバットは最後まで少年に味方をしなかった。
貸し借りを超えた手助けが、彼の精一杯の少年への手向け――
ソロバンを幾ら弾いても損だらけ。
――その事実を痛烈に認識しながら、律儀に死する前の少女を運んでいる。
やれやれ、だった。
「情がわいたのか、あの坊主に」
「ウキィ、ウキキ!!」
「・・・・・・あいつが選んだ道だ。
他人の人生に深入りすると疲れるだけだぜ、ウータン」
ラバットの言う事には素直なウータンだが、今日ばかりは納得出来ないように唸る。
宇宙船を巧みに操縦しながら、ラバットは苦笑い。
「人間に、精霊に――そして動物。
種族を超えて女に好かれるか、いやはや羨ましいねー」
ラバットは少年に何も語らなかった。
彼の求める情報を持ちながら、最後まで何も――
どうでも良い事を話して、終わった。
――未練を残すまま。
「・・・・・・頼むぜ、坊主。俺に損をさせないでくれ」
それが願いである事に、ラバットは自分でも気付かなかった。
「――ぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーー!!!!!」
母艦に突き刺さる、小さな流星――
命懸けの特攻が巨大な母艦に炸裂して、中央に穴を開ける。
画鋲が刺さったかのような、小さな虚空を――
突き刺した腕はヒビ割れたままメリ込み、蛮型自身を釘のように母艦に突き刺す。
無理な特攻の衝撃で、装甲が剥がれ落ちる――
ボロ雑巾のような機体と、全身を引き裂かれたパイロット。
血煙に満たされたコックピットの中で、少年はまだ生きていた。
「・・・・・・600・・・・・・601・・・・・・」
ホフヌング稼動から十分以上――
光の質量は限界を超えて、今や蛮型を遥かに上回る光を描いている。
無限に蓄え続けるエネルギーは飽和を迎えて、甚大な力を出力。
接近する無人兵器は、その余波だけで塵となった。
「――よく・・・・・・耐え・・・・・・て、くれた・・・・・・よな」
もはや原形を留めていない機体。
動いているのが不思議なほど、破壊に晒されていた。
――カイは操縦桿にもたれ掛かったまま、笑みを零す。
起き上がる力は・・・・・・もう、残されていない・・・・・・
機体が激しく揺れるのを感じて、千切れかけた腕をぶら下げて笑う。
「・・・・・・無・・・・・・駄だ・・・・・・
ホフヌ・・・・・・ングは・・・・・・ゴホ・・・・・・もう。
ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・俺の制、御を、・・・・・・離れた・・・・・・」
光は――広がり続ける。
人間の範疇を超えて、全てを飲み尽くして。
天空を満たす螺旋を、描いて――
その聖なる光景を踏み荒らす侵入者は、例外なく光に触れた途端消滅した。
まるで人の意思を持つように、母艦は鳴動するが逃げられない。
――中央に突き刺さった蛮型が存在する限り。
少年は、呟き続ける。
――光を閉ざした瞳を、空に向けたまま。
「・・・・・・はは・・・・・・中途・・・・・・半端のまま、終わっ・・・・・・ちまった、か・・・・・・」
目の前が――段々暗くなっていく。
爪先から侵食する冷たさに、震える。
肺から苦い咳を吐いたが、血は出ない。
――もう、吐き出し尽くした・・・・・・
「でも・・・・・・」
出来る事は全てやった。
数分後訪れるであろう現実にも、既に覚悟を決めている。
情報機器は全て壊れ、モニターもノイズ。
真っ暗なコックピットの中で、少年は枯れた声を上げる。
「俺の・・・・・・
存在は・・・・・・
・・・・・・無駄じゃ、なかっ・・・・・・た、よな・・・・・・」
やがて訪れる、永遠を前に――
――少年は安らかに、物語る・・・・・・
「・・・・・・記憶、も・・・・・・
・・・・・・故郷、も・・・・・・
・・・・・・家族、も・・・・・・
・・・・・・友達、も・・・・・・
・・・・・・何、も・・・・・・
・・・・・・無かった、けど・・・・・」
万感の思いを、胸に――
「生まれて、来て……よかった・・・・・・」
呼吸が――細く、穏やかに・・・・・・
・・・・・・消えて、いく・・・・・・
「・・・・・・みん、な・・・・・・」
どうか――無事で……
「・・・・・・アリ、ガ・・・・・・ト・・・・・・」
――光・・・・・・
真っ白に宇宙を照らし出す光は――
母艦を飲み込み――
機体を飲み込み――
――コックピットを、飲み込んで――
全てを、消し去った・・・・・・
カイ・ピュアウインド。
彼はこの日。
この世を、去った――
<END>
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